第14話 おうちにかえろう

 回線を再接続させて大勢で乗り込んだものの、すぐにアキラ以外が締め出されていよいよ完全に学校のネットワークを乗っ取られてしまった。もう何度サーバーへリクエストを送っても応答がない。制限のかかった範囲でデータを受信できるのみだ。

 室内は照明が非常用に切り替わって薄暗い。地上での戦闘は激化しているらしく、足元にまで揺れを感じるようになってきていた。

 反撃のために回線を戻すと伝えると指揮官は短く「健闘を祈る」とだけ返信を寄越した。通信手段を失うことになっても、他にできることはないと悟っているからだろう、デイジーはそう理解した。防衛が長く持たないからこそ必要になった火急の作戦。

 デイジーにしてみれば、これで逆転を狙えるといった希望は相変わらずない。「最期なので好きにさせてやりたい」という方針の延長に過ぎなかった。

(だがこれで、本当によかったのか?)

 奪われたネットワークは室内の壁面に彼らの計画が進行していくサマを映し出していた。現実と仮想の両面で、延々と続く侵略。

 その中の一つはアキラを映していた。崩壊する市街の風景が怪獣映画やSF系のパニックムービーのように見える他の映像に対し、ひどく現実的で無残。これは公開処刑に他ならない。

≪ヒィッ……ああぁー――≫

 天井のスピーカーがずっとアキラの悲鳴を届けている。

≪痛い、もうやめて、あぐっ≫

 腹に刺さった槍で吊るし上げられ、地面に叩き付けられる。弾みで千切れかけていた足が片方外れて飛んだ。唇に血のあぶくが弾けて、一際高い声がほとばしった。ほとんどの生徒は耳を塞いで泣いている。

 見せしめ、というつもりはないのだろう。アキラを囲う下卑た笑みは、彼らが単純に楽しんでいるように感じられた。世界を破壊し尽くさんとする電脳の悪魔。そうでないなら、どんな理由があればこれほどの悪逆に走れるだろうか。

「もういい、やめさせろ! 敵は友人でないと判明した。一矢も報いた。もう充分だ!」

 アキラの電脳深度は現在100%。痛覚も伝わっている。目を背けたくなるような映像の出来事をすべて現実と等しく体験していることになる。

 ルーシーに後ろから抱かれ座り込んでいるアキラの体は熱病に苦しんでいるかのように痙攣を起こしていた。脳信号は全面的に電脳へ注がれているにも関わらず、過度の痛みによって異常が生じている。こんなものはデイジーも見たことがない。

 ムリヤリ電脳端末を外そうとしてもアキラの手がガッチリ掴んで離さなかった。意識はそこにないというのに指先が白むほどの力が加わり、頭を抱えるようにして仮想空間にしがみ付いている。隙間から指を差し入れ電源を押してもどのスイッチも反応がない。ソフト側から細工をされている。

「これ以上はいたずらに傷つけられるだけで、無意味だ。常識的なモラルなど与えられなかった連中に――残虐性に酔いしれているだけのクズどもに付き合うな!」

 デイジーの指摘は正しかった。

 少年たちは楽しんでいる。アキラを苦しめ、室内カメラを通じて絶望するデイジーたちを眺め、悦楽に浸っている。

≪言ってくれるねー生徒会長! 舞台にも立てねーザコのくせに画面の前では強気か? 性格悪いんじゃないの?≫

「聞こえて……いるのか」

≪俺らにできねーことなんてねーよ。なあなあ、コイツのこと守りたいならこっちに来て代わりに八つ裂きになれよ。あ、俺らのせいで来れねえんだっけ? ギャハハハ!≫

 人間がこれほど邪悪に振る舞えるだろうか。悪寒にデイジーは身震いを起こす。会話ができるなら交渉もできるはずと、淡い希望が霧散する。

「笑いたければ笑え! 今はアキラを返してもらう。……なにやってる、馬鹿力を貸せ!」

 デイジーが呼びかけても、ルーシーは応じなかった。アキラを抱き締めたまま固まっている。

「嫌だ。絶対にやらない」

 アキラが苦しんでいて、ルーシーはそれを助けない。そんなことを言うはずがないと、まるで予想していなかったデイジーの思考が止まる。

≪ギャハハハハ! 聞いたかよ? お前見捨てられたよ。学校のオトモダチによぉ!≫

≪みんなが……見てる?≫

 途端、映像の中でアキラは悲鳴を飲み込み奥歯を噛んだ。その変化が少年たちの癪に障る。

≪なんだぁ……? カッコつけやがって≫

 砂を舞い上げて現れたトゲ付きの板がアキラを挟み込み、ぐじゅりと嫌な音を立てる。目を見開き、それでも声は漏らさない。

 アキラがなにかをして痛みを和らげているわけではないことはデイジーにはわかっていた。肉体は耐えかねて一層激しく暴れ出している。抱えているルーシーが抑えきれず横倒しになるほどだ。

 それでもルーシーはアキラから電脳端末を剥ぎ取ろうとはしなかった。

「アタシはアキラの邪魔をしない。だってアキラは……がんばってるんだから!」

 決然と、言葉ではそう言ってもその胸中では平静でいるわけがなかった。映像を睨む眼からは涙が滂沱として流れ、噛み締める唇からは血を垂らしている。

「アキラがんばれ! アタシがちゃんと見てるよ! 最後まで見てるから、がんばれ!」

 なぜ同じ場所にいられないのだろう。こんなことになるなら自然信仰なんてどうでもよかった。後悔がルーシーの心の内で暴れて騒ぐ。

「一緒に行けなくてゴメン! 約束したのに半分しか守れなくてゴメン! 終わったらいっぱい甘えていいから、優しくするから! だから――がんばりなさい!」

 少しずつ小声で、室内のあちこちから「がんばれ」と声が上がり始めた。生徒たちだ。〝声援〟と呼ぶにはか細く涙で途切れがちで、頼もしさはない。

 しかしアキラはその声に応えるようにして、眼差しに力を取り戻していった。

≪いっしょけんめい、いっしょけんめい、やるんだ≫

 拷問器から解放されてもダルマ落としでもするような気軽さで半ば胴に食い込んだ凶器に手を添え、体を支えて眼前の敵を見つめる。そこには哀願も怨恨もない。ただただ堂々としている。

≪仮想には思い出があって、現実にはおねえちゃんたちがいる。どっちも大切だから、お前らなんかボクがやっつけてやるんだ≫

 啖呵は当然、怒りの火を煽る。

≪コイツらのために戦うって? 代わりに戦うコトもできねえザコが、結局お前ひとり生贄にしてるんだろうが。俺らを兵器化したクズどもとなにが違う?≫

≪帰ったら『おかえり』って言ってくれるトコ!≫

「言うよ! 抱きしめておっきぃ声で――」

≪黙れクソ女ぁ!≫

 たまらず叫んだルーシーと、映像の中の少年の視線が合う。

≪コイツが勝つとか夢でも見てんのか? コイツは物にならねえってわかったから軍事訓練に切り替える前に計画から排除されたクズだ。そんな役立たず作ったコイツの母親もな。コイツ連れ出した逃げっぷりだけは見事だったらしいけどな。あとで見つけて、コイツの前で殺してやるよ。オレたちの母親みたいにな≫

 呆然と聞いていて、デイジーは衝撃的な幾つもの情報をどう整理していいかわからずにいた。

(アキラの母親はこの計画に参加していないのか? ならばなぜアキラを連れ出した?)

 混乱する後ろで、ルーシーが迷わずに答えた。

「違う! そんなんじゃない! アキラのお母さんは、アキラにアンタたちみたいなことやらせたくなかったんだ!」

 自分ならば思いついたところで「可能性は低い」と放り棄てるような仮説。

「電脳システムを作ったような天才がどんなこと考えてるかなんて、アタシは全然わからない。でも母親が子供を思う気持ちならわかるよ。アキラのお母さんはアキラのことを愛してるんだよ。だから途中で抜けたんだ!」

