第4話 友好の女と男
「あらためまして、小官はタクロと言いまして」
「ええ、一番最初に聞いたわ。庁舎隊長殿」
「できれば名前で呼んで欲しいのです。役職名も無駄に長いし」
「ワカりました、タクロ君」
「タクロ……君?」
「あなたは私より若いから」
「ああ、そうか……では宰相閣下、私にも閣下の名を教えてください。我が国ではあなたは宮廷魔術師の女宰相、としか伝わっていなくて、なんとも味気ない呼び名ではありませんか」
「もちろんいいですよ、家名は…………………………ー………………ー………で名はマリス、です」
「?なんですって?」
「もう一度言いましょうか、家名は…………………………ー………………ー………で名はマリス……」
「あまりにも……ご立派な家名ですねえ。重々しすぎてとても覚えられそうにない、というか発音が聞き取れませんでした。呼ぶだけで舌がもつれそうだし覚えたら一生モノって感じ」
「……」
「で、でも名前は素敵だと思いますよ。マリスさんとお呼びしても?」
「構いませんよ」
「お召しのそれ、立派なマントですねえ。生地もさることながら特に肩当が見事だ。それとも全部筋肉だったりして」
「……」
「なわけないですよねえ、し、しつれえ。我が国ではありえない品質の良さ。視るだけでワカりますよ」
「褒めていただいてありがとう。私は軍人でないから、服装に縛られる事がありません」
「閣下を連行するときに我が配下の外道どもがお召し物に手をかけないか、気を揉んだもんですが、ええと、つまりすべて、マリスさんの見立てで?」
「そうですよ」
「一国の宰相ともなると、やはり違いますね。我が国の首脳陣たちはみんな粗末な恰好で、野生動物もかくやというレベルです、貴女様に比べると」
「国の特長とはそのようなところに現れる事もあると思います。軍隊に当てはめた場合、華美に走れば軟弱になり、質素を維持すれば戦場で勇敢にもなる。もちろん日々の生活の潤いとは、質素華美いずれからだけでは得難いものですが」
「そうですね、バランスも大切ですしね」
「願わくば、わたくしへの処置もそうあって貰いたいものです」
「バランス良く?」
「さらに秩序を保って、ですね」
「ははは……努力するとします」
「ところでマリス、さん。ご家族は?」
「国元に息子と娘がそれぞれ一人いますよ」
「へっ、お子さんが?」
「ええ、息子は今年十七歳、娘は十四歳。早くに父親を亡くしているのに、しっかりと育ってくれています」
「……」
「どうかしましたか?」
「いやあ、私は宰相閣下にも、恋人、とかいるのかな、と桃色を向けただけなのですが、まさかそんな大きなお子さんまでいらっしゃるとは。全く、全然、はは。お母様に見えませんでした」
「ほう……未熟者に見えると?」
「い、いやいやいや、とんでもない。お若いからです。誤解を与えてしまったのならすみません」
「知っていますよ。あなたにそう言わせてみたかったのです」
「あ、そうですか……」
「ではタクロ君のご家族は?」
「おれ?あ、いや、私ですか。私には特にはいないです。おやじ……父はもっと南の遠くにいて、母は……」
「?」
「母は……私が幼い頃に……」
「……ああ、苦労しているのですね」
「いえ。幼い頃に母が出奔して以来、私を哀れんで拾った叔父夫婦の家で育ちました。その二人は揃って教師なんですよ」
「ああ、やはり苦労しているのですね。それで、育ててくれた方々の仕事である教師にはならないのですか?」
「野蛮な我が国の教師業では豊かにはなれませんので。貴国の学問に比べれば、実に低レベルでしょうし。それに、蛮斧人が出世をするには昔から軍隊と相場が決まっています。給金は安いですけど、たまの勝利に掠奪ボーナスが期待できますからね」
「今回、あなたは私を捕虜としました。功績をあげ、地位も上げたわけですが、さらなる褒賞は期待できますか?」
「はは、どうでしょう……あ、ちなみにこの質素な軍服も、ほら、片袖なんてささくれちゃってますが国の支給ではなく、給与から差っ引かれる買い上げなのです。ひどいでしょう」
「あら、それはそれで合理的なシステムだと思うわ」
「そうですかねえ。服だけでなく武具も防具も同じ扱いです。だから身分も教育も無い無一文トサカ頭が兵隊に就職するにはまず借金をする必要があります。初陣で死ねば、借財だけが残り、遺族が返済せねばならず、それでいて武具の貸し借り質入れは禁止されている。軍隊に一度でも入れば足抜けが難しく、我が国の兵隊どもの士気がイマイチなのもこの辺の奴隷労働に原因がありそうです。みんな生意気ですしね」
「しかしタクロ君、貴国の兵は勇猛が売りですね」
「それは、閣下の国に比べれば、という事でしょう。ほら、ここに閣下が居ることがその証拠です。ヘッヘッヘッ」
「……」
「あっ」
「……」
「あの、失礼いたしました」
「いいえ、愛国心が尊い事、我が国でも同様ですわ」
「そ、そうですよねえ」
