事件編④――新たなる依頼

※6月2日7時半

間違って修正前のやつをあげてしまっていたので、修正しました。今後はしっかり見直して気を付けます…。

・タイリクオオカミのセリフを追加。(それに、あのとき転んだのは~)

・途中で終わっていた地の文を修正。(コウテイの乾いた笑い声が~)


 アミメキリンたちが控え室のドアを開けると、ちょうどラッキービースト数匹が出ていくところだった。足元をすり抜けていくラッキービーストの群れを跨ぎ越えると、控え室の奥。クッションまとめて作られた簡易的なベッドの上にシーツを被って横たわるコウテイの姿が見えた。


「みんな……」


 アミメキリンたちを認めて、コウテイが起き上がろうとする。が、突然顔を苦痛に歪めてシーツの上から片腕を押さえて踞った。横に座ったジェーンが丸まって震えるコウテイの背中を優しくさする。


「コウテイさん。まだ動いたらダメです」

「し、しかし」

「ダメです」


 そう言うジェーンの声には断固とした響きがあった。


「……わかった」


 コウテイは何とか頷くと、ジェーンの助けを借りてゆっくりと姿勢を座った姿勢に戻す。荒い息づかい。びっしょりとかいた脂汗は、文字通り激痛によるものだ。


「コウテイ」


 プリンセスが力なく呟いて、コウテイのそばに近寄る。イワビーとフルルもそれに倣う。アミメキリンもそばに寄ろうとしたが、タイリクオオカミにそっと肩を掴まれた。ゆっくりと首を振り、そっとしておこう、と視線で合図されたのに、アミメキリンも顔を下げて同意する。


「あなた、怪我したって」


 恐る恐るといった様子でプリンセスが尋ねる。コウテイが自嘲気味に笑む。


「ああ、恥ずかしい話だよ。セルリアンに驚いて転んだ拍子に、片腕を下敷きにしてしまってね」


 コウテイが無事な方の手でシーツを剥がした。ジェーンとイワビーが目を逸らす。軽い音を立ててシーツが床に落ちる。その下に隠れていた怪我の様子に、プリンセスとフルルが息を飲んだ。


「悲鳴を聞いたんだろう。駆けつけたラッキービーストが治療してくれたんだ」


 首から下がる輪っか状の布に、お腹の辺りで吊るされた腕は、肘から先が包帯でぐるぐる巻きにされている。不用意に動かないようにするためだろう。細い木材が腕に沿って伸びており、完全に固定されていた。

