国境にて

第12話 任務継続の男/トロフィーの女

 前線都市に新軍司令官が着任!


 おれが軍事拠点統括責任者心得兼庁舎隊長として、適当な着任式典でよし、としたのが気に障ったのか、あるいは既に決まっていたことだったのか、本当におれは、


「あっ」


という間に臨時の任を解かれた。全ては元に戻ったのである。


「名だけが長い役から解放されました」

「残念ですね。ですが、困難な状況でよく勤めたとの評価もあるのでは?」

「いや、全然。全くですよ」




 確かに、庁舎隊長は今回懲戒処分すら受けている。組織の中間者が常に報われないのは、光曜も蛮斧も同じようだ。なお、庁舎隊長以外にも、新軍司令官の人事評価が為されており、掲示板に張り出された文書によると、



出撃隊長の評価

消極的な戦法で敵の突破を許し、さらに捕虜の逃走を見逃したことで懲戒、降格。


巡回隊長の評価

市内での迎撃には失敗し懲戒に値するが、撃退には果敢な功があったので、相殺。


城壁隊長の評価

配下の兵を糾合し、いち早く危地に駆けつけ敵の迎撃に成功したので、昇格。


庁舎隊長の評価

庁舎建屋内に敵の侵入を許したので懲戒、罰金。



 庁舎隊長には気の毒だが、真っ当に見える。恣意は拭えないものの。それにしても、新軍司令官はかなりの変わり者のようだ。


「新しい方と、上手くやれそうですか」

「どうかな……あいつかなりの変人でしょ」

「もう、そんな……」

「閣下だってそう思うでしょ」


 口には出せないものの、完全に同感である。直接尋問するわけでもなく、形式的な会話を数分したのみで、敵国の宰相としての私の身柄にもさして関心が無い様子だった。異様とも言える。


「有力部族出身者で、年齢五十代、軍事職も行政職も積んだ経験実績抜群の、それは厳しい方、でなくてよかったのかしら」




 そう。人事がまた急に代わってやってきた新軍司令官である。年齢不詳だが、かなり若いはずだ。ことによると、おれよりも若いだろう。当初の候補者はどこに行ったんだろ?


「経歴は全て不明ですからね。夢のある期待の新人じゃあないすか」

「あまり若過ぎては、不満を持つ方もいるのでしょう」


 さすがは女宰相、軟禁されているはずなのに、どうやってか良く見ている。今際の君の家来みたいに遠視の力でもあるのか?あるいはやはり下女どもから情報を仕入れているんか。お付きにした下女、あの女はどうせ何も知らないし、喋っちゃいないだろうが、これも調査しなければなるめえ。


「まあ、我ら蛮斧の者は実力さえ示されれば、それで従いますけど」

「そういうものですか」

「はい。地位なんてお飾り、建前ですよ。ワワワワワ」

「あなたは実力を示しているようですが、みな従ったとは言い難いようですね?」

「よ、よくご存じで」

「そう思えるのですよ」

「何故です?」

「あなたが全権を掌握していれば、庁舎まで攻められることも無かったのでは、と感じないでも無いから」

「ワワワ、買いかぶりすよ!」




 そうは言っても、少し肩を落としている様子の庁舎隊長である。無理もない、あの方を迎撃したのに罰金では報われないだろう。ここは一つ優しさを示そう。


「ところでタクロ君、今日は町を案内してくれるのでしょう?」




 おおっ、乗り気の様子だ。新軍司令官だが、早速女宰相にたまの散策を許可してくれた。というより、心得時代のおれが勝手に出した許可に触れなかった。軟禁はそのまま、身分を明らかにせず、加えておれの監視付き。実に都合がイイ。


「その通り。では早速ご案内しましょう」




 丁度、アリシアが蛮斧の外套を持って入ってきた。ここでの生活も十四日目、この無口な少女が配慮の豊かな子であることを私は理解している。ぎこちないが僅かに微笑し、会話もしてくれるようになった。庁舎隊長の前では、控えるのが正解だろうが、


