第9話 責任を感じる女/構える男

 手の平を拳で叩き、闘志を燃やす。上から目線であれこれするのは実に楽しい。


「よーし、尋問を始めるぞ。言っとくが、おたくの上司の許可は得ているからな」

「か、閣下」

「大丈夫。信用しなさい」

「し、しかし」

「ここは敵地。敵とは言え信用できる相手がいることを幸運に思いましょう」

「……」

「良いですね?」

「は、ははっ」


 尋問開始。


「お前の相方、何者だ?」

「……」

「おい」

「……とある高貴な方が付けて下さった者だ」

「高貴な方……さしずめ王家の人間か?」

「……」

「おい」

「うっ」


 嘘を付けないヤツめ。


「光曜……王家の……何者だ?」

「そ、それは……言えん」

「上司の許可がある」


 横を向く騎士スリーズに、女宰相が一言。


「もしかして」

「はい、閣下。今際の君です」


 コイツ……


「今際の君?聞いたことがあるような」

「現王に連なる叔父君です」

「ふーん。で、ヤツはなんでここに来なかった」

「私と違って前線で戦うタイプではないからな」

「それだけじゃないだろ」

「そ、それだけだ」

「ウソつけ。お前、ワカりやすいぞ」

「う……」

「おう!ちょっと調べりゃワカんだぞコラァ!」

「ちょっと、タクロ君」


 女宰相の冷たい声が飛ぶ。


「チッ、優しい上司がいて良かったな。それで?」

「そ、それでとは?」


 焦った顔を隠せない騎士。この反応はワカりやすくて可愛いが、


「知っていることを全て話さなければ、お前はこれからここで監禁だぞ」

「うぅ……」

「常時、こちらの上司と二人っきりだ」

「……」


 鼻が膨らみやがった。それも構わないというわけか。だが、そんなことはおれが許さん。


「噂を流すぞ」

「くっ」

「流すからな」

「や、やめてくれ。いや、私は構わないが、閣下の名誉が」

「美貌の女宰相が敵国の劣悪な牢獄で部下と二人っきり。密室の男女、長期の捕囚、当然何も起こらないわけがなく……」

「やめろ!」

「へぇ、なんだ、嫌なのか。嫌みたいですよ閣下」

「え!い、嫌ではありません、少なくとも私は!」


 真っ赤になり、両の人差し指を立て女宰相に弁解を始める騎士スリーズ。うーん、コイツは正直でイイヤツだな。人格的に好感が持てるぜ。


「全て話せば無事に解放してやる。宰相閣下の待遇も悪くはならない。観念しろよ、なあ?」


 がっくりとうな垂れると、ポツポツと話始めた。




「あの男は……魔術師だ」

「ほーん、閣下とおんなじすね」


 私を見る庁舎隊長。やはりこの流れになるか。しかし、部下を救うにはこれしかない。


「腕の良い魔術師だから……遠視ができる」

「遠視?遠視って?」

「離れた場所を視る技術だ」


 これで庁舎隊長も私の能力について関心をもつだろう。


「へえ……さすがは光曜の魔術師様だが、んなことをしてどうすんの?」

「宰相閣下の牢獄の位置を確認して……」

「もうお前がここにいるのに?」

「次は攻略のためのルートを策定して……」

「あ、そういうこと。魔術師なのに、確認ばっかなんだな」

「外に潜んでいる部隊に情報を伝えている」

「外?」


 瞬きを繰り返す庁舎隊長。


「部隊?」

「宰相閣下救出部隊だ」

「嘘だろ?」

「いいや、本当だ」

「んなこともできるのか」

「魔術師だからな」

「なんでもありか」


 外で喚声が上がった。兵士たちが干戈を交える音だ。振り返った庁舎隊長、スリーズに指を突きつける。


「外の騒ぎに乗じて、宰相を奪取する作戦か!」

「まあそうなんだが」

「他に何がある」

「今際の君は、この町も攻め落とすつもりだ……」

「マジか!その王族、光曜中央の軍でも率いているのか?」

「いや、ご自身の独立部隊だけだ」

「随分とナメられたもんだな」


 明らかにイラッとした庁舎隊長、スリーズの首を掴み、出口へ向かう。


「お、おい!」

「どうするのですか」

「これでも軍事拠点統括責任者心得ですからね。行かなきゃならんでしょう。閣下の名誉の為に、この部下殿には退出してもらいます。あ、危害は加えないと約束しますよ」

「こら、離せ!」


 二人が退出した。とりあえず、魔術師である私自身も遠視を駆使していたことは露見しなかった。また、あの分なら騎士スリーズも無事に退去できるだろう。


 私は予め捉えていた衝力を込めたカラスを夜空に送り出し、戦場の様子を追う。



 城壁は東の一角で火の手が上がっており、攻める側が押している。さすがは今際の君である。肥満体の蛮斧戦士が大声で指揮を取っているが、


「何やってんだコラ!守りきれ!」

「ダメです!このままでは城門が破られます!」

「城壁隊長は何してんだ!まだ寝てんのか!」


 太った体を震わせている。旗色が良く無いのだろう。崩れかけの城壁の上に、光曜の軍旗が翻った。


「しかたない。ここを撤収する」

「え、て、敵前逃亡ですか!」

「馬鹿ッ!」