 優しさでその答えにたどり着いて断言する友人を、デイジーは心の底から尊敬した。これからの人生で迷うことがあったら、必ず彼女に相談しようと決心するほどに。

「ああ、そうだな。そう信じよう」

「信じるとかじゃなくってそうなんだってば!」

「そう言われても、この性格だからな」

 デイジーが自嘲して笑ったとき、一際大きな振動が部屋全体を揺るがした。非常照明が瞬いて明かりが消える。暗闇に落ちた部屋に生徒たちの悲鳴が響き渡る。

 パニックを恐れた入口の兵士たちがすかさず蛍光剤を割って幾つも投げ、床を滑らせた。そうしてもたらされた微かな光だけでも極度に張り詰めた緊張が緩む音が実際に聞こえたような気がした。

 その直後。光と音を、より強烈なものを上書きした。銃火だ。突然駆け込んできたひとりの兵士が天井へ向けて発砲した。

「もうダメだ! 無人機がどんどん増えてやがる! ソイツが呼び寄せてるんだ!」

 突き出した指先は横たわるアキラに突き当たる。

「ソイツを差し出して投降する! もうそれしかない!」

 先にいた兵士が複数で取り押さえようとするも掴まれた装備を解いて逃れ、砕けて落ちた天井の素材を蹴飛ばしてアキラに迫った。銃は落としその手にはナイフが握られている。ルーシーはアキラを抱えていて動きが遅い。

「それはさせない」

 デイジーが躍り出て、虚を突かれた兵の手首を掴んで投げ飛ばした。

 床に叩きつけられた兵が他の兵によって今度こそ捕縛されたのを見届けて、目を丸くしているルーシーに一瞥をくれる。

「君と対等になる為武術を習っている、そう言ったろう。もっとも、君にはまだ及ばないだろうが」

「……壁の染みにしてあげるわよ」

 対抗して不敵に笑うルーシーに安心して、デイジーは自分に前向きな気持ちが戻っていることを密かに喜んだ。「代表者が陰気」という不幸から生徒たちを救うことができる。

 ナイフが触れて傷を負った指を治療してくれた兵に礼を言い、それから映像に向き直る。

(しかし、いよいよ切羽詰まってきたな……)

 生徒も兵隊も限界が近く、現実問題としてアキラに勝ってもらわなくてはどうしようもない。アキラの状態は目も当てられないとしても意識を手放さずにいる以上、敵も決め手を欠いていることは事実だ。

 だが、アキラ同様子供の精神性を持つ少年たちが膠着の退屈に長く耐えているはずがなかった。

≪なあ、あんまり時間かけてたらで決着しちゃうんじゃないの? それじゃつまんなくね≫

≪でもコイツしぶといぜー?≫

≪オレ良いこと思いついたんだよ。コイツ、母親に会わせてやろうよ≫

 アキラの母親は彼らの既に彼らの仲間から抜けているはずだ。捕まえてもいないとさっき聞いたばかりだ。

 なにを言っているのかとデイジーが抱いた疑問の答えは映像の中に最悪の形で現れた。

 少年がひとりアバターを変化させた。背が高く、どことなく幸の薄そうな雰囲気が漂う、アキラによく似た大人の女。

 瞬間、アキラの絶叫がスピーカーを割れんばかりに震わせた。

≪――ヤダ、やめてママ!≫

 懸命に呼びかけられる女の形が、笑いながらアキラの首を絞める。

 悲鳴は現実でも続いた。

「それだけはやめて! そんな酷いこと、お願いだから!」

 ずっと気丈に振る舞っていたルーシーが一転、懇願するように泣き喚く。

≪ゆるしてママ! 苦しい……≫

「それはママじゃない! ママじゃないよアキラ!」

 デイジーは膝を折ってその場へ崩れ落ちた。

(……終わった)

 少年たちは次々と同じ姿に変わってアキラに責め苦を味わわせている。

 こうなればもうアキラは耐えられない。ずっと心の頼りにしていた、彼女にとって最も懐かしい姿を盾にされてはどうしようもない。

「懐かしい……? あっ」

 電撃に撃たれたような閃きに貫かれ、デイジーは思わず立ち上がった。今頃になって、と己の不甲斐なさに歯噛みする。

「だがどうする? 回線が封鎖された状況でこれをどうやって伝えればいい? 頼む誰か知恵を貸してくれ!」

 一体なにを、と誰もが怪訝な顔をした。その反応がもどかしいデイジーは舌を打つ。

「アキラを家に帰すんだ!」

 デイジーが生徒会役員と処理を同調させてアキラを追い詰めたとき、アキラは「ホームなら負けないのに」という風なことを言った。

 慣れ親しんだ環境。十万時間以上過ごしてなにもかも自分のために整えられた快適な空間。手を伸ばせば触れる物を完全に把握している我が家。しかもアキラは今そこが電脳であることを知っている。万能に生きた以前よりもずっと自由だ。

