眼棲生物学者の華麗なる籠城
北斗
第1話 眼棲生物(アニマ)
犬は蛇と言葉が通じない。それは種族が違うからだ。
大昔は人間もそうだった。
瞳に犬を飼ってる人間と、瞳に蛇を飼ってる人間は言葉が通じなかった。
それは瞳に飼っているもの――眼棲生物アニマが違うからだ。
そう、人間の目ん玉には動物がいる。比喩じゃなくて本当に。
ヘビ、イヌ、ウマ、シカ。変わったところではクジラなんてものもいる。
それらをひっくるめて、眼棲生物(アニマ)と呼ぶ。
アニマは、いわゆる情報をつかさどる共生生物だった。
人間自身の喉を震わせる言葉ができるまで、人間は眼で会話していた。瞳の中の犬が吠えて、相手の瞳の中の犬が応じて遠吠えする。
会話はすべてそれで済んでいた。
ともすると、言葉にできないイメージまで共有することができた。同族にしか通じない秘密めいた暗号。
……全部大昔の話だ。
今は人間自身の言葉があって、違うアニマ持ち同士も、アニマではなく声で会話ができる。
聞くところによると、言葉だけでは瞳を合わせるよりも情報量は減っているらしい。しかし俺は言葉があって大いに助かっている。
なにせ、俺の瞳にはアニマがいない。瞳で対話を交わすことができないからだ。
――いや正確には、瞳の中には卵が一つある。アニマの卵だ。
普通なら幼少期に孵るアニマの卵が、20歳過ぎても未だに孵らない。中身が腐っているのか、殻しかないのか。
なにぶん前例が少ないので何もわからない。
しかし、俺はアニマがいる普通の人間になりたかった。
アニマがいないと大人とはみなされない社会において、卵が孵らないことには、未成年も同じである。ある意味免許証に童貞と書かれるより生きづらい。
諦めきれない俺は自分で自分を調べることにした。
俺は大化大学眼棲生物学科4年、朝島始。専攻は眼棲生物進化学。
マッドな教授に今年も研究対象にされつつ、自分で自分を研究する大学生である。
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