「ぎゃっ!」


 斧が飛び回り、諫言した部下の首をあっという間に刎ねた。恐ろしい男だが、ここは引くという。


「へ、へへへ。タクロの野郎とスタッドマウアーの失態だよなあ、これは」


 呆れた発言だが、そう言う面も否定できないのだろう。


「捕虜の男たちはどうしますか」

「捨てよう……あ、いや、憂さ晴らしに首を刎ねよう。案内しろ」

「承知!」


 まずい。今際の君の部下が殺されてしまう。といって、庁舎隊長もスリーズも居ない。私が救わねばなるまい。


 すでに新しい捕囚の部屋は突き止めてある。建物を旋回して、鉄格子のみの窓から侵入すると、今際の君の部下は、頻りに外部との連絡を取っていた。私は魔力の流れに割り込み、カラスに言わせて曰く、


「蛮斧の出撃隊長が貴方の命を奪いにやって来ます!」

「な、ななな」

「急ぎ脱出を!」

「マ、マリス様ですか!?」

「そうです」

「ば、バレましたか!?」

「いいえ。ですが対策を」

「し、しかし……」


 上下左右を見渡して、


「に、逃げ場がない!」


 ならばスリーズはどうやって抜け出したか、興味深いが、時間がない。


「では壁に穴を空けて脱出を」

「もうそこまでの力は残っていなくて……」


 彼は今際の君の誘導に力を使い過ぎているようだ。迷う間にも、凄い勢いで巨体が近づいてくる。音が凄い。仕方ない。


「では私がこの牢に穴を空けます。それで逃げなさい」

「で、ですが我々は貴女様を助けに」


 躊躇している暇は無く、壁に向かいカラスの魔力を解放する。同時に、そう遠くない場所で響く爆発音を聞きながら、私の意識は切れた。




「なんかでかい音がしたな。あんた、前線に行かないのか?」

「その今際の君とやらは、ここを目指しているんだろ?」

「ま、まあ」

「ならおれが動けるわけない。この都市のボスとして、対峙してやらにゃな」

「……」

「スリーズ君」

「……」

「おい」

「わ、私か」

「そうだよ。他に誰がいんだよ。心ここに在らずじゃないか」


 すると遠い目をしたスリーズ君、切なげに口を開いた。


「閣下は……ここから出る気が無いようだったから」

「へえ、やっぱだな。おれも同じ感想を持ったよ」

「命懸けで侵入したのに、虚しくなっちゃったよ」


 落ちた肩を見ていると同情してしまう。


「まあなにか事情があるんだろ?」

「私は……何も聞いていない」

「言えない事情がさ。だから、その今際の君の軍隊がここに来たら、無事追い返すのが、彼女の希望に合うはずだ、とおれは思っている」


 切なげ騎士は急に立ち上がると、勝手に憤慨した。


「そもそも、閣下ともあろうお方が、なんで蛮斧如きの捕虜となったのか!」

「ご挨拶だなあ」

「知らんだろうがな、閣下は強いんだからな!光曜最強の魔術師なんだぞ」

「へえ……それは知らなかったな。実は彼女を捕らえたのはおれなんだよ」

「なっ!」


 後退りするスリーズ君。


「た、戦って勝ったのか?」

「戦ってなんかいないよ。戦場で包囲したら大人しく捕虜になってくれたのさ。もしかして、手を抜いていたのかな」

「そうだ、そうに決まってる」

「あるいは、彼女は平和を維持したいんだろ?その為に何か考えてるんじゃないの」

「何かって」

「知らんけどさ。まあ、あれだけのゴージャスな女なんだ。丁重に扱うと約束するよ。蛮斧人、ウソ、吐かない」

「ふ」

「?」

「ふふふ」


 今度は不敵な笑みを浮かべる騎士。


「あのな、今際の君も、凄いお方だからな」

「へーえ。でも歳食った王様の叔父貴っつーならジジイだろ。チョロいぜ」

「お前、簡単に撃退できるようなことを言っているがトンデモない。ハッキリ言ってヤバいぞ」

「え」

「命が無事ならいいがな」

「げ……ど、どんなヤツなんだ」

「そうだな、まず」

「……」

「秘密だ」

「おいおい」

「どうせすぐ、ここにお越しになられる」

「おい、どこへ行く」


 遠慮なく、本当に去ろうとしてやがる。捕虜のくせに。


「閣下と約束したんだろ?お言葉に甘えて私はとりあえず退散する」

「救出はいいのか?」

「いい」

「いいの?」

「閣下にお考えがあるのならそれでな」


 健気な言いように、また同情を覚えちゃう。


「その……今際の君を待ってなくていいのか」

「いい。場所を特定するという任務は果たした。それに」


 騎士スリーズ、歩きながらポツリと溢した。


「実は私も苦手なんだ」



 語る相手も去り、東の戦場方向を眺め、一人寂しく待つ。庁舎の守りは完璧でない。夜で士気が低いし、番は居眠りをしているし、城壁が襲われたせいで、防衛力はそちらに気を取られている。


「いざとなったら逃げようかなあ」


 その東側から馬の蹄の音が響き渡る。音がするのだ。次の瞬間、馬に引かれた戦車が激しくドリフトしながら姿を現した。

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