真実編――そして結末へ……

2018年8月12日。

追記。トリックについての記述が一部抜け落ちてしまっていたため、修正させていただきました。大変申し訳ありません。

□修正場所

「そして全員が位置についたことを見計らって~」から始まる文章。

□内容

ノイズについての説明を追加。



――――


 朝日が昇るころ、アミメキリンたちは会場に到着した。裏口の前でアリツカゲラと落ち合い、タイリクオオカミの依頼していた“あるもの”を受け取った。アリツカゲラに礼を告げ、二人は会場内へ足を踏み入れる。どうやらペパプたちはもう作業を始めるつもりだったらしい。材料置き場へ向かうと、セルリアンの空けた大穴の周りに集まったペパプたちの姿が見えた。最初に二人に気づいたのはコウテイだった。みんなから離れた場所で木箱に座ったまま、二人の方に手を振る。


「あれ。二人ともどこへ行ってたんだ」

「ちょっとロッジに戻ってたの。それよりコウテイ、あなた横になってなくていいの?」


 アミメキリンが言うと、コウテイが苦笑しながら首から紐で吊られた片腕を示した。


「みんなが働いてるのに、さすがに私だけ中で休んでるのも悪いからな。せめて一緒にいておこうと思って」

「無理しない方がいいと思うけど」

「大丈夫だよ。こう見えてもタフな方だからな。ところで、二人揃ってどうしたんだい」

「それは……」

「なにしてるの!」


 言いかけたアミメキリンを遮るように、プリンセスが二人の間に割り込んできた。キッとアミメキリンを睨み付ける。


「こんなところでなにしてるのよ。セルリアンは? また現れるかもしれないのに、どうしてこんなところにいるの。また襲われたらどうするの!」


 激しい剣幕で捲し立てられアミメキリンが怯む。なんだなんだ、と他のメンバーたちも騒ぎを聞き付けてやってくる。いつの間にかプリンセスを中心に人の輪ができた。その輪の外側。穴の近くでしゃがみこみ、手にした壁の青い破片を見つめたまま俯くマーゲイがいることを、アミメキリンは確かに見た。

 アミメキリンの視線を遮るようにプリンセスが詰め寄ってきた。さらに語気が強くなる。


「何とか言ったらどうなの。ねえったら!」

「セルリアンなら来ないよ」


 全員の視線がタイリクオオカミの方に注がれる。集団からやや離れたところ。手近な木箱に腰掛けたまま、手の中の物をくるくると眺めていた。


「セルリアンなら現れない。そのことを私たちは伝えに来たんだ」

「どうしてそんなこと分かるんだ?」


 疑問を口にしたのはイワビーだった。同意するようにジェーンが頷く。


「そうですよ。セルリアンの居場所が分かったんですか?」

「まあね」


 息を呑む皆を尻目に、タイリクオオカミが木箱から降りてアミメキリンのそばへ並んだ。アミメキリンと視線で頷き合い、静かに口を開いた。


「セルリアンの居場所。それはね、ここだったんだよ」


 コツン、とつま先で床板をつつく。ペパプたちが口々に困惑の声を漏らす。


「ここってどういう意味だ」

「はぁ? つまりどこだよ」

「あの、何のことでしょうか」

「どこにもいないみたいだけどー?」


 タイリクオオカミが示したのは材料置き場。広さはあるとはいえ、置いてあるものといえば木箱のような背の低いものがあるだけ。当然、巨大セルリアンが身を隠せる場所はない。

 プリンセスが咳払いをして皆を静かにさせると、タイリクオオカミの推理にやれやれと首を横に振った。


「何を言い出すかと思ったら。悪いけど、材料置き場にセルリアンが隠れる場所はないわ」

「たしかに、隠れる場所はないね」

「でしょ。それに、もしセルリアンがここに潜んでいたとして、あの大穴はどう説明するの? 穴を開けて外に脱出したセルリアンが、再び材料置き場へ戻ってきた? 悪いけど、そんな時間はなかったと思うわ」

