第9話、『 ラウンド・ミッドナイト 』

『 重要な、テータ・トラブルを引き起こしている 』

 ダクの言葉が、キャンベルの脳裏に甦った。

( そうだな。 まさしく、それだ…! )

 今、キャンベルは、ダクの発言の趣旨を、完全に理解した。

 目の前には、不安げな表情のコリンズが、対面のソファーに座り、キャンベルを見つめている。

 キャンベルは、コリンズの瞳を見つめ返しながら、気付いた現実を整理していた。


( アンドロイドは、恋愛感情を持たない…! )


 ヒトを愛する、と言う感情は、インプットされていないのだ。

 友情的な見地からの心情は、存在する事だろう。 しかし、それ以上の感情・…『 愛 』に付随する言動を遂行するシステムは、アンドロイドには、存在しないのだ。

 故に、ヒトに対し、『 告白 』などと言った行為は、あり得ないのである。


『 キャンベル様を、お慕い申し上げております… 』


 確かにコリンズは、確かにそう言った。

『 慕っている 』

 その表現は、愛の告白以外の、何ものでもない。

 友情や、好意などと言った、厚意的表現も含んだ意味合いとも違う。 明らかなる、愛情の表現である。

 加えて、顔を赤らめたりする行為…


 …コリンズは、キャンベルに『 愛 』を告白したのだ。


 そう、アンドロイドには、あり得ない思想であり、行動である。

 故に、『 壊れている 』との判断が下されたのだろう。

 では、どうして、そう言った感情が当局に確認されたのか……?


 キャンベルは推察した。

 あくまで想像の域だが… 仕事上、コリンズは、多種多様な職種の人物との接触があったと思われる。 そのコミュニケーションの中で、恋愛事情や異性の話し、好みのタイプ等といった俗っぽい会話も、多々あった事だろう。

『 あの方は、わたしにとっても憧れです 』

『 彼は、とても興味ある存在ですね 』

 どれも、恋愛に繋がる表現とは到底、言い難いが、人によっては、恋愛感情の表現であると思う者もいるかもしれない。

 そんな、僅かな表現の差から、人伝に『 コリンズは、彼が好きなようだ 』、『 あの人物を慕っているようだ 』等と、所謂、勘違いをされたのではないか…?


( だが、彼女は確かに、俺に告白をした……! )


 そこなのだ。

 回収指示が出された経緯の『 勘違い 』は推察出来ても、確かに、その業務に値する事実は、否めない。

( やはり、壊れているのは事実か )

 キャンベルは、苦慮した。


( いっそ、破壊するか…? )


 辿り着いた、究極の決断。

 それが出来たなら、ベイツの手から守ったりはしなかっただろう。 躊躇する事無く、業務を遂行してもらい、スッキリした気分を得る事が出来た筈である。

 

 …しかし、そうしなかったキャンベル。

 

 キャンベル自身もコリンズに興味があり、出来れば、もっと会話を楽しみたかったのだ。

( 機械なのに…! )

 何度も、そう思った。

 だが、コリンズを失いたくない心情は、確かに、キャンベルの心に存在している……


 疑う余地は、無い。

 キャンベルは、自身の気持ちを再認識した。


 ソファーの肘掛に左ひじを立て、左手の指先でこめかみ辺りを触りつつ、沈黙を続けるキャンベルに、コリンズは、話し掛けた。

「 キャンベル様、私は… 」

 膝に置いていた右手を軽く上げ、コリンズを制しながら、キャンベルは言った。


「 大丈夫だ… 」


 何を持って、大丈夫なのか?

