第12話 おきのどくですが
「状況を報告しろ!」
仮想空間内の生徒会室へ意識が到着するなりデイジーが一言発すると、すぐに彼女の部下たちから次々声が上がった。
「断線を維持、既に凄い数のワームが入り込んでいますが、現状で充分に対処は可能です」
「状況を知りたがった生徒からのリクエストがうるさくて大変っス。邪魔っス」
「無線で知る限り公共サーバーエライことになってるから、回線戻すのはちょっとムリかなあ」
布巾をマスクにして缶スプレーをあちこちに吹き付け走り回る役員、耳を塞いで机に突っ伏している役員、諦めた風にティーカップを手にしている役員とリアクションを見る限りは余裕が窺える。
「ええい、鬱陶しい! 描画演出は無効にしろ!」
「『寂しいから人間っぽく過ごしてくれ』って頼んだのは会長のくせに」
「今は少しでも多くの処理能力を防衛に回せ。
仕様もない反論は無視し、着席して大人しくなった役員たちに指示を出した。次いで、疑問を投げかける。
「この攻撃は、我が校だけを狙ったものだと思うか」
「その言い方だと、会長がまた他校に恨まれたとか言う事情ではないわけですね」
他校との交流で招かれた先で水芸を披露しようとして床下の回線機器をショートさせたことを言われている。デイジーにとっては忘れたい失態なので聞き流した。
「会長の他にも心当たりがあるでしょ。うちには目を付けられそうな生徒がさ」
これはアキラのことを言われている。ゴトウから情報公開を受けていなかったらデイジーも同じ風に考えたかもしれない。
「もし全体が狙われてるとしたら、うちみたいな気軽に回線落とせない環境は今頃乗っ取られてるはずっス。病院とか、交通関係とか、代表的なのでは人工衛星とか」
最後の衛星は致命的だ。世界全体が危うい。
(それが狙いの相手なら、当然か)
デイジーは瞼を閉じて視覚情報を消し、電脳深度が乱れないように気持ちを落ち着かせる。そしてゴトウから受け取ったデータを役員たちに差し出した。
「これを読んで意見をくれ。この事態は私の考える通りか、それを知りたい」
彼ら強AIにかかれば分析は一瞬で、大した負荷もかからない。だと言うのに彼らのアバターには酷いブロックノイズが走った。
「性根がネガティブな会長でも、想像より良いということはないでしょう」
「最初のアクセスがあったとき、なーんか嫌な感じがしたんだよね。最近体験したような」
「具体的に言うと電脳歴12万超のあの感じっス」
デイジーは目を閉じたままでいるしかなくなった。動揺が強くなれば現実へ引き戻され、彼らに指示が出せなくなる。
しかしそうもいかなかった。
「ねえ、どういうこと?」
身近に声を聞き、データだけで確認することもできたものの、電脳歴が生んだ習慣として声のしたほうへ首を向ける。そこにアキラがいた。10才男児の、仮想空間でのアキラのアバターだ。
「……この状況で不意打ちは心臓に悪いからよしてくれ」
デイジーは心臓を押さえてどうにか耐えた。この転校生のおかげで鍛えられているのかもしれないと、60%で持ちこたえている電脳深度を確認して考える。
アキラは返事を欲しがりデイジーのスカートを引く。
「出口閉まってるけど、外に出てみていい?」
「ダメだ! ここにいろ。危ないからどこにも行っちゃいけない」
動転して引き止めるデイジーを見て、アキラは不思議そうな顔をした。
一体どういう悪状況になっているとしても、そこが電脳上である限り無敵の電脳歴を誇るアキラが困るようなことにはならない。危なくはない。
そういう認識でいることを見抜き、デイジーはまたしても嫌な役回りに立たされたことを悟った。
いつの間にかルーシーも生徒会サーバーにアクセスしていて、傍らには彼女のアバターである小さな女の子が立っていた。電脳歴の違いで処理速度が同期せず、ただただ呆然としている。
それでも、いてくれるだけでいい。アキラの味方がここにいてくれるのなら自分は非道に徹することができる。
「アキラ、君はひとりっ子じゃない。キョウダイがいるんだ」
無敵の電脳歴を有する一種の生態兵器。それがアキラだ。それが
「テロ目的で育てられたにしては君が育った環境は平和的過ぎる。なぜだ? 軍から運び出された理由はどうだ? わからないか、君は――母親に捨てられたんだ」
