第5話、『 イン・ア・センチメンタル・ムード 』
鼠色の陰気な空から、相変わらず酸性雨が降り注ぐ…
その、無気力な暗い空を背景に、そそり立つ、やたら白い建物。
白1色にコーディネートされた外壁は、清潔さよりも、冷たさを先に感じてしまうのは何故だろうか?
建物の1階にある入り口に、小さく、赤い十字が描かれている。 病院を表す赤十字だが、小さいにも関わらず、そこだけ、やけに生々しく鮮血のように鮮やかだ。
『 クイーンズ・セントラル・ホスピタル 』と表示がある。
だが、病院ではなく、一種の… 隔離病棟のような静けさに包まれている。
警務局の直轄施設という事もあり、一般市民がいない分、騒がしさが無いからかもしれないが、どことなく近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
キャンベルは、入り口を入り、左側にあった受付窓口に立った。
ベージュのタイルカーペットの床に、白い内壁の広い廊下。 幾つかあるドアは、薄いペールグリーンでペイントされている。
清潔感は、感じられるのだが… やはり、どことなく生気が無い。
「 こんにちは。 ご面会ですか? 」
受付窓口から、ナース服を着た女性看護士が、無機質な雰囲気に似合わない、やたら満悦な笑顔で挨拶をして来た。
「 保安課のレイ・アンダーソンに、会いに来た 」
警務局の革ジャンの内ポケットに手を入れ、身分証明書を出し、受付窓口のカウンターに置く。 女性看護士は、その身分証明書を手に取り、カウンター脇の磁気デポジットにかざした。 ピッと言う、小さな確認音と共に、彼女の左側にあった小さなモニターに、キャンベルの顔写真が映し出される。
「 保安課の… キャンベル警部様ですね。 お疲れ様です。 レイ様は、8階の2013号室におられます 」
身分証をキャンベルに返しながら、彼女は言った。
「 ありがとう 」
胸ポケットに身分証を入れるキャンベルに、彼女は続けた。
「 レイ様におかれましては、もう少し、紳士になって頂くよう、警部様からからも是非に、お願いして頂けませんか? 」
「 どうした? 確かに、ヤツは紳士ではないが、非常識ではないぞ? 」
笑顔のまま、彼女は答えた。
「 お世話をさせて頂いております女性看護士に、しょっちゅう、粗相をされますので 」
「 …… 」
男ばかりのムサ苦しい職場に、こんな業務である。 たまの『 休暇 』に、ハメを外しているのだろう。
キャンベルは答えた。
「 アイツなりの、挨拶だと思ってくれ。 ヤツだって、警務課の人間だ。 さずがに、セクハラに相当するような行動は取っていないはずだ 」
「 恐れ入ります… 」
女性看護士は、終始、眩いばかりの笑顔で対応した。
( 多分、アンドロイドだな )
キャンベルは、エレベーターホールへと向かった。
「 ちょっと、尻を触ってやっただけだぜ? 」
ベッドの上で、週刊誌片手に、ポテトチップスを頬張りながら、レイは言った。
「 1人・2人なら、まだしも… お前、スキあらば触っているらしいじゃないか。 そのうち、手錠をはめられるぞ? 」
ベッド脇にあったパイプイス出しながら、キャンベルは言った。
「 フン… 触られているウチが、華だぜ 」
週刊誌に目をやり、ポテトチップスを口に運びながら、レイは不満気に言った。 薄手のバスローブのような院内着の胸をはだけ、包帯を巻いた腹部を露わにしながら、レイは続けた。
「 どうせ、アンドロイドだろうが 」
パイプイスに座り、サイドカウンターのパネルを開けると、中にあった安ウイスキーのボトルを出しながら、キャンベルは注進した。
「 ここは病院だ。 バーや、クラブじゃないんだ。 怪我人は、怪我人らしくしてろって事さ 」
「 機械のクセしやがって、ナニ、いっちょ前に恥ずかしがってんだ。 …おい、その酒は飲むな。 貴重な、気付け薬なんだぞ? 」
傍らの棚にあったコップを取り、お構いなしに、ウイスキーを注ぐキャンベル。 ぐいっと煽ると、言った。
「 63型の高校教師は、拳銃を所持していたのか…… 」
真剣な目でキャンベルを見ながら、レイは答えた。
「 …ああ。 Bシリーズは、要注意だ。 どうも、おかしい 」
飲み干したコップを、サイドカウンターの上に、コトリと置くキャンベル。 しばらく、そのコップを見つめていたが、静かに呟くように言った。
「 俺の、次の回収対象だが… 実は、正状態だ 」
ポテトチップスを噛み砕きながらも、真剣な視線のままキャンベルを捉えつつ、レイは言った。
