死神の通告《原著 陽月さん》

「ええぇぇぇ〜〜〜!? マジでぇぇぇ〜〜〜!?」


 その頭の悪そうな少年は、煩雑な改札口で立ち尽くし、大声で叫んでいた。


 ああ、また。

 


 その少年の前に佇んでいる全身黒づくめの高身長の男。中折れ帽、スーツ、靴下、靴に至るまで真っ黒にコーディネートされた男。人間離れした真っ白の肌と真っ赤な唇がこの世のものでは無いと告げている。


 この男は、死神だ。いや、きっとそう呼ばれる者だと私は思っている。


 私には、が見える。

 いつからだろう。よく覚えてないけど。多分、最初に見たのは祖母の死ぬ数日前。それから、幾度もこの男を見て、その後、その男のそばにいた者が死んだ。


 姿が見えるだけで私はそいつの声は聞くことができない。どうやらそいつは相手に話してるみたいだけど、私には聞こえない。多分、相手に死を告知してるのだと思う。


 この前見たのは駅の構内で寝転んでいたホームレスの女のそば。次の日、そのホームレスは冷たくなっていた。あの黒づくめの男と話した者は必ず死ぬのよ。


「うっわー、マジかよマジかよ」


 改札口で立ち尽くしていた少年は、わめきながら周りの人間の迷惑も考えずに、人波を逆流した。


 ……あら、今まで見たことのない新鮮な反応だわね。ちょっと気になるじゃない。こういう子って、どんな行動をとるのかしら。


 私は時間潰しに赤いコートをなびかせ、その少年を追いかけた。


 少年はブツブツ言いながら、駅を出て近くの公園に歩いていった。ベンチに座っても少年はまだ聞こえるくらいの声で何かを言っている。

 これ、もしかして盛大な独り言なのかしら?


「いきなり、明日俺は死にますって言われてもよお、俺っちどうすりゃ良いんだよ。死ぬ準備をどうぞしてくださいって言われてもよぉ、いや、どうしたらいいのかわかんねーじゃん!」


 分かりやすい子ね。

 なるほど、あの黒い男は死期の近づいたみんなにそう言って回っているのね。


 私は少年の後ろに近づき、生えている木に背をもたれさせ、耳を澄ませた。


「……えーと、死ぬ前にしとくこと?しておかなければならないこと。しておくこと。やらなければならないこと……すること?」


 少し間があり、気になって私が後ろから覗き込むと、少年がケータイを取り出すのが見えた。


「……あ、もしもし。岩田さん? 俺、小林。あのさ、突然だけど俺、岩田さんのことが好きなんだ。それでさ、もし良かったらこれから会えない? ……え、ダメ? 忙しい?…… お願いちょっとだけでいいから……え、ちょっと、待って。俺、死んでしまうかもしれないんだよ。だから、最後に会って……あ、ねえ!」


 相手に電話を切られたらしい。

 少年はケータイを見つめていたが、操作するとまた自らの耳に当てた。


「あ、上田さん? 俺、小林。……違う違う、小林戦兎せんとの方の小林。あのさ、突然だけど俺、岩田さんのこと好きだったんだ……え、ゴメンゴメン上田さん。言い間違えちゃった。上田さん。それでさ、もし良かったらこれから会えない? ……え、ダメ? 忙しい?…… お願いちょっとだけでいいから……え、ちょっと、待って。俺、死んでしまうかもしれないんだよ。だから、最後に会って岩田さ……あ、ねえ!」


 それから少年は同じような電話を二十回かけた。


 何この子、クラスの女子全員に出席番号順に告白したのかしら。


「ちっ、数打ちゃ入れられると思ったのに。上手くいかねえな」


 ……考えが読めたわ。

 必死なのね。

 私が相手してあげてもいいけど。お金あるかしら。


「だいたいよ、本当に俺死ぬのかよ、アレ、ただのオカシイ人かもしれねえよな。そうだよ、精神が病んでる人でさ。自分が死神だと思い込んでんの」


 本当に独り言の多い、独り言の大きな子ね。ブレザー姿を見るにもう高校生だと思うけど。


「明日のこの時間に『アナタはシニマス』って、なんだそれ。ハズレたら訴えてやるからな、ケーサツにな! ……ん、アレ? 明日のこの時間、ていうことは俺、駅に居るよな。ということは、駅で死んじゃう、てことだな。電車に轢かれるとかそんな感じか。……あ、じゃあさ。時間をずらせばいいんじゃん。この時間に駅にいないようにすればいいんじゃね? 俺、アッタマいー」


 少年はニコニコして何度も頷いた。


「明日、ガッコの教室にこの時間までいれば良いんだよな。ガッコが一番安全だもんな。だって災害起きても避難するところだもんな。そうだ、そうだ」


 少年は自己完結して満足そうに立ち上がった。


「よし、じゃあ早く帰ってメシ食うべ」


 その声を聞きながら、私は気の毒に思った。


 可哀想だけど、あなた、ガッコの教室で多分死ぬのよ。死神が外れることはないわ。だって、今までそうだったもの……可哀想にね。


 そう思いながら、私は微笑んでいた。

 私は可哀想な人が好きだった。


 

 可哀想な人を見ると、満ち足りた幸福感を覚えるのだ。


 枝に絡んだ長い黒髪を振り払い、木のそばから離れた私は、次には目を疑った。

 少年が去っていった公園の出入り口。

 そのそばに佇んで少年の背中を眺めている、長身黒づくめの男が見える。


 死神だ。


 私は飛び出して黒男に向かって走った。


「ねえ、あなた!」


 声をかけると黒男が夕日を背にしてゆっくりと振り向いた。

 中折れ帽を目深にかぶっていて目は見えない。相変わらずの真っ白の肌と真っ赤な唇。


「あなた、死神でしょ」


 男は答えない。

 私の声は聞こえてるのかしら。聞こえてるわよね。


「ねえ、あなたに言っておくわ。私の前には現れないで。私は自分がいつ死ぬかなんて知りたくもないし、いつ死んでもいいつもりで毎日を生きてるの。いいわね、私に通告してくれなくてもいいわ」


 

 黒男は聞こえた返事に。

 ゆっくりと真っ赤な唇の両端を持ち上げた。



「何よ、気持ち悪いわね」


 私はゾッとしたけど嫌悪を込めた表情をつくって睨んでやった。

 黒男は微笑んで直立したままだ。


「わかったわね、絶対よ」


 念を押すと私は回れ右して駅裏の方向へ走った。


 そろそろ、客との待ち合わせの時間だ。

 夜が来る。

 私の仕事の始まり。

 私はこうやって毎日を生きている。




 走りながら振り返ると。

 もうその場所に死神は居なかった。


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