リライト
夏祭り 《原著 流々さん》
さあ、夏が来たでぇ。
祭りやまつりや。今年も祭りがもうすぐ来るでぇ〜!
俺の生まれ育ったところは、祭りが盛んや。
祭りが近づいてくると猫も杓子もみんな祭り一色や。仕事も手につかへん。昔は学校も休みやったんになあ。
俺の母親は祭り好きやった。
その影響か、小さいころから俺も祭りが大好っきゃ。
反対に親父は婿養子やったから、あまり――いや、ほとんど祭りには興味を持ってへんかったなあ。つまらん親父やったわ。
男は祭りで神輿担ぐんが最高やろ。
よっしゃ、今年もそろそろ祭りの準備を……と思っていたころやった。
うちの
慎二くん。
新しく建ったマンションに住んどる出戻りのミヨちゃんが再婚した相手の若い子や。男前やし、愛想はええし、優しいし、ええ体格しとる。子持ちの姉さん女房と結婚するなんて、ほんで都会からこんな田舎に来てくれるなんて、ホンマできた男やで。ミヨちゃん、ええ男捕まえたわ。
「神輿を担いでみたい!」
と、この慎二くんは睦に参加したんや。
ちなみに、睦とは祭りを取り仕切る自治会のこっちゃ。ジジイ共やジジイ予備軍が集まっとる。
なんと慎二くんは今まで神輿とは全く縁のない生活を送っていたんやて。祭りと言えば金魚すくい、ぐらいやったんやと。
そんな可哀想なことあるかいな!
せやから、俺は喜んで慎二くんをみんなに紹介した。
若者はいつでもウエルカムや。人口過疎化で、ジジイとババアばっかりやからな。
「僕、何も知らないんで一から色々教えてください。よろしくお願いします!」
慎二くんの挨拶にジジイ共はニコニコやったわ。
祭りの一カ月前。
睦恒例の事前打ち合わせがある。
そんで、これまた恒例の加藤さんによるありがたーい訓示がある。やかましねん、これがホンマに。
睦の相談役で祭りの場ではもう働けなくなったじいさんが加藤さんや。
さっさといい加減引退しろっちゅうねん、ホンマにもう。
「ええか、神輿の蔵出しはとにかく一番乗りや。一番に出すのが験担ぎやからな。
「担ぐときの掛け声は『わっしょい』やで。ええな。『セイヤー』ちゅーのはあんなん掛け声とちゃう」
真面目な慎二くんは、加藤ジジイの言葉をいちいちメモしとる。あのじいさん、毎年同じことを言うとるから、メモせんでもそのうち覚えてまうんやけどな。
蔵出しの日は朝五時に会館前に集合ちゅーことになった。
おい、金曜日やけど大丈夫か? と慎二くんに聞いたら、
「大丈夫です。会社へは八時に出れば間に合うので、七時半までなら手伝えます」
やて。
蔵出し当日は十人余りが集まった。慎二くんはジャージの上下でやる気満々や。じいさん達の指示にてきぱきと動いとる。
神輿を蔵から出す段になり、加藤じいさんが、
「先にウマを持って行ってくれや」
と慎二くんに言った。
「えっ!? ……あ、馬、ですか……」
ああ、わからんやろな。
ウマは神輿を置く台のことや。
二つで一組やいうこと、四本足の台やからウマと呼ぶこと、神輿は神様が乗る輿やから地面には直接置いたらあかんちゅーことを慎二くんに俺は教えたった。
「へぇー。全然知りませんでしたぁ!」
慎二くんは初めて知った知識に感激したようにそう言うと、その後もテント張りやら荷物運びやらに先頭を切って働いとった。
「いやぁ、今回は慎二くんがいたから早よ終わったわぁ。ありがとう」
ジジイ共から褒められて満面の笑みの慎二くん。
ああ、ジジイ共にこれからええように使われるでえ。カワイソに。
いよいよ神輿巡行の当日や。
「貸してみい。締めたるわ」
半纏帯は細いだけで、浴衣帯と同じやから貝の口に締めたる。
「おぉっ、格好いいっすね!ありがとうございますっ!」
素直な慎二くんはまた感激して笑顔を俺に向けた。
本来、神輿はその集落に住む人たちで担ぐもんやけど、今では高齢化やら人手不足やらで神輿の同好会を招いて担いでもらうのがほとんどや。太鼓もな、隣村の太鼓同好会に来てもうて、してもらっとる。
睦の役目は巡行時の交通整理や、担ぎ手同士が揉めないようにすることや。担ぎ手の連中は気の荒いやつが多いからなあ。些細なことで喧嘩しよる。これをなだめるのがなかなか至難の業なんやけど意外なことに慎二くんが活躍してくれたわ。
いつもニコニコしているあの優しそうな顔やけど、ガタイがごっつええからな。
「勘弁してください、ホンマにもう」
と百九十センチの大男がやると、意気がっとる奴もたちまち大人しくなるんやわ。
これは睦として貴重な人材を得たかもなあ。
担ぎ手は交代しながら巡行を続けるんやけど終盤になると何人かは疲れる奴も出て来るから睦も交代で担ぎ手に回る。
楽しみに待っとった慎二くんにもやっと番が回ってきた、良かったな。
ここまでで、すっかり同好会の連中と仲良くなってもうた慎二くんは、奴らの間に入らせてもうた。せやけど、身長百九十センチを超える巨漢やからなあ。腰曲げて窮屈そうやわ。
それでも楽しそうに、掛け声を出しながら慎二くんは担いどる。
ええ、ええ、その調子や。
俺も担ぎたいけどなあ。
「わっしょいっ!」
こらこら、慎二くん、そこは同好会の連中に合わせて「セイヤーッ」やろ?
周りの空気読まんかい。
無事に神輿巡行も終わり、
「やっぱりデカいから、担ぐのは大変そうやなぁ」
「慣れないし体中痛いけど、楽しかったっす。来年も頑張ります」
加藤ジジイからは「わっしょい」の掛け声について、直接お褒めの言葉を頂戴しとる。
「皆さん、どうもありがとうございました!」
ああ、祭りが今年も終わってもうたなあ。
「よっこいしょーいち。……ふう」
家に帰って、俺が居間の畳の上に胡座をかくと、隣のヨメが話しかけてきた。
「お疲れさん。慎二くんがいてくれたおかげで、今年はあんたもだいぶ助かったやろ?」
「アホ、七十過ぎのじいさん達と一緒にすんなや」
「なあ、お願いして村の青年団に入ってもらいいや。慎二くんに」
「せやなあ。六十八で青年団長してんの俺くらいのもんやで。勘弁してや、ホンマにもう」
※貝の口(かいのくち):帯の結び方の一つ。男結びとも言う。
※宮元:神社がある町会のこと。「お宮のお膝元」
※鉢洗い:祭礼の後に行われる反省会 兼 慰労会 兼 飲み会。
町会などが主催する場合は鉢洗い。神社が主催する場合は直会なおらい。
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