聖剣の元勇者《原著 うつぼサラダさん》

 ある異世界の森の奥深く。

 その城は存在していた。

 玉ねぎ頭のワシリー大聖堂のような風貌で。

 色彩は黒と紫で染められ。

 この城はこの世界を支配している魔王SUZUKIの城。


 今まで魔王討伐にここを訪れた勇者の数ははかりしれない。

 彼を葬りさる者はこの世界には存在せず。

 範囲が異世界に及ぼうとも、魔王を滅ぼす者が現れる可能性は皆無だった。今も、昔も、これからも。



 * * *



「ス、SUZUKI ! き、今日こそはお前をっ」

「また来たか。セイ剣の勇者よ」


 黒豹の毛皮を敷いた玉座の上で、魔王SUZUKIは今日も微笑む。

 全て後ろに流した黒髪は、一房だけが優雅にその形の良い額に流れている。整った容貌、全身真っ黒の詰襟の衣装。双眸を覆う丸く薄く切り取った透明な石の装具を両耳に着けた魔王はその位置を整え直した。


「お、お前をっ、今日こそはっ」

「ほう、ついにその剣でか? ついに淫らで堕落の象徴であるその剣で、私の命を奪おうというのか」

「っ……!」

「この私を倒したお前は、その名を世界に轟かせるだろう。そのセイ剣と共にな。お前はこの世界の全ての画家たちにその剣と共に描かれるのだ。この世界の語り部たちに剣の形状と共に後世語り継がれるのだ。この世界の全ての吟遊詩人にその剣との姿を歌い継がれるのだ。私を倒した勇者として。永遠に」

「っ……!」

「どうした? 頭上で屹立したそれが震えているぞ。私という鞘に収めたくて仕方がないのではないか? 物欲しそうにしているぞ。早くしてやれ。我慢出来ずに先が輝き始めているではないか。私の身体に今にも挿入……」

「き、今日はこれで帰るっ!」


 顔を真っ赤にした勇者は身体中で叫ぶと、踵を返して走り去った。


 * * *


「この私がっ……」


 足早に魔王SUZUKIの間から去る勇者は美しい聖乙女であった。

 輝くフワフワとした巻き毛の銀髪、乳白色の肌、紫の瞳、尖った長い耳は森の妖精エルフの証拠だ。

 そのすらりとした身体は胸と腰にかけて優美な曲線を描き、下に伸びる両脚はどこまでも長く引き締まって美しいことこの上ない。

 豊満な谷間を作り出している胸当ては鉄製で無骨であり、窮屈でそこから今にも乳房がこぼれ落ちそうだ。

 立ち止まった女勇者はうっすらと筋腹が見えるむき出しの腰に手を当て、もう片方の手は壁に手を置き、額を押し当てて苦悩した。


「ど、どうしてこの私がっ、このような辱めをっ……」


 かつて女勇者は、この異世界に飛ばされるまで、エルフ国将軍家の第一姫であった。平和と自然を愛し、賢く、誇り高く、慈愛に満ちた将軍家の跡取りとなるはずだった。


「突然っ、この世界に飛ばされたばかりにっ……!」


 異世界と異世界を繋ぐ黒雲が突如、元いた世界に現れ、彼女を吸い込んでしまったのだ。気を失った彼女が気がついた先は、ここ、極悪な魔王SUZUKIが支配する恐怖の世界だった。