「それについては私も同意見かな。外に出たセルリアンがわざわざ戻ってくるってのも変な話だ」

「だったらこんなところで時間を無駄にしないで外を守ったらどうなの! 私たちは忙しいの!」


 ふん、と肩を怒らせて作業に戻ろうとするプリンセス。その背を引き留めるようにアミメキリンが声を張り上げた。


「……一つだけ方法があるわ!」


 プリンセスが硬直して振り返る。周囲の者がざわつくのも気にせず、アミメキリンは続けた。


「セルリアンの隠れられる場所はない。確かに、あの巨体だったらどこにも隠れられないでしょうね。でも、形が変わっていたとしたら? 別の物に変化していたら何も問題ないわ」

「……姿を変えるセルリアンなんて聞いたことないわね」

「聞いたことなくて当然よ。だって、あれはセルリアンじゃないんだもの」

「おいおいおい。そりゃどういうことだ?」


 イワビーが呆れたと言わんばかりに声を荒げた。


「セルリアンじゃないんだとしたらよ。俺たちが昨日見たのは何だったんだ」


「あれも全部偽物よ。何者かによってあらかじめ用意された偽セルリアンってとこかしら」

「お前、自分が何を言ってんのかわかってんのか?」

「もちろん。セルリアンに似た物を用意し、それが襲いかかってきたように見せかける。用済みになったあとは形を変えてしまえば気づかれる心配もない。簡単な話よ」

「へえー。その言い方だと、まるで誰かがやったみたいな言い方だな」


 嫌味のつもりで言ったイワビーだったが、アミメキリンは顔つきを崩さない。冗談でもハッタリでもない。真剣そのものの表情に、イワビーは思わず後ずさる。


「マジかよ……」

「思い返してみれば、あのセルリアンの挙動は妙だった」


 タイリクオオカミが一つ一つ根拠を示していく。弱点のはずの海水から現れたこと。姿を表してから一度もフレンズを襲わなかったこと。フルルを捕らえたにも関わらず、吸収することなく手放したこと。あのような巨体にも関わらず、今の今まで行方が分からないこと。


「何もかもセルリアンらしくない。そう思わないかい?」

「そりゃあ、言われてみればたしかに……そうだけどよぉ」


 ジェーンが手を挙げた。


「でも、あのセルリアン。ステージにいる私たちに向かってすごい勢いで迫って来ましたよ。そのせいでへたりこんでしまった私を、アミメキリンさんが助けてくれたんじゃないですか」


 そうだ、と賛同の声を上げたのはコウテイだった。


「あのとき確かにセルリアンは私たちに襲いかかってきた。それにだ。あのセルリアンが偽物だと言うんなら、そもそもどうやって宙に浮かばせたんだ。あれが偽物だって証拠はあるのか」


 タイリクオオカミが手に持っていた物をコウテイに放り投げた。思わず受け止めたコウテイは、手に収まるサイズのそれを見た途端、息を飲んで床に取り落とした。周囲の者が短い悲鳴を漏らして後ずさる。床に転がる青い塊。それはまさしく――


「せ、セルリアン……!」

「その通り。具体的に言うと、これはセルリアンの模型だ」


 恐々とするペパプたちを横目に、タイリクオオカミは平然とセルリアンを拾い上げた。改めてペパプたちに見せつける。独特の真っ青な体色に、白黒の目玉がギョロリと描かれている。パッと見ただけでは本物と見まがうリアルさだ。


「今朝アメリカビーバーに譲って貰ったんだ。つい最近依頼されて作ったものらしいんだが、まるで本物みたいだろう」

「そ、それがどうしたって言うんだよ」


 イワビーが言葉を詰まらせながら言う。昨日のことがあったからだろう。強ばった表情は明らかに怖がっている。


「そんなちっこい模型が、昨日のセルリアンに関係あるわけねーだろ」

「関係あるわ」


 これにはアミメキリンが答えた。


「知らない人も多いんだけど。あの子、何かを作るときは必ず小さな模型を作るの。大きいものであればあるほど、失敗しないために小さな模型をたくさん作るのよ」

「つまり、あれか? このセルリアンはただの模型の模型ってやつで、もっとでっかいやつもあるってことか」

「……その通り。それも物作りの得意なビーバーが寝込むくらいの大きさ。ビーバーの住みかに入りきらないような巨大なセルリアン模型をね」


 補足するようにタイリクオオカミがスケッチブックを広げた。探偵事務所の看板製作を依頼しにいったときのアミメキリンの記憶をもとにしたビーバーの住みかが描かれていた。窓から身を乗り出して手を振るアメリカビーバーとプレーリードッグの大きさから、住みかの巨大さがよくわかる。

