第15話、『 アフター・ダーク 』
「 立ったか… キャル……! 」
しかし、おそらく、立っているだけで精一杯であろう。 少しでも気を抜くと、床に、膝から崩れ落ちてしまいそうな感がある。
キャンベルは、瞳の奥に確固たる意志を宿らせながらも、その表情は無機質にデュークを見据えた。
デュークは続けて、注進した。
「 無理に動くな…! まだライフティ・システムが起動しただけだ。 予備のサポート・ユニットだけで、循環機器系統は作動している。 身体を動かすと、システムの情報がフローするぞ? 人工頭脳は、全ての負荷をシャットアウトするだろう。 意識を失い、二度と目を開けれなくなる…! 」
…つまりは、『 死 』を意味するのだろう。
キャンベルは、言葉を返そうとしたが、口を動かそうとしたキャンベルの気配を感じ、デュークは注進した。
「 喋るな…! 例え、口でも、筋肉に付加を掛けるな…! まず、座れ。 足の荷重負荷を軽減出来る 」
傍らにあったパイプイスを出し、キャンベルに勧める。
幾分、よろめきながらキャンベルは、イスに座った。
デュークは機器の画像グラフを見ながら言った。
「 神経値が、200を越えたか… 恐ろしいほどの再生能力だな 」
傍らの機器のツマミを少し回し、続ける。
「 じきに、深層システムの再生が完了する。 しばらく待て。 楽に、喋れるようになる 」
デュークは、キャンベルを沈黙させたい訳ではないようだ。
デュークの後ろにあった機器から、ピーッと言う発信音が鳴った。
振り返り、機器のボタンを押しながら、デュークは言った。
「 深層心理パターンの覚醒が終了したぞ。 システム完了度、85%か… 呼吸は、ゆっくりしろ、深くな 」
言われたまま、静かに深呼吸をするキャンベル。
デュークは言った。
「 循環機器は、予備のサポート・ユニットからのエネルギー確保に依存している。 本来ならば、ジェネレータからエネルギーは供給されるんだが… ベイツが、見事にジェネレータ本体を撃ち抜いてくれていてね。 その、右胸上部だ 」
右肩の裂傷跡を見る、キャンベル。
よく見ると、左胸上部にも、『 補修 』跡があり、これもまた、皮膚と同じような色の繊維が貼りつけてあった。 おそらく、デュークに撃たれた跡だろう。
デュークは続けた。
「 お前の型に適合するジェネレータは、画期的な増幅タイプだったが為に、それに相応するような大容量モデルは、現在は生産されていない。 全て、水素電池を併用した… いわゆる、簡素化ARシステムに変換されている 」
キーボードを操作しながら、デュークは続けた。
「 まあ、バイパスを経由し、外部ユニットからエネルギーを供給する手もあるが… おそらく、出力は不安定だ。 供給量が不足する事態が、頻発するだろう。 その為に、余計な警告にライフ・システムは晒され、やがて、深層心理をシャットアウトするようになる。 人間的に言えば、気を失う… て事だ。 頻繁にシャットアウトが行われると、深層パターンそのものが破壊される。 意識の再生は、二度と行う事は出来なくなるだろう 」
手元にあった端末画面の数値が変化する。 タッチパネルに触れながら、デュークは更に言った。
「 サポート・ユニットのエネルギーも、無限じゃない。 使い果たせば、お前の人工頭脳は、動きを止める 」
つまり、延命処置しか、キャンベルの『 命 』を長らえる手立ては無い… と言う事らしい。
キャンベルは、呟くように言った。
「 余命は… どのくらいだ……? 」
デュークはイスから立ち上がり、キャンベルの右手からつながった細いパイプを手に取り、中を流れる液体の流量を調整するコックを少し回しながら答えた。
「 じっとしていれば、2~3日… 動けば、動作にもよるが… おそらく数時間だろう 」
「 …… 」
再び椅子に座り、デュークは言った。
「 まさに、余命宣告だな 」
じっと、デュークを見据えるキャンベル。
室内には、静かに唸る機器の音と、定期的に発せられる信号音のみが聞こえる…
しばらくして、キャンベルは言った。
「 病院の診察の際、自分のレントゲンも見たが… 画像が、すり替えられていたのか…… 」
デュークが答える。
「 全ての状況において… な。 例え、手足が損傷して機械部分が露出した場合でも、一時的に回収して補修措置をした後、記憶をすり替えていたのさ… 」
