第10話 追い詰める男/瀬戸際の女

 おれが何かを指示したり確認したりする前に、騎兵が勢いよく迫って来る。連中が手に持つ得物は槍、刺突攻撃だ。おれの考えでは槍は斧に弱いと相場が決まっている。よって、安心して迎撃してやる。


パカーン!

パカーン!

パカーン!


 斧を振るって槍を叩き折る。これで時間が稼げるだろう。一体何の為の時間稼ぎかは自分でもよくワカらない。


 すると、戦車の中から声が響いた。


「小僧、道を開けろ」

「だ、ダメです」


 声の渋さに思わず、敬語で吃ってしまった。


「かかれ!」


 まずい。斜め左右から複数の騎兵が仕掛けてくる。これは……庁舎内に籠城するしかないか。が、脚の疾い騎兵が背後に回った。退路も無く、このままだと挟み撃ちに合ってしまう。


 仕方ない。


 ならばと斧を戦車に向かって投げ放つ。ドガッと車内に斧が飛び込むと、大将を案じる騎兵たちの視線が案の定戦車へ集中した。この隙にダッシュで庁舎内へ避難する。セーフ!


 扉を閉め窓から外の様子が見える。どうやら今際の君というジジイに、斧は当たらなかったようだが、


「何をしている、建物から駆り出せ!」

「では火を!」

「馬鹿者!マリスまで殺す気か!中に突撃して白兵戦だ!私も行く」


 おっ、女宰相を助けに来たこと確実な上、名前で呼んでやがる。彼女、夫は亡くしていると言ってたし、女宰相の今の男だろうか?ご尊顔を拝んでやろう。


ガシャ


 戦車から出てきたのは全身鎧の男だった。顔は全然見えない。が迫力凄まじく、槌を振るって庁舎の扉を破壊にかかってきた。


ドーン!


「うわっ!」


 あっという間に扉がひしゃげ、庁舎建屋が振動で揺れる。まずい、このままでは突破されてしまうぞ。


「マリス!今助けるぞ!」


 破壊音にかぶさる良いセリフだが、恐怖が先行する。人間一人で扉を破壊するなど、とんだ怪物だ。


「マリース!」


ドーン!


「う、うーむ、どうしたものか」


 この都市の隊長どもは揃いも揃ってクズぞろいだが、城壁隊長殿はちったあマシだろう。迎撃には来る、他は期待できないが。それまでの間、あの全身鎧からどう逃げるか……あ、早速名案を思い付いた。天才だなおれって。


 夜の今時分、庁舎には、戦闘の役に立たない一部の使用人たち以外ほとんど人は残っていない。連中を地下に避難させたのち、おれは今際の君を待つ。何度目かの破城の結果、


ドギャッ!


 ついに扉が吹き飛び、敵が侵入を開始。


「マリスは塔の最上階にいる!階段の場所を探せ!」


 敵の目的がワカりゃやり易い。


「おい、階段はこっちだ」

「なに……むっ!」


 さっきと同じく、斧を投げつける。が、全身鎧は槌の柄をちょいと動かし、簡単に弾き返してしまった。跳ね返った斧が、後ろの部下の顔面に直撃し、大変なことになった。


「ひぃぃ、ひぃぃぃ!」

「黙らせろ!」

「あ、悪魔か」


 逃げるおれを全身鎧が追ってくる。ガチャガチャ音が鳴るため、幸い距離を取ることは容易い。さっきの跳斧の被害で、部下どもが三歩引いているのも好都合だ。


 塔の階段を駆け上がる。下から、ガチャガチャ鎧が上がってくる。


「敵は袋の鼠だ!」


 ご機嫌の様子。


「そしてマリスも、この先に居る。絶対救出するのだ!」


 なるほど。今際の君と女宰相の関係は不明ながらも、あの鎧は熱意と決意を持って、自ら先頭に立って彼女を救出にきている。その志、敵ながらあっぱれだ。


 だが、この螺旋状の階段には罠があるのだ。おれの勝利は約束されていた。相手がどれだけの豪傑でも、高潔な紳士でも、この階段を登り始めた時点で負けなのだ。


 階段から、応接の間に至る石床は一見ワカりゃしないが構造上渡しになっている。よって先に渡ったおれがこれを外して下に落とせば、後列の敵は先に進めない。特に、全身鎧野郎にジャンプできるはずがない。やれるもんなら見てみたいぜ。


「もうちょいかな……」


 鎧の音で距離を測りながら、おれは石壁に設置されたスイッチを引く。


ガコン


 石床が静かに落下していった。そして、


「え!」


 全身鎧の今際の君は、床が無くなった階段に立ち尽くすのみであった。




 私は自問する。地位と名誉を危険に晒してまで、自分が何を目指しているのか。仮説の検証か、真実の追求か。いずれにせよ、結局は自己の欲望を追求しているに過ぎない。


 息子がいる。娘もいる。もし名誉ある地位を失い、祖国に負担をかけることになれば、二人ともその立場を失うだろう。部下たちや支持者たちも同様だ。私が危険を冒すことで、彼らの幸福を脅かすことになる。しかし、それでも好奇心が胸を突き上げるたびに、私は前進を続けてきた。