 イラストを見た瞬間、イワビーの表情が衝撃に凍りついた。イラストとセルリアンを見比べて、よろよろと後ろに下がる。他のメンバーも同様に驚愕の色を浮かべている。


「おい……その大きさってまさか」

「作ったときは色を塗ってなかった上に、持ち運びやすいようにバラバラにしてたからそれが一体なんなのか分からなかったそうね。でもこれで分かったでしょ。″巨大セルリアン正体、それはビーバーが作った模型″だった。そして、模型作りを依頼した者はペパプの関係者。つまり、犯人はこの中にいるのよ」






 材料置き場にアミメキリンの声がこだまする。沈黙するペパプたち。互いに顔を合わせ、信じられないという具合に何事かを囁き合う。


「なんでペパプって言い切れるわけ?」


 ずいっとプリンセスが足を踏み出した。アミメキリンらからペパプたちを隠すように前に立ちはだかる。


「二人の説明でセルリアンの正体が模型"だったかもしれない"ということは分かったわ。じゃあ、どうして犯人がこの中にいるって断言できるわけ」

「ビーバーたちが教えてくれたんだ。依頼人はペパプだったとね」


 これにはタイリクオオカミが答えてくれた。


「ペパプから、舞台用の大道具ということで依頼されたらしい」

「つまり、ビーバーたちは私たちのうち誰かの姿を直接見たってことかしら」

「……いや、見てはいないね」


 依頼は紙に描かれたイラストによって行われた。そのイラスト自体も、伝言ゲームのように何人も経由して運ばれたため、依頼人が誰なのかも分からない。唯一"ペパプからの依頼"という情報だけは最後まで残ったが、誰が依頼者なのか、依頼主が誰なのかはとっくに分からなくなっていた。完成したセルリアンの模型も、指示された場所に一晩置いておいて欲しいということだったので引き取り人が誰だったのかもよく分からなかった。

 そのことを説明すると、プリンセスがやれやれと失笑しながら首を振る。


「それじゃあ私たちが依頼したとは言い切れないじゃない。別の誰かがペパプを名乗ってやったのかもしれないわ」

「可能性としては、それもあり得るかもね」

「だったら私たちに変な言いがかりをしないでちょうだい!」


 噛みつかんばかりに声を荒げるプリンセスに、アミメキリンはポケットに隠していた紙切れを突きつけた。くしゃくしゃに折り目の付いたそれを目にした途端、プリンセスは息を呑んだ。


「それは……」

「ビーバーたちから貰ってきた"もう一つの証拠"、セルリアンの依頼書よ」


 中央に描かれたセルリアンを表す巨大な丸。すぐ横に棒人間のフレンズを描くことで、どれだけ大きなものかがよく分かるようになっている。簡素な絵だが、必要な情報は分かりやすく描かれていた。


「フレンズからフレンズへ。言葉で伝えるだけでは、どうしても途中で必要な情報が失われてしまう。イラストを渡すようにすれば最後まで伝えることができる。いい手だと思うわ」


 アミメキリンは続けた。


「でも、絵を描けるフレンズはそう多くないわ。何かを指示できるほどちゃんとした絵を描けるフレンズとなると、もっと少ない。私の覚えてる限り、絵が描けるフレンズは三人。タイリクオオカミ先生とさばくちほーのスナネコ。そして……コンサートの段取りを分かりやすくペパプに共有する必要のあるマーゲイ、あなたよ」


 全員の視線がマーゲイに集まる。名前が出るや否や、弾かれたようにマーゲイが早足に出口に向かおうとする。それをタイリクオオカミが肩を掴んで引き留めた。片手にセルリアンの模型をちらつかせながら。


「そういえば、このセルリアンも最初は色を塗ってなくてね。ステージ修理用のペンキ、使わせてもらったよ」


 俯いたマーゲイの顔色がさらに悪くなる。震えるほどぎゅっと握りしめられた拳は血の気がない。

 と、驚愕するペパプたちの隙間からプリンセスが飛び出してきた。マーゲイを掴むタイリクオオカミの手を払い除ける。敵意をむき出しにタイリクオオカミを睨みつけた。


「……どうやってやったっていうのよ」


 ついでアミメキリンを睨む。


「マーゲイがやったって決めつける前に、あのセルリアンをどうやって仕組んだのか説明しなさいよ。ペンキが何? それが証拠になるとでも? 勝手に決めつける前に、どうやったのか説明したらどうなの」


