第11話 天国まで何MIPS?

 破格の電脳少女が当人に罪がないとはいえ、一般社会に溶け込めるはずがない。

 なぜならば電脳が支配するこの社会もその体制が成熟しているとはとても言えないからだ。ルールを覚え始めたばかりの初心者だらけの中に反則まがいのスーパープレイヤーを放り込むのだから、すぐに原始的な方法で排除する未来が目に見えている。

 彼女と最も多く接した担当保護官ですらその認識は変わらなかった。

 できるだけ社会と隔絶する環境を選んだにも関わらず、実際早々に孤立して入学初日に泣き言を聞かされた。

 うまくやれるはずがない。

 だというのに、初日以来連絡はなかった。担当保護官はそれが気になった。とてもとても気になった。なにかマズいことになっているのではないかと。

 とうとうたまりかねて自分から連絡をしてしまったところ、問題の少女はなんと寮で同校の生徒と一緒にいるらしい。死んでいたり、生徒でなく教師に拘束されていたほうがむしろ納得できる意外な結果だった。

≪我々はイタハネ高校3年デイジー・グレースと1年ルーシー・アファール。そちらは何者か。応答せよ、不正アクセスゲスト≫

 堅苦しいボイスチャットが飛んでくる。しつこくこちらのデータ領域にアクセスしようとしてくる辺り、声音以上に警戒心を持っているようだ。頼もしい。

「交友関係クローズド会長と体育会系の化石か。なるほど、興味深い取り合わせだ。彼女に釣り合う相手などいないから、これくらい尖っているほうがウマは合うのかもしれないね。いや、そういう観点で語るには君は少々平凡か、デイジーくん」

 侵入した学校サーバーから生徒データを参照しながら話す。質問には答えない。

「もうひとり、ルーシーくんが会話に混ざるには過分に電脳歴不足か。なら送信を一本化して部屋のスピーカーとマイクを使うといい。こちらも合わせよう」

≪――アンタ誰!? アキラのなんなの?≫

 アドバイスするなりすぐさま喚き声が飛び込んできた。直情的な人間なようだ。そういう人間が、どういう理由で彼女のそばにいるのかが気にかかる。

「自己紹介はできない。基本的にそっちからの質問には答えないものと思ってくれ。立場についてだけ説明しておくと私はアキラ・シラユキの保護者で、ゴトウと名乗っている」

≪保護者だと? どういうことだ。母親は逃亡したとしても、肉親は他にいるはずだ≫

 あって当然の指摘に沈黙を返す。質問には答えない。

≪音声だけじゃなく映像をよこしなさいよ。顔を見せろ!≫

 先方にはこれまでのやり取りを理解する気がないらしい。

「質問には答えないと言ったはずだよ。どちらかというと聞きたいことがあるのはこっちなんだ。君たちはどういうつもりで彼女に関わる? 無敵の電脳超人を手なづけて世界征服でもさせるか」

 兵器の大半が無人化され電子制御される現代において、それは可能だ。だが長続きはしない。電脳上では無敵であっても人間である以上必ず眠る。たった一人で独裁者と軍隊にはなれない。

≪なに言ってんの? そんなことさせるわけないでしょ非常識な!≫

≪しかし学校は征服されかけたぞ≫

≪会長ちょっと黙ってて!≫

≪ハイ≫

 学校を征服未遂。やはりうまくやれていないらしい。当然だ。

「ああ、迷惑をかけたようだね。君たちは悪い人間じゃないんだろうと思う。善意で接してくれているのかもしれない。だが君たちの愛は無限か? 調子や機嫌が悪かったり、許容できない不都合が起これば放り出してしまうんじゃないか?」