 キャンベルは、自分で発言した言葉の意味を探った。

「 とりあえず、君は、ここで職務を続けていてくれ 」

  ソファーから立ち上がると、スタンドカラーのシャツの襟を正しながら、キャンベルは続けた。

「 多分、ヤツは、ここへは来ないだろう。 私は少々、今後の手続きの確認の為、1度、警務局へ戻る 」

 コリンズも立ち上がり、受付カウンターの奥にあったクローゼットへ、キャンベルのコートを取りに行った。

 外の様子を窺う、キャンベル。

 ウインドウ越しに、歩道を行き交う人々の様子を見ながら、キャンベルは言った。

「 勤務は、何時までかな? 」

「 19時です 」

 コートを手に、キャンベルの所へ戻って来たコリンズが答える。

「 来場者のデータを、オーナーにメールしたら、セキュリティーを掛けて退出します 」

 キャンベルの後ろ越しに、コートを掛けるコリンズ。

 両手ををコートに通すと、両襟を正し、キャンベルは言った。

「 了解だ。 では… その頃に、こちらまで迎えに来よう。 車だと目立つので、徒歩で来る。 待っていてくれ 」

「 はい 」

 不安げな表情の、コリンズ。

 キャンベルは、出入口に向いながら言った。

「 普通にしていてくれ。 私の事は、他言無用だ。 いいね? 」

「 かしこまりました。 お待ちしております、キャンベル様…! 」

 その言葉に、微かな胸の鼓動を感じ入るキャンベル。

 ガラス扉の取っ手を、片手で押し、言った。

「 待っていてくれ…! 」

 はたして、コリンズはキャンベルの胸元に駆け寄り、言った。

「 必ず、お戻り下さい… お待ち申しております…! 」



 降り続く酸性雨が、歩道に、幾つもの小さな輪を描いている。

 小さな輪を踏む、歩行者の幾つもの足……

 無機質な風景だ。

 側溝脇から立ち上る白い蒸気が、辛うじて、街の鼓動を伝えている。

 くすんだ表情で行き交う人々は、まるで、何かに操られているかのようだ。

 すれすれに肩を交わし、それぞれの方向へと、無言のうちに去って往く……


 ギャラリーを出たキャンベルもまた、それら無機質は風景の一部となっていた。

 暗く、赤茶けたような夜空を仰ぎ見た、キャンベル。 頬に掛かる、生暖かい酸性雨が、顎先を伝って往く。

 両眼を閉じ、静かに呟いた。


「 …さて、どうしたものか… 」


 名案は、無い。

 いつまでもギャラリーに留まっているのは整合性も無い為、体裁を繕い、出て来ただけなのだ。

( とりあえず、自宅に戻るか。 ベイツのヤツには 、どう説明しておくか… だな。 トボけておくか? )

 案外、それも、一手だ。

 つまりは、コリンズという名前は知らない… 趣味で、興味のあった写真展に出掛け、受付の女性と話し、彼女の名前を聞いた… ジェニファーだ、と。


 ただ、このシチュエーションの場合、当初のコリンズの回収担当がキャンベルであった事を、ベイツが知っているか否か、である。 知らなければ好都合だが、実際、回収担当は、キャンベルからベイツに引き継がれている… リレーションのブルーフィングでは、参考経緯で、キャンベルの名は知らされている可能性が大だ。

( 回収担当が変わったにも関わらず、対象者に接触しに来ていた… と言う事実への疑問が残るが、それこそ趣味・嗜好の部類で通すか… )

 趣味の写真展を観に来ていた……

 それで一貫するしか、今回は無さそうである。 何故、コリンズが自身の名を騙ったのかは、それこそ謎、と言う事にしておけば良い。

( とりあえずは、現在の窮地を打開出来れば、後は何とでも出来そうだな。 万事休す、と思ったが、そうでもなさそうだ )

 一筋ではあるが、希望の灯が見え、それとなく安堵するキャンベル。

 頬に付いた滴を、右手の甲で拭った。


「 …… 」


 前方に、淡いベージュのレインコートを着込んだ男が立っている。

 目深に被ったブーニーハット。

 両手をコートのポケットに入れて、こちらを向き、歩道に立っている。


( ベイツ…! )


 滴が垂れるブーニーハットのつば先越しには、陰気な、しかし鋭い眼光が、キャンベルを捉えていた。

「 …… 」

 無言の2人。

 静かに降り続く酸性雨が、2人の肩を濡らしていた。

 周りの通行人は、2人に構う事無く、行き過ぎて往く。

( ここでは、通行人が多過ぎる。 ヤツは、どう出るか… )

 先程、考え付いた『 演出 』を通すなら、ここは何事も無かったように、軽く、挨拶の1つでもしておいた方が良いだろう…

 キャンベルは、ベイツに近付こうと、足を出した。

 途端、ベイツは、両手をコートのポケットに入れたまま、すうっと踵を返し、そのまま雑踏の中へと消えて行った……

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