第11話 悪魔来たりて呪文をつぶやく
しばらくそれぞれの感傷に浸っていた俺たち。あえて口にしないが、お互いの温度差は凄まじいものがあったと思う。
満足したのか、窓の外を眺めていた教授がくるりと振り向いた。
が、次に教授がとった行動はずいぶん暴力的である。
突然講義室の入り口に突進すると、何もない空間を棒でぶん殴ったのだ。目には見えないが、ぱこんと何かが殴られた音がした。
「なにしてるんすか?!」
藤村が驚いて突っ込む。俺はあんまりな光景に口をあんぐりと開けた。教授が吠える。
「花粉症で鼻が鈍ったか、藤村! 侵入者じゃ! 人狼の鼻は騙せても、わしのアニマのピット器官は騙せなかったようじゃの!」
ピット器官と言えば、ヘビのもつ赤外線感知器である。おそらく教授のアニマの能力だ。それが透明な生き物を感知した? 教授はそいつを殴ってるのか?
教授が片手で床を指さした。
「朝島、ぼさっとしとらんで眼鏡をはずして奴の足元を見るのじゃ。石化させろ!」
俺は慌てて眼鏡をはずし、教授に示された場所を凝視する。
目の裏が熱くなり、頭の中のバジリスクの威嚇音がひときわ大きく響き渡った。
視線の先で、透明人間の脚がビシリと綺麗な模様の白い石で覆われていく。……大理石だ。あれ、藤村の時は砂岩だったような。
もしかして、石の種類を変えられるかもしれない。
ためしに、黒曜石になれと念じてみたら、見事に光沢のある黒い岩で覆われていく。なんだか楽しくなってきた。次は緑柱石にしよう。
足の甲、脛、膝がしら、太もも……腰までカラフルに石化したところでとうとう耐えかねたのか、透明人間が叫んだ。
「待て待て、『モルディア』の者だ! 味方だよ! あとバジリスク野郎、遊んでんじゃねぇ!」
諦めたのか透明人間が透明化を解除した。
降参されちゃ仕方ない。俺も眼鏡をかけなおした。石化が止まる。
現れたのは、どこにでもいそうなおっさんである。スーツ姿なのは大学事務員に偽装するためだろうか。
「後始末に来たっていうのに、なんだこの大騒ぎは! 俺の仕事、現在進行形で指数速度的に増えてんじゃねえか……!」
おっさんは、頭を掻きむしって嘆いた。さもありなん、これをどうにかしろってのは無茶ぶりってレベルじゃないよな……。
「いきなり出てきて、やかましいわ!」
教授だけは平常運転だ。やめてさしあげて……!
藤村は慌てて駆け寄って、おっさんにまとわりついた石をバラバラと剥がす手伝いをしている。
「ああああ、すみませんっす! サルガタナスさんっすよね! 来てくれて助かったっす」
全くだよ、と言いたげにおっさんは憤然としている。
しかし、変な名前だ。
「サル型ナス? サルなの? ナスなの?」
我慢できずに口をはさんだ俺に、くわっと藤村がかみついた。
「サルガタナスさんっす! アニマが『サルガタナス』って悪魔で、他人をテレポート・透明化させたり、人の記憶を消したりできるすんごい能力をもってるっす! 事態収拾にはこれ以上ない助っ人っすよ! 失礼なこと言わないの!」
す、すんません。でもマジか!
俺と藤村をテレポートして自宅に送ってもらえば、学校で石化騒動起こしたなんて事実と矛盾させられる。アリバイ成立!
一瞬で話が終わってしまうな。まだページ数あるのに!