 普段のプリンセスからは想像できないような、相手を脅しつける声と形相。思わずたじろぎそうになるのを、アミメキリンは必死でこらえた。探偵とは真実を明らかにするもの。ここまできて逃げるわけにはいかない。真相はすぐ目の前にある。あとは真実を伝えるだけなのだから。


「いいわ。お望み通り、教えてあげるわ。この事件の真実と真相を」


 一つ息を吸い込む。タイリクオオカミの横に並び、彼女の手を握る。震える自分の手のひらを痛いほど力強く握りしめてくれたのに、探偵は真実を明らかにする最後の決意を固めた。


「セルリアンは最初から会場に用意されてたの。色を塗った状態でプールの底に沈められていた。プールの壁や床は青く塗られてるから、目の部分を下にしてプールに沈めておけば、上から見ただけではまず分からないでしょうね」

「おまけに会場周辺はフレンズが近づかないようにしていた。ペパプの練習も直前まで控え室の中で行われていた。プールの底にセルリアンがいるなんて気がつく者はまずいないだろうね」

「そして、プールの底のセルリアンを持ち上げたトリックには″これ″を使ったの」


 アミメキリンが残骸の中から先日見つけたロープを引っ張りあげた。片方に結んだ形跡のある長いロープだ。


「ロープの片方をセルリアンに。もう片方を天井の梁を跨いでスピーカーに結びつける。きのうプールの底にスピーカーが二つ沈んでるのを見つけたわ。片方のスピーカーにはロープが結びつけられたままだった」

「その状態のまま、ステージ上にペパプを呼び出すためにリハーサルを開始した。ステージは暗かった上に照明が調製されていた。水面から梁に向かってロープが伸びてても分からない」

「そして全員が位置についたことを見計らって、マーゲイは行動を起こした。ライブの演出のために梁の上に移動したマーゲイは、まず、大音量のノイズを流してメンバーが不用意に動いてしまうことを阻止したの。その上で照明を消した。幸いマーゲイは夜目が効くわ」

「照明を消してすぐ、きみはロープを取り付けたスピーカーを落下させたんだ。重たいスピーカーが落ちれば、梁を支点にロープは巻き上げられる。セルリアンがプールから飛び出し、まるで宙に浮いたみたいになる。そして、照明を点けた」


 まばゆい光とともに、突然現れた巨大セルリアン。驚愕と混乱のさなか、それが作り物と気づける者はいないだろう。


「ペパプたちがセルリアンを発見したのを見計らい、次にマーゲイはステージの真上の梁に事前に取り付けていたロープをセルリアンに結びつけた。そして、スピーカーがくっついてる方のロープを切ったの。スピーカーという重りのなくなったセルリアンは、今度はステージ上の梁を支点に行ったり来たりをするようになる。上空を飛び交うセルリアンの出来上がりってわけよ」

「そうして十分ペパプを怖がらせたあと、タイミングを見計らってこっちのロープも切断した。材料置き場に飛んで逃げていくセルリアンの完成だ」


 アミメキリンとタイリクオオカミの息の合った推理ショー。唖然とたたずむペパプの面々。信じられないといった面持ちでお互いを、アミメキリンたちを、マーゲイを見比べている。唯一、床に視線を落としたまま凍りついてるのはマーゲイだけだった。口を固く閉じ、沈黙のまま二人の推理を聞く彼女の姿は、まさに暗にそれが真実であると物語っているようだった。


「聞いていいか」


 コウテイが手を挙げる。


「正直いまの話が真実だなんて、私には信じられない。だって、作り物だったとしたら、フルルのことはどう説明するんだ。材料置き場へ行ったセルリアンもどこへ消えたんだ。壁に開いた穴もどう説明する。模型をぶつけたくらいで壊せる壁ではないだろう」

「……その三つも説明可能よ」


 悲痛な眼差しを受け、アミメキリンが視線を下げる。


「ステージの上に現れたセルリアンが首をかしげるように傾いてたのを覚えてるかしら。あれは恐らく、片方のロープが外れて重心がずれてしまったからよ」


 プールに沈んだスピーカーは二つ。ロープもそれぞれに二本あったはず。一本がスピーカーにくっついたままなら、もう一本はいまアミメキリンが持っているロープということになる。


