捜査編④――見えてきた真実

 その後も会場内を調べたが、これといった発見はなかった。時間ばかり過ぎていき、気がつけば昼を回っていた。依頼が長引きそうだということをアリツカゲラにも伝えておきたい。そういうことで、二人は一旦ロッジへ戻ることにした。

 ロッジに着いたころにはすっかり日が暮れていたが、肝心のアリツカゲラはまだ戻ってきていないようだった。このまま何もしないで彼女を帰りを待つのも手持ち無沙汰ということで、とりあえず集めた情報を整理するために探偵事務所に集まった。机の上にスケッチブックに描き込んだイラストを並べ、二人で見比べる。


「間違いありません。犯人はマーゲイです!」


 スケッチブックを広げて証言を確認しているタイリクオオカミに、アミメキリンが力強く宣言する。


「あの焦り方、怪しいです。セルリアンが現れる前からずっと姿を見えなかったのも気になります。先生もそう思いませんか」

「確かに彼女は怪しい。だけど証拠がない。それに大きな問題が一つある」


 パタンとスケッチブックを閉じたタイリクオオカミがアミメキリンを見やる。


「もし彼女が犯人だとして、どうやってあんな大きなセルリアンを操れたんだろうか」

「そ、それは……」


 言いよどむアミメキリンにタイリクオオカミは話を続ける。


「しかもセルリアンが現れたとき、マーゲイは鉄骨の上にいたんだ。つまり一番近い場所にいたということだ。下手すると自分が襲われかねないにも関わらず、そんな危険な真似をするだろうか」


 言われてみれば確かにそうだ。照明装置は直接操作する必要がある。マーゲイが意図的に照明を消したのであれば、彼女は絶対に鉄骨の上にいなければならない。会場を暗闇にし、何らかの方法でプールに潜ませていたセルリアンを引き上げる。もしかすると最初の犠牲者になっていたかもしれないのだ。


「あまり考えたくないんですけど……。マーゲイ、セルリアンに食べられても構わないっていう気持ちだったとか。ペパプたちをすっごい恨んでて、自分が動物に戻ってしまってもいいってくらいの気持ちだったとか」


 タイリクオオカミが額を抑えて考え込む。が、すぐに首を振って否定した。


「それはないだろう。君の言うように自暴自棄になってたとしたら、コウテイが怪我をしたと聞いてあんなに取り乱したりしないはずだ。彼女はペパプに恨みを持ってない。それは確実だ」

「でも、状況を見ればマーゲイが一番怪しい」

「セルリアンは利用したが、ペパプを傷つけるつもりはなかった……か」


 二人は顔を見合わせた。その後もしばらく意見を交換し合ったが、これと言った結論には至れなかった。思わずため息が漏れる。あれでもないこれでもない。まさに出口があるか分からない迷路に迷い込んだようだ。

 こんがらがった思考を弄ぶようにイラストを見下ろしていると、廊下の方からパタパタと足音が近づいてくるのが聞こえた。ドアを開けて様子を見に行くと、廊下の向こうからアリツカゲラが歩いてくるのが見えた。何か考え事をしてるのか、しきりに首を捻っている。


「ねえアリツカゲラ」


 部屋の前を通り過ぎかけたところでアミメキリンが声を掛けた。びくりと体を跳ね上げてアリツカゲラは振り返る。


「わっ、アミメキリンさん。ごめんなさい。気がつかなくて」

「もしかして今帰ったの? ずいぶん遅かったわね」


 アミメキリンたちがロッジを発つとき、ちょうどアリツカゲラも出掛けるところだったのだ。過労で倒れたビーバーのお見舞いに行くために。


「ちょっと向こうで長居しすぎちゃいまして」

「浮かない顔してたけど、考え事でもしてたのかい」


 タイリクオオカミが尋ねると、アリツカゲラが頷きながら部屋に入ってくる。机いっぱいに並べられたイラストの山に不思議そうに見下ろす。


「大したことじゃないんですけどね。ビーバーさんのことで少し。ビーバーさん、何でも最近ずっと忙しかったそうで、すっかり寝込んでしまってるんです。せっかくなのでロッジのベッドでゆっくりして貰おうかなって思ったんですけど、過労で倒れた人をわざわざ出掛けさせるのもなって、悩んでまして」