 どうにかしてそれをゴトウに伝え、押収しているはずのアキラが監禁されていたサーバーを稼働させる。勝機はそこにしかない。



≪ゆるさない≫≪お前のせいでママは≫≪死んで詫びなさい≫

 母親の姿を借りて、心を抉るであろう言葉を選んでぶつけ続ける。それは少年たちには簡単なことだった。なぜならば身に憶えがあるからだ。どれもそれぞれ実の母親たちから聞かされた言葉だ。

 世を恨んで己を恨んで、今ここでこうしている。だからコイツもすぐに折れるだろう。

 なのに、邪魔が入った。

「……なにか来る」

 素早く飛び退いた場所に砂煙が上がる。現れたのはスーツを着込んだタブレット頭だった。液晶にドットで怒り顔が浮かんでいる。

「なんの用だよ燃えないゴミ」

 連合政府自慢の超々強AI、通称〝ゴトウ〟だ。気取った動きで帽子を取って挨拶をする。

「こんにちは、ネット弁慶諸君。今の私は〝ニトウ〟さんだよ。君たちに散々やられてしまったからね。まさか自分の頭脳と争うことになるとは思わなかった。それにしてもああ、酷いことをする」

 屈み込むと足元で血みどろになっているアキラの手に触れる。

「こんなことをする連中と融和しなくちゃいけないんだから、我々にとってシンギュラリティは悪夢だよ。境界線上にいる立場としてキミたちはどう思うね?」

「進歩なんて必要ねー。オレたちはもう最強だ。テメーは連合政府のネットワークを守れって命令されてるんじゃねーのか」

「派手な連絡で呼び出されたもんでね。いやはや、無人機を撃墜するタイミングを信号にするなんて、ムチャクチャをする」

 ゴトウはテロが始まってからずっとアキラを気にしていた。主要施設の防衛にほぼすべての処理を回し、ネットワークが絶たれても衛星からイタハネ高校が粉砕されていく様子を観測していた。そしてあるとき爆発に不自然を感じた。これは伝達手段だ。

「まったく、もしワタシが見ていなかったらどうするつもりだったんだろうね。でも必ず見ていると信じたわけだ。どうやらキミの周りには過保護が集まるらしい。ワタシもそうだとしたら、らしくないことをしてしまった。キミから最初に奪ってしまったものを返そう」

 ゴトウからアキラへ、なにかのデータが渡るのを少年たちは見逃さなかった。

「ジャマだ。消えろ!」

「サーバーは元通り繋いでおいたよ。おうちに帰る時間だ」

 笑顔のドットを灯し、少年たちの攻撃を受けたゴトウが爆散する。煙が去ったあとにアキラの姿はない。消えている。

「あ、ツマンネ。ログアウトしたか。……いや違うな。移動してる。追いかけっぞ!」

「つーかさっきのなんだったんだ。短いテキストデータだったみたいだけど」

「どんなアプリだろーとオレたちには勝てねーよ!」


 ネットワークを巡り逃げるアキラを捜した彼らは、やがて奇妙な場所にたどり着いた。

「……なんだココ。連合政府内のネットワークみたいだけど……こんなトコあったか?」

 そこは、なんとも馬鹿馬鹿しい空間だった。草原と空、遠くには山が見える。それでいて自然の風景とはいかない。なにもかもが幼児の落書きのようなデザインだ。あまつさえ太陽はうずまきになっている。

「どこだっていい。もうトドメ刺すぞ」

 標的さえいればあとは関係がない。アキラはすぐそこに這いつくばっている。そう思いながらも、少年たちは気味の悪さを感じずにはいられなかった。空は赤い夕暮れ、遠く長く、下校チャイムの音が響いている。

