導入編④――ペパプたち

 裏口をくぐり、短い廊下を進む。いくつものドアを通りすぎた一行は、一回り大きなドアの前まで案内される。


「ここが控室兼練習部屋よ」


 先導したプリンセスがドアを示す。


「今はみんなここで練習してるのよ」

「どうして外で練習しないの」


 アミメキリンが首をかしげると、プリンセスが残念そうに笑ってみせる。


「他のフレンズに見られちゃうから。本当はステージの上で本番に向けてしっかり練習したいんだけど、"ねたばれ"対策のためにもしょうがないわ」

「徹底してるんだね」


 タイリクオオカミが感嘆したように言う。


「今回のショーはそんなに大がかりなのかい?」

「もちろんよ! みずべちほーや遊園地でのショーで私たちの実力は島中のフレンズたちに知れ渡ったのよ。おかげでファンも大勢できたわ。チケットだってすぐに完売しちゃったんだから。みんな私たちのショーを期待してる。それに応えるために、今回は前回よりも大きなステージを用意したし、博士たちに頼んでとびっきりの仕掛けを用意して……」

「プリンセス。じかん」


 段々と早口になっていくプリンセスをたしなめるように、コウテイが苦笑する。あ、とプリンセスが気がついて顔を赤らめた。


「ごめんなさい。私ったらつい……。とにかく、まずはみんなにあなたたちを紹介しないと。ついてきて」


 一つ咳払いをして居ずまいを正すと、控え室のドアを開ける。

 ドアの大きさから何となく予想していたが、控室はフレンズ数人がゆうに飛んだり跳ねたりできるくらいの広さがあった。板張りの床に、壁一枚を覆う大きな鏡。まさに練習部屋といった様子の部屋の真ん中に、紙を囲んで何やら話し合う人だかりがいた。

 ふと、そのうちの一人が顔をあげてアミメキリンたちを見つけた。口に咥えていたジャパリまんを手に取ると、あー、と若干間延びした声をあげる。


「こんにちはー」


 声に気づいて顔をあげる面々、四人の姿を認めたフレンズたちは立ち上がると口々に彼女らを歓迎しながら駆け寄ってくる。


「コウテイおせーぞー。どこまで行ってたんだよ」

「お二人がコウテイの言ってた助っ人の方ですか?」

「ねえ、ジャパリまんのお土産ないの?」


 コウテイを肘でつついてニヒヒと笑うイワトビペンギンのイワビー。後ろに控えた二人にペコリと頭を下げるのはジェンツーペンギンのジェーンだ。もぐもぐと口を動かしながら袖を引っ張ってくるフンボルトペンギンのフルルにアミメキリンが困惑していると、ふと正面の鏡が目に入った。わいわいと部屋の中央に集まった人だかり。そこから離れた部屋の端でプリンセスとマーゲイが何やら顔を合わせているのが見えた。


「あの、プリンセスさん……。どうして」

「裏口から出たらちょうどコウテイが助っ人を連れて帰って来たところだったの。二人ともわざわざロッジから来てくれてるみたいだから、今さら帰ってもらう訳にはいかなくって」


 申し訳なさそうに笑うプリンセス。対するマーゲイは固い表情でアミメキリンたち二人を盗み見ている。


「でも、今この二人を入れてしまったら、本番に影響が出てしまうんじゃ」

「この二人なら大丈夫。手伝いに来てくれただけだから。それにこれだけ準備したのよ。今さら私たちのショーに影響でるなんてことあり得ないわよ」

「そう、ですよね……。そうですよね! プリンセスさんが言うなら絶対うまくいきますよね!」


 ふるふると首を振り、とりあえず笑顔になるマーゲイ。そんなマーゲイの肩を励ますように擦ると、プリンセスはペパプのメンバーたちに振り返り、ぱんぱんと手を叩いた。


「ちょっとちょっとみんな! 歓迎するのはいいけど、ちゃんと練習してたの?」

「メンバーが二人もいなかったんだぜ? 練習になんかならねーって」

「だからこうして、みんなで集まって本番にどうやって動いたらいいかマーゲイに確認してたんです」


 言って、ジェーンがマーゲイの持っている紙を示す。先程まで床に置いてみんなで見ていたものだ。そこには様々に色づけされた棒人間が、紙中に描かれている。タイリクオオカミの描くイラストには及ばないものの、誰がどう動くのか分かるようになっていた。


「へえ、君が描いたのかい?」


 タイリクオオカミが興味深げにマーゲイとイラストを見比べる。


「ええ、あ、そ、そうよ。お客さんによく見えるように、細かい段取りを決めるのもマネージャーの仕事ですもの」

「なるほど。よく描けてるね。分かりやすい良い絵だ」

「でもまだステージに立ったことないから、あんまりイメージ沸かないんだよねー」


 フルルが言うと、他のメンバーも頷きながら口々に同意する。プリンセスがため息を吐きながらアミメキリンたちを示した。


「しょうがないわね。でももう大丈夫。この二人――タイリクオオカミとアミメキリン――が来てくれたからには、作業もすぐ済むはずよ。たぶん今夜にはステージで練習できるはずよ」

「こ、今夜ですか」


 おお、と歓声が上がる中、驚愕したようにマーゲイが言う。肯定するようにプリンセスが頷く。


「そ、今夜。そろそろいい時期なんじゃないかなって」

「は、はぁ」


 どこか浮かない顔をするマーゲイ。そんな彼女を引き連れ、アミメキリンたちと共に廊下へ出ようとするプリンセスをコウテイが引き留める。


「ここのところずっと準備に掛かりっきりじゃないか。そろそろ一緒に練習してもいいだろう」

「でも……」


 言いさしたプリンセスに対し、メンバーたちの目がジトっと細められる。この様子だと設備の準備に手を取られて長いこと練習していないようだ。刺すような視線に一瞬後じさるプリンセスだったが、すぐに困ったように笑うと降参とばかりに肩をすくめた。


「……それもそうね。本番も近いし、そろそろ私も練習しないと。マーゲイ。二人のこと頼んだわよ」


 そう言ったプリンセスに対して、マーゲイは何か言いかけ、そして小さく頷くのだった。

 その瞬間、その手がわずかに震えているのを、アミメキリンは確かに見た。

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