 一目見ただけで酷い怪我だと分かった。


「あいにくボスは怪我の具合については教えてくれなかったが、この様子だとどうも……折れてしまってるようだ」


 そんな、どうして、ひどい。思わず漏らした驚愕の言葉に室内は一時騒然とする。アミメキリン自身、思わず口にしていたかもしれない。

 フルルが口許を押さえて立ち上がる。


「ごめん、みんな。フルルこういうのちょっとダメみたい……」


 それだけ言うと、返事を待たずにフラフラと控え室から出ていった。パタリと閉められたドアを見ながら、コウテイが申し訳なさそうに視線を落とす。


「そういえばフルルはこういうの苦手なんだよな。悪いことしてしまったな」

「俺だって、正直吐きそうだよ」


 イワビーの得意の軽口も、いつもの元気がない分どこか浮わついて聞こえる。


「本当にヤバくなったらコウテイ、おまえに口移しで飲ませてやるよ」

「ちょうどいい。この体だとしばらく身動きできないからな」

「言ったな。アイドルに二言はなしだぜ」

「ははは。……ジェーンには本当に感謝する。最初から最後までずっと付いててくれて。辛かったろう」

「仲間を見守るのも、アイドルの勤めですもの。ですから気にしないで」


 にっこりと微笑みながら、ジェーンはコウテイの乱れた髪をそっと直してやる。その手が僅かに震えているのは、気のせいではないだろう。

 あの、とプリンセスがコウテイに身を乗り出す。


「コウテイ。私のせいでこんなことに」

「プリンセスのせいじゃないさ。全部セルリアンが悪いんだから。――そういえば、あれからどうなったんだ?」


 あの後の状況を、コウテイとジェーンにかいつまんで説明する。フルルを拐おうとして失敗したこと。壁に穴を開けて逃げ出したこと。それをマーゲイが追いかけていること。


「そんなことがあったとは。でも、それは全部セルリアンのせいだ。プリンセスは何も悪いことをしてない。どうか、責任を感じないでくれ」


 コウテイが励ますように片手をプリンセスの頬に伸ばす。プリンセスの瞳が揺れる。コウテイの手に指先を沿わせ、何かを言い掛けた。そのときだ。


「コウテイ、その――」

「コウテイさん!!」


 控え室のドアが勢いよく開かれる。息を切らしたマーゲイが飛び込むように部屋へ入ってくる。振り返ったプリンセスが驚いて彼女を見つめる。


「マーゲイ! どうして。材料置き場で待っててって……」

「フルルさんからここにいるって聞いたんです! それで居ても立ってもいられなくなって。それでコウテイさんは――」


 不意にマーゲイの言葉が途切れた。視線の先にはコウテイが。腕に巻かれた包帯を見て、すべてを悟ったのだろう。愕然と目を見開いたまま後ずさる。


「そんな。どうして……こんなことに」


 壁を背に当て、ずるずるとその場に座り込んだ。見開かれた両目から涙が流れ落ちる。


「わ、私が。私がちゃんとしなかったから、こんなことに。私が、私が……!」

「マーゲイ、落ち着いて」

「私のせいなんです! 私がちゃんとしなかったから。コウテイさんが怪我をして、フルルさんが危ない目にあって! 私のせいなんです!!」


 頭をかきむしりながら、悲鳴に近いマーゲイの叫び声が部屋に響く。

 どうしたらいいのか。アミメキリンが考えあぐねているそのときだった。立ち上がったプリンセスがおもむろにマーゲイに歩み寄った。泣きわめくマーゲイを見下ろし、片手を振り上げた。

 パンっと乾いた音が部屋に木霊する。アミメキリンが思わずつむってしまっていた目を開けると、赤くなった頬を押さえて呆然とプリンセスを見上げるマーゲイと、そのマーゲイを泣きながら見下ろすプリンセスの姿が。


「あなたのせいじゃない」


 プリンセスがマーゲイと視線を合わせるようにしゃがみこむ。涙が伝う。


「あなたは何も悪くないわ。あなたはお願いされたことをやっただけなんだから。悪いのは私よ」

「プリンセスさん……」


 マーゲイの目からぼろぼろと涙が落ちる。抱きつくようにプリンセスの胸元に顔を埋めると、声を上げて泣き出した。







 カタリと音を立てて、控え室のドアが閉まる。「マーゲイを落ち着かせてくる」と言い置いたプリンセスが、マーゲイと共に退出したのだ。二人の足音が遠ざかっていく。二人の悲痛な様子を思いだし、アミメキリンは胸の奥が締め付けられる。


「二人にもぜひ礼を言わせてくれ」


 ややあって、コウテイがアミメキリンとタイリクオオカミに頭を下げる。怪我が痛むのだろう。たったそれだけの動作が本当に辛そうだ。


「みんなから聞いたよ。二人がいなかったら、今ごろもっと酷いことになっていたかもしれない。本当にありがとう」

「礼ならよしてくれ。せっかく私たちがいたのに、君やみんなをしっかり守れなかったんだ。それに、あのとき転んだのは私が」


 言い掛けたのはタイリクオオカミを、コウテイは首を振ってとどめる。


「そんなこと言わないでくれ。私は手伝いのために二人を呼んだだけなんだ。二人がいなかったら、本当にどうなってたことやら」


 コウテイの乾いた笑い声が控え室にこだまする。浮わついて聞こえるのは、気のせいではないだろう。


「……腕の怪我、酷いのよね」


 アミメキリンが改まって尋ねると、コウテイが悲しげに腕に目をやる。


「ああ……。たぶん、今回のショーは無理だろうな」


 そんな、と思わず言ってしまったのはイワビーだった。信じられないという様子でジェーンを見た。ジェーンが首を振る。ここに運び込まれてから治療するまでの間ずっとコウテイと一緒だったジェーン。コウテイの怪我がどんなに酷いものなのか、嫌でも知っているのだろう。


「せっかくチケットも配って、君たちにも手伝ってもらったのに。謝らなければいけないのはこっちの方さ」

「こんなの悲しすぎるわ……」


 ペパプといえば、このパークを代表するアイドルユニットだ。島外からも多くファンが押し掛けると聞く。ファンたちの期待に応えるため、猛練習していただろう。ようやくここまで完成に近づけたのに。

 それがたった一瞬で崩れ落ちたのだ。

 思わず握ってしまっていた拳に力がこもる。こんな悲しいこと、納得できるはずがない。半日一緒だっただけの自分でもそう感じるのだ。彼女らの感じているであろう無念を考えると、目頭が熱くなる。

