試された大地 《原著 大地 鷲さん》

 空が、落ちた。


 北海道の大地を襲った厄災。

 


 文字通り、空が落ちたのだ。


 公式発表、死者5,068,295人――

 札幌市は全滅した。北海道全百六十五市町村、ほぼ全てで百人以上の死傷者があり、北海道の総人口は災害前の十分の一にまで減少してしまったのだ。





 * * *





「この世の終わりとは、このようなものかもしれぬのう、ブンシ」

「……らしくないことを言うじゃないか」


 高校生の大木文士――もとい、蛇神一族の末裔、大木ブンシは金色に輝く縦に細長い瞳の目を瞬かせて、元の黒い瞳に戻した。


みやこの焼け野原を見たのはいつだったか。遠い昔のことで思い出せぬわ」

「気の遠くなるような時を生きてるんだな。死にたくならないのか」


 ブレザー姿の文士はひらりと跳躍し、地面から背後の木の枝に足場を代えた。


「そのうちのほとんどはお前の一族に封印されておったのでな。生きているうちに入らんわ」


 文士のすぐ隣の木の枝で、手院打狼須ていんだうろすはぶふっと鼻を鳴らす。

 狗神の一族の生き残り、黒い大きなヤマイヌのような姿の手院打狼須のその声は何の感情もない平坦な声だった。


「小林が最期に伝えた予知を察してあげられなくて申し訳なかった」

「あの小僧がまさかくだんの末裔だったとはな。もう血筋が絶えたかと思っておったわ」

「小僧ではない。小林戦兎という男だ」


 ぎろり、と再び目を金色に変化させ、文士は手院打狼須を睨みつけた。


「件の一族は死ぬ前の予知以外にたいした能力も持たぬ。ただの人間と変わらぬだろう。同じ年というだけで、あの男のことがそんなにお前は気に入っておったのか」


 ぺろぺろと手院打狼須は毛の生えた自らの顔を舐める。

 文士は答えずに、瓦礫の山と化した凄惨な北の大地を眺めた。


 ――大木文士の級友であった小林戦兎が学校の教室で手院打狼須に惨殺され、大木文士と手院打狼須が死闘を繰り広げてから一年が経つ。

 あの時、大木文士が自分の子孫だと戦いの最中に気づいた手院打狼須はその戦いを休止した。

 凶暴なヤマイヌ同然であった手院打狼須とて、相手が自分の愛した女の子孫であったとすればその戦意も喪失するものであったとみえる。

 大木文士の方は、友人であった小林戦兎を殺されたとあっては憎悪の気持ちがなくなるわけもない。しかし戦意を失くした相手にあえて戦いをふっかける気もない。

 それ以来、何故か手院打狼須は大木文士のそばに常にいる。

 微妙な関係を保ってここまできた大木文士と手院打狼須だが、このような事態になったとすればその距離を縮めないわけにもいかなかった。


「またもや愚かな人間どものせいで、かつて我々が築いた高天原たかまがはらの底が欠けた。蝦夷えぞは序の口だ。このままではいずれ本州も蝦夷のようになるぞ」


 あくびをしながら、木の上で手院打狼須が猫のように身体を伸ばす。


「防ぐ手立てはあるのか」


 大木文士は目の前に横たわる惨状に目を細め、眉をひそめて問う。


「もう一度、高天原の底をふさぐしかない。聖剣が必要だ」

「聖剣? 天叢雲剣あめのむらくものつるぎのことか」

「なにをいう。あんな

「なまくら? 神器だろう」

「なまくらはなまくらだ」


 もう一度、手院打狼須は伸びをしてあくびする。


「本当の聖剣はこの世界にはない。過去、我々の祖先が高天原と葦原中ツ國の間に壁を築いた際、こことは違う世に飛び散ったとされている」

「飛び散った?」

「ああ、飛び散った」

「どんな剣なんだ」

「二つある。我も見たことはないが。お前たち一族が我を封印した際の石像があったろう。あれがそのうちの一つをかたどったものらしい。もう一つは円月刀だとされている」


 手院打狼須は木の幹に首横をつけ、気持ちよさそうにこすりつける。


「一つは耳の長い森の民が持っていった、という話も聞いたことがあるが。二つの剣は本来二つで一つ、というようなものでな。惹かれ合う性質なのだ。男と女、、をあらわしたとされていてな。まあ、世界は陰と陽、正反対のものが交じり合って成されているものだ。個々の剣の力も恐るべきたるものだが、二つがそろってこそ、その剣の本来の力が発揮されるというわけだ」

「なるほど」

「……かつて高天原の神々に牙をむいた人間の尻ぬぐいをさせられ、挙句には人間どもを守ってやるために高天原との間に壁を築いてやったのも我々異形の民だ。今も昔も我々異形の民は損な役割だと思わぬか、のう、文士」

「そんなことをいっている余裕もないだろう。大和もこの蝦夷のようになってしまったら、俺もお前も生きてはおられぬだろうが。ここは不本意だが、一時休戦し、お前と手を組むしかないようだな、手院打狼須」


