第6話 孤軍奮闘の男/モニタリングの女
戦争勃発ともなれば、河向こうとの交通はパッタリ途絶える。だから生活ができん、と光曜国から逃げて来る同胞もいる。身に危険が及ぶと、普段光曜で生活の糧を得ているこの手の連中は、まず河を越えてこの町に逃げ込む。向こうで使われている者どもは、蛮斧では珍しい定賃金だが、光曜で一番の低賃金ではしはし働いている。この不幸自慢の話したがり連中を、話を聞く体でからかうのもすぐに飽きがくる。最初は楽しい。
それにしても、光曜の太子か。敵国の雲上人だが、今のおれの掌中には敵国の女宰相がいる。色々聞いてみるのもいいかもしれない。
ぼんやり歩いていると、前から目が血走った肥満生物がやって来るのが見えた。
「よう、心得隊長殿って心得隊長殿って呼んでるけど、お元気かね、お元気かねって聞いとるけどひっひっひっ、ひっひっひっ」
「よう、突撃いからせデブ、こんなとこほっつき歩いて仕事はどうしたんだ」
「帰りだよ。今から食事……それよか何人か捕虜にして来たぜ」
「何人失って?」
「……」
「……」
「ひっひっひっ。もう完全に戦闘開始だ。和平もこれでおしまい。ああ、庁舎隊長殿は捕虜の監視で暇だったな。羨ましいぜ」
「お前、言ってる役職がさっきと違うぞ。馬鹿過ぎて覚えられないんだな。どうせ二、三人捕虜にするために十倍の兵が死んだんだろうが」
「うるせえなあ。兵の代わりなんざいくらでも来るんだよ。要は功績を立てることさ。後任の司令官閣下が来れば、てめえなんざに話しかける必要もなくなる。ああ、待ち遠しいなあ」
「捕虜の拷問は?」
「訊問って言ってくれよ」
「いつもの如く、どうせ痛めつけるんだろうが」
「そりゃあなあ。午後から俺様が直々に手を下すつもりだ。ああ、お前は暇でいいよなあ」
「悠長だな。戦場でも基地でも鈍足なお前みたいなのがなんで出撃隊長なのか、理解に苦しむぜ」
「……」
「……」
「ひっひっひっ、ひっひっひって笑ってる場合じゃねぇよな、兵舎に、ウチの兵舎に近寄んじゃねぇぞ、近寄んじゃねぇって言ってんだよ。お前は、お前はな、庁舎で、庁舎で年増の相手を、相手をしてればいいんだよ、いいんだよって楽でいいよなぁって言ってんだからなあ」
去っていくデブ。うーんキモイな。さて、寄るなと言われて寄らないワケが無いのだ。というわけで、ブタがエサを食っている間、わざわざ兵舎までやってきたのだ。
捕虜の様子を見に行くと、
「これは庁舎隊長殿。何の用ですか」
「捕虜の様子を見に来た」
「隊長殿には別に捕らえた捕虜がいるはずですが」
「そっちの尋問は終わったよ」
兵舎の番は敵意むき出しだ。トサカ頭が揺れ、舌も飛び出している。
「誰も通してはならないと言われています」
「誰から?」
「出撃隊長閣下から」
「おれはその閣下殿の上司だよ」
「ええ、知ってますよ。臨時のね」
「臨時だろうがなんだろうが、上司にゃ違いない。指示には従ってもらおう。貴様、案内しろ」
が、番が片手を斧柄にかけた。意地でも通さないつもりのようだ。さらに、様子を伺っていたトサカどもが笑々集まって来る。
「おい、どうしたよ」
「心得隊長殿が捕虜に会いたいってさ」
「へっへっへっ」
全員のトサカが揺れており、これは闘いになると予想!
「おいクズ。ここはお前が来る場所じゃねえんだよ。とっとと帰れよ」
「坊や。庁舎隊長のこのおれ様が敵国の幹部を捕らえたのがそんなに妬ましいか?」
「殺れ!」
「殺せ!」
「遠慮するな!」
「戦争だ!」
大騒動になった。
バキ!
「ぎゃあ!」
バキ!
「ぎゃあ!」
バキ!
「ぎゃあ!」
バキ!バキ!バキ!