「それが例え国境を侵し、荘園を焼き払い、女子供を捕虜に取り立て、農場を焼き払い、果樹園を汚し、図書館を焼き払いうものたとしても」
「焼き払ってばかり……蛮族のようだ、と仰りたいので?」
「いえ、野蛮そのものだ、という事です」
「……」
「……」
「で、ですが戦争ですからね。閣下の国の軍だって戦いに勝てば金品を略奪し、捕虜から身代金を取るではないですか。うちは貧乏だから逆さに振ったって何もでないのに。その後、協定だ契約だと押し付けて、その違反を理由に土地を奪い、人を奪い、奴隷として売る。文明的な貴国の法律で全て禁じられているらしいのに、です。女子供も奴隷に取るし、これらは闇で流通している。確かにこれらはむき出しの蛮性ではない。もっと卑劣で、恥知らずな行為ですね」
「そういう行為が我が国にも存在している事は承知しています。が、法の下に取り締まりを行なっているのです」
「そうでしょうな。そうでなければ、文明国家の建前が崩れますし。そういった国の恥部を隠すために、貴国の戦争事業部は今日も大張り切り、というわけでしょう。こちらの国は、誰もがより貧しく朴訥としている。だから清濁の振れ幅が小さいのです。私が持つ愛国心も、爛れ腐りたる貴国と比べてはいくらでも根拠を持ち得るというもの」
「大した自信ね、いいわタクロ君。あなたはいま、道徳の清らかさを基準にしたわ」
「ええ、まあ」
「一つ授業をしましょう。農地や海川からあがる利益について、私の国とあなたの国と、どちらがより収益性があるかしら」
「それは……閣下の国でしょ」
「そう、作物の品種や漁船の改良に時間と資金を入れ、効率を上げている。伝統もある。その為、より多くを稼げる。前に凶作と不漁が重なった年がありましたが、タクロ君、覚えていますか?」
「……そりゃあ、まあはい」
「光曜では大きな飢餓は無かった。貧しい人々を保護し救済する社会システムが整っていたからです。しかし、貴国ではどうであったか?」
「……」
「そう、飢えた国民が貴国の指導者の命令に背いて、いいえ、その実は黙認の下、我が国に侵入を開始したのです。そして後はお決まりの略奪暴行よ」
「……」
「すてきな道徳ね、タクロ君」
「わ、おれが申し上げたのは、閣下の国は美徳の実践を謳っているのに、影では汚い事が行われている、という事です。その罪は我らの野蛮を凌ぐでしょ」
「偽善的だと?」
「そう、それが言いたかった!」
「比して、そもそも美徳を重視していない国は尊いと?何もしない、何も変わらない、全てが古のままの、本能むき出しの生活がより優れていると?」
「ことと次第では」
「いいですか、タクロ君。文化文明に、より優れている、より劣っているというものは無い、と私は考えます。なぜならそれはきっと、ただ違うだけなのですから。しかし唯一それを計り得るものがあるとすれば、我々は人ですから、人命を優先するか否か、に尽きます。あなたの指摘の通り、我が国には暗部も存在します。戦争もします。しかしこれは人間が生きる以上、決して避けられない事です。光と陰。人間が集まり無数の生活が営まれている以上、罪とされることを無くす事は不可能ですし、なおさら道徳に反する行為はつきものですから。それを承知した上で、少しでも人間の悪徳の被害に遭う人を救済する、というのが我が国の謳う美徳の真の姿だと、理解してください」
「例えば、命助かりたい一心で、隣人を売り渡したとしても?」
「それが悪業によるのなら、是正する道徳が動くでしょう。要はシステムが備わっているかなのですよ」
「うーん、曖昧のような……」
「システムとは強制力、修正力と言い換えてもいいですね。これでも曖昧かしら」
「我が国ではシステムなどというものに頼らず、もっと徹底しています。罪人は容赦せず処刑する、不都合があれば軍隊が動く。絶対の真理です。貴国だって軍はある。そのためには、役に立たない美徳は纏わない。なぜならそれは行動を鈍らせる有害な口実でしかなく、偽善的だからです」
「偽善はお嫌い?」
「嫌いですね」
「何故?」
「ええと、真の悪だと思うから……かな」
「確かにそれも一つの真理でしょうが、絶対に絶対的ではありません。罪人を審判する人間が完全無垢だとは、いかなる神ですら担保できません。道徳一つとっても、我が国と貴国では形が異なります。それに軍隊が動けば、巻き添えになる人もでます。あなたの国の正義は、それら死者にどう報いるのかしら」
「……貴女の言う通りなら、貴女が言っている事も絶対の正義ではない、ということだ」
「その通りですよ。ですが、あなたの主張よりはマシですね」
「……」
「あなたが自国の優位をどう示してくれるか、興味があるわ」
「す、少なくともあなたの命は大事にするでしょうね」
「あら……ふふ、期待しますよ」
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