「 先公も、最初は正常だったぜ? 回収を中止して、帰ろうとした矢先… ヤツのガンベルトが、チラッと見えたんだ 」
レイに、視線を合わせる、キャンベル。
「 …… 」
レイが言った。
「 慎重にな……! その回収対象には、もう少し、接触して様子を見た方がいい 」
「 お前も、そう思うか? 」
「 ああ 」
「 …… 」
逢えば、感情が移入するかもしれない……
だが、レイの言う通り、もう少し接触してみなければ、本当の判断は難しいだろう。 今回は、嗜好的会話が少々、多過ぎた。 正状態と下した判断に、『 甘さ 』の領域が加味していた可能性は、確かにある。
キャンベルは、悩んだ……
逢って、その『 欠陥 』を見つけ出し、回収する。
業務は、それで終了する。
だが……
キャンベルの心に、一握の寂しさが過ぎった。
( 回収すれば、おそらくコリンズは、人間社会に復帰する事はないだろう )
プロパティの深刻さに比例する問題もあるが、修理を施すには、個体が古過ぎる。
廃棄処分しか、処理における選択肢は無いだろう。
レイは、週刊誌をサイドカウンターの上に放ると、ポテトチップスを、口に運びながら言った。
「 女性型か? 」
「 ああ 」
コップに、ひと口分のウイスキーを注ぐキャンベル。
瓶のキャップを閉めるとコップを持ち、レイを見ながら言った。
「 クリエイターだ 」
ウイスキーを煽る。
レイが、薄笑いを浮かべ、言った。
「 お前にとって、最も苦手なタイプだな 」
「 割り切るさ 」
「 出来るか? 」
「 勿論 」
…レイは、見抜いているようだった。
ポテトチップスの欠片を、袋ごと口に空け、言った。
「 ただの機械だ。 しかも、壊れている 」
院内通路を歩くキャンベルの脳裏に、とある『 選択方法 』が浮かんだ。
『 このまま、正状態としておく 』
保安課の人間としては、失格に相当する選択法だろう。 自身の嗜好的要素を、ただ単に、引き延ばした格好での選択肢でしかない。
だが、そうしたところで、社会への悪影響は全く見当たらない。
( 誰にも迷惑を掛けないし、誰かが、物理的に損をする訳でもない… )
その選択肢が、ある意味、極論的である事は、キャンベル自身、理解は出来ていた。
問題は『 ソエル 』が、どう判断するか、である。
マザーコンピュータ『 ソエル 』は、自身が下した判断に対し、徹底的な再調査を行う事だろう。 データバンクに送信されている過去のデータソースを、全て吟味し、分析し、再評価を提出して来るはずだ。
その結果が、再び『 回収 』となれば、今度は、判断を下したキャンベルに、喚問が行われる事となる。
…ここで、よく行われるのが『 破壊 』である。
先の、汎用個体のジャクソンのように、抵抗されたから破壊するのではなく、強制的に破壊するのだ。
破壊に至った経緯についての理由は、何とでも創作出来る。 抵抗されたとか、逃走したからとか…
ヒトに例えれば、『 死人に、口無し 』だ。
判断に悩み、悪戯に時間を掛けるより、手っ取り早く破壊してしまった方が、早く解決する。 喚問により、減給されたり、罰金を支払ったりする屈辱も、味わなくて済む。
『 お待ちしております。 きっと、おいで下さいね……! 』
コリンズの声が、再び、キャンベルの脳裏に響いた。
憂いに満ちた、この心情…… まるで、行き付く先の分からない列車に乗ったような気分だ。 自分は、どうしたいのかすら分からない。
『 相手は、ただの機械だ。 情を掛ける必要が、どこにあるのか? 』
「 …… 」
またしても、キャンベルの中の、もう1人の自分が、叱咤を始める。
だが、その注進は、限りなく正論である。
( こんな判断も出来ないくらい、疲れているのか? 俺は )
頭では分かっていても、どうしても受け入れられないキャンベル。 経験の無い心情に、思わず、弱気になってしまっているのかもしれない。
更には、『 回収屋 』と言う、この因果な業務…
ポジティブ要素が皆無なのが、心情を暗くしている要因の1つなのは、間違いない。 だが、今更、どうしろと言うのか……
( とにかく、もう報告は、してしまったんだ。 ダクからの指示を待とう )
病院を出て、あまり、人のいないストリートを歩く。
……音も無く、霧のように、しと降る酸性雨。
歩く横を、追い抜いて行くエア・カー。
わずかな飛沫が、キャンベルの頬に掛かった。
それを拭いもせず、キャンベルは歩く。
ただ、歩く……
鉛色の空より落ちて来る滴が、革ジャンの肩を濡らしていた。
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