「ぎゃあ!」
「ぎゃあ!」
「ぎゃあ!」
「おい、まだ文句あるか」
「……」
「情けないな。気絶してやがる。もう時間だし昼飯でも食ってこいよ」
喧嘩は度胸。挑みかかって来た連中全員張り倒すと、後のギャラリーはビビっているだけ。捕虜面会には何の障害もない。塞ぐ者無い階段を降っていく。
カビ臭漂う石組の壁は典型的な蛮斧式地下牢建築である。鉄格子の先に、ほぼ素っ裸の男が二人いた。悪臭がする。鼻と精神衛生に悪い景色だが、最初が肝心だ。よーし、いくぜ。
「光曜国の戦士諸君」
二人とも敵意たっぷりの視線でこちらを見る。どちらもまだ枯れておらず、若く見える。
「蛮族め。何の用だ」
「文明人の様子を見に来たのだ。調子はどうだい」
「この国のメシはまずい。病気になりそうだ」
「な、最悪だ。私は腹の調子が悪い」
「おっ、元気だな。これなら拷問にも耐えられるだろ」
しまった。口走ってしまった。
「……」
「……」
「ああなんだ。拷問なんて想定しているぜ。だがそんなものに屈する我ら光曜人ではない」
「そうとも。光曜の騎士は絶対に口を割らない。全く問題ない」
コイツらは騎士か。格上の戦闘員のはずだ。
「だが拷問担当者は嫌な野郎なんだ。残虐だし性格が最悪。ネチ、ネチ、ネチと痛みを与えるのが三度の飯よりも女よりも大好きっていう変質者がお前たちのお相手になるんだぜ」
騎士らの顔色も多少は変わる。
「だからさ……」
「拷問の前にゲロしてしまえばいい、と言いに来たのだろう」
「……まあそうなんだけど」
「ありがちすぎるぜ。にいちゃん」
「失せろ失せろ!お前みたいな三下に用はねえよ」
「消えろゴミカス」
うっ……我慢だ我慢。
「小官はこれでも町の責任者を務める者だ。よって事と次第によっては便宜を図ることもできるのだ」
「ほう……」
「こんな若造が?ウソだ信じられん」
「お前らだって十分若造だろうが。まあいい。多くは言わねえが、どうする?ここで先のない拷問を受けて、体を欠損させ、哀れ奴隷としてもっと南の深蛮斧にまで売られるか。とっとと吐いて拷問だけは回避するか」
「……」
「……」
「なんか言えよ」
「にいちゃん、判断の前に一つ教えろよ」
「なんだよ」
「俺たちの、他の捕虜はどこにいる?」
くくくっ、来たぞ……悩んだフリをしてやる。
「えーと、なんだ。場所は言えないのだが……」
「おいおい別に知ってどうしようって言うんじゃねえ。こんなんじゃどうせ逃げられねえしな。ただ同胞だから心配じゃねえか。聞きたいだけさ。別に答えられないなら無理にとはいわん」
「ワカった。なら言わない」
「……」
「……」
「……」
「ウソだよ。教えれば、尋問に応じる?」
「尋問?」
「拷問はしないよ。責任者として約束する」
「なんでそんな提案を?」
「これが戦争になるかもまだワカらんしな。単なる小競り合いで終わるなら、恨みは残さない方がいいだろ」
少し関心したように極めて小さく頷いた一人が、おれを見た。
「……ワカった約束しよう。で、無事なのか」
「よし、男と男の約束だぞ……ああ、生きているし無事だよ。捕虜の身分は明かせないが、拷問なんてのも一切させていない」
「どこにいるんだ?」
「町の中央にある庁舎の塔、の一室にいる……どうだ手厚いだろ」
「塔か。塔は夜冷えるよな。この季節じゃ風邪ひくぜ」
「そこまでは責任持てないが、病気にならないように配慮はしている。ここと違って暖炉だってある。まだ捕虜は使っていないようだがね」
「ほう……塔の上の方は冷えるのにな。客間のようだ」
「……」
「……」
「尋問を始めてもいいかい?」
「ここでか?まあ構わんよ。約束だからな」
「名前、所属、所属の目的、上司について。さっ、教えろよ」
「てめえは俺たちが本当のことを言うと思っているのか?」
「本当、度し難いアホだな」
ぐっ……我慢……我慢。
「別に本当の名を言う必要はない。おれも上に報告しなきゃならん。だから、まあ、要は通じれば良いんだ。違うか?」
「……」
「……」
「……なるほど。それならば。俺は軍事拠点統括責任者心得男だ」
「ふんふん、軍事拠点……統括責任者心得男……と。で、お前は?」
「ええと」
「こいつはクソの庁舎隊長ノ介……よろしくな」
「お笑いな名前だ」
「なぜ?」
「秘密……次は所属だ、ちゃんとイイ子に言えるか?言っとくが、ウチが戦ったお宅らの軍の名前くらいは頭に入っているからな、頼むぜ」
