第4話、『 マイ・ファニー・バレンタイン 』

「 コーヒー、いかがですか? 」

 ソファーにくつろぎ、しばらくアルバムを見ていたキャンベル。 洒落たコーヒーピッチャーを片手に、コリンズは言った。


 立ち上るローストの香り……


 キャンベルは、笑顔で応えた。

「 やあ、良い香りだ。 頂こうか 」

「 お砂糖・フレッシュは、いかがされます? 」

 白い陶器製のカップをソーサーに乗せながら、コリンズが尋ねる。

「 いや、ブラックで構わない 」

「 かしこまりました 」

 静かにコーヒーを注ぐ、コリンズ。

( …腕も、振るえていないようだな )


 中腰で、姿勢を屈めながらコーヒーを注ぐ体形…


 実は、この動作は、アンドロイドの肢体動作を検査するのに、最適な動きである。

 アンドロイドは、腕の付け根辺りに、指先の動きをバックアップする為の小型バッテリーが内蔵されている。 その重量をカバーする目的で、小型のパワーステアリングも装備されているのだが、よくオイル切れを起こす。

 動きに負担が掛かれば、滑らかな動作が出来ず、感情不良の原因となり、不機嫌な態度を取るようになるのだ。

 原因がハッキリしない『 不機嫌さ 』は、やがて感情異常を引き起こし、それが異常行動に発展する場合もある。

 こういったシステムによる不具合は、首回り・足関節などにも、よく起きる。 それぞれにチェック法があり、保安課の警務局員たちは、それら検査法を駆使し、回収個体の状況を把握するのだ。


( いよいよもって、ダクに報告だな )

 基本的に、異常が認められない個体は、回収出来ない。 勿論、回収する事自体は出来るが、再び『 元の位置 』に戻すのが大変なのである。

 生活している『 者 』を、社会から切り離し、一時的に隔離する訳だ。 何も問題が無かった場合 、『 今まで通り 』の社会に戻さなくてはならない。

 検査には、3~4日くらい掛かる。 その間の、『 記憶 』を創作し、データとして埋め込ませなくてはならず、更には、周囲の人間たちには、整合性が必要となって来る。 『 帰って来た 』と言う認知が要るのだ。


 …面倒な事は、したくない。


 誰しもが、考える事だ。

( 社会に対し、正常に寄与している個体を回収する必要はない。 情報は、必ずしも正確じゃないんだ。 今回は、完全な通報ミスだな )

 各アンドロイドたちの言動は、逐一、保安課のデータバンクに向けて、リアルタイムに自動発信されている。 審査するのは、警務局のマザー・コンピュータ『 ソエル 』だ。

 機械が、機械を管理している訳である。

 膨大なデータ量であるが故、不安定な要素があれば、どうしても微量の誤認識となる現状は、仕方のない事だろう。

( 『 78号 』の回収は、中止だ )

 コーヒーを、ひと口飲みながら、キャンベルは決断した。


 ニール・デコの批評話しから、互いの趣味や思想に至るまで、キャンベルはコリンズと、以前からの友人のように、ひと時の会話を楽しんだ。

( 女性と、こんなに長時間、話した事は久しいな )

 久しいどころか、記憶にすら無い。 しかも、リラックスした状態で、だ。

 

『 女性ではない。 ただの機械だ 』


 キャンベルの中の、もう1人の自分が、注進する。

 だが、キャンベルは、コリンズを『 女性 』と認識したかった。 それが何故なのかは、自分でも分からない……


 事前調査の精度を上げる為にも、もっと話をしていたかったが、長時間のコミュニケーション経験が無いキャンベルは、どうやって、この後の会話を持続させて行けば良いのかが分からず、とりあえず、帰る事にした。


 ソファーから腰を浮かせ、言った。

「 随分と、長居をしてしまったようだ。 お付き合いしてくれて、ありがとう。 楽しかったよ 」

 普通、受付業務をしている者にとって、来場者が帰る際は、笑顔のひとつも見せ、社交辞令的な挨拶など交わして、早々と送り出したいものだ。 展示会のスタッフに、『 コンパニオン 』的な応対業務は、含まれていない。 客には、早く帰ってもらいたいのが、本音だろう。