「ありがとう」


 外出の用意を手伝ってくれた少女へ礼を述べると、極めて微かに会釈を返してきた。蛮斧の外套を身に纏うと、新鮮な感触があった。




 おれは敏感な方だと自覚しているから、この無口な下女が女宰相に好意を持ってることはすぐにワカった。相手は文句無しの美女、先進国は都会の働く女、しかも王都住まい有数の権力者だから、超男社会の蛮斧世界に生きる女として憧れるのも無理もない。


「んじゃ、行ってくる。戻りは夕方頃だな」

「行ってらっしゃいませ」

「タクロ君、よろしくお願いしますね」


 出てる間、部屋の掃除をするのか。それにしても、日々部屋が綺麗になっている気がする。突貫改装前は全く使われていない、埃臭い塔の部屋だったが、人が住めば建物は良く保たれるという通りだ。人の匂いもこもっていない。それどころか、女好みのイイ香りすらするぞ。しっかり仕事をしているようだから、給金を増やしてやるかあエライぞおれ。


 などと考えながら、延々と階段を降りる。今際の君が破壊した階段の修繕は完了済み。蛮斧は工事の速さが命だ。


「昇る時にも思いましたが、長い階段ですね」

「でしょ?だから、閣下がお越しになるとなった際に、要人警護にはここが持ってこい、ってなったんすよ。満場一致じゃありませんでしたがね」

「あら、ありがとう。あなたのお心遣い痛み入るわ」

「まあまあ。それに、元々は貴国が造った建物ですよ」


 その通りである。


「かつては、さらに南方の様子を監視するため、建てられていたはずです。私やあなたが生まれるよりずっと昔のことです」

「さすがは文明国家の宰相閣下。これくらいの知識は当然ですかな。まあ、本来この塔から望めば、周囲の様子を遍く把握できるというわけです。今は、天窓しか開いてなくてすみませんが」


 今の言葉、私を試しているのかもしれない。この人物、やはりただのお人好しでない、と気持ちを一心する役には立つ。そして、ここが依然敵地であることを忘れない役にも。




 おれは美女を連れ歩く役得を満喫している。老若男女、誰もが目を見張り、振り返る。特に男どもは、まず女宰相を見て体温を上げ、次いでおれを見て妬ましげに下衆な笑みを浮かべる。


チラッチラッ


「……」


チラッ


「ああーん何見てんだてめえコラッ!」


ササッ


 いや〜たまらんたまらん。女連れ歩くなら、ブスより断然美女がいい。それも軽薄尻軽系美女でなく、味わい深い系美女でなければならん。この女宰相のような。


「ぐへへへ」


 そうに決まってるし、言うなれば男の本能、生理現象に根ざした絶対的真理だ。目の保養に良く、健康にも良い。早死にしているヤツらを見よ。連れてる女がみんなブスばかりではないか。子どもだってブサイクだ。


「はっはっはっ!」


 女宰相はおれの女ではないから、別におれのグレードが上がったというわけではないが、それでも多額の罰金を支払ったばかりの心が癒えていく。




「ご機嫌のようね」

「ええ、まあ、ワカりますか」

「さっきから笑ってばかりいるから」

「美人のお供をするのが本当に楽しくて」

「あら、ありがとう。あと、この町の案内をしてくれるという約束は守って頂きたいのだけれど」

「もちろんですとも。ほらあすこ、一箇所目、まずは酒場ですよ」

「酒場?」


 最初が酒場とは。蛮斧風なのか、それとも捕虜への待遇として妥当なのか、よくワカらない。


「その、よく来るのかしら」

「そりゃもちろん。閣下がいらしてからは忙しくてとんとご無沙汰ですが」

「ごめんなさいね」

「なに私が好きでそうしているんです。なんせ酒場での時間が如何にくだらないものか再認識しましたし。百も承知してますけどね、時間の無駄、人生の無駄、金の無駄、健康の無駄……」

