マテリアル・ロジッカー

夏川 俊

第1話、『 レフト・アローン 』

「 ふう…… 」

 キャンベルは、サイレンサーの付いたベレッタを、皮ジャンバーの下に着込んだガンベルトに入れると、小さくため息をついた。

 右膝を突き、玄関ポーチにしゃがみ込む。

 開いたままの玄関には、額を打ち抜かれた若い男が、仰向けに倒れており、

 降り続く酸性雨が、男の顔に小さな雫を作っていた。


 単身者用のワンルームマンションらしき建物の3階。

 右隣の部屋の明かりは点いているが、中から人が出て来るような気配は無い。

( 21時15分、対象を確保…… 住民が出て来ると厄介だな。 早く、処理班を呼ぶか )

 腕時計を確認し、左隣の部屋の玄関辺りをうかがいながら、キャンベルは、そっと男の首筋に手をやった。

 脈は無い。


 すると、右隣の部屋のドアが開き、部屋の灯りがポーチを照らした。

( ちっ… )

 開かれたドアからは、30代半ばと思われる男が顔を出し、こちらを見た。

「 ジ、 ジャクソン…! 」

 倒れている男を確認し、驚きの表情をした彼。

 キャンベルは革ジャンパーの胸ポケットから警務局の身分証を出すと、それを見せながら言った。

「 保安課の者だ。 回収に来た 」

 開かれたドアから漏れる部屋の明かりが、身分証に埋め込まれたバッジに鈍く、冷たく反射している。

 彼は、キャンベルが見せた身分証を確認すると、更に目を見開き、言った。

「 ア… アンドロイドだったんですか、ジャクソンは……! 」

 身分証をポケットに入れると、立ち上がり、キャンベルは答えた。

「 ああ。 98年型の後期タイプ。 多分、B60だが、マイナーチェンジタイプだな。 識別表には、無いヤツだ。 3年ほど量産された自己変革型で、中々に優秀なモデルだったが、製作からもう、20年以上も経ってしまった。 記憶媒体の容量に限界があってね… 」

 小さな端末機械を出し、倒れている男の耳の後ろに当てながら、キャンベルは続けた。

「 2年ごとの定期点検の際に、メモリーを増設していたんだが… もうB60用の部品は、5年前から生産していない。 自己変革型の為もあってか、最近はオーバーフローした情報の整理に、設定記憶情報を書き換えるようになってね…… 」