俺がうれしさと残念さを半々にした、奇妙な表情をしているのをみてサルガタナス(略してサル)さんは深々とため息を吐いた。
「こんなろくでもないガキのために動くのヤダなー……。しかもこっちの教授は、会うの二度目……いやなんでもない」
……教授が不可解そうな顔をしている。思い出せないらしい。サルさんの能力から察するに一度記憶を消されているのか。何やったんだこの人。
「え、わし、記憶消されてる? 手帳に走り書きしてあった見覚えのない謎のメモって、まさかその時のか……?」
「何書いてあったんですか?」
「『アニマのアニマ』と一言だけ」
『アニマのアニマ』? なんだろう。百獣の王みたいな、アニマのの中のアニマの王みたいなものか?
気にしていると、サルさんが手をパンパンと打ち鳴らした。
「はいはい、どうせ思い出せないんだから今に集中しろ。とりあえず、元凶のバジリスク野郎と人狼の嬢ちゃんをそれぞれの自宅にテレポートさせる。いいか、ずっと自宅にいたことにしろよ。学校で見たバジリスク云々ってのは、この教授の妄想ってことにしてつじつま合わせるから」
うーん、教授が可哀相な気もするけど……。気の進まない顔をしていると、サルさんはめんどくさそうな顔をした。
「俺透明人間化しながら、あちこちの話盗み聞きしてきたんだがな、どいつもこいつも『進藤教授ならありうる!』とか『いつもの!』とかこの教授のやらかしってことには異論はないみたいだぞ。つまり、いつもこんだけやらかしている人間なのに辞めさせられていないってなら、毎回許されてるんだ。今回もそうだ。処分もそう酷いことにはならないし、教授も覚悟の上だろ。……だから今は自分達のことだけ考えろ」
それでも煮え切らない態度でちらりと教授を見ると、……サルさんを前に大変好奇心の溢れる顔をしてらっしゃった。
あれは絶対サルさんをどう料理しようか考えてる顔だ! ゼミ生の俺はにわかる。
多分、脳内で実験している! おお、よだれまで……、怖ッ!
……なんというか教授はなにがあっても教授だった。心配するのがあほらしくなるほどに。
俺はキリッとしてサルさんに言った。
「わかりました。後はお願いします」
そう丁寧にお願いしたのに。
サルさんは突然凶悪なツラになった。すさまじい目つきである。
『わかりゃあいいんだよ。チッ、手間ァかけさせやがって。今楽にしてヤるから、あの世で仲良く反省会でもするんだな!』
「え、俺ら殺されるんですか?!」
思わず口を挟むと、サルさんはきょとんと真顔になった。
「いや、これテレポートの呪文」
「ファッ!」
さ、さすが悪魔のアニマ。呪文すら凶悪である。チンピラ風だが。
『……大体なんだァ、反抗的な目しやがって。悪魔舐めてんじゃねえぞゴラァ!』
「アッ、呪文続くんですね……」
なげぇな、おい。
そんなぐだぐだやっていたのが悪かったんだろう……。
足元にカンカンカン……と何かが転がってきた。
突然のことに全員の目が吸い寄せられる。
……ん、ボンベ?
しばしの沈黙の後、ソレは真っ白い煙を噴き出した。
あっという間に周囲が見えなくなる。
(え、え? ……ッ?!!)
煙に包まれ困惑する間もなく、目と鼻に強い刺激!
ただでさえ花粉症で苦しいというのに、その数倍の痛みが襲う。
涙、せき、くしゃみが止まらず、息も絶え絶えに引きつるような呼吸を繰り返した。
「グシュン、煙を吸うな! これは催涙ガスじゃ……! へっぷし!」
くぐもった教授の声が聞こえてきた。それもすぐに苦悶する声に変わる。藤村とサルさんのうめき声も耳に響いた。
俺も立っていられず、床に崩れ落ちる。
開かない目が痛くて痛くて、顔を覆う。眼鏡はとうに吹っ飛んでいた。
(一体誰がこんなことを?!)
答えは統制の行き届いた足音でわかった。
講義室の外から、たくさんの人が駆け込んでくる。
機動隊が突入してきたのだ――!
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