導入編③――会場到着

 目の醒めるような緑を湛えた山々を抜けると、みずべちほーは唐突に姿を現した。そこらの水溜まりとは比べ物にならないほどに広大な湖には転々と小島が浮かび、それらを繋ぐように細い橋がいくつも掛かっている。

 その中でも取り分け大きな島には様々な施設が立ち並んでおり、コンサートホールらしい施設のある島も一目でたくさんあるのがわかった。それらが夕日に照らされて、キラキラ輝いている。

 そのうちの一つを指差したコウテイに従い、アリツカゲラはコンサートホールの手前の島で彼女を下ろした。

 自分を送ってくれたアリツカゲラに手を振るコウテイ。笑顔で応じたアリツカゲラは、次いで遅れて合流したアミメキリンとタイリクオオカミにちらりと目礼すると緩やかに高度をあげていった。

 アリツカゲラが見えなくなったころ、ようやく手を下ろしたコウテイはやれやれと言った具合に息を吐く。


「しかし、空を飛ぶというのはどうにも慣れないな。まだ膝がガクガクする」

「うん? 君も鳥の一種なんじゃないのかい」

「どうも私は水の中のほうが性にあってるようだ」


 それにしても、とコウテイが感嘆ように二人をまじまじと眺めた。


「君らはすごいな。走ってついてくるって聞いたときはまさかと思ったけど、まさかロッジからここまで休まず走りっぱなしなんて」

「私も先生も、もともと足腰は強いほうだから」


 肩で息をしながらアミメキリンは額の汗を拭う。小一時間走りきったにもかかわらず、二人は息を荒げるぐらいで特に疲労してる様子はない。キリンもオオカミも走ることには慣れている。フレンズ化して体の作りが大きく変わったとはいえ、種族の特性は健在だった。


「ふぅ。でも、こんだけ走るとさすがに喉は乾くわね」


 言って、水辺に駆け寄るアミメキリン。あっ、と何か言おうとするコウテイを振り切って水際に膝をついて直接口をつける。口一杯に水を含もうとし、流れ込んできた異様な味に盛大に吹き出した。


「しょっぱっ……?!」

「だから言おうとしたのに……」


 顔を真っ赤にして咳き込むアミメキリンの背中を呆れたようにコウテイが擦る。その様子を興味深そうに眺めていたタイリクオオカミが指先で水を掬い取り、舐めてみる。


「これは、海水?」

「この辺の水は海水と淡水が綺麗に別れて流れてるんだ。どういう仕組みかは分からないが、博士たち曰く、海に住んでるフレンズ用の水路になってるんじゃないかって話だよ」

「そんなことっ、あるんっ、ですかぁっ」


 むせ返りながら反論しようとするアミメキリンに、タイリクオオカミはやれやれと苦笑しながら背中を擦るのを手伝うのだった。







 コンサートホールのある島に入った一行は、コウテイに連れられて外壁沿いに作られた細い道を辿っていく。正面入り口はステージが見えてしまうのを防ぐため、完全に目隠しされていた。本番まではこうして裏口から出入りしているとのことだった。


「あー。一生分の塩分をとった気分だわ……」

「なかなかいい顔だったよ。そうだ。表情の参考にしたいから今度またじっくりイッキ飲みしてもらえないかな」

「……死にますけどいいですか」


 冗談だよ、と笑うタイリクオオカミに頬を膨らませていたときだった。ちょうど裏口が見えてきた頃、そこから勢いよくフレンズが飛び出してきたのだ。コウテイを見つけた途端、そのフレンズは勢いよく駆けてくると、手を振ろうとしたコウテイの両肩を掴んで揺さぶる。


「ちょっとどこ行ってたのよ! 心配したじゃない!」


「ああ、ああプリンセス。おかしいな。他のみんなから聞いてないのか」


「聞いたに決まってるでしょ! だからこうして追いかけようと……。本当にもうっ、一人で出掛けたりしてセルリアンに襲われたらどうするつもりだったの」


それに、とプリンセスと呼ばれたロイヤルペンギンのフレンズがキッとアミメキリンたちを睨み付ける。気後れがちに二人が会釈するのを見ることなくプリンセスは再びコウテイに視線を戻した。わずかに声を潜めたのは、気遣いだろうか。


「助っ人はダメだってあれほど言ったじゃない。部外者を入れたりしたら、私たちのショーを心から楽しみにしてる子が、事前にショーの内容を知っちゃうなんてかわいそうなことになるかもしれないのよ。それに……」

「プリンセスがファンや私たちペパプのことをよく考えてくれてるのはリーダーの私が一番よく知ってるよ」


 肩を怒らせるプリンセスを宥めるように、コウテイは自身の肩からプリンセスの手をゆっくり下ろさせる。


「勝手なことをしたのは本当に申し訳ないと思ってる。だけど、プリンセスもマーゲイも、ここのところずっと働きっぱなしじゃないか。もちろん、私たちが練習に集中できるように気遣ってくれてるのはよく分かってる。でも、朝早くから夜遅くまでずっと二人にばかり仕事をさせるのはリーダーとして見過ごせないんだ。私たちがダメというなら、せめて二人に手伝ってもらえないか」


「でもだからって……」


「"ねたばれ"なら心配いらない。彼女らは絶対に秘密を守ってくれる。なんたって二人は探偵なんだからな」


「探偵って……」


 プリンセスがちらりとアミメキリンたちを見た。驚いたような、困惑したような、そんな表情だった。


「探偵って、ホラー探偵ギロギロみたいに事件や謎を解決したりするあの」

「その通り。ただ、いつの間にか博士たちに何でも屋みたいな宣伝をされてたみたいでね」


 プリンセスの困惑を読み取ったタイリクオオカミが肩をすくめて苦笑する。


「だから今回はただ単にお手伝いにやってきただけさ」

「でも安心してちょうだいっ。人助けも名探偵の大切な仕事の一つ! おろそかになんてしないんだから」

「ええ、でも」


 ビシっと胸を張ってみせるアミメキリン。二人を見比べるプリンセスに、コウテイが頼み込むように肩を軽く叩く。


「ここまで案内してしまったのもあるし、どうにかならないだろうか。それに、これで少しでも時間に余裕ができたらプリンセスだって練習する時間ができるじゃないか」


 コウテイのお願いに、しばし考える風にするプリンセス。やがて決心したように軽く頷くと、三人に微笑む。


「そうね。ロッジからここまで結構あったでしょうし。せっかくだから、お言葉に甘えさせてもらうわ」


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