事件編①――リハーサル開始
「お待たせー!」
「お待たせしました」
ステージに集合してしばらくたったころ、遅れてプリンセスとマーゲイが追い付いた。出入口のすぐそばに立っていたコウテイが出迎えようとし、目を見開いた。
「プリンセス。その格好どうしたんだ」
「ああ、これ?」
プリンセスが自嘲気味に笑う。びしょびしょに濡れた衣装からは水が滴り落ちていた。
「さっき緊張をほぐそうと湖で顔を洗おうとしたら、落っこちちゃって」
「……本当に大丈夫なのか」
「大丈夫だって。それにしても、立派な会場になったわね」
感心したようにプリンセスは会場を見渡した。集まってきたペパプやアミメキリンたちもそれに倣う。頭上の鉄骨に据え付けられた照明装置により煌々と照らし出されたステージは一種独特の雰囲気を呈している。昼間のように明るいステージの中央は、端へ向かうにつれ暗くなっている。にまるで暗闇に浮かぶ浮島みたいだ、とはタイリクオオカミの言葉だ。
思い思いにマーゲイやアミメキリンたちを褒めるペパプたちの言葉に赧顔していると、パンパンとプリンセスが手を叩いて注目を取った。
「はいはいっ。見て回る時間は後でたくさんあるわ。時間も押してるし、体力が残ってるうちに早速練習しましょう! マーゲイ。仕掛けの用意はできてる?」
「はい。まだテストしてませんが、いけると思います。いや、いけます」
「じゃあそれも動かしてみましょ。どうせリハーサルよ。失敗しても問題ないわ。あれの操作はあなたにしかできないの。落ち着いていきましょ」
わかりましたっ、と小気味よい返事を残して、マーゲイは壁を蹴って鉄骨に飛び乗ると、そのまま頭上の暗がりへ消えていった。何のことだろうと疑問を浮かべるアミメキリンの意を察したのか、コウテイが照明を指さして見せる。
「マーゲイから聞いてるかもしれんが、仕掛けってのはあの照明装置のことなんだ。今は真っ白に光ってるが、照明の機械の裏にあるボタン? スイッチ? というのを押せば色や光の強さ、向きが変えられるんだ」
「でもあんなに高い場所だと、足が竦んじゃいそうね……」
「何せ機械がとんでもなく高い場所にあるからな。だから照明の操作は高所が得意なマーゲイが全部担当してるんだ」
たしかに、ペパプの関係者ではマーゲイ以上の適材はいないだろう。にしても、高所作業ができて足場が悪くても平気で、なおかつ夜目が効く。これはまさにあの動物にそっくりだ。そう、自分がロッジで初めて推理によって導きだした動物。その名前は――。
「まさに……ヤギね」
「ヤ……なに?」
遠くを見つめて呟くアミメキリンをキョトンと見つめ返すコウテイ。
ステージの中央からコウテイを呼ぶプリンセスの声がした。見ると、準備万端らしいメンバーたちの姿が見えた。
「コウテイー。あなたもほら、集まって」
「ああ申し訳ない。いま行く」
小走りにメンバーたちの方へ駆けていく。プリンセスが次々に指示を出している。
「あなたの立ち位置はここ。私はここだから、ジェーンとイワビーはこっちよ。――ちょっとフルル! なに迷子になってるの。あなたはこっちでしょ」
ふらふらと立ち位置を見失ってうろうろするフルルの手を引くプリンセス。アミメキリンが苦笑しながら眺めていると、タイリクオオカミに肘をつつかれた。
「さてと、彼女らのリハーサルも間近だし、私たちも移動しようじゃないか」
そうですね、と頷いてタイリクオオカミと共にプールの向こう側の観客席へ行こうとする。と、プリンセスに呼び止められた。
「いや、ステージの上にいたら邪魔かなって思ってね」
「そんなことないわ。むしろ手伝ってくれたお礼よ。ぜひ近くで見てちょうだい」
「いいのかい? 邪魔になったりしないかい」
「大丈夫。動き方は決まってるし、ちょっと後ろに下がっててもらえたら十分よ」