 母親から棄てられたアキラに同じ思いをさせたくはない。安定性のない人間にその約束はムリだ。

≪都合の悪いことならもうされてるっつーの! 毎晩!≫

≪愛が枯れても違う感情で彼女に絡む。感情が滅びても立場と責任が私を逃がさない≫

 ふたりがなにを言っているのかは不明だが、言い分を聞いて歩み寄るつもりはない。やはりうまくやれていないと判った以上、もう結論は出ている。

 これ以上のやり取りは無意味と判断したとき、ずっと黙っていたアキラが間に入った。

≪あのさあ、ゴトウさん≫

 どれも同じデータの行き来に過ぎないというのに、それがアキラの発信となると圧がある。警戒が余計な処理を起こしているとしてもやめられはしない。

≪いくらゴトウさんでも、ボクのトモダチを悪く言うのはゆるさないよ≫

 ハッキリと意思を感じた。ほんの些細な害意。それだけのことでも彼女は世の中をひっくり返してしまうほどの力を持っている。

 とっさに回線を閉じて身を守る。が、すぐに戻した。断線のきっかけとなった言葉に、聞き捨てならない内容が含まれていたからだ。

「友達? 今、友達と言ったか?」

≪え? うん、トモダチ≫

 しばらく思考を働かせ、結論を変える。

「わかった。できる限りの質問に答えるし、できる限りの協力をしよう。まずは『顔を見せろ』だったな」

 送信データに映像を加える。同時に寮部屋側の映像も届いた。アキラが「ひさしぶりー」と手を振る横で、女生徒ふたりが口をあんぐり開いて固まっていた。

≪これが……ゴトウさん? 保護者っていうか……≫

≪ああ、ロボットだな。……被り物でなければだが≫

 お決まりの反応だ。

「被り物じゃないよ。いかにもロボットだ。連合政府秘蔵の自律型思考・運動試験体、それがワタシだ。五つの特別な強AIからなるので『ゴトウ』と名乗っている」

 そう言って金属の指で、金属の頭を弾いて見せる。カツンと音が鳴った。

≪アキラ、お前が即興で作った映像を見せて我々をからかっているんだろう? 『秘蔵』がペラペラ名乗るはずがあるか≫

 生真面目そうな女、デイジーはなかなか疑り深いようだ。実に人間らしい。

「噂の段階では知れ渡っているから存在を明かすくらいは構わないんだよ。システムが形になるまでは電脳達者な人間たちに散々侵入されたからね。しかも今じゃアキラがいる。隠すだけ無意味さ」

 現代文明を敗北させる、現代文明の最先端を往く化物。そんな彼女が「友達」と呼んだ。どんな特殊のロボットの存在よりも信じがたい。

≪ゴトウさんにそんなイジワルしないよ。世界征服もしない。それって悪い奴のすることだもん≫

 相変わらず幻想の中にいるらしいことは確認できた。それも予想通りだ。

「好ましい正義感だけどね、反転すれば正義と信じることならどんな酷いことでもやってしまう危険性がある。それを恐れて唯一対抗できる可能性のあるワタシが彼女の担当をすることになったワケだ。ケアロボットの心得もあるしね」

 単純に、アキラという存在はこの電脳社会で恐るべき存在だ。だというのにこのふたりは拘束もせずにそばにいる。それだけで敬意に値した。

「それで質問は? 完全になんでもというわけにもいかないから……。そうだな、ひとつだけ誠実に答えよう。本来この通信は学校の規則に違反するものだ。時間も美容に悪いし」

 すぐさまなにか言おうとした体格のいい女――ルーシー・アファールを制して、デイジーが身を乗り出した。視線はアキラを向いている。

≪では聞く。過去アキラに質問されて、誠実に答えなかったことを話してくれ≫

 一瞬処理が乱れるほど、なかなか凝った質問だ。

「すばらしい発想だね。それなら確実に秘密を暴くことができる。でも同時に、残酷な結果になることは考えなかったかな?」

≪覚悟の上だ。そばにいるこの大女も遠くにいる貴方も、常に必ずアキラの味方でいなければならない。悪役を演じるならこの私だ≫

 強い眼をしている。プロフィールによれば生徒会長らしいが、それどころではすまない大人物の素養が認められた。

 だが彼女の将来にを推し量るよりも今は質問に答えることだ。誠実に。

「アキラから聞かれて答えなかった主な質問は、彼女の母親――ミツエ・シラユキについてだ。『どこにいる』についてはわからないので答えようがなかったけれど、『なぜわからないか』については隠したよ。聞かせたくなかったからね」