 だが、コリンズは、意外にも表情を曇らせ、答えた。


「 …もう、お帰りになられるのですか? お時間があれば、もっとお話しがしたいです、私 」


 厄介払いどころか、『 延長 』希望である。

 キャンベルは、動揺した。 ある意味、女性から『 お誘い 』を受けるのも、初めてだったからである。


「 ははは。 また明日、来るよ。 アルバムの最終章、まだ見ていないからね 」

 咄嗟に出た、自分でも驚く返答。 さらりと、しかも、自分にとっても最高なシュチエーションを演出出来たようだ。

 コリンズは、少女のように胸で両手を組み、言った。

「 まあ、嬉しいですわ…! お待ちしております。 きっと、おいで下さいね…! 」

 幾分、赤らめた頬が、魅力的である。

 キャンベルは言った。

「 夕方過ぎの方が、客入りも少なめだろうから、その頃に寄らせてもらうよ。 申し遅れたが、私はキャンベルだ。 明日も、宜しく。 じゃ… 」

 軽く手を上げ、笑顔を作るキャンベル。 紳士を気取り、ガラス製のドアを開け、外へ出た。


「 何やってんだ、俺は? 」


 赤茶けた夜空から落ちて来る酸性雨の場景に、ふと、我が身に還り、キャンベルは呟いた。

「 相手は、ただの『 機械 』だぞ…! 」


 音も無く、降り続く酸性雨。

 ただ静かに、キャンベルの肩を濡らせていた……



『 正状態だと? 』

 携帯マイクの向こう側で、ダクは尋ねた。

「 ああ。 78号は、至って正常だ。 また情報が、混線していたんじゃないのか? 」

 パソコンのキーボードを打つ音が、マイク越しに聞こえる。

『 う~む・… 調べてみない事には、分からんが… 会話は、してみたのか? 』

「 勿論だ。 報告は、その結果だ 」

 数枚の資料をめくる音が、キーボードを打つ音に重なる。

 ダクは言った。

『 …分かった。 至急、情報課に問い合わせてみる。 また連絡をするから、それまで78号の件は、ペンディングだ 』

「 バカンスは、継続でいいな? 」

『 ああ、構わない。 分かったら、連絡する。 じゃあな 』

 携帯は、切れた。

 

 …ふうっと、ため息をつくキャンベル。


 自室の窓から見えるネオンを、ぼんやりと眺めながら、手にしていた携帯を、テーブル脇にあるソファーに投げた。


「 ジュリア・コリンズ… 」


 その名を呟くキャンベルの脳裏に、忘れかけていた母親の顔が浮かんだ。

( 何処か、似ていたのかな……? )

 こんな、センチな気分になったのも久しい。

 しかし、考えてみれば、随分と馬鹿な話だ。 『 機械 』に対して、情を感じているのである。

( しかも、保安課の人間なのにな… )


 点滅する、ネオンサイン。

 時折、窓の外を落ちて行く雨垂れ…

 赤茶けた、夜空。 虚空の心のような、不安定な夜……


 ソファーに、どっかと腰を下ろし、先程投げた携帯を手にする。

 待ち受け画像を出し、じっと見つめるキャンベル。 携帯の画面には、在りし日の母親のポートレートが表示されている。

 自分を見つめる母親の目を見つめながら、キャンベルは呟いた。


「 ヘンな気分だよ、母さん… 」


 『 78号 』に対して、情を感じているのかどうかは、正直、分からない。 ただ単に、故障回収するはずだった個体が正状態だった事に対し、ある意味での『 興味 』が湧いていただけなのかもしれない。

( 『 78号 』については、もう少しコミュニケーションをしてみたい )

 キャンベルは、正直に、そう思った。

 自分が好きな、写真と言う趣味との関係性も、相まっているのかもしれない。

 キャンベルは、携帯の待ち受け画面を見つめながら、小さく呟いた。


「 …目元が、少し… 似ているのかな…… 」


 第3者から見れば、そうは思わないのかもしれない。

 全くの別人… おそらく、皆が、そう判断した事だろう。


 キャンベルは、母親とコリンズ、そのルックスのどこかに、共通する『 モノ 』の存在を探していた。 …いや、求めていたのかもしれない。 自身を納得させる為に、僅かな『 期待 』をしていたのだ。


( 何をやっているんだ、俺は…! )


 再び、我に返ったような心境を覚えたキャンベル。

 現実を直視すれば、全く持ってナンセンスな話である。

 キャンベルは、自身を、鼻で笑った。

( どうかしてるぜ。 やはり、疲れているんだろう )

 

『 お待ちしております。 きっと、おいで下さいね…! 』


 赤らめた頬が、キャンベルの脳裏に甦る。

「 …… 」

 キャンベルは、ふと、気付いた。

( 仮説だが… コリンズが、俺に好意を持ったとしよう… )

 赤らめた頬が、その仮説を肯定する。 だが……


『 アンドロイドは、恋愛感情を持たない 』


 感情プログラムは、そう設定されている。

 もし恋愛感情があれば、当然、その感情に沿った行動がなされる。 つまるところ、行き付く先に、性行動が考えられるのだ。


 アンドロイドは、セックスも可能である。

 だが、当然の事ながら、妊娠はしない。 …いや、『 出来ない 』。

 不妊治療等の行為に走った場合、様々な問題が起きて来るのは必至だ。 最悪なのは、アンドロイドである事が、社会的に露呈する事である。


 ならば、恋愛感情を無くせば良い。


 恋愛行動に至るリスクを、最初から無くした見地からの選択である。

 厚意的になる感情は持っているが、特定個人を好意に思う感情はプリセットされていない。 つまり、アンドロイドは、恋愛感情を認知する事が出来ないのだ。


「 だとすれば、78号は… なぜ、頬を赤らめたんだ……? 」


 解釈が、分からなくなって来たキャンベル。

 待ち受け画面の母親は、優しい笑顔でキャンベルを見つめ続けていた……

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