第7話 朝食に誘う男/偽善の女

 あからさまに生きてたのか、という顔をする巡回隊長。近づいて悪態を吐く。


「チッチッ生きてやがったか」


 庁舎隊長は咳き込みながらも片手を上げて陽気に応じる。あちこち負傷している様子だが、大事は無さそうだった。それに、背筋を伸ばしてしっかりと立ち堂々としている。これが必死に這いずって出てきたのであれば、このまま無言で殺されていたかもしれない。庁舎隊長は演出家の素質もあるようだ。


「よく生きてたな」

「まあね。コイツらもな」

「……」

「牢獄は頑丈に出来ているもんだ。鉄格子は壊れたけどな」

「へえそうか。で、やる気かい?」


 殺意を向ける巡回隊長。この男の悪徳は中々のものである。が、庁舎隊長はこの殺意すら躱して除ける。


「やらないよ。補修は無理だな」

「そうじゃない」

「ああ、急に崩れ落ちたんだ。災難だった。でも、誰も死んでないからラッキーだったとも言える。まあ、よかったよ。よかったよかった」

「……」

「で、補修の件だが、これじゃ無理だな。ここを修復するより他に牢獄を造った方がいいだろ。そこで城壁隊長」

「なんだ」

「崩落の調査を命じる。あと新しい牢獄の選定を進めてくれ」

「……」

「おい聞いてんのかよ」

「ああ、ワカった」

「新しいトコが決まるまで、この捕虜二名については出撃隊長が預かるように」

「なんで俺が!」

「こんな事態になった以上仕方ないだろ。それにお前が捕まえて来た連中だしな。これは全て命令だからな。業務命令だ。忘れんなよ」

「……」

「聞いてんのか?」

「ひっひっひっ、何が業務命令だ。貴様とは同格だろうが」

「前はな。しかし、おれは功績を挙げたんだ」

「威張んなよ、女一人捕まえただけだろ?」

「ああ。結果、今は違うぞ」


 この言い方は不味いかな、と感じる。逆に言えば私を始末すれば、功績は取り消し、とも彼らには取れるかもしれない。


「軟弱な光曜など話にならないおれたち蛮斧の軍人なら、命令には従えるよな?」

「……」

「当然だな。じゃ、後はよろしく。それと、勝手に捕虜を痛めつけたりするなよ。聞きたい情報はすでに聞き出せたが、また追加で尋問をすることもあるかもしれないから。拷問も、新軍司令官の着任を待て」


 既に尋問はしたのか。さて、この興味深い人物はどんな情報を得たのだろうか。




 おれがそう言うと、捕虜二名は目を大きく見開いた。あの程度の情報で?という顔だ。


「はい、各々解散」


 颯爽と歩き出すおれ。背後から凄まじい凝視を感じるが、ここは無視するのがいい。我ながらカッコイイ……ぜえ。


 ヤツらの下手人がおれを殺しに来た以上、即時開戦を避けるには、公的には事故だと処理して、水に流すしかない。とは言え、


「う、いててて」


 右肩を強く打った。目が覚める程痛い。落石の直撃は幸運にも避けれたとは言え、我ながらよく生きていたと感心するよ。穴の空いたパズルのような空間が無かったら、と思うとゾッとする。



 次の日の朝、都市を爆走する男の気配で目を覚ます。出勤すると、おれを狙った巨体の男が行方不明になっていることをトサカ頭から聞いた。連中が始末したに違いなく、相変わらず酷いことするなあ、とぼんやりしながら、チーズを挟んだパンをかじりながら。気まぐれが浮かぶ。女宰相の様子を見に行こう。市庁舎の塔の最上階では、ちょうど下女が退室するところ、朝の身支度は終わったらしい。




「閣下、どうもおはようございます」

「あら、おはようございます」


 食事を始める前から、彼の訪問はワカっていた。彼が食料を手にやってきたことから、何を言うのかも。すなわち、朝の食事をご一緒できればと。


「朝の食事をご一緒できればと」


 正解。昨日の今日だが、今朝の調子は良いようだ。


「話し相手になって下さるの?」

「ええ、まあ。うひっ」


 奇声。体の左側を庇っている。無傷ではなかったようだ。


 蛮斧の質素で粗末な食事を供に、庁舎隊長との会話を楽しむ。なるほど。理知はないが、話は自然で無理が無い。無礼な点もあるが、この身分状況差で許容できる範囲を無闇に越えたりはしない。テンポも良く、時にわざと雑な話し方もする。ユーモアとも無縁ではない。頭の良い男だと思う。少なくとも、他の隊長たちとはかなり性質が違っている。この人物を臨時の後任としたのが例の軍司令官か他の誰かはワカらないが、良い選択だとも思う。


