第10話、『 ザ・シャドゥ・オブ・ユア・スマイル 』
暗殺者と言うのは、彼のような人物の事を指すのだろう。
終始、無言に通し、ターゲットや疑問に思えた事柄・人物に対しては、徹底的にマークし、警視・警戒を怠らない。 いつの間にか眼前に現れ、接触を試みようとすると、先程のように間髪入れず、静かに消えて往く。
( 不気味なヤツだ… )
はっきり言って、正体がつかめない。
同じ警務局の人間である事は確かなのだが、業務に関しての命令系統も、どことなく不鮮明だ。 いつの間にか、誰かからの指令を受け、いつの間にか職務を遂行し、帰局して来る。 何事も無かったように…
( もしかした… ヤツこそ、アンドロイドなのでは? )
案外、あり得るのかもしれない。
何の感情も要らない。
この業務遂行において、おおよそ『 ヒト 』に関連するモノは、何も必要無いと言い切れる。 まさに、『 殺人機械 』で良いのだ。 まあ、ターゲットはヒトではないので、殺人とは言えないが…
ベイツが消えて行った雑踏を、ぼんやりと見つめながら、キャンベルは思った。
( 本当に、アンドロイドだったら… )
可能性は、ゼロではないだろう。
危険が伴い、精神的にも疲労が溜まりやすい警務局の業務…
『 ヒト 』より、機械の方が、向いているとの考えは、ある意味、正解な事かもしれない。
実際、機械だったら、余計な『 メンテナンス 』を掛ける必要も無い。 食事も要らないし、休憩も無くても良いのだ。 人、1人当たりに相当する職務量を割り当て、指示を出すだけで、後は、何のバックアップも要らない……
最大の利点は、情に流される事が無い、と言う事だろう。
壊れた機械を回収するに、情など必要無いのだ。 正確に対象者を選択し、確実に相手の動きを封じ、局に回収して来る・・ ただ、それだけの事なのだ。
「 ベイツ… 」
今まで考えた事の無い、ある意味、究極の境地だけに、キャンベルはしばらく、そこを動く事が出来なかった。
( 本当に、ヤツは… 機械なのか? )
自分で思いついた考えながら、その推察には、薄気味の悪い感覚を覚える…
キャンベルは、かすかな手先の震えを感じた。
「 どうした? キャル 」
背中越しに、自分を呼ぶ声。
キャンベルは、ドキっとして、我に返った。
振り向くと、ダークグレーのスーツを着た男が、傘を手に立っている。
身長は、180くらい。 短く刈り込んだ、白髪交じりの髪。 横長のスクエアタイプの眼鏡をかけ、40代後半の、ヤセ気味の男だ。 革製のブリーフケースを小脇に抱え、どことなく知的な印象を感じさせる。
「 デューク… 」
キャンベルは、少し、ホッとしたような表情をしながら、男の名を呟くように言った。
デューク・エバンス… 警務局 管理課の人間だ。
警務官の教育・採用、配属や健康管理などを、主な業務としている。
「 どうしたんだ? ズブ濡れじゃないか 」
キャンベルに近付き、差していた傘を差しだしながらデュークは言った。
傘を、手で制し、キャンベルは答えた。
「 い、いや… 何でもない。 ちょっとな 」
言葉を濁したキャンベル。
週に1度、健康チェックレポートの提出で必ず、彼に会っている為、キャンベルはデュークに対し、親近感を持っていた。 オフレコとも言えるような内容の相談であっても、デュークにあっては、安心して相談出来る間柄である、と認識していた。
だから一瞬、ベイツに対する『 疑惑 』を提議してみようか、と思ったのだ。
…だが、止めた。
さすがに、こう言った発言は、後を引く可能性がある。
他人… もしくは、一般人ならともかく、同じ警務局の者を疑うのは、あまりに問題をはらみ過ぎているように思えたからである。
キャンベルは、繕った。
「 知り合いが、通りかかったと思ってね。 だが、人違いだったようだ 」
デュークは、眼鏡の奥から静かなる視線で、じっとキャンベルを見つめている。
( …疑られたかな? )
状況的には説明がつくが、傘を差さずに佇んでいたのは、明らかに不自然だろう。
デュークは言った。