 キャンベルの説明に、男は言った。

「 それで…! おかしいと思ってたんですよ。 幼児学校や中等教育時代の話に、ヘンな事を言うようになって…… 」

「 所々、記憶が抜け落ちているんだろう? 」

「 ええ。 『 もう忘れた 』とか言ってましたけど… 以前は話してくれた事を忘れるのは変だな、と思っていたんです 」


 端末機械を操作するキャンベル。

 発信された電波に反応し、倒れていた男のヘッドカバーのロックが解除された。

 顎下からこめかみ辺りにかけての皮膚が、車のボンネットのように開き、細かな電子回路や配線が詰まった中身が現れた。

 驚愕の表情で、男は言った。

「 ホ、ホントに… アンドロイドだ……! 信じられん 」

 端末機械をしまい、キャンベルが言った。

「 これで、納得して頂けたかな? 抵抗したので破壊してしまったが… じきに回収班が来るので、あまり騒がず、お部屋の方にお引取り頂きたい 」

 男は、しばらく倒れているアンドロイドを見つめていたが、やがてキャンベルの顔を見ながら小さく頷くと、ドアを閉めて部屋に戻って行った。


「 こちら302号。 回収は終了した 」

 大粒の雨がフロントガラスを叩く。

 ワイパーをハイにしながら、キャンベルはタバコを1本、口にくわえた。

 無線マイクから応答が入る。

『 302号車、了解。 すぐに、回収班を向かわせる。 26号はどうした? 』

「 抵抗したので破壊した。 B60は、無抵抗型だったはずだ。 誰か、行動テキストを書き換えたのか? 」

『 いや、そんな報告は無い。 2年前の点検カルテにも… システム変更の記録は無いな 』

「 どうも、腑に落ちない…… 昨日の家政婦も、Bシリーズだった。 確か、62型だと思ったが…? 」

 ライターを取り出し、タバコに火を付ける。

『 昨日の53号は… 62型だが、あれはプロトタイプだ。 詳しいプロパティは、調べてみないと分からないな 』

「 抵抗こそは、しなかったが… 任意同行については、政局を非難したぞ? Bシリーズは、どうもおかしい。 センターに報告しておいてくれ 」

『 了解した。 次は78号だ。 先程、端末にデータを送付しておいたが、明日じゃなくてもいいぞ 』

 煙を吐き出しながら、キャンベルは言った。

「 どうした? 何か、ワケありか? 」

『 働き過ぎだ、キャル…… 2~3日、休暇を取れ 』

 フロントガラスに赤く映るタバコの火を、更に赤く輝かせながら、キャンベルは答えた。

「 気持ち悪いな、ダク。 お前からそんなセリフを聞けるとは、思ってもいなかったぜ。どうしたんだ? 」

『 先週の健診結果で、極度の心労あり、と出ているぞ。 まあ、降り止まない酸性雨につけ、こんな仕事だ。 気が滅入るのも無理ない。 ベガスの女でも抱いて、リフレッシュしろ 』



 ……西暦2120年。

 地球環境は、まさに断末魔の悲鳴を上げていた。


 早期に本腰を入れなかった環境対策は、ただ単に、地球温暖化の悪影響を永らえるだけの結果となり、スモッグが日光を遮蔽し、昼間は終日、薄暗い。

 海洋は、分解不能なPCB等の化学廃棄物質が飽和状態で海底に沈殿。

 様々な汚染物質が流れ込む河川からは、湧き上がる泡と共に、硫化水素が発生している。


 汚染された環境での生活は、人々の心をも曇らせた……


 2080年、地球連邦政府は、高度な科学技術を駆使し、人格・性格・思想において完璧なアンドロイドを完成させ、人々の荒廃した心の更生を導くべく、社会の適所に配置した。 学校・議会・警察は基より、様々なタイプにより、医師・技術者・商店・一般家庭にまで、その種類は100を越す。

 架空の記憶をプリセットされたアンドロイドたちは、自分たちが機械である事には気が付かず、人間として、人々の生活の中に溶け込んで行った……



「 ジャクソンが、アンドロイドだったなんて… 全く、気が付きませんでした 」

 キャンベルの提出した書類に目を通し、それをテーブルの上に置きながら、生え際が後退した管理職の男は言った。

「 局との契約は、前任の者がしていたようだね。 まあ、基本的にアンドロイド契約は内密事項だ。 企業内配置の場合、引継ぎもしないのが通常だからね 」

 キャンベルは答えた。


 空調の効いた、とある大手企業内のエントランスホール。

 外の湿気を感じる事無く、適温に保たれた室内は快適だ。 湿気った革ジャンを着込んでいる自分が、酷く病的に感じられる。


「 真面目で、優秀な技術者でしてね。 将来の幹部として期待していたのに 」

 管理職の男は、残念そうに言った。

 置かれた書類を整理し、キャンベルは言った。

「 ここと、ここにサインを 」

 テーブルの傍らにあったペンホルダーから、自動筆記のペンを取り、男は書類にサインを走らせながら言った。

「 部署では、彼に好意を寄せる女性社員も多かったんですよ? ショックだろうなぁ… 」

「 後日、局の者が来るので、契約を更新するか破棄するかは、その者に相談してくれ。 では… 」

 いちいち、関係者の話には付き合わない。 情が移るだけである。


( 元々、ただの機械だ… )


 キャンベルは、回収するアンドロイドたちを『 中古機械 』として認識するよう、極力、努めていた。


 欠陥が発生した『 機械 』を回収する……

 ただそれだけの事、である。


 中には、正常な判断が出来なくなってしまった個体に遭遇する時もある。 今回のように抵抗したり、攻撃を加えて来る場合もあるのだ。 『 情け 』は禁物である。

( 機械に、情けを掛けるのも、ヘンな因果かもな )

 だが、ヒトと見分けが付かないほど精巧に出来たアンドロイドである。 今回のように『 処分 』する現場を目撃されると、たいていは殺人者と間違えられる。

 警務局の者であると説明しても、今まで、ヒトとして共に過ごして来た者を『 機械 』と認識するには、誰しも、随分と時間が掛かるものである。 キャンベルは、そこが煩わしく思えてならなかった。


