導入編②――初めての依頼人

「それで、今日はどうしたんだい」

「は、はあ」


 タイリクオオカミに促され、お客さん用のソファに腰掛けたコウテイペンギンのコウテイはちらりとアミメキリンの方を見やった。見るからに落ち込んだ様子で机に突っ伏す彼女の姿に、向かいに座ったタイリクオオカミは肩をすくめる。


「気にしないでくれたまえ。今日は大切なものが届く予定だったからね。がっかり来てるだけさ」

「そうだったのか。忙しいところ、悪いことをしてしまったみたいだ。なんなら別の日に出直そうか」

「とんでもない。私達も暇してたところさ。それで今日はどういう要件で訪ねてくれたのかな」


 タイリクオオカミに促され、コウテイは頷いた。


「その前に、博士たちから聞いたロッジアリヅカにいる探偵ってのは二人のことなんだろうか」

「一応そういうことになってるかな」


 頬杖をついたままタイリクオオカミは笑う。探偵を始めるにあたって、博士たちには大いに世話になった。「探偵になるなら、まずは目印が必要ですね! みんなに知らせないと!」と探偵に誘ったその日にアミメキリンに連れられて博士たちに会いに行った。やりたいことを話すと、面白そうだと二つ返事で手伝いを約束してくれた。それから今日に至るまでに、博士たちには必要品の手配や、フレンズたちへの宣伝――もちろんジャパリまんはカッチリ徴収されたが――も全部やってもらっていた。


「一応?」

「探偵はアミメキリンのほう。私はあくまで助手さ」

「アミメキリンってのは……」


 コウテイがちらりとアミメキリンを見やる。名前を呼びれたアミメキリンが顔を上げたところだった。コウテイペンギンと目が合い、ふんと自信ありげに鼻を鳴らしてみせた。


「そう。探偵の私に掛かれば、どんな難事件もたちどころに解決よ!」


 椅子を蹴りあげて立ち上がるアミメキリン。ガタンと音を立てて倒れた椅子を慌てて起こそうとする姿に、コウテイが不安そうに声を潜める。


「……あの子、大丈夫なんだろうか」

「突っ走りがちなところはあるけど、ああ見えて注意力は人一倍あるからね」


 そういうものなのか、とあまり納得した風でないコウテイに、タイリクオオカミは膝を叩いて先を促した。


「まあ、まずは依頼について聞かせてもらえないかな」

「その前にもうひとつ確認しておきたいんだが。探偵と言うのは何でもやってくれるんだよな」

「博士たちからどう聞いてるのかは知らないけど、そういう風に聞いてるならそういうことになるかな」

「よかった。実は依頼というのは、ライブ会場の手伝いのことなんだ。近々みずべちほーで大きなライブがあるんだが、どうも作業が中々進まないらしくてな。電線や電気? とか難しいことは博士達が済ませてくれたんだが、それ以外の部分がなかなか終わらないんだ。もうライブまでの日にちも少ない。どうか手伝ってもらえないだろうか」

「手伝い、か。どうだろうねえ」


 タイリクオオカミが尋ねるようにアミメキリンを振り返る。アミメキリンは強く頷く。


「私は構いませんよ。困ってる人を助けるのが探偵の仕事ですもの。ぜひやらせていただくわ!」


 ビシッと音が出そうなほど言い切ってみせたのに、タイリクオオカミは苦笑しながら視線をコウテイに戻した。


「と、いうことらしい。ぜひ引き受けさせてもらうよ」

「本当か?! よかった。本当に助かるよ」


 ソファから立ち上がり喜ぶコウテイ。差し出された握手にタイリクオオカミが応じていると、「でも」といつに間にか後ろに立ったアミメキリンが不思議そうな声を漏らした。


「みずべちほーのフレンズたちに手伝ってもらうわけにはいかなかったの?」

「実は最初はそうするつもりだったんだが、プリンセスが絶対にダメだと言い張ってね」


 ペパプ――ペンギン・パフォーマンス・プロジェクト――のリーダーはコウテイということになっているが、実質的な監督役はプリンセスだった。ペパプの結成やダンスの振り付けなどのほとんどを一人でこなしている。あえてクールなコウテイを中心に置くことで、より多くのファンを獲得するという戦略だろうか。