記憶のすり替え……
キャンベルの幼い頃の記憶も、意図的に創り出され、記憶媒体に『 埋め込まれて 』いたものなのだろう。 父親の記憶も、母親の記憶も……
自分の存在は、単なる機械としてあったのだ。
そう… 創られた存在だったのだ。
だから、アンドロイドに対して、同情的とも思える心情が、常に湧いていたのだろうか? 写真に興味があったのも、架空の記憶に対する『 憧れ 』が無意識のうちに、行動として具現化されていたのかもしれない。
( 全てが、作られた現実だったのか…… )
自身を含む、全てが、虚像だったと悟ったキャンベル。
もう、何に対しての気力も萎えてしまった。 『 ただ1つ 』の事、以外は…
キャンベルは、デュークを見据えつつ、静かに言った。
「 コリンズをどうする気だ…… 」
「 この後に及んで、78号か… 」
じっと、キャンベルを見るデューク。
キャンベルもまた、デュークを見つめた。
…時間が止まったかのような、静寂な時が流れる。
しばらくして、キャンベルを諭すかのように、デュークは答えた。
「 78号の再生は、不可能だ。 不具合のあるシステムを換装するには、手間が掛かり過ぎる 」
腕組みをし、足を組むと、ディークは続けた。
「 システム・バック・アップのテータを取得中だが… 」
キャンベルを見据える、デューク。
やがて口調を重々しく変え、デュークは続けた。
「 その後の処置は、俺に考えがある。 心配するな。 悪いようにはしない。 俺を信じろ……! 」
何かの『 企て 』を察知出来る発言だが… 今更もって、何を信じろと言うのか?
キャンベルの『 心情 』を悟ったのか、デュークは、わずかな笑みを返した。 腕組みしていた右手を解き、人差し指の先でメガネの中央を上げ、再び、言った。
「 俺を信じろ 」
テーブルのパソコンのキーボードに手を伸ばし、キーを数回、操作しながら続ける。
「 前にも言ったろ? 余計な詮索はするな、と… 忠告を無視した結果が、これだ。 今回くらい、私の言う事を聞け 」
キャンベルは答えず、静かに言った。
「 コリンズは、どこにいる…… 」
その言葉を聞き、強い視線でキャンベルを見据えるデューク。
しばらく間を置き、答えた。
「 センター治療棟… Bエリアの305だ 」
…Bエリアは、廃棄される個体の、最終エリアである。
ここは、修理・調整の為の施設では無い。 換装不可能と判断された… もしくは、『 死 』を宣告された個体たちが運び込まれ、必要な部品や、後学の為の部品を回収する、いわゆる最終処分エリアである。
ここに収容された個体は、二度と社会に復帰する事は無い。
キャンベルは、ゆっくりと立ち上がった。
イスに座ったまま、デュークは聞いた。
「 行くのか……? 」
視線で答える、キャンベル。
ため息をした後、デュークは、キャンベルの右腕を取り、差し込んである細いパイプのコックを調整しながら言った。
「 データの取得は終了した。 勝手にしろ… 今、pH値を上げてやる。 しばらく待て。 2~3時間は、持つだろう 」
キャンベルは、じっとデュークを見つめた。
パソコンのキーボードを数回、操作したデューク。
細いパイプを抜き、キャンベルに視線を向けると言った。
「 ここで、ゆっくり話でもしようと思っていたんだがな…… 」
その視線には、わずかながらの心情が… 寂しさが感じられた。
キャンベルは、静かに答えた。
「 …世話になったな。 局の中では一番、あんたに親近感を感じていたよ… 」
「 ふ… 光栄だね 」
ゆっくりと体の向きを変え、ドアの方へと歩むキャンベル。
立ち止まり、イスに座ったままのデュークを振り返り、言った。
「 …ベイツは、どうしてる? 同僚を撃って… 動揺してるんじゃないのか? 」
デュークが答える。
「 記憶を操作したよ。 つまりは… そう言う事さ 」
デュークを見つめたまま、無言のキャンベル。
全てを理解したように、視線を伏せると、ドアのノブに手を掛け、静かに言った。
「 じゃあな…… 」
ドアを開け、外の廊下に出るキャンベル。
デュークが、軽く手を上げ、ドアが閉じられる瞬間、小さく言った。
「 …また会おう、キャル 」
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