教室の獣《原著  芥流水さん》


 空には暗鬱たる灰色雲がたちこめる、いかにもこの世のものとは思えぬ出来事が起こりうる、そんな日の朝でござったァ。(ベンベン)


 高校生の大木文士おおきぶんしィ、自らが通うゥ、私立御坂学園の教室にィ、入った途端。

 嗅ぎたるヤァ、血なまぐさい死臭。(ハアー、ベンベン)


 これ如何なることと、大木が教室を見回せばァ。

 見つけたるや、級友小林こばやし戦兎せんとの屍よ。(ベンベン)

 なんとも酷いその屍のォ、かの腹は食い千切られておりィ、そこからべろりと白く飛び出すはらわたよ。床一面血に浸されて凄惨極まりない様でござったァ。


「一体、どういうことだ」


 そのとき、頭上でがちん、と獣の歯が噛み合わさる音がせりィ。

 身の危険を察し、素早く身を翻す大木ィ、身構えてその先を見るやァ、今まで居た床に飛び降りたる異形の者ありィ(ベンベン)


「そなたも吾の贄となりき」


 重き言葉を発したるその者はァ、獅子のようにも見え、また猿のようにも見え、なんとも形容しがたい姿をしておりィ。


「吾は狗神。名は手院打狼須ていんだうろす。お前たちが吾を呪縛から解き放てり。感謝する。復活の血を我に与えよ」


 異形の者が発したるその言葉に、大木は先日の記憶が蘇りィ。――



 あれは、十日前のことだったァ。

 大木と今は亡き小林は山に登っておりィ、その中腹で見慣れぬ奇妙な石碑を見つけたのであったァ。


「見ろよ、これ」


 恐れ知らずの小林はァ、なんとに似たその石に登り跨りィ、嘲笑したのであったァ。

 挙句には、ご利益があるのではと言いながら、そのに自らの小便をかけたる始末。

 何故か石はひび割れ粉砕し、同時に小さな地揺れが起こりィ、大木と小林の二人はあわてて山を下りたのであったァ。(ベンベン)――




「そなたの友が吾を目覚めさせた。吾の贄となれ」


 言うなり獣はァ、大木に飛びかかれりィ。

 さっと避けた大木だが、その右腕は異形の者の歯で傷つけられたるゥ。


「む……! まさかこの血は」


 そのとき振り返った異形の者、何故か自らが味わいたる血の味に驚愕せりィ。


「この血……! お前……まさか、蛇神の血が流れているのか……!」

「ふっ、気づいたか。ここで会ったが千年目。因縁の一族とまさか再びまみえる日が来るとはな……!」


 朗々たる声を震わせ応えた大木のその瞳はたちまち黄金に輝きィ、瞳孔は縦に細く変化せりィ。


 大木は蛇神一族の末裔。かつて隆盛を誇った狗神一族を滅ぼした蛇神一族であるゥ。大木はなんとその蛇神一族の現在の生き残りであったのだァ。


「ヒトの姿をとって暮らしているとは。なんとも情けないことではないか」

「ぬかせ」


 誰のせいだと思っている、と大木は心の中で呟くゥ。

 蛇神一族の血の味には気が付いても、自分の血の味には気が付かなんだか、と大木は苦笑するゥ。


 かつて目の前の狗神、手院打狼須ていんだろうすは禁断の相手として、蛇神一族の娘を愛し、交わった。その娘が産んだ子供が大木の直系の先祖であるゥ。(ベンベン)

 他族の血が混じった子は力が薄まりヒトの姿しかとれず、鵺と呼ばれェ、同族からも忌み嫌われて、以来大木の先祖たちはヒトに混じって暮らしてきたのであるゥ。


 手院打狼須は娘が子を産んだとは知らずに蛇神一族郎等の手によって封印されたと伝えられるゥ。

 ああ、運命の悪戯か、その場所が先日小林と大木が入った森なのでござったァ。


 申し訳ないな、小林。可哀想なことをした。

 絶命した級友を哀れみを込めた目で一瞥した大木だったがァ。

 次には、なんとも皮肉なものよ、と唇の片端をあげて身構える。


 知らずに自分の子孫を殺そうとする手院打狼須も。祖である大叔父様を葬ろうとする自らも。


 全ては相容れぬ血統の、業の深き一族の悲しき縁。

 どうにかならぬか、ならぬのか。


 ああしかし、二人はやはり戦わねばならぬゥ、争わねばならぬ運命なのだァ。


 かくて、蛇神一族の大木、狗神一族の手院打狼須、ここに二人の対決が始まったのでありましたァ。(ハァー、ベンベンベン)



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