 そう言って文士がちらり、と手院打狼須を見ると手院打狼須は無意識のうちに尻尾をぱたぱた、と振っていた。まるでヒトに飼われる犬ころのような有様だ。

 俺と手を組むのがそんなに嬉しいのか、と文士は苦笑する。

 俺の級友を殺したくせに、俺と友好的な関係を築けることが可能だと思っているのならば馬鹿げたことを、と内心で文士は呟いた。


「ならば、早速その二本の聖剣とやらを探し出すしかないな」


 文士はもう一度その身を空に躍らせ、木の枝から地面にひらりと着地した。


「召喚の義を行う。俺にそれが出来るのかは分からんが。やるしかないだろう」

「なんと。召喚は蛇神一族の十八番だろう。蛇神一族の者の口からそのような言葉が出るとはな」

「その蛇神の血を薄めたのは誰のせいだと思っている」


 舌打ちして、文士は地面に枝で印を描き始めた。


「今でも、術式は蛇神子孫に受け継がれているのだな」

「黙れ、気が散る」


 文士が言い捨てると、大人しく手院打狼須は木から下り、その根元に座り文士の行う術を見ていた。

 地に紋様を描き終えた文士は目を閉じその中央で片膝をついて座ると、詠唱し始める。


「その言葉。昔聞いたことがあったな、たしか」

「黙れと言ってるだろう」


 一喝すると手院打狼須はいうとおりに押し黙った。文士の飼い犬同然である。


 地面に描いた印が赤く光り、浮かびあがった。



「どうやら二本の剣の一本は黄泉の国にあるらしい。剣の持ち主、というか剣と一体になった者がいるようだ。ふーん、女であるようだが。いやに耳が長いな」

「聖剣はその主を選ぶらしい。選んだが最後、その主が死するときまで剣は離れぬ。主と命を共にするのだ」

「なるほど。剣を召喚するならば、その主も共に召喚するということだな……む、もう一本はまた違う世界にあるな。こちらも主は女か。なんとまたこの女も耳が長いな……なに、これは」


 眉をひそめた文士だが、次の瞬間にはその口がほころび、微笑した。


「なんという。別の世に転生しても、お前の魂の本質は変わらぬな、。姿かたちが変わっていようと、俺にはすぐわかったぞ。折角だ。これも何かの縁だろう。お前も召喚してやる、戦兎」

「なに。あの小僧が転生して、聖剣の持ち主になっておるというのか?」

「いや。持ち主とは別だが、その持ち主と懇意の関係らしい。……どうする、手院打狼須よ。お前が噛み殺した相手と再びまみえるのだ。覚悟しろよ」

「転生しても小僧は小僧だろう」

「さあ。どうかな。強い男になっているやも」


 鼻で笑った狗神に文士は笑顔で答える。懐かしい友人との再会に胸が少し踊っている。


「ううむ、二つの世界から同時に召喚するにはその世界同士の釣り合いがとれぬと上手くいかぬようだ。戦兎を召喚するためには黄泉の世界からももう一人、適当に召喚するしかない。仕方ないだろう」

「黄泉の者を何人もこの世界に召喚しても許されるのか、文士」

「かつてはこの世界に生きて居った者たちだろう。高天原の神々とはわけが違う。何か問題があるのか」

黄泉平坂よもつひらさかの話を知らぬのか、文士」


 ぴん、と手院打狼須は尻尾を立てて立ち上がった。


「自分の醜い姿を見られて怒ったイザナミの話を。女というものは恐ろしいものだ。自らの姿を召喚して見られた女は怒りに任せて我らを聖剣で襲うかもしれないぞ」

「そのときは、お前がなんとかしろ、それがお前の役目だ。黄泉の番人と言われた狗神だろう。お前は。手院打狼須」


 文士は最後の印を手で結び、詠唱を終えた。


「俺のことはお前が守るんだろうが。……試してみねば何事も分からぬ。召喚の義も、お前との関係も、聖剣も、大和の未来も」


 地面の木の葉が舞い、渦を巻き、文士を中心に円を描き続ける。

 赤く浮かんだ紋様はますますその光を増し、まばゆいほどに輝き続ける。


 口の片端を上げ、文士は腹の底から声を上げて叫んだ。


「いざ、召喚――!」



この世の未来をかけ、蝦夷の大地は果たして再度、試されたのであった。







 * * *







 ―― 一刻後、大和やまと本州の片隅にある森の中で。

 地面に倒れていた一人の男がゆっくりと起き上がった。


 男は全裸で、身に着けているものといえば、耳に装着した目を覆う透明な石の装具だけであった。


「くっ、つじつま合わせについでに召喚するとは随分と乱暴じゃないか。入浴中の私を力任せにこの世に蘇らせるとは、ふざけたことを」


 魅惑的な声で、長身細身、整った顔立ちをした男は、水の滴る額に落ちたひと房の髪を後ろに撫でつけながら小さく言い捨てる。


「まあいい。これもまた一興だ。黄泉ではエルフの女勇者をいたぶるだけで退屈していたところだった。この世界でもまた頂点に登りつめてやる。存分に楽しませてもらうとするさ」


 黄泉の国の王、SUZUKIは不敵にそう言い捨てると、高らかに笑い声をあげ、脚の間の足とともに新しい世界への道を一歩、ここに踏み出したのであった。――










 ※そして「ハレンチ学園演劇部オーディション」へと続く







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短編リライトの会参加作品 青瓢箪 @aobyotan

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