 これだけ情報に支配されなにをしても履歴が残る時代に生きて、身を隠していられること自体尋常ではない。そこに彼女の正体がある。

「さっきも言ったように聞けば必ず辛い思いをすることになる。アキラ、それでも知りたいかい?」

 惑いながらも、頷きは深い。手を握る両脇のふたりから勇気をもらっているかのようだった。

 一ヶ月の保護期間では開けなかった心の扉を、このふたりならどうにかできる。そう確信できた瞬間だった。今は無理でもいつか現実を受け入れられるかもしれない。

「では情報をまとめたデータを送ろう。デイジーくん、宛先は君にする。本当にいいんだね?」

≪くどい≫

「嫌な役回りを買って出てくれてありがとう。ワタシもアキラの敵になりたくはない」

 一方的に告げて、挨拶もせずに通信を切断する。情報を開くそのときに立ち会うことは避けたかった。真実を知ったアキラがどういう行動に出るか。悪い演算結果ばかりが弾き出されるからだ。



 送られてきたデータが複合現実で可視化され、今、デイジーの目の前に便箋として浮かんでいる。指先で触れれば開封完了。中身のデータを引き出せる。

 だが、それができない。

 アキラの保護担当官が意味ありげに通信を断ったせいで不吉な予感が増している。アキラも同じ気持ちでいるらしいとわかった。そうでなければ他人の管理領域にあるファイルなど造作もなく奪い取っているはずだ。

 この中には間違いなく知って後悔するような情報が入っている。だがそれを踏み越えなければ前へは進めない。

(しっかりしろデイジー・グレース。お前は嫌な奴だ。傷つけることを厭わない)

 震える指先で非実在の便箋に触れる。

 中身は少数の画像や映像ファイルが添付してあるだけのほとんどがテキストデータで、読み込みは一瞬で済んだ。一瞬でなにもかもを理解して、デイジーはやはり後悔した。

「……ハハッ、なんてことだ」

 自分の口から漏れた乾いた笑いを他人の声のように聴く。

「これほど単純な話か。一番わかりやすくて、最悪だ」

「ちょっと、どういうことなの? 説明しなさいよ」

 焦るルーシーを忌々しげにデイジーが睨む。なにも知らず、これをどう伝えればいいか悩まなくて済む彼女が疎ましかった。

 いくら迷ったところで、デイジーは単刀直入しか方法を知らない。

「アキラ、君の母親はテロリストだ」

 言われた当人はキョトンとしている。

「悪い奴だよ。みんな平和に楽しく暮らしているのに全部壊してしまう、君の嫌いな悪い奴だ」

 アキラがぎゅっと唇を噛む。心の軋む音が伝わってくるようで、見かねたルーシーが胸へ抱き寄せデイジーを厳しい目で見た。

「ちょっとアンタ、もうそれ冗談じゃ済まないわよ。アキラに謝りなさい」

「残念ながら事実だ。取り消せない」

「そうだとしても、言い方とかあるでしょ」

「これはもうそういう生易しい話ではない。ないんだよルーシー」

 オブラートに包んだところで毒物は毒物だ。届けば痛む。

 ミツエ・シラユキは、娯楽まがいのメディアでいじられているような――過激な教育ママやメルヘン思考ではない。こんな女にならば、捨てられたほうがアキラにとってはむしろ幸運だったとさえ思えるほどに。



「アキラの母、ミツエ・シラユキは天才と呼んで差し支えない技術者だ。なにしろ現行の電脳システムの大本を設計したのは彼女だ」

「あれ、そうだっけ?」

 ゴトウから得た情報をデイジーが話し始めてすぐ、デイジーが口を挟んだ。

「電脳開発の歴史は授業で習ったけど……聞いたことないような」

 ルーシーが首を傾げるのも当然のことだった。超々大規模なシステムなだけに参加した人員は相当数に上るが、本来なら代表的な開発者として挙げられるべきところだった。

「電脳開発において彼女の存在は秘匿されている。あまりにもイメージが悪いからな」

 アキラは今も情報に手を出してこない。耳を塞いで俯いている。

(君はもっと以前から、わかっていたんだろうな)