「へえ。あの子もこの島で一番物作りが上手だからね。依頼が立て込むのも無理ない話だろうね」

「それが……、依頼自体は少ないみたいなんですよ」


 少ない? と二人が聞き返す。はあ、とアリツカゲラもまたよく分からないというように首を捻っている。


「ビーバーさんが倒れたときに受け持ってた依頼はアミメキリンさんの看板と、ペパプからの舞台用の大道具だけだったみたいです。何でも、そのペパプの依頼してきた大道具が相当大きなものだったらしくて、完成して引き渡したと同時に倒れてしまったってプレーリーさんが……」

「待って。舞台用の大道具って?」


 アミメキリンが思わずアリツカゲラに詰め寄る。


「どんな大きさのだったか分かる?」

「ええっと……。たしかログハウス――こはんに作ったビーバーたちの家のことです――の中だと入りきらなかったって言ってましたから、本当に大きいと思います。運びやすいようにバラバラにできるように作って欲しいって依頼だったから、設計に苦労したとかって」

「変ね。そんな大きなもの会場にはなかったはず……」


 ちらりとタイリクオオカミを振り返る。タイリクオオカミが会場の全体図を写したイラストをつまみ上げてアミメキリンに示した。


「使われてない部屋にあったってことはないのかい。バラバラにして置いてあったとか」


 会場内には使用していない部屋が無数にある。念のため二人はそれらを一通り回って確認していた。

 アミメキリンは記憶を辿る。が、やはりそれらしい物を見た覚えはなかった。

 首を横に振るアミメキリンに、タイリクオオカミが思案げに顎先に拳を当てる。


「ペパプから依頼があって、ビーバーが制作した大道具。実際に作って渡したにもかかわらず会場のどこにも見当たらない、か」

「なぜでしょうか」

「普通に考えたら外に置いてあったとかだろうが、少なくとも今朝私たちが回ったときにそんなものは見当たらなかった。となると、会場の中でなおかつ見えない位置に置いてあったと考えるのが妥当だが……」


 会場内の見えない位置。あの規模の施設ならもしかすると一見しただけでは分からないような隠し場所があるのかもしれない。だが、まだリハーサルだって満足にできていないような時期に、そんなおかしな場所に仕舞い込むとは思えない。となると一番あり得そうな場所は……。


「水の中」


 アミメキリンがぽつりと呟いたのに、タイリクオオカミが興味深げに視線を上げた。


「水の中、か」

「あそこならすぐに簡単に出したり入れたりできます。あっ、大道具の中にセルリアンを入れておけば海水が入ってくるのも防げます! 先生、きっとこの事件の謎はそこに隠されて」

「でもそんなものをプールの中にあったら目立つだろう」

「ですよね……たはは」

「それにもし仮にプールの中にあったとして、それをどうやって空中に浮かせるんだい」


 もっともな意見にアミメキリンは苦笑しながらガックリと肩を落として椅子に座った。その拍子にパサリと自身のマフラーの端が机の上を撫で、イラストを何枚か落としてしまった。何でいつもうまくいかないんだろう、と、苛々混じりにイラストを拾い上げてマフラーを巻き直そうとしたそのとき、アリツカゲラがすっと手を差し出してきた。


「お邪魔でしょ。預かりますよ」

「ええ、でも悪いわ」

「アミメキリンさんとオオカミ先生は事件を考えるのに集中してください。ですからほら、ね」


 言って、アリツカゲラはアミメキリンの首からするりとマフラーを取り上げた。いつも晒さないうなじや首筋がすーすーする。何となく落ち着かないな、と思っていると、アリツカゲラは部屋の端にあった帽子掛け――とみんな呼んでるが、そこにちゃんと帽子を掛けたフレンズはかばん以外に見たことない――にマフラーを吊しに移動する。


