捜査編①――フルルの証言

 会場の空き部屋で朝まで休んだ後、すぐにアミメキリンたちは捜査を始めた。会場の外を回り、通りかかったフレンズたちに昨日の出来事について、何か見てないか確認して回った。会場の外の視点から見ることで何か別の気づきがあるかもしれない。そう考えたのだが、結果は思うようにはいかなかった。


「遅い時間だから多少覚悟はしてたけど、まさか目撃者ゼロとはね」

「あれだけ音や光が出てたのよ。一人くらい見てたフレンズがいてもいいじゃない」


 一通り会場周辺を回り終え、二人は裏口の扉を開けて中に入る。芳しくない結果に、アミメキリンの足取りは自然と荒くなる。


「まさかみずべちほーにいるフレンズ全員が共犯なんじゃ……」

「さすがにそれはないだろう。あそこのスピーカーは全部ステージと客席に向いてた上に、壁と屋根に覆われてるからね。周りに音が漏れないのも無理ない」

「光の方は外にも漏れてたそうなんですけどね」


 光に関しては、たしかに外からもよく見えてたという。しかし、これはペパプたちがあそこでコンサートをすることが決まって以来、よくあったらしい。というのも、設営中、設置された照明機材をプリンセスやマーゲイがいじっていたらしいのだ。最初のほうこそ物見高いフレンズが興味本位で覗きに行ってたらしいのだが、そのたびに二人の追い払われてしまってたようだ。あまり覗きに来るとライブを出入り禁止にする、とまで言われ、それ以降は明かりが見えても近寄ろうとするフレンズはいなかったらしい。

 今朝から何度も言われて来たセリフを反芻しながら、アミメキリンはため息を吐く。


「音は聞こえなかった。光は見えてたけど近くには行かなかったからセルリアンは見えなかった。マーゲイや私たちから事情を聞いて初めて何があったのかを知った。もう、朝からそればっかり! これじゃあ誰が犯人かだなんてわからないじゃない」

「まあまあ。一応それだけでもはっきりしたんだから良しとしようじゃないか」


 タイリクオオカミに慰められながら、アミメキリンは控え室のドアを開ける。丁度練習中だったらしい。振り付けの確認をしていたジェーンやイワビー、フルルが動きをやめて振り返る。


「おや、邪魔してしまったかな」

「気にしなくていーぜ。どーせ今始めたところだからな」

「ライブは延期になっちゃいましたけど、どうもじっとしてられなくて。それで三人だけで練習してたんです」


 アミメキリンはぐるりと見回した。ベッドで上半身を起こすコウテイ。練習中だったらイワビーたち。そこにプリンセスとマーゲイの姿は見えない。

 そのことを尋ねると、ジェーンが困ったように隣の部屋を示した。


「まだ隣の部屋です。なんだかマーゲイ、だいぶ弱ってしまってるみたいで。プリンセスさんが付きっきりで様子を見てくれてるんです」


 アミメキリンの脳裏に昨夜の様子が蘇る。コウテイの状態を聞いて取り乱したマーゲイ。プリンセスに連れ出される直前の茫然自失とした様子は痛ましかった。


「それより、あんたらはどこ行ってたんだ?」

「念のため、例のセルリアンが近くにいないか会場の外を見て回ってたんだ」


 タイリクオオカミがちらりとアミメキリンに目配せする。


「そうだったよね?」

「え、あ。はい。そのついでに昨日のことを知らないフレンズにも注意を呼びかけに行ってました」


 ”無闇に疑ってることを悟られない”。今朝、一番最初にアミメキリンとタイリクオオカミと話し合って決めたことだった。何となく気になるというだけで、確信があるわけではないのだから。

 へえ、とイワビーが感心したように二人を見比べる。


「あんたらすげえな。昨日の今日だぜ? 外なんか行って怖くなかったのかよ」

「そりゃあ怖いけど、怖がってたら名探偵失格になっちゃうわ」

「俺は無理だなァ。思えば今までよく一人で平気で出歩いてたなって思うよ。プリンセスがあれだけ注意してくれてた理由、ようやく分かったぜ……」


 タイリクオオカミが咳払いをする。


「そのセルリアンのことなんだが。フルル、ちょっと話を聞きたいんだけど、今いいかい?」

「フルルー? うん、いいよ」


 呼びかけられたフルルがのんびり前へ出る。とりあえずいつも通りな様子にアミメキリンは内心胸をなで下ろす。


「あなた、気分は大丈夫?」

「うん。昨日はごめんねー。コウテイが怪我したって聞いて、気分悪くなっちゃって」

「あのとき、どこに行ってたの?」

「材料置き場だよ。ちょっと一人になりたくって」


 材料置き場。そこでマーゲイにコウテイの場所を伝えたんだったか。狼狽した彼女は、そのまま控え室に飛んできた。


「思い出させてしまうみたいで申し訳ないんだけど、セルリアンに連れ去られたときのこと、詳しく教えてくれないかしら」


 うん、と頷いてくれたフルルは一つ息を吸い込む。


「あの時ね。最初にセルリアンが現れたとき、フルルどうしていいのかわからなくなっちゃって。ステージの上でオロオロしてたら、セルリアンが上を飛んでいって。そしたら足をギュッと何かに掴まれて」


