第15話 ビジョンを見る男/発信する女
「いや、閣下すごいすねえ!」
「まるで空を飛んでるみたいだ」
「魔術凄げえ!」
私はカワラバトを光曜境上空まで飛ばし、直接捉えた鳥の視界を変換している。共有されたビジョンを前に、庁舎隊長は大いにはしゃいでいる。
「これが光曜境の町です」
「凄い凄い。町の人間が粒のようですよ」
熟練の魔術師でも無ければ、見ることのない風景ではある。心の底から感激している様子の庁舎隊長だが、どこか嘘臭さを感じなくもない。目的を見据えているからだろうか。
「随分前に私もこの町を囲んだことだけはありますが、こんな風景なんですねえ。上から見ると見ないとでは大きな違いだ」
庁舎隊長は自身の雇用を守るため、この町を陥落させるつもりでおり、そのための方策を探っている。
「さほどでかい町じゃないとは思ってましたが、城壁は密度たっぷりすね。防衛施設もあちこち整備されてるし、町の通路も良く考えられて敷かれてるぜ。これキツキツだよ」
空から実際の姿を見て、折れる心もあるだろう。事実、光曜境の町は、蛮斧に対して立地、設備、人員のどれをとっても絶対の防衛拠点である。如何に勇猛を誇る蛮斧兵でも、たかだか一ヶ月で攻め落とせるものではない。
「ええと、この町の北と西にまた別の町があって、元々はそちらの為の備えなんでしょうね。援軍もすぐにやって来る位置にある……あっ」
何かを見つけた庁舎隊長。
「ワワワ!光曜噂の大農園らしきものも見えますよ!閣下、西、西の方角を向いて下さいよ!」
要求に応えてやる。庁舎隊長はさらにご満悦だ。
「おお、すげえ。あれが光曜から飢餓と失業を撲滅した文明の到達点ですか!」
「上手い表現ですね」
実態が的を得ているとは言い難いが。
「噂の大都会は……ああ、さすがに見えないか」
他国とは言え、大都会には憧れるのだろう。
「王都も、ちょっと遠いのかな」
「ここからではそうですね」
「閣下、いやマリスさん。ねえねえ」
「何ですか?」
「今おれとマリスさんは、同じ景色を見ているってことすよね」
呼び名が一致していない。それだけ興奮しているということか。ならば付き合っても損はない。
「そうですね」
「な、なんだかデートしてる感じがしませんか?」
何を言い出すかと思えば。
「さて、どうでしょうか」
「なら町に降りませんか。よりカップルな気分味わえるじゃないすか」
まあ、この幼稚な茶番に損も無かろう。
「そうですね。貴方がどうしてもと言うのなら」
「ど、どうしても」
「ワカりました」
町に降り立つカワラバト。すると、いきなり鋭い首振りで虫を食べ出す。
「ぐわっ。なんです今の」
「鳩が食事をしたようね」
「おれも虫を食った感じがする。ペッペッペッ」
「それは本当に気のせいですよ」
「虫を食うなとコイツに言ってくださいよ」
「きっと、お腹が空いたのよ。仕方がないわ」
ポッポと鳴きながら、カワラバトが石畳の上を歩き出す。
「うーむ、鳩臭い」
「あら、嫌ならもう止めますか?」
「閣下!町は貫いていないけど、あっちが大通りですかね!行きましょう!」
そこには光曜境のやや殺風景な街並みがあった。防衛主体の軍事都市だから、観光などありえないのは仕方がないところ。だが、人が立てば店が並ぶ。光曜の物産が置かれている。庁舎隊長は全く気にせず楽しそうである。蛮斧人ならではの反応か。
「なんだかお品の良いお店が」
「嗜好品の店ね。茶、煙草、香木、精油などが見えますね」
「女たちが好きそうだなあ」
「あら、贈る相手が?」
「ええ。マリスさん、閣下に是非」
「あら、ありがとう」
「よーし、あっ」
「どうしましたか?」
「考えてみれば買えない。鳩はカネを持ってない!」
「ふふ、私たちは相変わらず、国境の町の塔の屋上にいますからね。遠くを覗いているだけです」
「魔術とは罪深いもんで……あ!」
「?」
「閣下、あそこ!あそこの城壁下に行ってください」
「何かありましたか」
「いいから早く!」
