事件編③――フルルのゆくえ――
そのときだった。「わー」と驚いたようなそうでないような、緊張感のない間延びした声がどこからか聞こえてきた。
「今の声って」
「フルルの声だ!」
イワビーが弾かれたように立ち上げった。おい、と上に方に向かって声を張り上げる。故障したスピーカーが音を拾ってしまってるようで、ステージ中に声が乱反射する。おかげでフルルの居所が掴めない。アミメキリンが思わずタイリクオオカミを見やるが、彼女もまた世話しなく両耳を左右に動かすばかりで位置を把握できない様子だ。
「おいフルル! お前一体どこにいるんだ!」
「わかんないけどー。何か、材料とか機械とか、よく分からないものがたくさんあるよ」
「だからどこだよ! 特徴だけ言われてもわかんねーよ!」
憤慨するイワビーを宥めながらアミメキリンが思考を巡らせる。スピーカーが音を拾うということは、少なくとも会場のどこかだろう。会場内にあって、なおかつずっと出入りしているフルルやイワビーが知らない場所。乱雑に物が置いてあるというそこに、アミメキリンはひとつ思い当たる場所があった。
「……材料置き場ね」
ここに来た当初、たしかマーゲイが言っていた。ステージ裏に材料を置いてる空間がある。ファンが入り込まないよう、入り口を封鎖していると。
イワビーにそのことを伝えると、彼女も思い出したのか両手を打つ。
「あそこか! おまえやるなぁ」
「いやぁ、それほどでも」
イワビーが誉められて、照れたように後ろ頭を掻く。推理して誉められたのは初めてかもしれない。タイリクオオカミの反応を見ようと振り返るが、しかし彼女は青い顔で立っていた。
「先生……?」
「それはまずいんじゃないか。たしか、そこにはセルリアンが逃げていったはずだ……」
「え、あ……ああ!」
今更のように思い出した。頭上を飛び越えていったセルリアンがどこへ落ちたか。材料置き場の方へ行ったきりそれきり姿を見せてないセルリアン。もし次に標的にされるとしたら、それは逃げ場のない材料置き場にポツンと一人でいるフルルだ。フルルが危ない。
建物にいたせいでいまいち状況を飲み込めてないイワビーに、アミメキリンはそのことを伝えた。言い終えるや否や、イワビーは殴り掛からんばかりにアミメキリンの肩を掴んで揺する。
「それを早く言え!! おいフルル。セルリアンは? 大丈夫なのか? おい!」
イワビーが矢継ぎ早に質問するが、当のフルルは曖昧な返事を返してくるばかりで要領を得ない。これではらちが明かないと判断したのだろう。「もういい!」とイワビーは吐き捨てると、アミメキリンを押し退けて建物に駆け戻る。材料置き場に繋がる扉を力任せに殴り付けるが、頑丈に補強されたドアはびくともしない。
「くそっ開かないぞ!」
「まかせろ!」
タイリククオオカミの声にイワビーが飛び退く。扉の前に素早く移動したタイリククオオカミが勢いをそのままに飛び上がると、体をひねり、指先を叩きつけるように袈裟懸けに切り裂きに掛かった。打ち付けられた板材が扉と共に砕け散り、粉々になった塗料が煙のように舞い上がる。煙が晴れ、そこにはポッカリと扉が大きな穴を開けて――。
「くっ……」
「おいおいおい! どうなってんだよ!」
イワビーが叫ぶ。タイリクオオカミも目の前の光景に思わず目を剥いた。大きく裂けた部分から灰色の"なにか"が覗いている。硬く、わずかに光沢を持ったそれの正体に、一つ思い当たるものがあった。
「金属だ……」
言いながら、タイリクオオカミは内心舌打ちする。パーク中の遺物で似たような物を何度も見てきた。どれも非常に硬く、力のあるフレンズですら持て余すほどの強度を持っている。実際、先ほどの攻撃で表面に傷は付いたものの、到底打ち破れるほどのダメージには至っていないようだ。
これを力で何とかするのは無理だ。早々に見切りを付けると、タイリクオオカミはプリンセスを振り返った。先ほどと同じく、彼女はステージの上で膝立ちになったままだった。
「プリンセス! 材料置き場に行くにはこのドアしかないのか?」
焦りもあるのか、ほとんど叫ぶようにタイリクオオカミが尋ねる。しかし、当のプリンセスは放心したままで、聞こえていないようだった。
「そんな……コウテイ。なんで……こんなことに……」
「プリンセス!!」
フルルのことには気がついていないのか、それとも気にする余裕がないのか。進退窮まったタイリクオオカミが途方に暮れかけたころ、ふとプリンセスの背後が目に留まる。ステージの端からこちらに向かって、何かが走ってくる。