 本来ならアキラの電脳技能であればこの程度の情報にはたどり着けていたはずだった。それこそ隙を見つけてゴトウのデータベースを荒らしてもいい。だがそれをしなかった。母はなにを想って自分を監禁したのか。答えを知るのを怖がったからに違いない。

 その予感は正しい。電脳の怪物を育て上げた目的。改めて考えてみればまったくもってシンプルな話だった。

「当時はシンギュラリティを目指す一種のブームが続いていて、彼女の父――アキラ・シラユキもそうした電脳システムの開発をしていた技術者のひとりだった。だが、システムが完成する2年前に自ら命を絶っている」

「えっ、えっ? ちょっと待って! もう少しゆっくり話して」

 ルーシーが面喰らうのも当然なほど、デイジーは次々に要点を明かした。

 この場で自分だけが抱えている真実をさっさと吐き出したい。それは優越感ではなく、覚悟して買って出たはずの説明役を一秒でも早く降りてしまいたかったからだ。

「アキラ・シラユキ、同じ名前のアキラの祖父だ。22年前に亡くなっている。疑いようのない自殺だ」

 説明が進まないことに舌打ちしたい気持ちを堪えて同じ意味を繰り返す。

「なぜ父の名前を娘に付けたかは不明だ。例えばファザコンだったのかもしれないが、彼女の人格から推察するにおよそそういった人間らしい理由であったとは考えにくい」

 ただ「考えるのが面倒だった」としたほうが納得できる。

 しかしなにも知らないルーシーはデイジーに共感しない。

「ちょっと、そんな言い方ないでしょ。お父さんと同じ研究してて、お父さんが死んだあとを引き継いで完成させたんでしょ? 自殺しちゃったのは悲しいことだけど、仲の良い父娘おやこじゃない」

「父親の死を隠し、名を借りて活動したとしてもか」

 強い口調で非難され、つい決定的な部分を漏らしてしまった。もう止まれない。決壊した。

「当時の彼女は10才で、天才と言えど年齢を考えれば世間はマトモに相手をしてもらえないと考えたのだろう。名前を借りて活動していたのは父親の生前からだ。少なくとも娘に比べると平凡だった父親はまだ若い娘が自分を超えていることにショックを受けただろう。それが自殺の直接的な原因となったかはわからない。だが少なからず影響を与えたことは確かだ」

 ここまでなら単に不幸な擦れ違いだ。父親の死に対して、娘に責任を負わせるのは酷だと言える。しかしここからは話が違う。

「父親の死後も開発現場に彼の名前は存在し続けた。電脳システムこそないが、当時からネットワークを介して直接顔を会わさない研究や発表は盛んだったからできたことだ」

 だが疑わないには、彼女はあまりにも優秀過ぎた。

「直接訪ねた同僚が〝彼〟を発見し、自慢の娘に説明を求めたら『合理的だから』と答えたそうだ。それは父親の名を借りた理由か、それとも父親が死を選んだ理由をそう捉えていたかはわからない」

 アキラの体がきゅっと強張るのがわかった。だが、この残酷を止めることはできない。

「以来彼女の存在は闇に葬られることになった。更生施設へ送られ、肉親は一連の事件も電脳そのものも憎むようになってしまって引き取ろうとしない。その姿勢は今も変わらずだ」

 アキラが引き取られなかったのもそのためだ。悪魔の娘が育てた化け物。そういう風にしか見なされていない。

「ゴトウ氏から得た確定的な情報は以上だ。その後の消息はアキラが発見されたこと以外わかっていない」

 その時ですらアキラが籠っていた仮想世界の情報から得たもので、直接本人の存在が確認されたわけではない。

 話を終えると、アキラは真っ青な顔をしていた。これで自分の遺伝上の父親が誰かを聞いたら卒倒しかねない。

 パートナーを探すより身近な死体から染色体を取り出しておくほうが簡単だった。ここまでの資料から判断する限り、彼女の母親ならあっさりそう語るだろう。

「ちょっと待ってよ。アンタが最初に言った〝テロリスト〟の根拠はなんなのさ」

 あってしかるべき追及にデイジーは深く息を吐く。まだ話さなくてはならないことが残っている。

「ああ、話す。話すともさ」

「ちょっとアンタ……大丈夫?」

 話すうちにデイジーの額には脂汗が吹き出ていた。丸まった背といい、全体に疲労の色が濃い。

 ハンカチで拭って、小さく首を振る。時間をかけたところで楽になるとは思えなかった。

「ここからは憶測が混じった推測になる。なにをしても履歴が残るこの時代にあって身を隠せおおせていること自体が異常だ。それなりに力のある組織が匿っているとみて間違いない」