庁舎隊長が強く声指す方向に、カワラバトが飛ぶ。そこは城壁の中でも日が差さない、あまり人気の無い場所であった。何かを見つけたのだろう。
「ほら見てくださいよ」
「どれですか」
「あれです」
「?」
「ほら、あそこで、イヤらしいことをしている男女がいますよ」
「……」
「……」
「そうね」
「あ、あっちにも!」
「そう、ですね」
「うーん、良い町ですね。光曜境気に入りましたよ。前線都市で青姦は御法度ですからね。光曜では違うんですか?」
そもそも当国では、そういった行為が行われることを想定していない、といったら馬鹿にされそうだ。
「ここは軍事の町ですから。若者が多いと、こういうこともあるのでしょう」
ここは蛮斧に近く、蛮斧人に触発されたのだ、という本音は黙っておこう。相変わらずウキウキの庁舎隊長。
「そうですよね。若いんだからしょうがないですね。しかし、鳩がしきりに気にしている。首の動きが連中の動きと連動しているように、見えませんか?」
これは無視してよい。
「この先にもまだ人の気配があるようですな」
「もういいでしょう。通りに戻りますよ」
「あ、あとちょっと」
「ダメです」
カワラバトを飛翔させる。
「ああ……あ、あの地区の名前ってあるんですか」
まさか戦いの際に進んでこの場所を目指すつもりなのだろうか。凄まじく馬鹿馬鹿しいが、これが蛮斧の為せる強さの秘訣なのかもしれない。
「知りません」
「なら、ヤリ壁(仮)と命名しときましょう」
「……」
「それともお上品に、色ボケたちの壁陰(仮)とかの方がいいですか?」
「そうね、その方が蛮斧人らしいのでは?」
カワラバトが飛ぶ。壁陰で相引き中のカップルが驚いた声を上げ、絡み合ったまま倒れた。
「ああっ、またいずれ」
「……」
驚声二つともが男のものだったことは、話題に上げる必要もあるまい。しかし、これが光曜の今を顕している、と批判者たちの声が聞こえてきそうでもある。
カワラバトが城壁下から飛び立った後も、庁舎隊長はビジョンを受けながら、あれこれ話し続けるのであった。
「感想はどうかしら」
「ええ、感想どころか結論がでましたよ」
「もう結論?それは?」
「光曜境の町には手を出すべきではないでしょうね」
「……」
一拍、遅れる女宰相。可愛い。
「でも、それはどうして?」
「あれは街というか要塞ですよ。少なくとも一ヶ月で攻め落とすシロモノじゃないです」
と、女宰相には言っておかねばなるまい。それに攻撃の音頭を取るのはおれじゃない。
「平和の裏をかいて騙し取るならともかく、今はみんな気張ってますからね。まず無理でしょ」
「なら、このままではあなたは解雇されてしまいますね」
「うーん、何か考えないとなあ」
下女が掃除のために室内に入ってきた。話を打ち切って部屋を出る良い機会だった。
その、私付きのメイドに尋ねてみる。
「ねえアリシアさん」
「はい」
「最近の庁舎隊長殿、少し様子が変わっていないかしら」
「そうでしょうか……何か熱心ではあるようですけれど」
この騒がしいところのまるで無い娘は、私に憧れている。立ち入ったことを聞いても大丈夫だ。
「他の方々と良く打ち合わせをしていると言うし」
「どうでしょうか、私にはワカりません」
憧れが忠誠心へ変わるよう、方角を示す。
「そう」
「ですが最近、城壁隊長殿とはよく話をしているみたいです。相手にはされていないようですけど」
「彼からもそんな話は良く聞きますね」
「この都市の隊長の中で、城壁隊長殿は唯一マトモな人ですから」
次の戦いを仕切る城壁隊長について、聞いてみよう。
「そう……なのね。でも、どうマトモなの?」
「まず卑猥なことを絶対にしません」
セクハラをしないのは当然だろう。
「あと無闇に他人や部下を殴ったりしません」
「……」
次いでパワハラか。これでマトモと言えるとは、やはり蛮斧軍人の質は低い。
「ウソを言い触らしたり、誰かを貶めたりも……」
「他の人はそんなことばかりしているのね」
「はい。だから戦士軍人を嫌う者は多いのです」
「でも、城壁隊長殿は違うのね」
「はい。みんなに等しく厳しいです。だから、同僚や部下には嫌われています」
もう少し水を向けてみよう。
「他の隊長も?」
「ヒドイ人達ばかりです」
「ふふ……庁舎隊長殿も?」
「部下には嫌われていないようですけど、よく喧嘩をしているようですね。野蛮人です」
蛮斧の娘が蛮斧の男を野蛮と言うのは少々可笑しさを感じてしまう。
「先日、外出を許可された時、通った酒場で見た印象では、庁舎隊長殿のファンもいるようでしたよ」
「酒場の不潔な者共にはそうなのだと思います。私たちメイドは、庁舎隊長のその点を快く思ってはおりません」
なるほど、この少女の判断基準がよく理解できた。つまり、貴女もお気を付け下さい、と言いたいのだろう。
―庁舎前広場
部下を斥候行に出した後、やる事も無くなったおれはベンチに座り、ぼんやりする。罰金の余波は大きく、酒場や悪所にも行き難い。しけてやがるぜ。
犬が横切った。トボトボしているが、エサにはありつけているようだ。女宰相に黄金を踏ませたのはコイツだろうか。
「……」
犬の次、ややあって、男と女が睦まじい様子でやってきた。不愉快満点で睨んで見れば、新軍司令官と庁舎の下女の誰かではないか。なんと花壇をバックに笑顔で語らい、楽しげである。
「HAッHAー!」
「うふふ」
訓令では陰湿な印象だったが、こうやって見ていると年相応の、線の細い、小生意気な若者にしか見えない。一体どんな経緯で着任したのか、謎は深まるばかりである。
一瞬、視線が交わった。おえっ。が、新軍司令官はおれに気を留めず、下女と笑い合いながら歩み去っていった。ちっ、ここをどこだと思っているのか、破壊と暴力の支配する国だぞ羨まけしらからん。下女も下女だ。オフィスラブは禁止のはずだろ。
下女とは言え公的な仕事を得ている女たちは、それなりに有力な部族の出身者だったりする。だから有力族長や強い戦士が美女を得る世界、比率的にカワイイ女が多い反面、強引に誘うことは難しい。復讐されては元も子もない。よって憂さを晴らす相手は自然と酒場の端女どもとなる。
「庁舎勤めの下女なら本来おれの管轄下にある筈なんだがなあ」
都市の西から風が吹いた。体に心地良い。そうして風のそよぎを楽しみつつ、夕方までイスに座りぼんやりしていると、しょぼくれた格好の突撃デブが歩いてきた。
「ふぅ……」
あまりにも元気がない。肩は前腹と同じように力無い。笑える。堪えて、デブに気が付かないフリをする。すると、一度通り過ぎたデブが外道の仕草でこちらを振り返った。目に怨念が萌えている。
「き、貴様のせいで」
「笑」
しまった。自然と笑顔を作ってしまった。
「殺してやる」
「うおっ」
巨大な腕を振りまわし始めるデブ。攻守交えて、何とか宥めてみる。
「どうどうどう」
「うるさい!貴様のせいで俺は、俺は、俺は隊長の地位を失い、こ、こ、こんな苦労をしているんだ殺コロころ」
「笑。新しい隊長と仲良くやれよ」
「ふざけるなあいつは元俺の部下だぞ」
立ち強パンチが飛んでくるが、
「おらっ」
拳を弾いた弾みで、頭から植え込みに突っ伏したデブ。そのヘアスタイルは当然スキンヘッドで、枝で切れたのか、皮膚から血が流れ始める。
「貴様の……せいで」
「なんでだよ」
「貴様ばかり功績を上げやがって」
「降格食らったぞ。よくワカらん罰金もな」
「でも、隊長の地位にいる。とりもどせるだろ!」
「そりゃあなあ」
「許せん、貴様だけは……」
「面倒なヤツだなあ。ああ、もういい」
脳乱するデブの顎にダッシュ弱パンチを当ててやると、デブは気を失った。周囲を見渡し誰もいないことを確認し、ベンチにデブを寝かせるのだ。軍人同士の喧嘩は処罰の対象となることもある。このまま去るのが望ましかった。ふと、頭上で何かの鳥が鳴いた。
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