北斗星、羅針盤そして磁石――芳醇さと張り詰めた哀しさ

13C末にアナトリア高原に勃興し勢力を伸ばしたオスマン帝国。その「冷酷者」とも称されるセリム帝が、サファヴィー朝のイスマーイール1世を破ったのが、本作の背景となるチャルディラーンの戦いである。

物語は敗北者であるイスマーイール1世の独白を中心に語られ、他にも親友でありまた忠実な臣下であるタフマースブ、タフマースブの妹でもある妻、そして敵方の聡明な王子スレイマン(のちのスレイマン大帝)などが登場する。

羅針盤は北を指さない。

謎めいたタイトルではあるが、3人の人物がそれぞれに語るこの言葉、「イスラーム=神への絶対的帰依」の本質を表したものであり、それでもなお神ならぬ身で北斗星になり磁石ともなってしまった「罪人」のありようや、その磁石に引かれてしまう人間の性(さが)が、透明感のある文章で哀しみを込め描かれる。

イスラーム世界を舞台とした、芳醇さと繊細さ溢れる、珍しくも美しい一篇である。ぜひご一読を。

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