 デイジーは自分の経験から納得した。文明社会と断絶した暮らしで常時オフラインだったにも関わらず政府に捕捉されたのだから、電脳に関りを持つ人間ならなおさら不可能なはずだ。

「そんなことができるレベルの組織となると第一候補は……軍だ」

 三十年ほど前に連合政府によって解体された某国がある。発端は連合政府が主導した軍事クーデターであり、その後連合政府が参入したあとも旧組織の軍がそのまま自治を行うことになったが、体制の打倒を目的に頼っただけで連合政府への忠誠心については当時から疑問視されていた。

「軍の一派にテロの噂があって、君の母親はその組織との関与が疑われている。2年前、空港から君が発見されたマンションへと荷物を運んだ業者に伝票から追ってわかったことだ」

 これで本当に全部。余さず吐き出し終えて、大きく息を吸った。今度は反響を受け止める覚悟を固めなければいけないと腹部に力を込める。

「ママは悪いヒトなの? 悪いことしようとしてボクを育てたの?」

 アキラは激しく動揺している。自分を慰める言葉だけにすがろうと瞳が奮えている。その希望には沿えないと、デイジーは口を噤んだ。

 電子制御の進んだ軍と、それを自在に操る比類なき電脳歴。この組み合わせは非道な悪用を思い浮かべさせる。それ以外にあり得ない、そう確信を与えるまでに。ひとりで世界征服はできなくとも、代わりに維持する軍勢があれば話は別だ。

「だ……大丈夫だよ! だって未遂だったんだから、悪いことなんてなんにもしてないよ」

 励ましたい一心から出たルーシーの言葉はいささか無責任なもので、デイジーには虚しく聞こえた。仮にテロを勘定しないとしても監禁が残る。

 かと言って一笑に付すことはできない。

「確かに……なぜ未遂に終わったのかは不思議だ」

 2年前の配送伝票は明らかにアキラを移送したものだ。それまで軍に匿われていたのなら、なぜその庇護を離れたのか。そこから動かなければ見つかることもなかった。そして監禁中の購入品目などから怪しまれ発覚したというのに、現在は完全に気配を断てているのはなぜか。どうにもちぐはぐな部分が目立つ。

 それに生徒会はアキラを一時的とは言え押さえ込んだ。その程度でクーデターに有用と判断されるだろうか。例えばゴトウならどうにか対処するだろう。完璧に無敵なら、そんな獣を野に放つはずがない。

「アキラ、君のお母さんはもしかすると――」

 口に出そうとした言葉が途中で止まる。唐突に通信が入ってきたからだ。

 他の処理を押し退け意識をつんざくように飛び込んだ優先度の高い緊急警告。電脳への依存度が高いアキラは「うっ」と短くうめいて顔をしかめた。

 内容は「不明な複数のアカウントからの学校サーバーへのアクセス」で、対応は「外部回線の遮断」と非常に深刻だ。オンラインのままでは突破されると判断して、橋を落とす必要があるレベルの悪意ある侵入があったらしい。

(まさか――いや、今はいい)

 デイジーは思考を一旦止めて、唇を噛んで気を引き締める。

 もしも直感が的中しているのであれば、今はそれを確かめるより先にこの危機に対応しなければならない時だ。

 そしてその為には、耳と口でやりとりするスピードでは遅過ぎる。

「すまない。体を留守にする」

「えっ、なんかあったの?」

 非常サイレンは室内のスピーカーでも鳴り響いているが、ルーシーは意図をまだ掴んでいない。

「学校側から指示があるから従え。アキラに聞いてもいい。私もすぐに戻る」

 細かな説明をする暇は無い。電脳深度を上げて生徒会サーバーへ飛んだ。

 考えないようにしても考えてしまう。この侵入はおそらく、戦争の始まりなのだと。


<続く>


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