Change Only The Way,You See It《原著 ユキガミ シガさん》

「ダイイングメッセージ、ときたもんだ」


 私は血塗れの現場である教室の中心に立ち、ホトケである彼を見下ろして厳かに呟いた。


「ヤマさん、平気なんですね。すみません、俺、吐いちゃって」


 タケウチ君が口を拭いながら再び教室に入ってくる。


「俺、刑事になって三年目なのに。まだまだっすね」

「いやいや、気にしなくていいさ。こんな凄惨な事件、滅多にあるものじゃない。仕方ないよ。私は免疫が出来ていただけにすぎないさ。先日、君の実家のそばで土葬のお墓にハマってからね」

「そうでしたね」

「桜の写真はすごくきれいに撮れていたよ。来年も行こうかな」


 私はそう言って哀れな少年を見下ろした。


 小林戦兎。年齢十六歳の少年。

 高校二年生。弓道部。

 発見者は同じクラスのクラスメイトだった。


 死亡推定時刻は昨日十八時〜二十時頃。

 死因は大量出血による失血死。


 彼を死に至らしめたものは……謎だ。


「獣に襲われたって言っても、どんなデカい獣なんすかねえ。虎、とか。日本にはそんなに居ないですよねえ。動物園とサーカスぐらいしか」

「腹を喰いちぎるようなものは日常的には居ないと思うんだけどなあ」


 何か獣と思しきものが現れて、彼を学校の教室で襲い、殺害し、そして消えた。襲われた小林君はこのようなひどい有様でもしばらく命を繋いでいたらしい。それを証拠に、片腹をごっそり失われた彼が机の上に指で残した自らの血で書いた文字。

 小林君は何かを伝えようとしたのだ。

 それはわかる。

 だがそれがなんなのかわからない。


「犯人の正体を表しているのだと考えるのがスジなのだろうが」


 私とタケウチ君はうーん、と机の上に描かれたその血文字を覗き込み、考えた。


「北、ミ、貝、Do、ミ、メツ、Bo。……僕はこう読めるのだが、君はどうだい、タケウチ君」

「同感です、ヤマさん」

「なんだって、漢字とカタカナとアルファベットが混ざってるんだろう。何か意味があるのかな」

「暗号のようなものでしょうか」

「カタカナのミ、が二回あるのもなにか意味がありそうですよね」

「まて、ミはシ、に見えないか?」

「ははあ、角度によってややこしいですからね」

「もしかして、シじゃなくて、ツ、かも」

「そこまで字がヘタなんですか、小学一年生レベルですよ」

「ミはもしくは漢数字の三、かもしれない」

「お、なるほど」

「クラスに北見という少女がいる」

「三貝、という少年もいます」

「北見と三貝がした、ミー(me)を、メツ……いや、違うなあ」


 私は首を捻った。


「視点を変えれば、ポ、と分かりそうな気もするなあ」

「逆さまに読んでみるとかですか?」


 タケウチ君は逆さまに読み始めたがどうも意味をなさない言葉の列に最後までは読まなかった。


「わからない。ううむ、わからない」


 それからも私とタケウチ君は、漢字とカタカナとアルファベットそれぞれを抜き出して読んだり、漢字を音読みにしたり訓読みにしたり、全てを漢字にしてみたり、などと試行錯誤を繰り返してみたが、その文字の列から意味を生み出すことが出来なかった。


 しばらくしてからである。

 タケウチ君が


「ホッカイドー、メツ、ボー」


 一言、口にした。


「ぼんやりと目を細めて見て、ぼんやりと読んでみました。どうですか、ホッカイドウ、メツボー」

「ミ、を抜いたのか」


 私も目を細めてぼんやりと読んでみた。うん、ざっと読めばそう読めないこともない。


「小林君の気持ちになってイメージしてみますよ。……北……は、書けました。次は海……うわ、画数多くてめんどくせー。ゴチャゴチャするじゃん。さんずいへんまでは書きましたが心が折れる。同じカイ、という読みの貝を書いてみる。道……うわ、コレもムリムリ。あ、そうだ、ローマ字にすんべ。Do、と。……滅、もさんずいへんまでは書きましたが心が折れて、カタカナにする。そのままボーとカタカナにすればいいものを何故かローマ字に戻してしまいましたが」

「ふうむ」


 画数に心が折れる、よりも漢字に自信がなかった、という説を私は心の中で密かにあげる。最近の子供はスマホやパソコンに慣れていて、自ら字を書く機会が少なく、漢字は読むことはできるが書けと言われても書けない子が増えているという。


「しかし何故、北海道が出てくるんだ?」

「そこが謎ですね」

「やはり、違うんじゃないか」

「ヤマさんもそう思いますか、僕もそう思います」


 それからも私たちは血文字を眺め答えを探し続けた。


 死人に口なし。真実は本人のみぞ知る。

 残念ながら、このように世に謎は生み出され、増えていくばかりだ。

 兎にも角にも、小林君の冥福を祈る。




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