「なら何故酒場へ?」

「酔うためでしょう」

「痛飲、ということですか」

「まあ、酒は、耐え難きを耐える役には立ちますから」

「刹那的ね」

「ここのオススメは酒、酒、酒。少しなら貴国の酒もありますよ。お高いんですけどね」

「国許でも、私は入ったことがなくて」

「まさか貴国には酒場がほとんどないので?」

「いえ、そんなことは。でもお酒を嗜む習慣が私にはないの」

「嗜むだなんてまあ、お上品なことで。蛮斧ではガッ!と掻きこむように浴びるように呑むのが様式美です」

「やはりそれは痛飲ということね」

「憂さ晴らしと同じであればまさしく」


 庁舎隊長が楽しそうに酒場の説明をしていると、背丈の巨きな女が近づいてきた。


「タクロ」

「げ……」


 男のお喋りが止まった。私もなんとなく、外套のフードを深くかぶる。


「最近来てないけど、忙しいの?」


 女は背丈だけでない、体格もガッチリ……というより凄い肥満体であった。ただ調った目鼻と鮮やかな赤毛が可愛らしい若い女だ。庁舎隊長の恋人……ではなさそうだ。


「そう忙しいんだ。政府の仕事で今も都市を巡回中なんだ」

「その人は?」

「言ったろ。政府の仕事さ。だからシークレットだ」

「ふーん」


 女は上から下まで私を一瞥した。同性から受けるこの手の視線を、私は見知っている。


「今日のタクロ、凄い目立ってるよ」

「おれはイイ男だから、当然だぜ」

「違うよ、その人が目立ってるって話」

「それも知ってるけど、まあお前だって目立ってるぞ」

「やめてよ……その人、蛮斧の人じゃないでしょ」

「シークレッツ……」

「あっそ」


 たまには来てね、と去って行く赤毛の巨女に、ふぅとため息を吐く庁舎隊長。あまり歓迎してはいないようだが、嫌ってもいなさそう。


「女性には優しくしないと駄目ですよ」

「してますって、ほら閣……マリスさんにだって。多分貴女、女性でしょ」

「どういうことかしら?」

「げへげへ、確認したわけではないので」

「あら。なら今のお嬢さんについては確認済みなのね」

「ガキの頃にね。成人してからは未確認ですが」

「?」

「あれとは同郷で、小さい頃まとめて川風呂に入れさせられてたんですよ」

「あら、幼馴染ということね」


 過去にこだわらない洒脱な庁舎隊長には似合わないようで似合う関係だ。


「ここは多産多死の蛮斧世界ですよ、数ある馴染の一人ということです」

「でも、素敵な関係だわ」

「どうかな、今は肥えすぎだと思うけど。酒場の女なのに、浮いた話一つも無いのはあの体格のせいですぜ」

「きっと、貴方からの誘いを待っているのですよ」

「おれ?」


 まあ、間違い無いだろう。体格はともかく、清潔だったし、タクロに話しかける前、化粧を直していた。




 他の女と比較をすりゃ、彼女の違いや特質が際立つなあ。


「そりゃないと思いますけどね」


 うーむ、うーむ。


「どうして?」

「そんな空気になったことないですし」


 ぐへへへ、本当にイイ女だなあ。身体のラインがたまによく見える。


「貴方が気が付いていないだけなのでは?」

「どうかなあ」


 自然体で美しい。存在自体がアピールしている。蛮斧のコートも似合ってる。


「今度誘ってみてはどう?」

「閣下のお部屋へ?無理無理、あんなに肥ってたら塔の階段を上れませんよ。挟まって出られなくなる」


 良く目を凝らせば、しっかりムチムチしているぜ。お堅い女をああしてこうしてそんなにできたら、そ、そそるなあ。


「そうではなくて……それにしても酷いことを言いますね。あなたは容姿で女性を選ぶのですか。それに私の牢獄へなんて、一言も言っていませんよ?」

「まあまあ、あいつのことはいいですよ。次行きましょうよ」


 知っててそう言ったに決まってるだろがい!それよりも本当にイイ女だぜ。ちょっと不機嫌な顔もまた、イイ!


「まあ、あれとおれがどうなるかは、あの体重が人間並みになったら考えましょう。そうだ、光曜に比べりゃ楽しみの少ない都市でしょうが、端した金持ち連中の間では舟遊びが盛んすよ。この先にちょっとした舟着場が。行きませんか?」

「あら、あなた舟を持っているのですね」

「正確には乗る権利ですけどね。一人で使うには持て余すんすよ」

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