とうとう、言ってしまった。
聞いているアキラが話をすべて飲み込めているとは思えない。しかし最後の部分だけがわかれば充分だった。顔をくしゃくしゃにして今にも泣き出しそうになっている。
アバターのそれほど細部までを自然に操作してしまうほど熟達した電脳技能でもこの状況では役に立たない。そうでなければアキラは解放されここにこうしていなかったのだから。
じっとしていたルーシーもアキラを傷つけたことだけは伝わったようで、小さな拳でデイジーの太ももを小突いた。頬を膨らせていかにも怒っている。
(いっそ生身の彼女なら罰された気分にしてくれただろうに)
叶っても仕方のない望みを抱く。
気持ちが落ち込んだことでデイジーが平静を取り戻すと、今度は役員たちが騒がしくなった。いかなる危機にもパニックを起こさない強AIである彼らが悲鳴を上げている。負荷で空間が歪む。
「ちょっと待ってなんだコレ」
「早く回線を物理切断するっス!」
「会長、どうかご無事で――」
突然のことに唖然とするデイジーの前で彼らの姿は消え、すぐに別のアバターが現れた。それは、デイジーの姿をしていた。
「おい……なんだ。なんの冗談だ」
生徒会サーバーでは生徒会長をサポートする目的として、最も相性の良い人格パターンを過去の生徒会長から選んで強AIが再現する仕組みになっている。ここで言う〝生徒会長〟とはサーバー管理権限を持つ者だ。
プロフィールを確認すると、管理者は「新政府」となっていた。
「笑えない冗談だ」
この件の黒幕と自分は相性が良いと言われているも同然で、デイジーは憎々しく顔を歪める。
しかしデイジーの機嫌よりももっと深刻な事態が起きていた。
「このサーバーは我々が乗っ取った。電脳上の敗北は決定的な決着である。降伏せよ。さもなくば熱暴走を起こしてサーバーを破壊する。ネットワークを破壊する。現実世界においても無人機による征服が始まっている。抵抗は無意味である。降伏せよ」
もうひとりのデイジーのアバターが喋るに合わせて、空間に映像が無数に浮かんだ。
そのどれもが破壊の映像で、現実と仮想が混ざっている。「これこのように制圧が行われている」と示す狙いなのだろう。
現実では機関銃にプロペラが付いたような些細な物から潜水艦まで、様々な兵器が市街を蹂躙している。問題は仮想だ。AIや防衛に回るアカウントのアバターを粉砕しているのは、どれもアキラと似たような年恰好の、十才男児の姿だった。
(ほら見たことか、現実がやってきた)
これはアキラの「本来ならこうなっていた未来」だ。軍事クーデターの為の電脳兵器の量産品。なぜアキラが外されたかはわからないが、放置して問題がないほど戦力にならないと見なされたのだとしたら、アキラだけが発見され今尚ミツエ・シラユキの居所がわからない理由にも説明がつく。
アキラ以上の電脳の怪物が複数ではアキラはもちろん、生徒会役員たちが健在だったとしても対抗できない。ゴトウでもムリだろう。軍備が無人兵器に傾いた時点で、電脳システムを社会が採用した時点で、こうなることは決定していた。
(勝算なし、打つ手なし、だな)
デイジーは諦観に至った。その顔つきには最早焦りも緊迫もなく、弛緩してしまっている。
生徒会サーバーが奪取されたときに心が挫けてしまったからだった。あの素直に親しくはしてくれない役員たちがどれほど重要な存在だったか、奪われて初めて知らされた。痛覚は電脳に繋いでいないというのに心臓を失くしたかのように胸が痛む。
「このサーバーは我々が乗っ取った。電脳上の敗北は決定的な決着である。降伏せよ――」
ただ、世界征服者らしい宣言をしているのが自分の顔と声であることだけは耐えられない。
「アキラ、頼む。回線の物理接続を切ってくれないか。そうすれば自動的に管理権限は取り戻せる。このままにしておいて通路を封鎖されたり空調をいじられると困るんだ」
校内のネットワークには非常時に備え、いくつかの箇所で配線を切り離す装置が組み込まれている。それを作動させるだけならサーバーの管理権限を奪い返すよりも難易度は低い。外の電脳テロリストには敵わなくともアキラにはそのくらいできるはずだった。そこから先の無体な頼みを任せるつもりはない。