「結んでた跡があることから、このロープが緩んだ側のロープであると考えて間違いないわ。スピーカーが外れ、切断し損ねたこのロープはセルリアンと共にステージ上を行き交った。おそらく、そのときフルルの足に巻き付いてしまった」


 ブーツに残った跡。あれはロープの跡だったのだ。


「そして、フルルを引っかけままセルリアンは材料置き場へ落下した。落下の衝撃でフルルは投げ出され、そしてセルリアンは――」


 アミメキリンが言い終わるや否や、タイリクオオカミは手の中のセルリアンの模型を床に叩きつけた。パンっと乾いた音をたててバラバラに砕け散った模型は、周辺に転がった″青い壁の破片″に紛れて見分けがつかなくなった。


「――叩きつけられ、バラバラになったのさ。そして″最初から開けられていた穴″の周囲に転がってしまえば、あたかも壁の破片のように偽装できる」

「最初から壊されてた……? 証拠はあるのか」

「騒ぎの翌日、会場周辺に聞き込みをした結果、誰も物音を聞いてなかったんだ。この会場は防音性が高い。スピーカーのノイズが全く漏れなかったようにね。だが、壁が壊れればさすがに音は外に聞こえるはずだ。にもかかわらず、全く聞こえていなかった」

「穴のすぐ外に大きなブルーシートが引っ掛かっていたわ。おそらくあれを目隠しに使ったんじゃないかしら。もともとこの会場は至るところがボロボロに壊れてるわ。壁が一部隠れてたくらいじゃ誰も違和感を感じないでしょうね」


 再び重苦しい無音が降り積もる。誰も二人の推理に異議を挟まない。もはや事件の全貌は明らかだった。諦めたように肩を落とすコウテイ。握り込んだ拳を震わせるイワビー。下を向いて涙を堪えるジェーン。耳を塞いで踞るフルル。そして、無表情でマーゲイを見つめるプリンセス。


「私が……やったわ」


 プリンセスが口を開きかけたそのとき、ぽつりとマーゲイが呟いた。


「二人の推理通りよ。私が一人で計画して、一人で実行したの」

「マーゲイ、あなた……」

「これでいいんです。プリンセスさんはペパプに必要な存在ですもん」


 プリンセスの言葉を遮り、マーゲイがアミメキリンたちの方へ歩み出る。


「これ以上みんなに迷惑はかけられません。認めるわ。全部私が一人でやったのよ」


 どこか毅然とした態度で二人を一瞥するマーゲイを、しかしアミメキリンの探偵は悲しい顔で見つめる。


「本当に一人でやったって言い張るの?」


 アミメキリンに問われ、マーゲイがぎこちなく頷く。そうか、とタイリクオオカミがため息混じりに呟く。


「なるほどね。この期に及んで、きみはまだ真実を隠そうとするんだね」


 タイリクオオカミの冷ややかな声に、マーゲイが硬直する。


「そ、それはどういう意味」

「君一人でこのトリックはなし得ないんだ」


 タイリクオオカミは構わず続ける。


「本来、ここに私たちが訪れる予定はなかった。コウテイたち一部のメンバーが独断で呼んだからね。そのせいでせっかく準備したトリックを一時的に隠蔽する必要が出た」

「具体的には私たちがステージの方で作業する間」


 タイリクオオカミの言葉をアミメキリンが引き継ぐ。


「作業後はともかく、私たちと一緒だった作業前にこの隠蔽工作は不可能よ。誰かに手伝ってもらう必要がある。この中にいる、誰かに」

「それって……」


 今まで押し黙っていたフルルがぽつりと漏らす。


「……共犯者って言うんだよね」


 全員が互いを見比べて距離を取る。メンバーたちの中に現れた間隙を、アミメキリンは苦々しく思った。


「控え室からステージまでの道は廊下のみ。これは私たちが通ってたから使えない。材料置き場の穴から出入りしたとしても、扉が封鎖されててステージには抜けられない。となると高い壁に囲まれたステージに入るプールの底のハッチを通るしかないわ」