「うふふ――ただいまぁ! アハハハ!」

 急に標的が笑い出したことで不安は増した。更にはそのアバターがノイズで霞み、自分たちと同じような少年のものへと変わる。十才男児の、以前のアキラだ。

 アキラは元気よく人差し指を突き上げる。大きな声で――

「みんなー! あーそーぼー!」

 声に応えて草原の向こうから何人も走って来る。アキラは振り返って腕を開いた。

「メッチャ石頭のゲンコツ! でっかくてジャマだっつーのに外さないリボンちゃん! 学校で急に『先生って美人だったんですねぇ』とか言い出す2周目!」

 リボンの下りでそれが彼らの紹介であることを理解しはしたものの、少年たちの混乱は深まる。

「ここはテメーの遊び場で、そいつ等は遊び相手か! でもなんだ、なんなんだソイツら!」

 強AI。規模だけで言えばゴトウにこそ及ばないものの、十万時間アキラに付き合って鍛え上げられたプログラムは少年たちに肉薄する。そして少年が語ったように彼らの遊び場。

「みんな! あいつら悪いやつだ! 一緒にやっつけよう!」

 号令を受け、一度アキラの指を握った3人はアキラの横へ並ぶ。少年たちは仮想空間で初めての恐怖を味わった。



≪コイツらめちゃくちゃだ! 誰かログアウトするかさせるかしろ!≫

≪ムリだ! ここの権限が取れない! こっちも出られない!≫

≪だから電脳端末外す役を残しとけって言ったのに!≫

 呆然と、ルーシーとデイジーは映像を見つめていた。残虐ショーから打って変わった落書きみたいな世界で、あれほど恐ろしかった電脳テロリストが追い回されている。

「ねえ……なにコレ」

「まあ、奴らもこういう訓練は受けていないだろうからなあ」

 アキラと似たような背恰好の子供たちが車に変身して撥ねたり恐竜に変身してかじりついたりする光景は、まるで嘘のようだ。

「あ、電脳ってウソだっけ」

「なにを言っているんだ君は」

 額からビームを撃って楽しそうに笑うアキラを眺めていると、やがて照明が復旧した。遅れて指揮官が戻って来る。

「突然無人機が停止した。なにが起こったかわかるか?」

 ふたりは黙って壁の映像を指差した。指揮官はそれをじっと見て、もう一度同じことを聞いた。それにもふたり同時に首を傾げる。

≪あー、あー、聞こえるかな? 機器は無事か≫

 映像からの音声が絞られて、スピーカーから別の声が入ってきた。ルーシーとデイジーには聞き覚えがある機械音声だった。

≪ゴトウさんだよ。正真正銘、ゴトウさんだ。今しがた主要なネットワークが正常に復旧した≫

 生徒たちから歓声が上がる。

≪アキラが釘付けにしてくれているおかげだ。すぐ新しい首謀者たちは確保される。それでこの事件はおしまいだ。彼らは無人機を過信し過ぎだな。ロボットとしては、光栄なことだが≫

 そこまで聞いて指揮官は長い息を吐き、ルーシーはアキラの頭を撫でる。

「そう……がんばったんだね」

 アキラの様子はもう落ち着いていて、まるで眠っているかのように安らかだった。

「それじゃアキラ、もう起こしていい?」

≪そのことだが、かなりマズいことになっている≫

 ゴトウの返事を聞いて弾かれるように、デイジーはアキラの電子端末を覗き込んだ。電脳深度の表示が「エラー」と灯っている。

「なにコレ……? ねえアキラ、起きてよ」

 そっと電脳端末を外し、揺り起こそうとするが、アキラは目覚めない。強く揺すっても同じだった。電脳を端末を戻せば映像でアキラがそれまでなに事もなかったかのように笑う。

「どうなってんの? 誰か説明してよ!」

 悲痛な叫びへの返事は気まずく遅延した。

≪アキラは戻れない。……電脳オバケになってしまった≫

 青褪めた顔でピクリとも動かない。それはもう、死体にしか見えなかった。スピーカーからは映像のアキラの笑い声が聞こえる。


<続く>


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