事件編②――強襲!巨大セルリアン

 会場の上空に浮かぶ一つ目の巨大な怪物。例の黒セルリアンを思わせる巨体を、ゆらゆらと首を傾げるようにしながら、真っ直ぐペパプたちを見下ろしている。驚きのあまり、金縛り掛けられたかのように身じろぐことすらできないペパプたちを、しかし何もしてこない。まるで餌を前にした猛獣のようだ。どこから食い荒らそうか、絶対的な力関係を盾に吟味する醜悪な化け物。

 と、かくんとセルリアンが揺れたと思った瞬間。猛然とステージへ向かって降ってきた。悲鳴と共に足をもつれさせて転げるペパプ。そこにセルリアンが迫る。誰かが悲鳴を上げる。恐怖のあまりうずくまる者もいた。

(食べられる!)

 アミメキリンが思わず顔を覆いかけた。が、そんな彼女を嘲笑うかのように、セルリアンは方向を変え、ペパプたちの真上を通りすぎ、ステージを横切り、アミメキリンとタイリクオオカミの上を高度を上げて飛び越えていった。

 風切り音すら聞こえそうなほど間近を通り過ぎていったセルリアンに尻餅をつきながら、辛うじてセルリアンの行き先を視界の端で捉えた。どうやら背後の壁――ステージの背景――の向こうへ飛んでいったようだ。

 唖然とするアミメキリン。タイリクオオカミに腕を捕まれ、はっと我に帰る。


「アミメキリン! きみはみんなを避難させるんだ。一緒に遠くへ逃げろ!」


 アミメキリンを引き起こしながらタイリクオオカミが叫ぶ。


「でもそれだと先生は」

「私なら心配ないさ。できるだけ時間を稼いでから一緒に……」


 タイリクオオカミの獣の耳がピクリと揺れる。遅れてアミメキリンも気がついた。風切り音が聞こえる。それが大きくなっていく。

 「危ない!」タイリクオオカミが叫んだ次の瞬間、前触れなくセルリアンが壁を越えて戻ってきた。空中を勢い良く滑るように飛んでいき、ペパプたちの方へと飛んでいく。散り散りに逃げ惑うペパプの上を越え、また高度を上げていく。


「みんなこっちよ! 建物の中へ。急いで!」


 アミメキリンが声を限りに叫ぶ。出口を指し示しながらペパプたちに向かって突進した。怖い。だが、体が勝手に動いていた。

 倒れて起き上がれないジェーンを気遣うイワビーを強引に出口へ向かうよう促し。ジェーンを抱き上げて出口へ走った。他のメンバーもあとに続く。出口まであともう少し。キリンは動物の中でも大型な方だ。体力も走る速度もある。だが――。

 アミメキリンは背後を振り返る。先程とまったく同じ位置まで飛んでいったセルリアンが、再び下降に転じているところだった。また飛んでくる。今度こそ襲ってくるかもしれない。


「ま、間に合わない……」

「私に任せろ」


 唸り声を混じらせて、タイリクオオカミがアミメキリンとセルリアンの間に割って入る。腰を落とし、サンドスターの灯った両手がキラキラと輝かせ。鋭く細められた眼光は肉食獣そのもので、草食獣のアミメキリンが思わず息を飲んでしまう。

 セルリアンが迫る。タイリクオオカミがさらに姿勢を落とす。間合いに入った瞬間を狙う。が――。


「助けて。あ、足が!」


 タイリクオオカミの横を通り過ぎようとしたプリンセスがバランスを崩して倒れ込んできた。足を捻ったのだろう。上を警戒していたタイリクオオカミは思わぬ出来事に対応できなかった。プリンセスに押される形で一緒にステージに転んでしまった。そこにセルリアンが迫る。アミメキリンは思わず叫んだ。


「先生! セルリアンが!」


 すべてはタイミングが悪かった。突然飛んできたアミメキリンの声に、完全に意識が背後に行ってしまっていた。そこに突然タイリクオオカミとプリンセスが倒れ込んできたのだ。進路上に投げ出されたプリンセスの足に、端を通り抜けようとしたコウテイが蹴躓いた。

 宙に投げ出されるコウテイの体。突然のことに受け身を取る暇もなく、彼女の体は片腕を下にしてステージに勢い良く叩きつけられた。

 コウテイの絶叫が周囲に轟く。激痛を訴えて下敷きになった腕をもう一方の腕で庇い、その場に踞る。尋常のことではないことがわかった。「コウテイ!」とジェーンとイワビーが叫ぶ。出口から引き返して、倒れたコウテイを二人かがりで引き起こす。苦悶の声を漏らしながら肩を担がれ運ばれていくコウテイ。その片腕はだらりと力無く垂れ下がり、ぴくりとも動くことはなかった。






 出口の方へ消えていく三人といまだに倒れたままのタイリクオオカミたちをおろおろと見比べるアミメキリン。と、頭上で何かが引き千切れたような音がした。セルリアンの音が遠ざかる。また上を通り過ぎていったのか。そう思った直後、壁の向こう――資材置き場のスペースの方だ――から何かが激突して壊れる盛大な音が響いた。

 勢い余っセルリアンが何かに突っ込んだのだろう。あの巨体であの速度だ。衝撃はかなりのものに違いない。少しでも怯んでてくれれば、多少の時間は稼げるかもしれない。

 瞬間的に目算を付けると、アミメキリンはタイリクオオカミたちともとへ掛けた。実際、二人が立ち上がるのを手伝うあいだ、セルリアンが戻ってくることはなかった。


「コウテイは。大丈夫なのか」


 開口一番、タイリクオオカミがアミメキリンに尋ねる。野生解放からは抜け出たらしい。見慣れたオッドアイが真剣にアミメキリンを見つめている。


「分かりません。たぶん転んだ拍子に怪我したみたいです。今は建物の中にいます」

「わかった。とにかく私たちも避難しよう。またセルリアンが来るかもしれない」


 言って、タイリクオオカミがプリンセスの手を引っ張った。が、プリンセスは膝立ちに崩れ落ちてしまう。


「コウテイが……。そんな、わたし……。そんなつもりじゃ……」


 プリンセスが呆けたように呟く。プリンセス、とタイリクオオカミの叱咤の声も届いていないらしい。

 震える瞳で宙を見据えるプリンセスを二人がかりで何とかしようとしてるときだった。出入り口のほうからイワビーが血相を変えて変えて戻ってきた。ステージを見渡し、アミメキリンの足に文字通りすがり付く。


「助けてくれ! フルルが、フルルがいないんだ!」

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