「みんなー!! どいてどいてどいてー!!」
アミメキリンの声だ。相当勢いを付けているらしく、全速力で走る彼女の背後では砂煙が上がっている。ドタドタと文字通り音を立ててステージを駆け抜けてくる彼女の姿に、タイリクオオカミは以前、ネタ探しも兼ねて訪れた図書館で聞いたことを思い出した。地上最大の動物であるキリンの脚力はすさまじく、放たれるキックの破壊力はとんでもないものになると……。
タイリクオオカミは慌てて外に飛び出すと、呆然とするプリンセスを担ぎ上げた。そのまま出入り口の方へとって返し、材料置き場へに繋がる扉を蹴りつけているイワビーの肩を叩いた。振り返ったイワビーは、恐怖の表情でプリンセスを肩に担いだタイリクオオカミの姿に、思わずたじろいだ。
「な、なんだよ!」
「そんなことはもういい。早く逃げるんだ」
「やなこった! 早くこの扉を壊さないと、フルルが危ないんだぞ」
「逃げないと君も一緒に破壊されるぞ」
反論しようとするイワビーに構わず、タイリクオオカミは彼女の腕を掴んで横に逃げた。数歩進む間もなく、すさまじい破壊音と共に背後から襲ってきた強烈な爆風に、三人は思い切り投げ出された。
タイリクオオカミが立ち上がる。体に被さった瓦礫と埃がパラパラと落ちていく。もうもうと立ちこめる土煙を掻き分けていくと、材料置き場のドアが周囲の壁を巻き込んで消えているのが見えた。もはや扉があった気配すらない。後ろでイワビーが目を丸くしている。
「すげえな」
「……もうあの子をからかうのは控えるよ」
壁"だったところ"に手を掛けて、恐る恐る中を覗き込む。材料置き場の大きさは表のステージと同じくらいといったところか。木材や照明装置の機械が所狭しと並んでいる分、かなり狭く感じる。
ちょうどタイリクオオカミたちの前方に、ひしゃげた鋼鉄の扉の前に倒れたアミメキリンが見えた。フルルの捜索をイワビーに任せ、駆け寄りかけたそのとき、すぐ近くの木箱のそばで立ち尽くす別の人影を見つけた。マーゲイだ。呆然とした様子でアミメキリンを見下ろしている。
「マーゲイ?」
タイリクオオカミの声にびくりと肩を震わせた。ひどく慌てた様子で二人を見比べる。
「え、あの、その。え、なんで……」
「フルルが材料置き場にいるみたいなんだ。見てないか」
「フルルさんが!? どうして……。や、その、私はセルリアンに突き飛ばされてここに、それで」
しどろもどろになった彼女のことはとりあえず置いておいて、アミメキリンの様子を検める。衝撃で伸びているらしかったが、マーゲイと話してる間に気がついたようだった。キリンの睡眠時間は短いと、本人が今朝自慢していたのを思い出した。
「あいたたた……。あ、先生! それとマーゲイも?」
「気がついたようだね。大丈夫かい」
「平気です。勢い余ってお尻と頭打っちゃいましたけど。――そんなことより、セルリアンは?! フルルは?!」
起き上がり様、アミメキリンが質問をぶつけようとしたときだった。「あっ!」とイワビーの大声が聞こえてきた。
「みんな来てくれ! フルルがいたぞ!」
声のする方へ駆け出す二人をマーゲイがやや遅れて追いかける。いくつもの物陰を走り抜けると、若干開けたところに出た。フルルとイワビーはすぐに見つかった。
「死ぬほど心配したんだぞ! 大丈夫か。怪我はないか」
「うんー? そんなに慌ててどうしたの?」
「セルリアンに襲われたんだぞ。慌てないはずねーだろ、このバカペンギン!」
キョトンとしたフルルの肩を、イワビーが泣きそうになりながら掴んで揺すっている。別段、怪我はしていないようだ。
「えっと。本当に何があったの?」
「あなた。セルリアンにここまで連れてこられたの。覚えてない?」
アミメキリンの質問に、しかしフルルは首をかしげる。
「よくわかんないんだけどね。足を捕まれて、ぐいって空に持ち上げられてね。気がついたらここにいたの」
「それがセルリアンだよ! 連れ去られ掛けてんじゃねーか」
突っ込みを入れたイワビーをキョトンと見つめ返すフルル。ようやく納得がいったのか、ああー、と声を漏らした。
「そっか。あれがセルリアンなんだー」
「そっかって……どんだけ心配したと思ってるんだよ」
「心配掛けてごめんね。よしよし」
「おまえなぁ……」
頭を撫でてくるフルル。とうとう堪えられなくなったのか、イワビーは言葉を詰まらせてフルルを抱き締めた。すすり泣く声が聞こえる。
フルルが無事だったことにほっと安堵するアミメキリン。感動の再会につられて泣きそうになり、視線を逸らす。異様な光景に気がついたのはそのときだ。
フルルが見つかったのは、ちょうど外壁のすぐそばだった。表のステージと同じく、青色に塗られた背の高い壁。それが一部、大きく抉られていたのだ。会場の外の景色が見えるほどの大きな穴。壁の破片が辺り一面に散らばっている。
「なに、この穴は」
「ステージで大きな音を聞いたが、それじゃないかな」
タイリクオオカミの言葉に、そういえば、とアミメキリンは思い出す。セルリアンが飛び去った直後、材料置き場の方から大きな音が聞こえてきた。セルリアンが衝突してできたのなら、恐らく相当な勢いだったのだろう。
しかし、とアミメキリンは周囲を見渡す。ここにセルリアンが来たのは間違いない。なら、肝心のセルリアンはどこへ消えたのだろう。激突してパッカーンした? それならバラバラになったセルリアンの欠片が転がってないとおかしい。外に逃げた? でもこんな大穴を開く衝撃を耐えられるものだろうか。
アミメキリンはマーゲイを振り返る。一番最初にここにやって来た彼女なら何か知ってるかも。
「ねえマーゲイ」
名前を呼ばれビクリと肩を震わせるマーゲイ。
「な、な、何かしら?」
「あなた、たしかセルリアンに突き飛ばされてここに落ちたって言ってたわよね? そのあとセルリアンがどうなったのか、見てない?」
「それは。その……私は、ええっと……。ごめんなさい、暗くて見えなくて、その」
「夜行性なのに? たしか、サーバルは夜行性は暗くてもよく見えるって」
「いやその……そうじゃなくて、見えなかったと言うか……」
焦るあまり、上手いこと言葉が出てこないのだろう。パニック気味のマーゲイの返事を待っているときだった。出入り口の方から近づいてくる人影があった。
「外に逃げたのね」
全員が声の方を振り返る。身体中の埃を払い落としながら、プリンセスがやってきた。何とか平常心を取り戻せたらしい。
「プ、プリンセスさん」
「ここにいないってことは、外に逃げたってことなんじゃないかしら」
材料置き場の様子を見回しながら、プリンセスは言う。
「あの大きさなんだから、きっと壁にぶつかっても平気だったに違いないわ。それで、きっとそのまま外に逃げたのよ」
「プリンセスさん……。そ、そうだった気がします。いえ、プリンセスさんの言うとおりでした。ぶつかったあと、あの穴から外へ飛んで行ったんです。間違いないわ」
「フルルも見てたよ。壁に当たった後、そのまま消えていったんだー」
抱きしめられたままフルルが言う。タイリクオオカミがやや考え込むように顎に手をやった。
「それだと近くのフレンズたちに警告したほうがいいかもしれないね。あの大きさだ。下手を打つと被害が拡大しかねない」
「そうね。マーゲイ、ちょっと行ってもらっていいかしら」
「私も行こう。人手があったほうがいいだろう」
「マーゲイならこの辺りの地理に詳しいわ。万が一のときの隠れ場所も把握してる。他に誰かが行ったらそれこそ危険よ」
「わかった。それなら私はここに残ろう。セルリアンが戻ってこないとも限らないし、何よりコウテイが心配だ」
コウテイの名を口にした瞬間、ハッとマーゲイが顔を上げた。掴みかからんばかりの勢いでタイリクオオカミに迫る。
「コウテイさんが?! 何があったの?!」
「わ、私たちもよく分からないんだが、どうやら怪我をしたみたいなんだ」
「怪我だなんて、そんな……」
マーゲイがふらふらと後じさる。唖然とした様子の彼女の腕を、プリンセスが掴んで引き留める。
「コウテイのことは私たちに任せて。あなたはできるだけみんなにこのことを伝えに行ってちょうだい」
「ええ、でも」
「いい、マーゲイ。フレンズたちに知らせたらすぐにこの材料置き場に戻ってきて。そこで私が必ず何があったのか教えるから。今はみんなの安全を優先して」
プリンセスのマーゲイの手を強く握る。真剣なまなざしに、マーゲイは不安を掻き消すように首を振ると、力強く頷いてみせた。
「分かりました。外のことは私に任せて、皆さんはコウテイさんのこと、お願いします」
言って、セルリアンの作った大穴に駆け出すマーゲイ。穴の闇へと飛び込んでいった彼女の姿は、一瞬で見えなくなった。
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