「ありがとう。実を言うと、イラストの参考にしたかったら間近で見たかったんだ。すごく助かるよ」
プリンセスに案内されて、ステージの後ろの方へ行く。ちょうどペパプたちと出入口との中間の位置だ。
「よかったですね先生」
「ああ。こんな機会は滅多にないからね」
苦笑しながら画板と筆記具を用意するタイリクオオカミ。
「せっかくだから、体の動きをしっかり見させて貰うことにするよ」
「見られて緊張して気絶すんなよコウテイ」
「努力する」
イワビーの軽口に無表情で一言、緊張した面持ちで答えるコウテイ。ジェーンとフルルが笑う。それをプリンセスがパンっと手を叩いて集中を促す。
「さ、いくわよ。マーゲイ、お願いね」
ステージや観客席をぐるり設置されたスピーカーから音楽が流れ出す。聞いたことのない曲。おそらく新曲だろう。
何だかんだふざけあってても、やはり彼女らはプロなのだ。音楽が始まった途端、精悍な顔つきでそれぞれに与えられた役割にそって体を動かしていく。
弾むような流れ出しの後を追うようにステージを照らすたくさんのライトが様々な色合いに形を変えながらステージを彩り出す。ペパプたち一人一人が光の中に浮かび上がり、その一人一人が顔を上げて片手を宙へ差し伸ばしていき――そして――。
次の瞬間、スピーカーから吹き出した耳を聾する雑音に、アミメキリンは思わず耳を塞いだ。手のひら越しですら脳天に突き刺さるような苦痛によろめく。
「せんせ……っ!」
自分の声すら聞こえないほどの大音量。苦悶の表情のタイリクオオカミと目があった。「なんてショーなの」とほとんど口の動きだけでアミメキリンが言うと、タイリクオオカミが首を振ってペパプの方を顎でしゃくる。そこでは苦しむペパプたちの姿が。
(ショーじゃないってこと。ならこれは一体……)
うずくまる者、膝を折って倒れ込む者。全員が全員、身動きもままならないほどに追い込まれたそのとき、唐突に音楽が止まった。
しんと静まり返った会場。耳鳴りが止まらない。アミメキリンが恐る恐る顔をあげると、皆もそうなのだろう。何とか身を起こし、横にいる者と支えあって立ち上がる。プリンセスがおぼつかない足手で頭上を振り仰いだ。
「マーゲイ! 何があったの!」
「わ、分かりません! 急に機械が暴走して、動かなくなって……きゃああ!!」
マーゲイ!! とプリンセスが叫び声を上げた瞬間、照明が消えた。口々にマーゲイの身を案ずるペパプたちの声を掻き消すように、何かが激しく水面を打った。相当大きな物なのだろう。水しぶきがタイリクオオカミに抱き付いていたアミメキリンの元まで飛んできた。
ざわめくペパプたちをプリンセスが制する。
「みんな動かないで! 下手に動けば怪我をするわ! じっとして」
了解する声、不安を漏らす声、プリンセスに倣って周りを叱咤する声。様々な声が真っ暗闇の中で交錯する。おかげで強い照明に慣れすぎたせいで何も見えない中、 全員がそこにいるのがわかった。
時間にして数秒足らず、すぐにガタンと音を立てて照明が復旧した。眩しい光に全員が目元を覆う。安堵の声が広がる。が、それは誰かが宙を指差したことにより終わりを告げた。突如現れた指先にある"それ"の存在に、誰もが驚愕し、呆然と立ち尽くした。
虚空に浮かび上がる巨大な青い影。丸みのある体からは水が滴り、ボタボタとプールに落としている。意思の感じられない一つ目が、じっとペパプたちを見下ろす。
「あ、あれは……」
アミメキリンが思わず呟くと、ああ、とタイリクオオカミが頷いた。
「……セルリアンだ」
遅れて上がる悲鳴。突如現れた巨大セルリアンに、会場は混沌の渦中と化した。
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