だが、アキラには聞こえていない。
「ママ! ねえ、これママがさせてるの?」
デイジーの依頼には耳を貸さず、取り乱した様子でどこへともなく訴えかけている。
まるで母を呼ぶ迷子のようだ。心境としてはまさにそのままなのだろう。
「聞こえたとしても返事をするはずがない。捨てられたということが、まだわからないか」
「うるさい! お前はウソつきだ。ママがボクを見捨てるなんて、あるもんか!」
「捨てるもなにも『自分の子供』として育てたわけではない。君が信じる絆は存在しないんだ」
「ウソつくなよ! ママを見つければお前の言うことは間違ってるってスグわかるんだからな!」
捜しに行くつもりらしい。この戦火の中に飛び込んで、敵陣にいる母親をだ。
潜伏していなければいけない状況ではなくなった今なら探せば見つかるかもしれない。
「見つかったとしてそれは君の知る『ママ』とは別人だ。もしここで君を仲間に迎え入れるようなら、そもそも放り出しはすまい。君が想像する『再会して仲良し』は実現しないんだよ」
それでも、その可能性に賭けるほうがアキラにとっては得策かもしれなかった。
これほど暴力性を剥き出しにして憚らないような連中が今後善政を行うとは考えられない。間違いなく始まる電脳による恐怖支配の中で、一般人を圧倒できるアキラには利用価値があるはずだ。何人控えているかわからない量産型の劣化版に過ぎないとしても奴隷よりは小間使いのほうが良い。
(この危機から他の生徒たちを守り暗黒の時代へ送り出して、アキラを新政府に押し出すのが私の最後の仕事か)
大勢は決して、既に新しい時代をどう生きるかを考えるべき時に来ている。デイジーはそう考えていた。
だからアキラの前にルーシーが立ちはだかるのを見ても「無価値なこと」としか思わなかった。
同じ仮想空間内を移動するのならばともかくとして、外へ行こうとするアキラの前を塞いでどうにかなるはずがない。現実と違う不自由な小さな女の子の姿でいくら懸命に腕を伸ばそうともここは仮想。彼女のか弱い電脳技能ではなにもできない。
その小さな背中に一度守られたデイジーでもそういう感想しか持てなかった。
だが、変化が起こった。
デイジーのアバターに一瞬のノイズが走り、現実と変わらない長身がそこに現れる。これは「なにもできない女の子」と自認することでその姿に縛っていた状態から、立ち歩くくらいなら違和感なく行える程度に彼女の電脳技能が進歩したことを示している。
一般的にこの域に達するまで電脳歴2千時間を要する。ルーシーはここ数日アキラに付き添って電脳深度を上げる機会が増えたとはいえ、未だ半分の千時間にも満たない。到底仮想空間で自由な活動を行えるほどには満たないが、その不足分は以前アキラに貰ったという補助アプリが稼いでいた。どうにかそれらの起動には耐えられるようになったようだ。
それでも意味はない。アキラとの電脳歴の差は絶望的に開いたままだ。
しかしアキラは目の前で起こったことに面食らって固まっている。その隙にルーシーが口を開く。
「ねえ、教えて。アキラが大好きなママは、こういうことさせるヒトだった? アキラにこんなことしろって言ったことある?」
言われてアキラは空中に浮かぶいくつもの映像を眺め、すぐに耐えかねて目をそらすようにして首を振った。
「言わない。ママはいつも誰かを傷つけたり物を壊したりしちゃダメって言ってた。『優しくしなさい』って言ってた」
ルーシーは微笑んで受け止め、アキラの頭を撫でる。
「じゃあその約束を守ろう? アキラが大好きなママを自分でウソにしちゃ、ダメだよ」
アキラは声も出さずに涙をこぼした。喉の震えが堪えているものの大きさを感じさせる。
唐突にそのアバターが先程のルーシーと同じくノイズに紛れ、違うものに変わった。痩せぎすの少女、現実のアキラと同じ姿だ。
仮想世界でのアバターは自己認識が反映されることから、アキラの意識が変化したとわかる。
(ようやく、現実を受け入れたか……。しかしそれになんの意味がある)
本当の自分を見つけたからと言って、男の子向けの物語のように急に強くなったりはしない。電脳歴はそのままで、そこにあるのはデイジーと同じく、悲しい諦めだけだった。