「ハッチの扉は壊れて外れてしまっていた。共犯者が出入りしたときに壊してしまったんだろうね」

「初めてステージに入ったとき、床の一部が濡れていたわ。誰も足を踏み入れていないステージが濡れていた理由はただ一つ、誰かが抜け穴を使用したからよ」

「デタラメよ!」


 マーゲイが叫んだ。


「そんなの想像でしかないわ! ハッチはずっと前から壊れてたかもしれないじゃない。ステージが濡れてたのも、何か他の原因があるかもしれない。私が犯人なの! それでいいじゃない!」

「それは違うわ」


 アミメキリンがぴしゃりと言い放つ。


「ハッチは事件の直前に壊れたのよ。これがその証拠よ」


 言ってアミメキリンがトンカチを取り出した。きのう、自分が作業に使用し、プールに落としてしまったものだ。


「事件のあとプールの水が真水から海水に変わっていたわ。たぶん蓋が壊れて外部から海水が入ってしまったからね。そして壊れた蓋の近くに″これ″が落ちていた」

「ステージで作業中、アミメキリンが誤ってプールに落としたトンカチだ。だが、トンカチが当たったくらいで蓋は外れたりしない。そこから考えられるのは一つ。トンカチは蓋の蝶番に当たった。衝撃で歪んだ蝶番を、その後無理矢理開けようとしたため、壊れて外れてしまったんだ」


 タイリクオオカミの言葉にマーゲイが怯んだ。「いまだ!」タイリクオオカミが目線で合図してきたのに、アミメキリンは頷き返す。


「共犯者は驚いたに違いないわ。仕掛けを隠すときは何も起こらなかったのに、二回目に通り抜けようとしたら壊れちゃうんですもの。きっと焦ったでしょうね。扉が外れてしまった。だけど仕掛けはもとに戻さないといけない。だからとりあえず蓋をそばに置き、仕掛けをもとに戻し――慌てて結んだからロープも緩みやすくなってしまった――、ハッチに潜って外に出た。想定外の出来事に時間を浪費してしまったせいで、びしょびしょの体を拭けずにみんなに合流するはめになった。そうでしょう!」


 共犯者に向かって、アミメキリンが指を突きつけた。マーゲイが泣き声に近い悲鳴をあげた。ペパプたちが驚愕の声を漏らす。混乱の渦中。ただ一人、突きつけられた指を真っ向から睨み付ける者がいた。それは――


「湖に落ちてしまったと言い、濡れたまま合流してきたプリンセス! あなたが共犯者よ!!」






 名指しされたプリンセスの周囲に隙間が開く。その隙間を縫うように飛び出してきたマーゲイが倒れ込むようにプリンセスの足にしがみついた。


「プリンセスさん。お願いです! 違うって言ってください。自分は関係ないって。悪いのはマーゲイだけだって」


 最後の方はほとんど言葉になっていなかった。スカートにすがり付いて泣きじゃくるマーゲイ。彼女の頭を、プリンセスがやさしく撫でる。


「いいのよマーゲイ」


 落ち着き払ったその仕草は、どこか諦めた風情すらあった。


「もう……いいの」


 言って、探偵たちを振り返った。


「……いつから私だと?」

「ステージでの作業が終わったあと、ジェーンと私たちの三人で別室にいるプリンセスを呼びに行ったんだ。そのとき、ジェーンしか喋っていないにも関わらず、ドアの向こうに三人いると知っていた。私かアミメキリンがステージに残っているかもしれないのにね」


 タイリクオオカミが言った。


「あのとき別室にいたのはマーゲイなんだろう。一足先にステージを離れたマーゲイは、予め別室に待機していたプリンセスと入れ替わったんだ。外から回ったプリンセスがステージで仕掛けを戻しておくあいだ、彼女のふりをするために」


 マーゲイは声色を使い分けることができる。ドア越しで気づける者はいないだろう。

 プリンセスがやれやれと首を振る。その所作に余裕すら感じられるのは、完全に諦めてしまったからか。


「まいったわね。マーゲイが綻びになるんじゃないかって心配してたのに、本当にそうなるとわね」

「あなたにも怪しいところはあったわ」


 アミメキリンの言葉に、プリンセスが先を促すように首をかしげた。


「フルルがセルリアンに連れ去られたとき、あなたはコウテイの怪我のことしか気に掛けていなかった。あれだけセルリアンのことを恐れていたにもかかわらず、連れ去られたフルルのことはまるで眼中になかったわ。あのセルリアンが偽物だと知っていなかったらあり得ないことよ」

