第18話 私、先輩になります

 遠くから、私たちにとって見慣れた高速艇が水面を快走して岩に近づいた。佐久間先生がおりてこようとしている姿が見えて、助手さんが全力でお断りしていた。だよね、いくら先生相手でも、何にもないのは恥ずかしいよ。検査の時でも全部脱いだりはしなかったし。


 助手さんは軽い足取りでとんと岩に降り立ち、それぞれ大きなタオルを巻きつけてくれた。ふんわりしててとにかく大きい。そのまま巻きつけてお昼寝ケットにしたい。

 私たちはあとを付いて高速艇に乗り込んだ。



 離れていくルルイエ二号を振り返ってみてみれば、高い波に囲まれていた。少しずつだけど、目で見てわかるかどうかって速さで海の中へ沈んでいる。気持ち悪い感じもしなくなっていた。


 高速艇にはナイが寝かせてあった。即座にカナデさんが武道っぽい構えを取った。私も身構えてしまう。


「ああ……もう……あたしは……何もしないっての……。」


 眠るように目を閉じたナイの声と体は、少しずつ消えて行った。


 高速艇をまた収容したフェリーは、今度は施設の島に寄るけど、人もモノもたくさん引き上げて日本に帰る。

 私はまた研究所で治療を受けた。唱石の力はぐっと弱くなっていて、みるみるうちに見た目が治っていくことはなかった。足が治るまで私は車いす生活。カナデ先輩は補助カートを引いて歩いてるし、マモルさんも杖が必要。

 消えてしまったあの姉妹は塔のどこかが生きていれば、そこにユイさんみたいな映像としてだけど、生きられる。それまでの間、ゆっくり眠ってほしい。ネイさんはちょっと違うらしくて、体が消えずに残っていて、深い深い眠りについている。




 三月になっても、私が受験勉強に困っている間も、また冬が来ても、無事に大学へ通うようになっても、私たちは出動しなかった。メルティが現れなくなったからだ。最後の出現は、先輩がルルイエ二号にこっそり向かっている間くらいの時間に、その道中にいた奴らだと思われる。

 治ったら、もう私は民間人にもどっちゃうのかな?と思ってたのに、アトランティカから追い出されなかった。だけど、こっそり部屋の中で展開の呪文を歌っても、胸の奥がきゅっとするだけで、前と同じようには展開できなかった。半年くらいは全く展開できず、それから半年、部分的にしか展開できなかった。




 研究所で、私の後から見つかった適合者の子たちの様子を見ていると、少し寂しくなった。メルティと機装の存在の一部を、政府の情報機関が公開したから、学校や会社に通いながら堂々と研究所に通ってくる。移動の時の目隠しも、全員が張れるわけじゃない謎フィールドも、もう要らない。人払いするにしても、すごく楽になった。


 今の唱石の力では機装は前の私たちのように全身には纏えないけれど、身体能力を充分上げてくれる。機装はほぼ籠手と関節当てに特化するように教えるようになった。そして一年の間に、戦える後輩がじわじわ増えつつある。

 研究が主で戦う必要はないとか先生は政治家の人とかに説明していたけど、どうやら先生の上司の中に、戦いが好きな人がいるようで、訓練は私もずっと続けている。


「せーんぱーい」


 男の子と間違えそうな髪型がふわっと揺れる。後輩の中の有望株、サユちゃん。佐久間先生の姪っ子で、すこーし似てる。高校生で、私よりずっとセクシーっぽい。彼女が新開発の防御スーツ(とっても薄くてぴったりしてるヤツ)だけ着てるのを見るたびに、正直訓練場を男子禁制にするべきではないかと思う。


 サユちゃんは姉妹で適合者だ。彼女がお姉さんを待つ間、よく病院棟の売店で一緒になる。フードコートになっているところで、おいてあるテレビをぼーっと眺めていると、たまに私の両親が好きな俳優さんが話題になったりする。それで話をするのだけど、サユちゃんは私以上にテレビに疎かった。

 ここのテレビはお年寄り向けに、時代劇や昔のドラマの再放送のチャンネルを流していて、場面でだいたい時間が分かる。なぜか今日は、ニュースが中途半端に時代劇の間に挟まっていた。


 そのニュースで流れていた映像では、都心のオフィス街で数十メートルはありそうな巨大メルティがビルの壁を両手で肩たたきみたいに叩いていた。同時に、携帯が鳴る。先生からの着信だ。ちなみに私と先輩はガラケーなのでラインがこない。


「出動要請だ。都心にメルティが出現」

「今見てた」




 その日を皮切りに、頻度は月一以下だけども、メルティが現れるようになった。前と違って、腕と足しか機装がないけど、武器はあるから問題ない。

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