アキラによって回線は切断され、学校サーバー群の管理権限は学校側へ戻った。
とはいえクーデター軍の侵略は依然続いている。公共カメラも抑えられている状況では校外の様子を知ることもできない。ただ周囲を見渡す限り、まだ近隣の市街へは戦火が及んでいないらしい。それで今のうちに全生徒は地下階へ移動することとなった。
≪先生の指示に従って、地下の音楽室・ダンスルームへ順に避難してください。入口で立ち止まらず、奥へ――≫
大ボリュームの機械音声に従って生徒の列が廊下を進む。その中に、アキラ、ルーシー、デイジーの姿もあった。家族と連絡が取れない状況で焦燥状態にある他の生徒と違ってアキラは大人しい。それは落ち着きというよりもいっそ生気に欠け、沈痛ですらあってルーシーに手を引かれている。
そしてルーシーのもう一方の手はデイジーに繋がっていた。彼女のほうがむしろアキラよりも茫然自失としているからだ。
既に生徒会長が対応を求められる事態ではなくなっているとはいえ、普段のデイジー・グレースならば率先して生徒の誘導に当たっているはずだった。しかし彼女は生徒会役員たちが復帰したときに喜んだあとログアウトして以来ずっとこの調子だった。
責任で自己を律してきたデイジーには対策を立てようがない危機に絶望し、すべてを放棄してしまっている。それがルーシーには歯がゆくてたまらない。
(アキラにヒドいこといっぱい言って、元気だったらブッ飛ばしてやりたいのに!)
苛立ちながら歩いていると、やがて行進が滞った。地下には全校生徒を収容する充分なスペースがありはするものの、通路は一度に全員が移動する想定では組まれていない。合流する地点でどうしても混雑して流れが詰まってしまう。
「大丈夫、心配ないからね」
立ち止まって動かない状況にストレスを露わにし始めた周りの生徒から少しでも離そうと、ルーシーがアキラを抱き寄せる。心配ないはずがないと、ルーシーも本心ではわかっていて自分に言い聞かせる意味も含んでいた。
しかしアキラは別のことを考えていた。
「ねえ……。現実と仮想の違いって、なんなの?」
ルーシーにとってその問いかけは愚問に等しい。
現実は現実だ。なぜならば生まれた時からここにいたからだ。やっとある程度自由が利くようになったばかりの、あの妙な景色が現実であるはずがない。だがその事情はアキラの場合まったく逆に反転するとわかっているからすぐには答えられない。
「そんなものは簡単だ」
ルーシーが返事を迷っていると、ずっと黙っていたデイジーが口を開いた。
「嫌なこと、辛いことがあるほうが現実だ。だからここは間違いなく現実だな。ハハハ……」
乾いて固い音を漏らす唇の動きが不自然で、青白い顔といい不吉な雰囲気が漂う。ルーシーは顎を掴んでムリヤリその口を閉じさせた。
「笑えないわよそんなの。……あのねアキラ、『なにが現実か』なんて、考えなくっていいんだよ」
「だって――」
ギュッと抱きしめて反論を封じる。
「なにが現実だって、どこにいたって、そこで一所懸命がんばるの。そうするしかないんだよ。だって生きてるんだから」
ルーシーの言葉で、アキラの顔つきにはほんの少し明るさが戻った。
だがデイジーは変わらない。どんな言葉も虚しく響くだけだ。その視線はルーシーの横顔に次の絶望を見つけてしまっている。
(ほら君も見ろ、現実のお出ましだぞ)
地下への階段がある棟へと向かう途中のここ渡り廊下は壁がなく、学校の正面に当たる為開けた視界は校門を見下ろす位置にある。その校門に外から車列が迫っていた。ヘルメットや服、車両に至るまですべて都市迷彩の灰色。あれは明らかに軍隊だ。人員運搬トラック、装甲車、戦車など見てわかる限りでも一揃い集まっている。
遅れて他の生徒たちが気付いた。
「おい……。なんだアレ」
指差す先にある先頭のトラックから何人かが降りるとすぐ火花が散り、頑強なはずの校門が倒れるなり次々と分厚いタイヤが踏み越えて校内に侵入してくる。
「なんだよ! 街は全然攻撃されてないのに、なんでいきなりここに来るんだよ!」
アキラたちが生徒会サーバーで見せられた映像と同様のものを、他の生徒たちも電子端末でそれぞれ受け取っている。見せしめのように繰り広げられていた破壊とはやり口が違っていた。
「こいつだ! こいつがいるから来たんだ!」
誰かが声を上げ、敵意の注目を浴びたアキラが怯える。
「電脳技能が高いこいつはあいつらにとって脅威なんだ。お前のせいで――」
声を上げたひとりをきっかけに、恐慌状態が伝播していく。今にも生贄を差し出さんばかりの混乱が広がっていく。
デイジーの瞳に力が戻った。
「違う! 敵はアキラより強大で数も多い! 障害と見なされるなら彼女はここにいないんだ!」
叫びは周囲の声にかき消される。「出て行け」「追い出せ」と繰り返す怒号は魔女狩りの狂気へと昂っていく。
「避難を続けろ! どちらにしろ我々が見逃されるはずがないと、わからないか!」
説得が難しいとわかって、引き倒したアキラの上に覆い被さりデイジーは身を挺する。それがかえって引き金となった。
振り上げたこぶしが落とされる、その直前にバチィと音が鳴り暴徒と化した生徒たちの動きを止めた。校舎が砲撃されたにしては音が高く少ない。
それはルーシーが自らの頬を打った音だった。
「アンタら分からないのか。アキラがいなきゃ今頃この学校は乗っ取られて、避難だってマトモにできてないんだ。アキラはアタシたちのこと守ってくれてるんだよ」
続々と校内へ入り込んでくる車列を見下ろすルーシーの眼差しは他の生徒とまるで違っている。それは闘争心だ。
「だったら、今度はおねえちゃんがガンバる番だね」
短く強く息を吸い込み、叫びと共に吐き出す。
「槍と弓を持ってこい!」
ルーシー・アファールは超人的な運動能力の持ち主である。
この場合の超人とはあくまで比喩であり、現代の下がり切った平均値と比較した場合の評価である。無論実際に人間を超越しているわけではなく、一介の女子高生に過ぎない。
そんな彼女が専門に戦闘の訓練を受けた軍隊と衝突すればどうなるか。結果は演算するまでもなく明らかだった。
避難が完了していた地下音楽室の封鎖はあっさり突破され、床の固い板張りにルーシーが投げ出される。両手を後ろ手に縄で縛られているせいで顔面をぶつけた。
「この野郎! 準備さえできてたらお前らになんか! お前らになんか!」
結局のところ時間がなかった為に愛用の武器を手にすることができなかったルーシーは2時間の健闘の果て、こうして捕まってしまった。
「誰かこれ解いて! 今すぐコイツらやっつけるから!」
未だ失われない激情を示し、腰の後ろで固く結ばれた手を揺する。
だが周囲の生徒は誰も動かない。
それは髪を振り乱し喚く彼女を恐れたからではない。拘束から抜ければルーシーが必ずまた戦ってしまうことを望まなかったからだ。
世界中の電脳を支配され、断線に逃げてもこうして学校の奥深くまで侵入された。仮に今ここで奇跡が起き逆転を果たしたとしても、そんな小さな勝利に意味はない。次はより強力な脅威に見舞われるだろう。だから、誰も彼女を助けなかった。
「なんで! 諦めないでよ!」
ルーシーが叫んでいる間にも軍服姿の屈強な男たちが次々に入室し、生徒ひとりひとりを睨め回していく。今にも肩に下げた機関銃が火を噴き皆殺しにされるのではないか。不安を感じて生徒たちが震え上がる。
「リネン室で見つけました」
新たに軍人がひとり、室内に踏み込むなり床を滑らせるようにアキラを放り出した。ルーシーの怒りが爆発する。
「こんの――死にたくなければ自分たちが赦される方法を考えろ!」
腰の後ろで軋む縄が燃え上らんばかりの音を立てる。それを止める声があった。
「落ち着けルーシー。ことここに至ってはもう、戦時捕虜としての待遇を要求する頃合いだ」
別室に避難していたデイジーが出入り口に立っている。横に押し退けられた粗末なバリケードに手を置き、青白い顔で今にも座り込んでしまいそうに弱っている。彼女が立っていられるのは、後ろで襟を掴まれているからだ。
「だがその前に一応確認しておきたい。貴方がたの指揮官は? もしかすると貴方がたをここへ派遣したのは……ゴトウ氏ではないのか?」
答えが返るまで緊張が続き、やがて視線を集めるひとりが銃口を下ろし頷いたところでいよいよデイジーはその場に崩れ落ちた。
<続く>
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