「とっさのことについ本心が出てしまうだなんて。我ながらアイドル失格ね」


 自嘲の混じった笑みを浮かべるプリンセス。


「私がセルリアンを攻撃しようとしたとき、転んで私に向かって倒れてきたね。それも意図してやったことかい?」

「そうよ。あそこでセルリアンに手を出されたら偽物だってバレてしまうもの。そんなことで計画をダメにされたくなかったのよ」

「材料置き場の扉に鉄板を貼り付けたのも?」

「ええ。本当なら材料置き場から外に逃げたセルリアンをマーゲイが倒すという筋書きだったのよ。鉄板はその間の時間稼ぎ用だったの。まさかフルルが着いてきてしまった上に、すぐに破られてしまうとは思わなかったわ。あれだけ練習したのに、本番はうまくいかないものね」

「その言い方だと、まるできみが主犯のようだね」


 タイリクオオカミの皮肉に、果たしてプリンセスは肯定するように弱々しく微笑んだ。


「そ、犯人は私。マーゲイは単に手伝ってもらっただけ。慎重に慎重を重ねた計画を確かなものにするために、ね。まぁもっとも、あなたたちのせいで全部バレちゃったんだけどね」


 ペパプたちの間からバッとイワビーが飛び出した。プリンセスの言葉遣いが逆鱗に触れたらしい。プリンセスの前に躍り出たイワビーは、止める間もなく彼女の顔面に拳を叩き込んだ。


「てめえ!」


 吹き飛ばされたプリンセスを、さらに馬乗りになって殴り付ける。怒りに任せて何度も手を振り下ろす。


「おまえっ、自分が何をやったかっ、わかってんのかっ。みんなを怖がらせてっ、コウテイに酷いことしてっ、マーゲイを巻き込んでっ。おまえなんかっ、仲間でも何でもないっ。おまえなんかっ、おまえなんかぁっ!」


 見かねたアミメキリンがイワビーをプリンセスから引き剥がした。なおも殴ろうと暴れる彼女を数人掛かりで押さえ付けている時だった。


「……ごめん、なさい」


 ぽつり。ともすれば消え入りそうなかすかなプリンセスの声。マーゲイに支えられて半身を起こせば、止めどなく流れだした涙が頬を濡らす。


「ごめんさい……。誰も傷つけるつもりなんてなかったの。少し脅かすだけのつもりだったのに。なのに、なんで……どうしてっ」

「きみはセルリアンのことを非常に恐れていた。今回のことはそれが動機かい」


 タイリクオオカミの問いに、プリンセスは頷く。


「あの黒い大きなセルリアンを倒してから、みんなのセルリアンに対する考え方が変わってしまったわ。“私たちでも倒せる”、“怖がる必要なんてない”、“セルリアンなんて大したことないんだ”」


 泣き腫らした目がぐるりとペパプたちを見渡す。


「でも、私たちはとても弱い。ヒグマやライオンなんかとは比べものにならないほどに非力な存在よ。今はうまくいってても、この先もうまくいくとは限らないわ。いつかきっと、確実に終わりがやってくる。誰かが欠けたら、残された他のメンバーはどうなるの。応援してくれてるファンはどうなるの……」


 フレンズはセルリアンに対してとても無力だ。逃げても逃げても現れ、ほんの少しでも隙を見せれば襲われてしまう。そして、飲み込まれればそれでおしまい。友情も思い出も、すべて永久に失われてしまう。


「……私たちは逃げ続けなければならない。みんながみんなでいるためには、それしかない。それを分かって欲しかった。だけどどんなに説明しても誰も聞いてくれなかった。だから、分からせたかった」


 アミメキリンはイワビーから手を離した。もう暴れたりしなかった。誰も身動きをしようとしない。ただプリンセスを沈痛な面持ちで見下ろしていた。


「身勝手に巻き込んで……本当にごめんなさい……」


 両手で顔を覆うプリンセス。指の間から嗚咽とともに涙がこぼれ落ちる。震える背中に手を回したまま、マーゲイもまた肩を震わせる。

 大穴の前。セルリアンの破片のまっただ中の二人きり。不器用なアイドルの物語はこうして終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る