「 ふう…… 」

 明るいエントランスから、外へと出る。

 ネオンこそ輝いてはいるが、あまりに湿った暗い世界だ。


 しと降る、雨の湿気。

 化学物質で汚染されたスモッグが漂う空……

 夜は、街のネオンがスモッグに反射し、気味が悪いほど、やたら赤茶けて映る。


 キャンベルは、赤茶けた夜空を見上げた。

 小さな雫が、ホールの明かりに照らされ、幾筋も堕ちて来るのが見える。

 強度に酸性を含んだ雨雫は、音も無く、静かに地上に、無数の輪を描いていた。


( 最近、タメ息ばかりついてるな… ダクの言う通り、疲れてるのかな )


 すぐ近くの交差点脇に、街頭モニターがあった。 民自党の幹事長が、先週の議会演説について講演している。

 数人の下層階級の住民たちが、雨に打たれながら見入っていた。


 ずぶ濡れになった背中、着古した作業着……


 貧困から抜ける事が出来ない彼らにとって、低所得者向けの生活改善を柱とする政策を力説する演説は、まさに希望の光だ。

 キャンベルは、モニターを見ながら舌打ちした。

( …ちっ、エラそうに。 Bシリーズのクセしやがって )

 実は、『 彼 』もまた、アンドロイドである。

 清廉潔白で、ジョークもうまい。 民衆を引き付ける演説も、大衆には好評のようだ。 非常に優秀な『 機械 』である。

( 重要ポストに配属された個体は、古いパーツを優先的に、システムごと換装している。 一般向けの汎用個体とは、待遇が違う… )

 定期点検では、加齢に合わせたビジュアル的な手直しも行われる。 皮膚を形成しているシリコンに、徐々にシワが整形されていくのだ。 髪も、白髪を増やしたり、生え際を後退させたりする。

 実際、こういった管理・施術には、膨大な経費と時間が掛かる。 汎用固体の管理が放置されていく実情には、それなりの経緯があった。

 よって、ジャクソンのような汎用個体は『 廃棄 』されていくしかないのだ。


( 汎用・一般個体担当の俺の仕事は、『 人殺し 』と変わらんな…… )

 キャンベルは、また、ため息をつくと、ポーチ前に停めてあった警務局の小型パトカーに乗り込み、車を発進させた。


「 よう、キャル! コッチだ 」

 保安課の制服を着た中年男性が、ビールジョッキを持った右手を挙げてキャンベルを呼んだ。 左手には、合成食品のミートボールを刺したフォークを持っている。


 薄暗いカウンター席。

 込み合う店内に漂う調理の煙と、タバコの匂い…


 その中年男性の、隣のカウンター席に座ったキャンベル。

 赤いノースリーブを着た若い女性が、キャンベルの腰辺りを弾きながら通り過ぎて行った。

「 …痛てぇな、クソ…! レイ。 アンタ、非番じゃなかったのか? 」

 レイと呼ばれた男は、ミートボールを頬張りながら答えた。

「 召集令状よ。 ま、いつものこった。 ビール飲むか? 仕事、上がったンだろ? 」

 店内に激しく掛かるトランス系のBGM。 はっきり言って、会話が聞き取り難い。

 また1人、今度は男性が背中合わせで、キャンベルに腰を当てながら通り過ぎて行く。

 キャンベルは、その男性の背中を睨みつけながら言った。

「 …もう、合成アルコールは見たくも無い。 たまには、気分良く酔いたいモンだ 」

「 高くつくぞ? ヤメとけって。 酔いに、合成もクソもあるか。 酒は酒だ 」

 ジョッキを傾け、黄褐色の液体を口に流し込むレイ。


 少しハゲかかった頭に、太った腹…

 

 キャンベルは言った。

「 俺は、明日からバカンスだ 」

 レイは、皿にあったミートボールを、フォークの先に刺しながら答えた。

「 …ふ~ん、豪勢だな。 ま、どうせ明日の朝は、ダクからのモーニングコールで目を覚ます事になるだろうがな 」

「 いい読みだ 」

 カウンター前にあったメニューボタンを押し、ビールとポテトを注文するキャンベル。

 ほどなくしてカウンターのテーブルが開き、中から注文した商品がトレイに乗って上がって来た。

 ジョッキを持ち、レイのジョッキに合わせると言った。

「 廃棄される、有能な機械たちに乾杯! 」

 ビールを煽るキャンベルに、レイは注進した。

「 …気を廻すんじゃねえ、キャル。 連中は、ただの機械だ。 しかも、壊れている 」

 ジョッキをテーブルに置いたキャンベルは、ため息をつくと、視線を前に漂わせながらポツリと言った。

「 分かってるさ…… 」


 キャンベルの心境とは裏腹に、『 軽快な 』BGMは、更にテンポを上げて行った…

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