境界防衛
蓑火子
お初目にて
第1話 応接する男/される女
「はじめまして、この度この前線都市における閣下の身の回りの世話を仰せ付かりました者でして、私タクロです……いや、と申します。直近の主要任務は、都市に駐屯する軍団所属の守備隊一つの統率でした。そう、閣下も覚えていらっしゃる通り、先の邂逅にて、他者に先んじて戦場に到着した部隊を率いておりました。その結果によって、今回この任務を与えられました故、閣下には十分思うところがあるでしょうが、何卒我々蛮斧にご協力いただきたいのです。というのも、目下、貴光曜国と我が蛮斧国は交戦中ですが、戦況などはどのように変化するか、これは誰にもワカりません。それは貴国の諸将軍にも、私の上司たちにも同様です。そのため、閣下にはこの都市にあって、ぜひとも快適に、解放までの日々をお過ごし頂きたいわけです。いつの日か、政治やら外交やらの変化によって、閣下が無事帰国できる事を期待して。
ですので、一時的な主人と奴隷の関係に……ということもなく、なくですよ。閣下にはでき得る限りの自由を待遇として認める、というのが我が軍……もとい我が国の方針です。あなたがたにとり野蛮な蛮斧人の口から人道精神溢れる言葉、まるでウソみたいですが、これは本当です。よって、ご不満があればなんなりとお知らせください。必ず善処いたします。そして、その役目は私のもの。私こそ閣下をこの都市に誘った者。責任も感じています。だからこそ精一杯、閣下の御為にも務めさせていただきます。
……えーと、この部屋ですが、閣下のために特別に設えさせました。突貫ですけど。いかがです?開放的雰囲気あふれるスタイリッシュな内装、諸国一流の素材と造形を尽くした香料の壷、あ、あと閣下の国の産出する美しい観葉植物、退屈になりがちな非日常の中でも、明るい日常を思い出すことが十分にできるはず。私が思うに、快適な日々の基本は快適な睡眠です。マットレスは中の凹み一つ一つを帯状の特殊な不識布ので包んだもので、西に海を越えた都市から特別に仕入れましたる一品中の一品。内装は当国の職人の手によって全て整えましたが、貴国で学んだ者だったりします。今一度ご覧ください。この前線都市で最も費用のかかった部屋であること疑いなく、贅尽くされた空間で閣下には極上の眠りと健やかな朝の目覚めをお約束します。といって部屋に壁窓はありませんが、ほらあそこ、小さな天窓があるでしょう……今日はあいにくですが晴れた日には日光、夜には月光を楽しむこともできます。
……それから、あちらの部屋は模様や色合いの美しい大理石を用いた化粧室になっております。この部屋は高い建物の屋上にあるため水を引いては降りません。しかしながら日々の生活に必要な水は私ら庁舎の者どもが毎日この部屋へお届けします。当然、必要になるでしょうからお湯だってね。とは言え諸々我ら男どもでは行き届きませんので、この庁舎勤めの下女どもにお申し付けください。
あとは……食事。食事は毎日朝昼夕とお届けします。こればかりは一流の調理人とは申し上げられませんが、この庁舎のスタッフが真心を込めて調理任務にあたるでしょう。貴国の料理には比べるべくもありませんが、新鮮で清潔で体に良いものを提供することを約束します。この都市では川魚が美味しいと評判なのです。
あと、身の回りのお世話に、下女から一名専任召使いをお付けします。信頼ができる家筋の者を選ぶつもりです。日常のことであれば、その者になんなりとお申し付けください。そして不足があればご遠慮なく私におっしゃってください。
先ほども申し上げましたが、目下のところ両国は交戦中。その中でのこと、閣下には可能な限りの自由な活動が許可されたわけです。ご不便をおかけすると思います。しかしながら、これも何かの縁、閣下には私にできる限りのことをお約束しますよ。
この都市この庁舎この部屋での閣下の日々が、未来において良き思い出になることを願っております」
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