 正義感の強く高貴な彼女が、この世界の勇者となるのは必然であった。彼女は聖者の予言を受け、困難の末に魔王を滅ぼす唯一の剣を探し出し手に入れたのだ。

 しかし。


「この剣がっ……こんな形状をしていなければっ……」


 彼女は己の不運を嘆いた。

 剣に選ばれた彼女は剣と命を共にする運命にある。

 剣は彼女の手から離れない。もう二度と。


 捨てようとしたことは一度や二度ではない。その度にこの剣は必ず彼女のもとへと舞い戻ってくるのだ。


 辱めに耐えながら、当初、彼女は魔王SUZUKIに戦いを挑んだ。

 しかし、あっけなく彼女は退散することとなった。


『ふっ、その剣で。我を突き刺すがいい、聖乙女よ! お前の偉業は津々浦々に知れ渡り、全てのものが後世に語り継ぐだろう……! ちなみに今も隠しカメラでお前の姿を撮っているぞ。我を滅ぼせば自動的に各地のテレビ局へ映像を送るようになっている……! ふはははははははは、さあ、我にその剣を向けるがよい!……』


 彼女は撤退した。撤退するしかなかったのだ。


「く……! エルフ国の宝玉と言われたこの私がっ……」


 彼女は嘆いた。人生の苦痛に。運命の呪いに。


 将軍家きっての才色兼備だと謳われたこの私が……!。

 心優しく麗しい妹姫に「姉上様は天女の生まれ変わりだわ」と言われた私が……!

 国立小学校の生徒会長を務めたこの私が……!

 合唱コンクールではピアノ演奏をいつも任されたこの私が……!

 運動会のリレーでは常にアンカーを任されたこの私が……!


「え、なに、そこにいるの魔族?」


 そのとき、背後から聞こえた声にかつての女勇者は振り返った。


「ま、まままま魔族よ! 俺は異世界からの勇者、小林戦兎こばやしせんとだ! 惨殺されてアンラッキーだと思ってたら、女神の祝福を受け、この黄泉の世界に来て勇者となりラッキーだったよ。……か、覚悟しろよ!」


 ビビりながら身上をご丁寧に口上したのは、まだ子供と言ってもいい細い体をした男だった。

 不釣り合いな鎧を着て、安物の剣を向ける手は震えている。


「あれ、すごい美女だった。魔族じゃなくて、むしろ女勇者、みたいな? ……ハ、まさか、あなた、何年も前にみんなの期待を一身に背負って魔王討伐に出て行方不明になったっていう……もしかしてエルフの元姫騎士?」


 少年は彼女の美貌にあっけにとられ、加えてまたもやご丁寧に彼女のこの世界の認知度も語ってくれた。


「ぶ、無事だったんですね……! よかった……!……え、ちょっ、なにその手に持ってる剣ッ!え、ちょっと、なにそれ……ウソッ、ヤバイでしょっ、女の子がそんなもの持っちゃ……卑猥すぎ……」

「すまないっ!」


 姫騎士は皆まで言わせず、少年に飛びかかった。

 次の瞬間には少年は絶命していた。魔王さえ倒す剣を一太刀浴びれば命を喪うのは必至だろう。


「す、すまないっ、異世界から来た少年勇者、セントとやら。私だって本当はこんなことしたくはないのだ……! しかしっ、私がこんな剣をもっているなどとっ……!決して……決して……知られるわけにはいかないのだ……!」


 苦痛に満ちた表情で、姫騎士は涙ぐみながら異世界転生少年セントに謝罪する。


「もし、この姿が知れ渡ろうものなら……それは私が死する時。……こ、この剣がこんな形ゆえにっ、こんな形状をしているのが悪いのだ……ゆ、許してくれっ……許してくれええええええっ!」


 膝を折り、額を床につけオンオン泣く姫騎士。

 そう。


 姫騎士は知らない。

 この城に来た勇者は全て、魔王と会う前に姫騎士と出会うよう、魔王SUZUKIがとりはからっていることを。


 これからも、姫騎士は己の姿を見た勇者を次々と葬り去るのだ。

 彼女の誇り高きプライドは揺らがない。

 それが続く限り、魔王の命の安全は守られる。

 自らの手を汚さずに勇者を葬る、それが狡猾な魔王SUZUKIなのである。


「許してくれええええ……!」


 もう二度と汚れなき乙女には戻れぬ美しき姫騎士の絶叫が静謐な城内にこだました。




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