 俯くアミメキリン。隣のタイリクオオカミが励ますように肩に手を回す。コウテイが力なく笑う。


「まあ、なにも一生このままってわけじゃない。ちょっとしばらく安静にする必要があるだけさ。

 思えば最近はセルリアンを甘く見すぎてたんだ。プリンセスがあれほど気を付けろって言ってくれてたのに。今回のはそのバチが当たったのかもしれない」


 と、コウテイはジェーンに目配せをする。小さく頷いたジェーンは立ち上がり、部屋の端に他の荷物で隠すように置かれていた木箱を一つ、よいしょと運んでくる。


「とにかく。依頼した仕事はちゃんとやってくれたんだ。報酬を受け取ってくれないか」


 覗き込んでみると、木箱にはジャパリまんがぎっしり詰まっていた。


「これって」

「お二人のためにみんなでちょっとずつ貯めたんです。大変だったんですよ。プリンセスさんやマーゲイにばれないようにするの」

「持ちきれないなら運ぶの手伝ってやるぜ。心配すんなって。こっちはしばらくは暇になりそうだからな」

「そういうわけだ。受け取ってくれ」


 差し出される木箱を、アミメキリンは無言で見下ろす。今これを受け取ってしまえば、この件にこれ以上関わることはできない。コウテイは怪我をした。セルリアンはどこかへ消えた。何もかも途中でほっぽり出すことになるのだ。そんなもやもやを抱えたまま帰るなんてこと――できるわけがない。

 ちらりとタイリクオオカミの方を見やった。彼女も同じことを考えていたのだろう。目が合うと、アミメキリンに対して決意を促すように微笑んだ。アミメキリンは決心した。


「申し訳ないけど、これはまだ受け取れないわ」


 言って、アミメキリンは木箱をコウテイたちの方へ押し戻した。コウテイたちがきょとんと木箱のアミメキリンを見比べる。


「足りないってことか?」

「そうじゃなくて」

「お前、フルル以上にいやしんぼなんだな」

「いや、だから……」

「あんまり食べたら太りますよ」

「いやだから、私が食いしんぼとかそういうことじゃなーくーてー!」


 とぼけた会話の応酬を、アミメキリンは声を張り上げて止める。横でタイリクオオカミが声を押し殺して笑っているのは、とりあえず今は無視しておこう。一つ咳払いをして、ペパプたちを見渡す。


「会場が壊された上に、危険なセルリアンが近くに潜んでるかも知れない。オマケにメンバーの一人は大けがをしてしまってる。こんな中途半端で満足してしまったら、探偵失格よ」

「お前、探偵だったのか」


 イワビーが疑わしそうに尋ねてくる。アミメキリンは頷いた。


「そうよ。私は探偵アミメキリン! 悪を挫き、正義を貫くアミメ探偵事務所の名探偵なんだから。せめて危険は去ったと断言できるようになるまで、あなたたちのことを守らせてほしいの。だから報酬はそのときまで受け取れないわ」


 片手を胸にやり、ずいとコウテイたちの方へにじり寄る。困惑したようにお互いに視線を交すペパプたち。コウテイがタイリクオオカミを見やる。


「そんなこと、本当にお願いしていいんだろうか」

「私はアミメキリンについて行くだけさ。なんたって私はただの名探偵の助手だからね。この仕事、ぜひやらせてもらうよ」







「これでよかったのかい?」


 後ろ手に控え室の扉を閉めながら、からかうような笑みを浮かべてタイリクオオカミが尋ねる。扉の向こうからはアミメキリンたちに対する感謝の言葉がまだ聞こえている。アミメキリンは胸を張って大きく頷いた。


「当然です。ボディーガードも探偵の仕事ですもん。ここに来たのも何かの縁。依頼人はしっかり守らないと!」

「感心だね」

「名探偵なら当然ですって!」


 言って、アミメキリンはずんずんと廊下を進む。タイリクオオカミがその後ろに続く。やがて控え室から遠ざかり、もうコウテイたちに声が聞こえないくらい離れたころ、ふとタイリクオオカミは足を止めた。


「本当にそれだけかい」


 ひた、とアミメキリンは立ち止まる。タイリクオオカミを振り返り、ちらりとその背後を背後を窺い、誰もいないことを確認する。


「……先生はどう思います」

「突然現れたセルリアンによる大惨事、か。面白い物語であるとは思う」


 だが、とその顔から笑みが消える。


「物語として非常に出来すぎてる。妙に引っ掛かることが多い……」

「じゃあやっぱり先生もこの事件のことを――」

「いや、結論を出すにはまだ早い」


 言い掛けたアミメキリンをタイリクオオカミがぴしゃりと制する。


「いま結論を急げば、君も私も先入観を持って判断してしまいかねない。この事件がただの事故なのかそうではないのか、結論を出すにはまだ情報が少なすぎる。まずは情報を集めよう。お互いの考えを突き合わせるのはそれからでも遅くないはずだ」

「……そうですね」

「もし私と君が考えてることが事実なら。この事件、ただのセルリアン騒動じゃないかもしれないよ」


 アミメキリンはただ、静かに頷いた。時刻は深夜。夜明けと共に捜査は開始される。これは探偵として、自身が挑むことになる最初の事件。緊張に震える指先は、果たして真実を指し示すことはできるのだろうか。



――次回、捜査編

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