 私は再び問う。この先、後悔しないか。愛する人々が無惨に打ち倒される光景を思い浮かべると、胸が張り裂けそうになる。後悔せずにいられるだろうか。思わず目を閉じ、耳を塞ぐ。


 すると遠くに誰かが言い争う声が聞こえる。しかし、どちらかというと、笑い声が大きく響き……




「道を落とすとは!」

「ふぇーっへっへっへ」

「卑劣な蛮族め!」

「ふぇひっふぇひひっ」

「生きていて恥を感じないのか」

「いいね、いいね。もっと言ってくれ。それだけおれの格が上がるぜ!」

「チッ!渡せるものを持ってこい。弓兵前へ!」

「ダメです!ここは狭すぎます」

「ならば私の後ろから撃て!あの男を射殺すのだ」


 弓兵が構えた。おれは応接の間への外扉を盾に隠れると、相手も弓を射る気概を無くしたようだが、


「そうだ。構えてろよ。この隙に道を渡す。早く板を持って来い!」


 なるほど。戦い慣れているさすがジジイ、さすジジ。挑発してみるか。


「チミチミしかしだね。板を渡したとして、全身鎧のジイさんが乗ったら、大抵の板は折れるんじゃないの?」

「板を重ねれば大丈夫だ!」


 効果無し。若造とは違うぜ。


「な、なるほど。そうかもしれんけど、見ろよ。この庁舎に飛び込んできたお前らを狙って、おれの部下どもが集まってきているぜ」

「なに」


 城壁隊長が下で庁舎を包囲し始めている。全身鎧はおもちゃの人形みたいに下を覗き込む。どこか愛嬌があった。


「お前らの陽動の効果が切れたのなら、さっさと逃げた方がいいんだぜ?」

「……」


 勝った。そう確信したおれであった。


「マリス!」

「うわっ」


 凄まじい大声に耳が痛くなる。


「聞こえるか、私だ!」

「助けに来たぞ!マリス!」

「内側からこの不埒者を如何にか出来ないか!そうすれば、私たちがお前を支援できる!」


 お前、と呼ぶ仲らしい全身鎧だが、確かにそれはまずい。内扉が開けられれば、挟まれるのはおれではないか。応接の間に逃げ込むのは得策ではない。まさか、詰んだか?


 だが、反応はなかった。


「マリス!返事をしてくれ!」


 やはり反応がない。女宰相は寝ているのだろうか。いや、これだけの騒動が起こっているのだし、さっきあんなこともあったんだし。おれも訝しんでしまうがどうしたのかな?


「……貴様、捕虜を虐待しているのか!」

「え!し、してないよ」

「返事がないではないか!虐待をしているからだろう!」

「まだしてないってば」

「まだ!?おのれ、あれだけの美女だ。野獣のような貴様ら蛮斧どもが手を出さないはずがない。特に気がかりだったのだ!」


 全身鎧が石床を踏みつけ、振動が響く。


「た、確かに別嬪さんですが、おれは何も」

「野蛮人の蛮性に蹂躙される前に、と思って駆けつけたのに……くっ」

「おいおい、おっぱいどころか、ケツだって触ってないよ。拝めてすらない」

「子供達になんて言えばいいん……だッ!」

「聞けよ。お、いや私は無実……です!」

「ああ……」


 ちっ、聞いちゃいない。が、確かに女宰相がどうしているのか、気になるところだ。もしかして既に脱走しているのか?


「閣下!階段前で敵と交戦中!板はこの一枚しか確保できませんでした!」

「仕方ない」


 板が架けられると、闇夜に差す光のように、道が通った。まずい。そして光曜の弓兵はまだおれを狙い構え続けている。


 頼りない板の上を小さな風が吹きぬける。


 ごくり……


 運命の一歩を踏み出す全身鎧。ヤツが渡れたら、女宰相が何を考えていようと、おれは応接の間に籠城するしかなくなる。抜けろ、抜けろ!


 全身鎧は板の上に立とうとしている。両の足で。たっ、たっ……立った。


「……ふ」


 抜けてくれ頼むよ……


「う」


 全身鎧が妙な声を上げた。何故か?甲冑のせいで表情までは読めない。


「あ↑」


 次の瞬間、板が折れる音とともに、全身鎧の男は地上へ向けて落下していった。


「よし!よしよし!」


 嬉しさのあまりポーズを決めてしまう。と、同時に弓兵の矢が放たれた。


 しまった。不思議と風景がゆっくりになる。体の動きもゆっくりだ。人間、死を前にすると不思議な現象に遭遇するというが、これだろうか。


 ゆっくりゆっくり、矢が眼前に迫った時、背後から風が吹いた。風は矢を巻き込み、塔の下へ吹き抜けていく。そのためだろうか?全身鎧の墜落音が聞こえないまま、静かに時が過ぎた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る