 フルルが右足を示す。黒色のブーツのくるぶしの辺りに、擦ったような跡が残ってる。ほう、とタイリクオオカミがしゃがみ込み、その跡を確かめる。


「何かが巻き付いたような、そんな跡だね。掴まれた瞬間のことは覚えてるかい」

「ううん。気がついたら材料置き場にいたんだよー」

「材料置き場に落とされてからは?」

「よく覚えてないんだけどね。壁の方でセルリアンがドーンって消えちゃったのを見たよ。煙が晴れたらおっきな穴が空いててね。思わずビックリして声を出しちゃった」

「他に何か覚えてることはないかい?」

「それからイワビーが来るまで、何もなかったよ」

「わかった。教えてくれてありがとう」




 アミメキリンとタイリクオオカミは礼を言い、控え室を出た。アミメキリンがタイリクオオカミの耳元に顔を寄せる。


「先生はどう思います? 今の話」

「特に気になることはなかったと思うよ。セルリアンの足を掴まれて、材料置き場に落とされた。当のセルリアンは勢い余って壁を破壊して外に逃げ出した。物語としては悪くない」


 物語、とアミメキリンが首をかしげると、ああとタイリクオオカミは苦笑した。


「ごめんごめん。漫画を描いてるときに私が勝手に使ってる表現なんだけどね。実際に起きた出来事や、その人の語る話の内容に違和感がないかどうか考えるときに使ってるんだ。矛盾とか辻褄とかスジが通ってるかどうかとか、そういうのを全部ひっくるめて"物語"ってね」


 へえ、とアミメキリンは感心する。さすがパーク一の漫画家である。発想が並のフレンズではない。


「ということは、先生的にはフルルの語った物語には違和感を感じなかったんですね!」


 あえて覚えたての"物語"を使いたくてしょうがないアミメキリン。タイリクオオカミが赤くなった頬を掻きながら笑う。


「いやあ、その。他人に言われるとすごく照れくさいね……。そうだね。私は感じなかったかな。君のほうは?」

「うーん。たぶんなかったと思いますけど。なんというか、あの子、すごいフワッとしてますからね」

「それは言えてるかもしれない。まあ、あのときセルリアンを見たのは何もフルルだけじゃないんだ。もう一人の話も聞いてみようじゃないか」


 マーゲイは隣の部屋にいる。昨夜からずっとプリンセスと二人きりで閉じ籠ってしまっていた。タイリクオオカミがドアをノックする。ややあって開いたドアに、一瞬アミメキリンは昨夜のマーゲイの姿を思い出し身構えてしまう。が、対応に出てくれたのはプリンセスだった。


「どうしたの」


 わずかに開かれたドアの隙間からプリンセスが顔だけを覗かせる。部屋の様子はよく見えなかったが、奥のシーツに横になっている人影が見えた。


「やあプリンセス。昨日のセルリアンのことで、マーゲイにいくつか聞きたいことがあるんだ。話をさせてもらえないだろうか」


 プリンセスが困ったように背後をちらりと見やった。


「困ったわね。できたら後にしてもらえないかしら。彼女、やっと眠ったところなの。もう少しだけ休ませてあげたいの」

「そこを何とかならないだろうか。セルリアンの特徴が分かれば、みんなのことも守りやすくなるだろうし」


 ふと、プリンセスの表情に怪訝な色が浮かぶ。


「守るってどういうこと。コウテイの依頼はたしか会場の設営までだったはずよ」

「実は私たち、新しく依頼を引き受けたんだ。ライブが無事に済むまでボディーガードをすることになったんだ」

「何よそれ……。私、何も聞いてないわよ」


 タイリクオオカミが先日交された約束のことを説明する。そういえばあのとき、プリンセスはマーゲイと共に別室にいたんだったかしら。今までずっと二人きりだったようだし、知らないのも当然だろう。と、タイリクオオカミの説明を聞いて徐々に苛立っていくプリンセスを見ながら、アミメキリンはそう思った。


「コウテイったら。またそんな勝手なことをして。まったく、どうしてあの子はいつもいつも……」

「まあまあ。大丈夫! 名探偵に掛かればセルリアン騒動なんてお茶の子さいさいってね!」


 アミメキリンが自信満々に言い終わるか否か、プリンセスがキッと鋭い視線を射向けてきた。いつものビシッと宙を指さすポーズを取ろうとしたアミメキリンは、ただならぬ気迫に思わず指先を後ろに隠した。


「あの、その。というわけで、もし迷惑じゃないなら協力してもらえないかなーなんて……」

「今はそっとしてあげて欲しいの。それにもし守ってくれようとするなら、こんなとこにいないで外を見張ってちょうだい。それじゃあ」


 それだけ言ってプリンセスは返事を待たずにバタンと音を立ててドアを閉めた。廊下に取り残されたアミメキリンとタイリクオオカミが、途方に暮れて顔を見合わせた。

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