「 …ゴマかすな。 下見か? お前、休暇中のハズだろう? 」
だいたいの状況は、デュークには、お見通しのようだ。 だが、ベイツの疑惑については、知る由も無い筈である。
キャンベルは、苦笑いをしながら肯定した。
「 はは… ま、そんなところだ。 休暇の仕方を忘れてね 」
ヘタに繕うより、同意した方が良いだろう。 整合性よく説明しても、カンの良いデュークの事だ。 何か、不自然さを見い出すに違いない。 勘ぐられ、余計に収拾がつかなくなるのがオチだ。
はたして、デュークも、苦笑いをすると答えた。
「 そんなんだから、身体を壊すのさ。 …いいだろう、ついて来い。 付き合ってやる 」
夜の繁華街の交差点を、3階から見下ろす、静かなバー。
酸性雨に濡れる歩道。 シャンデリア風の街路灯や、店舗のネオンサイン……
道を行き交うエア・カーは、リムジンタイプが多いようだ。
歩道には、傘を差した歩行者の姿も見受けられる。
眼下に映る、そんな光景を眺めながら、キャンベルは思った。
( 歩いている者たちの中に、何体のアンドロイドがいるのだろう? )
無意識に脳裏を横切る、業務感覚の思考……
キャンベルは、ため息をついた。
「 …何、ため息、ついてんだよ? 」
目の前のカウンターに、コトリと置かれたロック・グラス。
左横のカウンター席に座ったデュークが、キャンベルに言った。
窓を伝う雨垂れが、グラスに映る…
「 すまん… 最近、ため息ばかりついているな 」
「 だから、通達を出しただろう? 心労あり、ってな 」
小さな笑みを口元に浮かべ、デュークは言った。
グラスに、手を掛けるキャンベル。
「 これは… ハイランドか? 」
同じグラスを右手に、デュークは答えた。
「 アイラ・モルトだ。 …お前も、合成の安物ビールばかり飲まないで、たまには本物の『 酒 』を飲め 」
そう言いながら、ひと口、グラスに口を付けるデューク。
キャンベルも、持ったグラスを軽くデュークに掲げ、ひと口、飲んだ。 グラスの氷が、カラン、と小気味良い音を立てる。
少し、笑みを返す、デューク。 再び、グラスに口を付ける。
キャンベルは言った。
「 旨いな……! シングルモルトは、久し振りだ。 たまに飲んでも、ブレンディットが多いからな。 店にも、置いていないし 」
デュークは、グラスをカウンターに置くと、言った。
「 店から紹介せにゃ、ならんのか? 」
「 かもな。 あまり、気にした事が無い 」
「 トランス系のBGMが、ガンガンかかっている店は、NGだ 」
店内に、静か流れている、スローなピアノ・バラード…
キャンベルは、デュークに言った。
「 こんな曲だったら、イイって事か? 」
「 ああ。 語れる条件だ 」
ここは、セミ・セルフのショット・バーだ。
間接照明を基調とした、少し光調を下げた店内で、木目調のカウンターやラック、イスなどの調度品が、お洒落である。 特別に高級な店では無さそうだが、シックな感じが心地良く、落ち着く。
両肘をカウンターに乗せると、左手で頬杖をつき、右手の指先でグラスの端に触れながら、デュークは言った。
「 キャル… 休暇中は、せめて仕事の事を忘れろ。 その為の、休暇だ 」
キャンベルは、グラスを傾けながら答えた。
「 分かってはいるが、どうしても、仕事の事が気になってな 」
「 休暇を使っての下見など… 健康管理責任者としては、見過ごせん。 そんなに仕事がしたいのなら、業務命令を出すぞ? 仕事をするな、とな 」
デュークの言葉に、キャンベルは、苦笑いで答えた。
階下の、ヘッドライトの流れを見つめながら、キャンベルは呟くように言った。
「 壊れた機械なんぞ、何も考えず、回収しちまえばいい… 」
デュークは、キャンベルの横顔を見据えながら、無言でいた。
カウンター越しのガラスを伝う、酸性雨…
無機質な時間が、2人の間に流れた。
「 余計な詮索は、しない方がいい…… 」
デュークは、階下の景色に視線を移しながら、静かにそう言った。
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