第6話、『 マイ・フーリッシュ・ハート 』
「 回収するだと……? 」
『 ああ 』
「 ベイツが、か? 」
『 気を廻すんじゃねえぞ? キャル。 いいか? これは、俺らで済まされる問題じゃねえ。 回収指示は、警務局総監からの、直々のお達しなんだ 』
「 …… 」
自室の窓を伝い落ちる、雨の水滴を見つめながら、キャンベルは無言になった。
片手に持っていたコーヒーカップを、ゆっくりと口に運ぶ。
ひと口飲み、カップを窓枠に置くと、言った。
「 昨日の夜、いきなり故障したってか? 」
『 ああ 』
「 で、休暇中の俺に代わり、ベイツが出張って、不具合を確認。 本日、総監から指示が出た… 」
『 そんなところだ 』
「 …… 」
無言のキャンベルに対し、携帯のマイク越しからは、ダクの、脅すような口調が聞こえた。
『 いいか、もう1度言うぞ…? 78号は、重大なデータ・トラブルを引き起こしている。 時局を翻弄させる危険性すらある、と言う報告だ……! 』
じっと雨粒を見つめる、キャンベル。
ダクは続けた。
『 回収は、緊急を要する。 お前は、休暇中だ。 今回は、ベイツがやる 』
「 …… 」
再び、コーヒーカップを持つキャンベル。
ダクは、静かに言った。
『 これは、極めて高度な、政治的判断だ……! 』
政治的判断……
その、『 特別な表現 』とも言える言葉の持つ、深い意味とは…?
キーボードを打つ音と共に、ダクは言った。
『 納得したか? 』
納得と言うよりは、『 理解 』したか、と問うようなダクの口調だ。
( なぜ、そんな口調になる? )
キャンベルは、どことなく違和感を感じた。
何か、おかしい……
何か、不自然を感じる。
何を、隠している……?
そもそも、警務局総監が判断を下したと言う事は、何を意味するのか。
警務局長でも、警務局警視官でもない… 警務局トップの、総監だ。 上は、法務大臣である。 たかが汎用個体のアンドロイドに対し、総監が出て来る話など、聞いた事が無い。
時局を翻弄させる危険性がある、とダクは言ったが、一体、どんなトラブルを引き起こしたならば、時局を翻弄させる事が出来ると言うのだろうか。 テロ未遂でも画策しない限り、そんな重大事態になろうはずがない。
キャンベルは、一息つくと答えた。
「 …分かった。 今回はベイツに任せる。 回収には、充分に気を付けるよう、伝えておいてくれ 」
( とりあえず、今のところは、これで収めておいた方が良さそうだ )
本能的に、キャンベルは、そう判断した。
( おそらく、今回の件については、裏がある。 ヘタに、首を突っ込まない方が賢明だ )
ダクは、小さなため息をつくと、言った。
『 分かった。 必ず、伝えておこう。 …あと、バカンスは、継続中だ。 ゆっくり養生しろ 』
携帯を切ったキャンベルは、小さなため息をつくと、どんよりと曇った鉛色の空を、窓越しに見上げた。
陰気な空から降り注ぐ、細かい雨粒…
階下を見下ろせば、じめじめと湿った街並みが広がっている。
キャンベルは手に持っていたカップを口に運び、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
「 ベイツ… か 」
あまり同僚とも話さない、強いて言えば少々、陰気な男だ。
真面目だとは思うのだが、その性格は、よく分からないところがあり、何となく、不思議な印象すら感じる男である。 見かけるに、いつも、淡々と業務をこなしている。
他の者が回収に出るのであるならば、キャンベルも、こんなに違和感を覚える事は無かったかもしれないだろう。 ベイツだからこそ、コリンズの回収指示に、どことなく不信感を抱くのだ。
( 問題案件専門の回収屋…… )
ベイツは、トラブル対応案件専門の回収屋だ。
レイの時のように、攻撃されたりする場合を指すのではない。 個体が政治家だったり、著名な有名人だったりした場合、ベイツの出番なのである。
評論家・宗教家・団体指導者… 時には、芸能人や名門大学の教授だったりする場合もある。
つまりは、早急に『 口を封じる 』処置が必要とされる事態が生じた場合だ。 いつも、『 平民 』ではなく、ある種、特別な地位にいるアンドロイドたちを、専門に回収している。 今回のような汎用個体の回収などに、ベイツが出張っている姿を、今まで見た事が無い。
「 何か、ある…… 」
キャンベルは、そう感じた。
では、一体、何が起因するのか?
これについては皆目、見当がつかない。
「 もう1度、コリンズに逢ってみるか… 」
警務局からは、対象個体に対しての接触禁止令は出ていない。 面会は、禁止されている訳では無いが、回収担当から外された個体に接触した事は、未だかつて、1度も無い。 因果な、この職種において、回収義務の無くなった個体に対し、わざわざ接触する物好きも、普通はいないだろう
だが、キャンベルは、コリンズに逢いたかった。
逢って、その『 重要なトラブル 』を、この目て確かめたいと思った。
( だとすれば、急がなくては… )
ベイツが回収する前に、逢わなくてはならない。
おそらく、ベイツに出されている指示は、回収ではなく、『 破壊 』だ。 コリンズの存在を確認したところで、有無を言わさず、『 業務 』を遂行する事だろう。 情け・容赦など無い。 即、発砲だ。
キャンベルは、コリンズの所へ急いだ。
ウインドウを伝う雨粒に、天井のダウンライトの光が反射している。
店内は静かなようで、どうやらベイツの『 訪問 』前に、間に合ったようだ。
キャンベルは、トレンチコートの肩や腕に着いた雨粒を、手で払い除けると、ガラス製のウインドウを手で押し開け、店内に入った。
「 …まあ、キャンベルさん、もうお越し下さったのですか? 」
カウンターテーブルで、来訪者のコメントカードを整理しながら、コリンズはキャンベルを出迎えた。
嬉しそうな、笑顔。 恥じらうかのように、少し紅潮した頬が魅力的だ。
「 ちょっと、時間が空いてね 」
咄嗟に、キャンベルは答えた。
コリンズは、嬉しそうに微笑み、先日、キャンベルが座っていたソファーに手を差し向けながら言った。
「 どうぞ、おくつろぎになって下さい。 コーヒーで宜しかったですね? 」
「 ありがとう 」
雨で濡れたコートを脱ぎながら、キャンベルが答える。
コリンズは、カウンターテーブルから出て来ると、キャンベルがコートを脱ぐのを手伝いながら言った。
「 相変わらず、雨ばかりですね。 気が滅入ってしまいます 」
「 そうだね。 地球温暖化は、阻止する手立てが無いらしい 」
…何の違和感も無い、普通の会話。
イントネーションも感情も、どこにもおかしな点は無い。
( ダクの言っていた、重要なデータ・トラブルってのは、何を指して言っているんだ? ))
やはりコリンズは、正状態である。
キャンベルは苦慮しつつも、心情を気取られないよう、平静を装った。
コートを受け取り、コリンズはカウンターに行くと、サイドテーブルの中からタオルを出し、濡れたコートを拭き出した。
「 やあ、すまないね。 そんな事までしてもらって 」
ソファーに座ったキャンベルが言った。
「 ご来館頂いたお客様へのサービスですから、お気遣い無用です 」
微笑みながら返す、コリンズ。
確かに、客へのサービスであるが、キャンベルは献身的とも感じられるコリンズの応対を、自分だけのへの特別な行動であるかのように思えた。
いや、そう願った…
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