「アリツさん。いつも悪いね」


 タイリクオオカミが言うと、アリツカゲラはふっと微笑んだ。


「いいんです。そうだ。よろしければあとでジャパリまんもお持ちしますよ」

「ありがたく頂くよ」


 微笑み合う二人。漫画家と管理人の親密で仲睦まじい光景に、しかしアミメキリンは別の物に目を奪われていた。

 アリツカゲラが帽子掛けにマフラーを掛けた。アリツカゲラ自身マフラーというものを弄り慣れてないせいか、長さが不揃いになってしまった。一方は床に着くくらい長いにも関わらず、もう一方は短すぎる。あら、とアリツカゲラが首をかしげて短い方を引っ張ると、長すぎる方のマフラーが上にあがっていく。――フックを支点に、一方が縮まり、もう一方が長くなる。

(マフラー……引っ張る)

 ――長さが変わる。長いのは短く、短いのは長く。

(これ、もしかして)

 ――引っ張られた紐は”支点”を軸にして移動する。

(セルリアンが現れた……そのとき確か”あれ”が)

 ――短い紐は長くなる。


「先生!」


 弾かれたように立ち上がったアミメキリンが思い切り机を叩いた。驚いたタイリクオオカミとアリツカゲラが目を丸くする。


「あ、アミメキリン。どうしたんだい。そんな大声を出したりして」

「先生! あれです! あれがセルリアンの真相です!」


 アミメキリンは帽子掛けの方へ駆け寄ると、フックに掛かったマフラーを掴んでタイリクオオカミに突きつける。引っ張られた拍子にマフラーはするりとフックを抜けて床に落ちた。一部始終を目で追っていたタイリクオオカミの目の色が変わる。ごくりと喉が鳴ったのが分かった。


「……こんなことが」


 ぽつり、と彼女が呟いた。


「こんなことが実際にできるのか……」

「分かりません。ですが、これを使えば何もかもスジが通ります」

「……手伝ってくれないか」


 言って、タイリクオオカミは同意を待たずに机の上のイラストを乱暴に払い落とすと、そこにスケッチブックを広げた。横から見たステージとプール、そして建物を挟んで向こう側にある材料置き場を簡単に描き込んだ。


「今から私が尋ねることをすべて正確に思い出して欲しい」


 タイリクオオカミが真剣な眼差しに、アミメキリンは無言で頷いた。


「ステージの上に掛かっていた鉄骨の場所と本数は分かるかい」


 記憶を遡る。ステージに足を踏み入れた直後に見上げた光景。頭上に何本も張り渡された無数の鉄骨。その一つ一つの向きと高さ。そのすべてが鮮明に思い起こしていく。

 ステージの広さ。壁の高さ。タイリクオオカミに聞かれるまま、アミメキリンは出来る限り正確に答え続けた。二人の推理を組み合わせて、やがて完成したスケッチブックに描き出された光景に、二人は愕然とした。


「これが真実……」

「……ああ」


 相当綿密な計画を持ってして作られたのだろう。本来ならすべて秘密裏に片付けられていたであろう事件の全貌に、二人は言葉を失った。

 唖然とスケッチブックを見下ろしていたアミメキリンの手のタイリクオオカミが握った。


「会場へ急ごう。明日の朝、すべて片付けられてしまう前に」


 会場の掃除を始めるとイワビーは言っていた。証拠を隠滅されてしまえば、何も出来なくなる。


「はい。今から急げば夜明けにはたどり着けます!」


 アミメキリンは頷くと、自分の首にマフラーを巻き直しに掛かった。その間に、タイリクオオカミが部屋の端で手持ちぶさたにしていたアリツカゲラを呼びつけた。


「アリツさん。帰ってきて早々申し訳ないんだけど、もう一度ビーバーのところへ飛んでもらえないだろうか。そこであるものを取ってきて欲しいんだ」



――次回、結末

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