 純粋な興味の元、ふと私は挑発を試みてみたくなった。


「ところでタクロ君。何か私に聞きたいようだけれど」

「え。ワカります?」

「何かソワソワしているようだから」


 言うほどソワソワしてはいないが、この好人物はそんなフリをしてみてくれる。


「ええ、まあ。貴国の王太子?殿について」


 これはまた、尋問で出る話題ではなし、以外なトピックだ。


「何を知りたいのかしら」

「別に何がというわけでは。ただ、貴国から引き上げてきた連中が、王太子殿の噂をしていたもので」


 不誠実にからかっているだけではなかったようだ。


「それはどのような?」

「貴国領内で蛮斧人を追っ払った層が、王太子万歳、と掛け声をしていたとか」


 この話題は私に関わる。無難にいなさなければならないだろう。


「当国の現国王は平和を尊重してきましたからその反動でしょう。つまり、貴方の言葉ではありませんが戦争を期待する一定層にとって、次代の国王となる王太子に政策の転換を期待したいのでしょう」

「ほほう、戦争万歳の光曜民が多いとは」

「多いとは言っていませんよ」

「逃げて来たヤツらは大体同じことを言ってましたので。ああ、若くないヤツらが多かったとも。こりゃ、この戦争も長引くかな」

「貴国の方々は年代問わず、みな戦いを望んでいるのでしょうが」

「光曜は違うのですか?」

「もちろん」


 明らかな嘘でこの話を打ち切りたいが、


「なら何を望んでいるので?」


 ふと、我が息子の顔を思い出す。若者である彼が何を望んでいるのか、私も良くワカってはいない。


「正しい方法によって、より裕福になることでしょう」

「それは我らも同じですよ……もしかして戦わずしてそうなりたいと?後方で安心しながら?それは無理ってもんです」

「裕福になる正道は戦争だけではありませんよ」


 光曜では。しかし蛮斧では?


「まあ、貴国ではそうでしょうが」

「我が国の全てが貴国に勝っているとは言いませんが、日々の労働を尊ぶ、この点でも真似することができれば、両国の関係も自ずと変わってくるでしょう」

「まあ、そんな希少な連中は貴国から追放されちまったけどね。勤労者どもが河を南に渡った以上、蛮斧戦士に逆戻り。我が国にとっては兵力増強になる」

「戦争ともなれば、致し方ないのかもしれません」

「つまり、貴国の王太子は我々蛮斧の連中と仲良くやっていく気はない、ということか」

「そんなことは言ってませんよ」


 当たっている。ここは強引に話を変えよう。


「それよりタクロ君。怪我をしているようですが」

「え」




 この会話は有意義な話になった、とおれが満足していると、怪我のことを指摘されびっくり。肩を庇っていたのを気取られたのか。


「先の戦いの怪我では無さそうですね。私を捕らえた時のあなたは、怪我をしていなかったし」


 うーん、鋭い女だ。


「私をこの部屋に案内した時も、無かった怪我ですね。つまり、昨日今日の怪我」

「いや、まあ、その、なんだ」

「喧嘩はだめですよ」

「け、喧嘩?」

「若いのですから、多少は仕方無いかもしれませんが」


 これはすっとぼけだろぉん?この都市の責任者たるこのおれ様が喧嘩などするか!……したけど。うーん、この塔から例の牢獄は見えるはずもないのだが。


「責任ある地位にあるのですから。私も、あなたが別の人物に代わるのは不安だわ」


 おや。


「へえ、どうしてです?」

「あなたとは上手くやっていけると思っているからですよ、タクロ君」


 どきっ。


「こ、こうやって話が弾んでいるから?」

「弾んでいるかはともかくとして……この町を管理している他の方を良く知りませんし」


 なーんだ。おれに気があるんじゃないの?それもそうか、美人で子持ちの人妻宰相だしな。それにしても……本当に美人。見れば見るほど。成熟した美人だ。ぐびっ。


「おや、何か鳴りましたか?」

「いいえなにも」



 その後、女宰相はどこか素っ気ない感じになり、話を展開する空気でもなくなったため、おれは朝の食事を切り上げることにした。思わず唾を飲み込んだのがバレたのかな。


 しかし、気にかかることもある。なぜあの女宰相は、この都市に残る光曜人の安全無事について確認しないのだろうか。光曜を追われた蛮斧人がいるように、絶対数では少なくとも、蛮斧の世界に生きる光曜人もいるんだがなあ。それに、おれが光曜国から蛮斧の民が追われている話をしたにも関わらずである。


「あーあ、せっかく保護してやっているのになあ」


 甲斐がない。それとも、おれが光曜人を害していないとすでに知っているのだろうか。おれの他、話し相手はあの下女だけなのに?塔の階段を降りながら、下女のいそうな場所を思い浮かべていた。

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