姫騎士フィル《原著 やえくさん》

 闇夜にしのぶ二つの影。

 その正体は何者か。


 それは正義の使者であった。


 この世にはびこる悪たちよ。

 震え戦き、怯えるが良い。

 お天道様が見逃しても彼女たちからは逃れられはせぬ。


 この世に悪事が続く限り、彼女たちは剣を振るい続けるのだ。



 * * *


「フィルシア様……もとい、フィルシリア様」


 二つの影のうち、モコモコした片割れがもう片方に声をかける。


「毎回同じことを申しますが。どうかご無体はなされませぬよう」

「分かっている」


 庭の生垣に蹲る二人、いや一人と一匹はともに甲冑姿であった。


「拙者はこの時のフィルシリア様のお姿には常に肝を冷やしておるのですよ」

「そうか。ついでに言うと私はお前の内面と外見との違和感を常に感じておるぞ、戦兎」


 仮の名フィルシリア、本名フィルシアはからかうように隣の従者に返した。

 無理もない。

 従者は白くモコモコとした毛皮で覆われた愛くるしい兎の姿をしていた。

 ヒトと同じ大きさで、二本足で立ち、甲冑を着込み、背には剣を背負っている。


「それだけは姫様に慣れていただくしかありません。私めがこの世界に転生するとき」

「女神に強く願ったのであろう。前の二つの世界ではあっけなく殺されてしまった自分が不甲斐なく、来世では強い男になりたい、と」

「そうです。しかし、私を強くすると私の魂の性質とは釣り合わず、よって、外見を引き算しなければならないという分かったような分からないような理由によって今生はこのような姿で生まれ落ちたわけです」


 ヒクヒク、と鼻を小刻みに揺らして話す赤い目の白兎の戦士、戦兎せんとは愛らしいことこの上ない。


「私はそなたの外見を非常にかわゆく思っており、好いておる。その見た目どおり、かわゆい話し方をすれば良いものを。そなたが口を開くたびに興醒めだ」

「致し方ありません。これが、私の今生の性格ゆえ」

「しっ、誰か来たぞ」


 フィルシアは声をひそめ、頭を低くした。ここは、エルフの森の外れにある古城の庭である。長年、買い手が見つからず、荒れ放題の城となっている。

 やがて、足音とともに話し声が聞こえてきた。


「ヘッヘ、今宵もいい月夜で。まっこと、堂出茂井伊ドウデモイイお代官様にはいつもご贔屓に」

「コラ、名前を口に出すではない、たわけ。何処でどんな輩が聞いておるか分からぬではないか」

「はっ、これは申し訳も。ドウデモイ……いえ、なんでもありませぬ」

「そんなことより、はよう、はよう出せ。今宵はどのような品揃えじゃ」


「……やはり、堂出茂井伊代官が絡んでおったか」


 ふむ、と納得してフィルシアは頷いた。

 近年、苦痛緩和のために栽培している薬草の粗悪品の横行が問題となっていた。その薬草はエルフ将軍家直轄領にて栽培され厳重に品質管理されていたのであるが、粗悪品が世に出回るようになってしまったのだ。

 好奇心旺盛な若者がそれを買い、中毒者が続出。

 国民にずさんな管理を糾弾され、中毒者の慰謝料も求められ、将軍家の面目丸つぶれである。


「代官の横におる売人は、畑の責任者であるドワーフの息子ではないか。なんと、あのバカ息子めが」


 戦兎が舌打ちした。


「これで正体が分かった。情報屋からネタを仕入れ、いくつか張っていた甲斐があったな、行くぞ!」


 言うなり、フィルシアは立ち上がった。


「やあやあ、お前たちの悪事見届けたり! 堂出茂井伊代官に、ドワーフの男! 観念して出頭せよ!」


 美しい声を響かせ、生垣から姿を現したのは仮面を被ったエルフの女性だった。


「む? なんだ、お前は」


 照明をこちらに向けて返した代官の姿もまた、壮年期の耳の長いエルフであった。

 まだ若造である同族、しかも女にそんな言葉を投げられても屁の河童、という感じで彼はバカにした目を向ける。


「あ、こいつかも知れねえです。最近、俺たちのことを嗅ぎまわってる奴がいると情報屋が」


 代官の横にいる小柄なドワーフがわめきたてた。


「ほう、女だてらに岡っ引き気取りとは。くく……飛んで火に入る夏の虫、という言葉を知らんのかね。この娘は。そのような薄着でこんな夜更けに男の前に一人、現れようとは。皮を剥いでくださいと言ってる兎と同じではないか」


 代官は舌なめずりしそうな勢いで、フィルシアの身体を視線で舐め回し、いやらしく笑った。

 無理もない。

 フィルシアは女として開花し始めたばかりの乙女であり、仮面を顔で隠してはいてもその美しさは隠せるものではなかった。極上のプロポーションであるその身体は、誘虫花のような魅力で輝いており、甲冑から覗く胸元、剥き出しの太腿がなんとも男の気をそそる。


「くく、いいですねえ、旦那様。我らの手でこの女を散々手篭めにして鳴かせてやりましょう。いや、良い夜だ」


 ドワーフの男もニタニタと笑いながらフィルシアに近づいてくる有様だ。


「無礼者っ、このお方になんという口を!」


 ピョン、と生垣から飛び出し、二人の男の前に立ちはだかったのは戦兎だ。

 鼻をヒクヒクさせ、背から長剣を抜き、二人の男に向かって構える。


 とたん、笑い声が起きた。


「なんだ、このウサギはぁ!?」

「本当に兎も出てくるとは。なんとも可愛い従者よのう」


 男二人は戦兎の愛くるしい姿に散々笑う。


「あー、よいよい、戦兎。いつも言っておるだろう。私がやるからと」


 ふわふわした毛を掴み、ぐい、と後ろに下がらせると、仮面の女騎士フィルシアは前に出てきた。


「戦兎は実は私よりはるかに強いのだがな。なにしろ、私の剣の師匠であるからにして。まあ、でも、お前たちならば、私の手で十分」


 フィルシアは白銀に光り輝く剣を構えた。


「さて、今一度聞こう。お主ら、自分の罪を認め、潔く出頭する気はあるか?」

「けっ、何をバカなことをこの小娘はそんなわ……うわうちっ!」


 次の瞬間、皆まで言わずに悲鳴をあげたドワーフの片腕が飛んで行った。

 フィルシアが身を舞わせ、剣を振ったのである。


「え、いや、俺のっ、俺の腕っ。ちょ、ちょっと待って、まだ答えてる最中だったじゃん!」

「ああ、いや、すまん。一応聞いてるだけで、実は答えは聞いてない」

「うわあちょっ!」


 フィルシアが剣を振り回し、残りのもう片方の腕も飛んでいく。


「どうせ、答えは決まってるだろう。いや、出頭するって言ってもムダだが。もう、剣は止められない」

「ひ、ひでえっ、助けてお代官様っ! うっ、うわへぶしっ!」


 丸いドワーフの首が地面に転がる。


「さて、次はお前だ」

「ちょ、ちょっと待て! 娘っ、取引せぬか? 売上の何割かは……おべぶしっ!」


 エルフである代官の上半身が下半身と分断された。


「答えは聞いてないと言ってるだろう」


 冷ややかに地面に崩れ落ちる代官の身体を見下ろし、言いすてる姫騎士フィルシア。


「お、お前……何者……」

「よかろう、冥土の土産にとくと見るが良い」


 フィルシアは目から下を覆っていた布を取り外した。

 上半身だけになった代官が、その露わになった顔に目を見開く。


「そ、そんなっ、何故あなた様がっ……!」

「気にするな、単なる趣味だ。もとい、ストレス解消だ。悪速斬で一石二鳥ではないか」


 あー、すっきりした、と一息ついてエルフ将軍家第二姫、フィルシアは白銀のストレートの長髪を振った。


「そ、そんな」


 代官がついに事切れる。


「姉上が姿を消してから、私の肩に振りかかる重荷が半端なくてな。こうでもしないとやりきれない。幸い、はけ口は次から次へと現れるでな。私も助かっている」

「おそれながら姫様」


 戦兎が後ろから頭を垂れて低く呟く。


「悪党とはいえど、命は命でございます」

「お主は尊く優しいのう、戦兎。しかし、将軍家に泥を塗るような輩は生きる価値なぞない。私は姉上が戻ってくるまで、この将軍家を守らなければならぬゆえ」


 冷徹に言い切るフィルシアは、かつて姉である第一姫の陰にひっそりと立っていたような大人しい妹姫ではなかった。


「誇り高く強く、天女のようにお美しかった姉上。一体何処にいらっしゃるのか。姉上の代わりを務めるには私には荷が重すぎるのです」


 完璧であった第一姫の姉が不在となった将軍家では、第二姫であるフィルシアに白羽の矢が立った。

 音楽と文学を愛し、空色のポエムを作るのが趣味だった大人しいフィルシアにかせられた重責はその精神を病ませるのに十分であった。


 だから、彼女は今日も人を斬る。

 己の鬱憤のはけ口を正当化しながら。


「この世の悪は私が斬る」


 白銀の満月のように中心に穴の空いた円月刀を掲げたフィルシア。


(おいたわしや、フィルシア様)


 たおやかで心優しかった過去の彼女を知る戦兎の胸は痛んだが、彼にもどうすることもできない。



 エルフ将軍家第二姫であるフィルシア。今宵も彼女によって、エルフ国は血に染められる。








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