「何でもお客さんになるかもしれない人たちに事前に会場を見せてしまったら、“ねたばれ”になってしまうからだそうだ。私としても、楽しみにしてるファンのみんなをガッカリさせるのは本意ではないからね」

「それで私たちを頼ってきてくれたのね」

「本当のこと言うと、私がここにいるのをプリンセスは知らないんだ」


 そういえば、とタイリクオオカミが頬杖をつく。


「言われてみれば、他のメンバーの姿を見かけないね」

「ただでさえ忙しいのに人手を減らす訳にはいかないからな。私一人で抜け出してきたんだ」

「えっ。ということは一人でここまで来たってこと?」

「一応プリンセスとマーゲイ以外には言ってある。あの二人は心配性だからな」

「そうじゃなくて、ほら、大丈夫なの。みずべちほーからここまでかなり距離あるし、セルリアンとか」


ああ、とコウテイは笑って肩を竦める。


「あの巨大セルリアンと戦ったとき、自分たちの実力は把握できたからな。多少のやつなら私一人でも平気だろう」


 巨大セルリアンとは、例の黒いセルリアンのことだろう。親友を救い出すために、島中の駆けつけられるフレンズが一同に会したあのとき、たしかにペパプたちもあの場にいた。タイリクオオカミもアミメキリンも詳しく見ていた訳ではないが、彼女らの両手が打ち下ろされるたび、セルリアンの強固な外殻がみるみる削れ落ちていったのを覚えている。


 「今まではあぶないからってことでどこへ行くにもみんなと一緒だったからな。みんなといるのは好きだが、大人数だと行く先々でファンの子に捕まってしょうがないからね」

「たまには伸び伸びするのも悪くないかもね。にしても行く先々でファンに見つかるなんて羨ましいな」

「作家はそういうことはないのか? ホラー探偵ギロギロなんて超有名じゃないか」

「ダンスやショーと違って、漫画家は姿が見えないから。作品は有名でも作者を知らない子が多くてねぇ。ついこの前もとあるファンの一人に無名な作家呼ばわりされてしまったよ」

「先生ェ……それはもう言わないって約束したじゃないですかぁ」


 アミメキリンが顔を真っ赤にしてタイリクオオカミにすがり付く。微笑ましい光景にコウテイは笑いながら、さて、と膝を叩いて立ち上がる。


「そろそろライブ会場に向かわないか。あそこからここまで来るのに半日も使ってしまったんだ。本番も近いし、そろそろ戻らないと」






 手早く荷物をまとめ――といっても、ジャパリまんとスケッチのための画材を持っただけだが――三人は廊下へ出た。ロッジからみずべちほーまではそれなりの距離がある。歩いていくにはそれこそちょっとした小旅行程度の時間が掛かる。タイリクオオカミやアミメキリンのように走ることに長けたフレンズなら走破することもできるが、コウテイには無理な注文だろう。

 到着は夜だろうか。そんなことを考えながらロビーを目指していると、ふと前からアリツカゲラが走ってきたのが見えた。


「あ、みなさん」

「丁度良かった。実は例の荷物がまだ届いてないんだ。私たちが留守の間、もし届いたら代りに受け取っておいてもらえないかな」

「そのことなんですけどね。今さっき図書館のワシミミズクさんが来てくれたんですが、何でもビーバーさんが疲労で寝込んじゃったらしくて。“かんばん”はもうしばらく掛かるかも知れないって」


 ”かんばん”とは、探偵を始めるに当たって博士たちに依頼した目印のことだ。予定では今日中に届くことになっている。


「ほう、それは心配だね」

「今からお見舞いに行ってこようと思うんですが、お二人はどうします」

「あいにく仕事の依頼が入ってしまってね。ビーバーには申し訳ないが、今すぐには行けそうにないかな」


 そこまで言って、そうだ、とタイリクオオカミはコウテイとアリツカゲラを見比べる。


「アリツさん。お見舞いついでに、ちょっとみずべちほーのほうに寄り道してもらえないかな」

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