「……所属は西の境の大勝利軍団満月連隊カチ割り小隊。俺は小隊長、こいつは平だ」
「そんな連隊あったか?」
「最近できたんだ」
「あっそう」
「あ……」
「?」
捕虜から尋問内容を書き記す庁舎隊長の後ろに、巨体の影が現れると、騎士二人は口をつぐんだ。殺気を感じたのだろう。遠く覗き見る私にも伝わってくる。
いきなり死闘が始まった。巨体の男は庁舎隊長を殺すつもりで、背後から斧を振り下ろしたが、庁舎隊長は巧みに躱し、相手の足を引っかけた。バランスを崩した巨体は牢獄の柱に頭を打ち、倒れた。
さらにもう一人、戦斧を振り回す男が現れた。横に一振り、二振りと庁舎隊長は紙一重で躱す。どうやら腕っぷしに優れているという話は伊達ではないようだ。その時、男が屈んだ。背後から轟音とともに、手斧が飛んでくる。が、庁舎隊長は難なくその柄を握り取る。
「見事」
つい、つぶやくほどに、信じられない動体視力である。
手斧を得た庁舎隊長は一転攻勢に出る。速度が違う。が、殺す気も無いようで、相手の戦斧だけを狙っている。武器が破壊された。
「お前ら酔っぱらってんのか?命だけは助けてやるから失せろ」
自信満々でそう言い放つ庁舎隊長。どうやら暗殺は失敗の様子。下手人がへへ、と下卑た笑いを浮かべると、急回転、走って逃げだしたが、
「殺れ!」
その瞬間、地下牢の壁や天井が崩れ始めた。
「あ!」
命の危険を感じたツバメが、私の統制から脱して逃げ出してしまった。こんなこともあろうかと、二発目の鳥は待機していた。直ちにアトリが飛ぶ。
凄まじい建物の崩落だった。今ので庁舎隊長は死んでしまっただろうか。となると、後任の責任者はより質の悪い他の隊長らになる。それでは何より前に、私の身にとって不都合になるだろう。それに私の部下と見覚えのある捕虜、生きていて欲しい。私は急いでアトリの意識を牢獄へ向ける。
崩れ落ちた建物の前で、蛮斧の男たちがぐへぐへ笑っている。絵に描いたような蛮性の発露で、記録に値する。
「殺ったか?」
「これじゃ、生きちゃいないだろー」
「あの野郎、ざまあだぜ」
強い悪意を鋭く感じる。三人の隊長たちの声だ。この事態は彼らの仕業で間違いない処、何か仕掛けがあって、建物を崩落させたに違いない。
当然と言うべきか、誰もが見ているだけで助けようともしないが、城壁隊長と呼ばれる男が走りやって来る。
「何をしている!生存者が居るかもしれん!救出だ!石ドケロ!」
怒りで早口になっている。この人物は、他の悪人達と毛並みが異なるようだが、彼に巡回隊長が近づいて、非難を始めた。
「城壁隊長殿。城壁が崩れたぜ」
「ああ」
「あんたの管理不足だな」
「調べてみなければ、何もワカらん」
「そうだな。よく調べると良い。だが、これは責任問題になるぞ」
「責任から逃げたりはしない」
「いいねご立派だ。聞けば中では、庁舎隊長殿、ああなんていったっけ。軍事拠点統括責任者心得殿が捕虜を尋問中だったそうだぜ」
「なに!」
「ホントだよ、なあ」
げひゃげひゃ笑って答える蛮性一同。絵に描いたが如し悪の姿である。
「何故ヤツが尋問などしていたのだ!ガイルドゥム!ヤツはどこだ!」
「知らねえよそんなことは。ただ、この事故でこの町一番の役職者が死んだら……あんた、責任とりきれるのかね」
巨漢の男が指を陰湿に回し、城壁隊長を指差す。
「まさか貴様ら」
「何だよ。何か別の話か?」
「呼ばれたかな、呼ばれたかなって思ってんだよな。ひっひっひっ、ひっひっひっって笑ってるけど、何か、何か楽しい話してんのかな、してんのかなって興味津々でさ。俺も、俺も混ぜてよ、混ぜてよって言ってるからさ、話の輪に入れてくれよなあ」
現れた肥満体の出撃隊長が、城壁隊長を威圧し始める。それを補給隊長がニヤニヤ見ている。なんとも見苦しい場面ではないか。
しかしこれだけ内部に問題を抱えた軍隊なのに、戦争では容易な相手ではない。戦場に出ることのない私にはワカりえないことがあるのだろうが、この謎もまた解き明かさねばならないだろう。
その時、私は瓦礫の下の生命反応を感じた。そして、石が下から押しのけられると、瓦礫の中から庁舎隊長が出てきた。捕虜二名と気絶した暗殺者を抱えている。余りに劇的な展開に、私は年齢も忘れ、笑い声を上げながら手を叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます