第13話 新しい誕生日
「『朝島始』、発見!」
そう叫んだっきり、俺の胸倉をつかんだ隊員は静止した。
「何をしている?! そいつの目を布で覆え! バジリスクは『見たものを石化させる』んだぞ!」
隊長の声の届いているはずなのに、隊員はまじまじと俺の眼を覗き込んでいる。
しばらくして、呆然とつぶやいた。
「いや、隊長……。こいつのアニマは、『ニワトリ』です。バジリスクじゃありません……。現に俺は、こいつと目が合っているのに石化していない……」
「何ッ!」と、声がして、俺の身体は体当たりするように横合いから引っ張られた。
今度はガスマスク越しに、渋い顔のおっさんが顔を近づけてきた。こいつが隊長か。
俺は痛みをこらえて、へらっと笑いかけた。
「ば、バジリスクって何のことっすかね? 俺のアニマは生まれたときから『ニワトリ』でしたよ……?」
ガスマスク越しに俺のアニマをその眼で確認した隊長が、愕然と目を見開いた。
俺は安堵した。成功だ。
ガスマスクに反射して映った俺の眼の中には、『ニワトリ』がすました顔をして小首を傾げていたからだ。
□□□
機動隊は撤退した。
いくら探しても、バジリスクがいないんだからしょうがない。
サルさんは機動隊員の記憶も操作するといって、透明化しながら彼らに着いて行った。まぁプロだし任せればいいか……。
あれから水道水でガンガン目を洗い、痛みも治まってきたところで俺たちはようやく人心地着いた。
今は進藤研の研究室。俺も教授も藤村も、テーブルに突っ伏してぐたあっとしている。死屍累々だ……。
「先輩のアニマがニワトリって……。一体、バジリスクはどこにいったんすか?」
藤村がテーブル越しにずりずりと近づき、俺の眼を覗き込んでいう。
藤村の眼にはニワトリが映っていることだろう。
“拡大された”ニワトリが。
「あ~バジリスクもいるよ。ほら」
俺は眼球から“蛍石のコンタクトレンズ”を外して、自分の腕を見た。見る見るうちに腕が岩でおおわれる。バジリスクの石化能力だ。
つまり“バジリスクもまだ眼にいる”。
唖然とする藤村。俺は雑に腕を振って、岩を落とした。
「機動隊員が俺の眼をみる直前、とっさにバジリスクの石化能力で“眼に蛍石のコンタクトレンズ”を作ったんだ。蛍石は顕微鏡のレンズとしても使われている。つまり――」
そのあとを教授が引き継いだ。
「なるほど、バジリスクの瞳を拡大して見つけた、バジリスク自身のアニマがニワトリじゃったわけなじゃな。機動隊員は蛍石のレンズでバジリスクの眼を拡大して見たことに気付かず、見えたニワトリを朝島のアニマと誤解したと……」
さすが教授。話が早い。
「教授の謎のメモがヒントだったんです。『アニマのアニマ』って、教授はアニマの瞳の中に、更に別のアニマがいるって知ってたんですね」
俺の問いに教授は胸を張って、堂々と宣言した。
「知らん! なにせ記憶を消されてるんじゃからな! ていうか、今現在アニマの眼球を覗き込めるほど精密な顕微鏡は出来とらんからな。多分記憶を消される前のわしも、いればいいなぁくらいにしか考えてなかったと思うわ。しかし、バジリスクの能力前提の破れかぶれの一手とはいえ、さすが我が弟子じゃな! 褒めて遣わす!」
あのメモ願望だったんかい。教授の知見に賭けた俺の立場は?!
藤村が小首を傾げる。
「じゃあ、石化しなかったのは……?」
「蛍石はガラスの一種なんだ。“邪眼はガラス越しだと発動しない”からな」
おお、なるほどと藤村が感嘆の声を上げた。……と思いきや残念そうに眉を下げる。ど、どうした?
「……てことは、先輩。ルーマニアの『モルディア』の本部にいかないってことっすよね。幻想種の正体隠しながら生きていく方法、自力でみつけちゃったんだし……」
俺は苦笑して首を緩く振った。
「いや、俺も幻想種の事をもっと知りたいし、もしかすると今回の経験とバジリスクの能力がほかの幻想種の役に立つかもしれない。よければ本部にも協力させてほしいな」
それを聞いて、藤村はぱあっと顔を明るくした。ぐっと手を握られる。
「もうぜひ来てほしいっす! 本部は私の第二の故郷っすからね。私が案内するっすよ!」
よほど嬉しかったのか、俺の手を握ったままぴょんぴょん跳ねる。
なんか可愛いな。
それを聞いて黙ってられなかったのか、教授も意気込んで身を乗り出してきた。
「わしもいくぞ! このわしが幻想種の研究なんてよだれがでるテーマ、見逃す理由があろうか、いやない!」
「きょ、教授はダメっす! 先輩を人体実験に使われちゃたまらないっすからね!」
身を乗り出す教授に対して、藤村は俺を庇うように立ちはだかった。
「いや、わしはもう大事な生徒を傷つける気はない。これでもいろいろ反省したのじゃ」
教授は悟ったように遠い目をした。
……俺の命令はまだ有効なのか。それとも本当に改心したのかもしれない。
「これからは、実験体にイタクナイデスカーと訊きながらやるぞ! 人道的な実験じゃ。歯医者のように!」
あ、これは改心してないですねはい。
「そういう問題じゃないっすーー! 結局人体実験やるんじゃないっすかァ!」
律儀に突っ込む藤村。俺も思わず笑ってしまった。
……なんだかんだ言っても、俺と藤村と教授はうまくやっていけるだろう。
何せ『蛇の王の命令』は通用することがわかったし、教授も本当に危険なことはやらないだろう。多分……(願望)
さぁ、今日から新米幻想種アニマ持ちとなった、俺の新しい人生が始まるのである。
俺はこの二人に囲まれた騒がしい今日という誕生日を、少し誇らしく思った。
眼棲生物学者の華麗なる籠城 北斗 @usaban
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます