第14話 お願いする男/約束を迫る女

 その日の朝、新軍司令官に呼びつけられたのは、おれだけではなかった。


「おかしいなあ」

「はあ」

「なぜ、戦果が上がっていない」

「お言葉ながら、河の右岸に我ら展開し、一切の敵を寄せ付けておりません」

「間が抜けた発言だな。それぐらい当然なんだよ。私が言いたいのはだ。ここから直近の光曜境の町くらい、私が着任する前には占領していても良かったんじゃないかね?ってことだ」


 まだ見慣れぬ上司の前に居並んだおれたち隊長衆は、全員姿勢良く起立、直立している。というよりさせられている。だからちょっとでも姿勢を崩すと、


「庁舎隊長、なんだその態度は。私を侮っているのか?」

「いいえ。ちょこっと差し込みが」

「キミの権限を取り上げた私を恨んでるのか?」

「んなまさか」

「私を甘く見るなよ」


と、着任後まだ日も浅いくせに、すこぶる横柄な態度を押し付けてきやがる。


「そういや、責任者心得だったのはキミだよね?」

「へい」


 おれの方が背丈はある。男のツラなんて凝視するだけ無駄だが、間近で見れば思ったより若く見えるな。身なりが小綺麗で、髪型も控えめなツンツンヘアーだ。蛮斧人らしく無い。おれとあまり変わらない年齢なのかもしれないが、表情を歪めておれの顔を覗き込んでくる。


「何故、何も手を打たなかったのかな?」


 なんともいやらしい顔だぜ。


「ええと」

「言い訳を聞いてやる」

「言い訳ではないですが、例の女宰相を捕らえたことでの外交的交渉に備えてました」

「ふん、言い訳じゃないか」

「まあ、備えてたんです」

「バカだねキミは」


 フン、と嫌味に鼻が鳴らされた。おれの指がピキと鳴る。


「女宰相というからには国許に敵がいるんだろ。何故あの女が捕虜になったか、そんな裏のお膳立てがあったに決まってる。言って置くけど、キミの功績じゃないぜ」

「はあ」


 んなことはワカってるって。ただ、どんな事情かはまだ不明なのだ。女宰相を尋問しても、彼女は答えないだろうし。


「ということは、あの女捕虜にさしたる使い道は無いということだ。塔の屋上という高待遇もどうなのかな。地下牢に移したら?」

「庁舎の地下牢は壊れてまして」

「出撃隊の兵舎があるだろ」

「あすこも最近壁に穴が空きました」

「そう、脱走されたんだったな。全く、その担当者は万死に値するな」


 散らばり始めた話を、補給隊長が元に戻す。年の功。


「軍司令官閣下、女宰相の使い道はこれから思案すべきかと。光曜は捕虜奪還で兵を出しましたから、それだけの価値はありそうです」


 この男とおれはあまり良好な接点は無い。おれを嫌ってるだろうことは確かなんだが、本音についてはよくワカらん。普段、何考えてんのか。


「そうだ。そしてキミには庁舎まで敵に攻め込まれた責任をとってもらった。キミだよキミ」


 頬に指を差される。へし折ったろか。


「へい」

「一方で役立たずのブタには一兵卒として頑張ってもらっている。ブタは降格、キミは慰留。不公平じゃないかね?ブタと一緒にキミも最前線へ出張すべきではないかね?」

「まあ、ご命令があれば」


 でも、女宰相の事情が気掛かりだから、出来れば庁舎隊長のままでいたい。


「違うだろがこのハゲ」


 こ、こんのガキ…… なおおれはハゲていない。


「あってもなくても戦地へは行くんだよ」


 笑顔で暴言を吐いた新軍司令官は、思い出すのも勘弁と顔を歪める。


「ああ。いやだいやだ。私は肥満体のブタが大嫌いなんだ。思い出しただけで吐き気がするよ」


 突撃デブの隊長復帰は、名誉挽回より先にダイエットしてからになりそうだ。


「だよねえ、敵を撃退した優秀な城壁隊長殿」

「はっ」

「ちゃんと返事をしろ。私はブタが嫌いかと聞いている」


 ガキが城壁に迫り、すんごい形相でメンチ切ってるぜ。平然とこんな顔をするヤツなんて碌なもんじゃない。


「肥満のため敵を倒せなければ、同感です」

「模範解答だ。キミはやはり出来るね」


 この声の出し方は、蛮斧戦士の上下服従方式とも違う。気持ちの悪い野郎め。本当、どんな経歴を歩んできたんだろ?


「かくも優秀なキミなら、光曜境の地くらいはすぐに奪えるだろ?」

「光曜境」

「そうだ。すでに河を越えた先に兵が展開しているのにそこの敵の拠点を落とせないのは単なる怠慢。そうだろ?」

「……」

「……」

「……」

「……」

「もし」

「ん?」


 おれも含めた隊長衆が、頭一つ抜けている城壁隊長の発言に神経を集中させる。


「この都市に駐屯する軍勢、全てを用いることができれば」

「いいよそれで」

「えっ」


 驚く城壁隊長。おれも驚く。隣の補給隊長もちょっと動揺している。その隣の巡回隊長も、またその隣の……


「私の権限の内、この町の兵を全て指揮する権限を、たった今、キミに分与する。はい、したよ」

「……」

「返事は」

「はい、身に余る、光栄です」

「となりのデクどもを含めて、全ての兵力を使っていいから。まずは景気の良い話を聞かせてくれ。期限は一ヶ月」

「!それは……」


 余りに短い。町を陥すのだ。略奪行に出かけるのとは訳が違う。


「足りないかい?」


 新軍司令官の目が妖しく光っている、ように見える。性格の悪さから来る妖気ってやつかも。


「いいえ、努力します」

「これまで努力していなかったのか?」

「一層、努力を尽くします」

「当然だな」


 新軍司令官付き小間使いの任を得たのか知らんが、庁舎の下女が蒸しタオルを持ってやってきた。ヤツは、ありがとう、と笑顔で礼を述べ顔をお上品に拭いはじめる。なんだ女にはマトモな甘い表情を浮かべるのか。


「ふぃ、気持ちいい!巡回隊長」

「私は補給隊長です」

「巡回隊長は私です」

「補給も巡回も……ああクソ、なんだっていいよ。庁舎隊長も、あとキミも!」

「はい!」


 突撃デブの後任隊長が元気な声を上げる。まだスレてない感じがする。


「おっ、新しい出撃隊長のキミは痩せていていいね。各自全面的に城壁隊長に協力するようにね」


 軍司令官が交代し、戦線が拡大するのは大方の予想通りであるが、展開があまりに速い。おれたちをコキ使いに使い倒しにして、ボロ雑巾のように投げ捨てる気に違いない。


「諸君、これはビジネスだよ。以後の評価は成否如何。よって、失敗したらキミたち全員クビだからね。連帯責任ってやつだ」



 軍司令官執務室から出て、不仲な隊長の面々が珍しく自然集合する。


「あの血も涙も無い感じ、シビれるね」

「まだ顔と役目すら一致してないくせに。ナメてやがる」

「そのくせ手は速い。庁舎の女ども、籠絡されている感じだが、心得君は知らなかったのかい?」

「さあねえ」

「捕虜女にばかり入れ込んでていいのかね」

「仕事だもの」

「……」

「あ、おい、城壁さんどこ行くの」

「今から作戦を立てる」

「で、本当に、光曜境を攻略するのか?」

「仕事だからな」


 城壁と目が合う。野郎、先日の舟遊びに言いたいことがあるんだろうなあ。しかしお互い仕事は仕事だ。


「拒否されると思ってああ言ったんだろうが、藪蛇だったな」

「そんなことはない」

「真面目だね。出世できるぜお前」

「お前らにも前線に出てきてもらうからな」

「なんで」

「新軍司令官殿の命令だ。従えないなら、今の地位を降りてもらう」

「お前……早速、お気に入りになったか。良いご身分だな」

「しかし、一ヶ月でか……試されているな」

「タクロ」

「なんだよスタッドマウアー君」

「光曜境について、現状を調べて来い」

「ええ……おれがあ?」

「命令だ、それも私の上からのだぞ」

「……」

「ワカるな」

「チッ」




―庁舎の塔、応接室


「それで宰相閣下は、光曜境の町と聞いて、何を思います?」

「広義では光曜国の事実上の最南端。あと、私があなたに囚われたあたりの区域を持つ都市ですね」

「まあ、そうなんですけど」

「あと、戦争前から景気が良かったわ。ここと同じく国境近くの町ですから取引も活発で、今は軍需に沸いているはずですよ」


 庁舎隊長は、ふーんと適当な相槌を打った。本題があるのだろう。


「ところで閣下は」


 早速か、珍しく芸が無い。


「魔術で遠い所を確認できたりしますか?」


 無論出来、すでにしている。


「急にどうしたの」

「いえ、ちょっと」


 歯切れが悪い。


「仮に出来たとしても出来るなんて言わないでしょうし、出来ないとウソをつく事もできるわね」

「まあ、そうなんですが」


 歯切れが悪いというより、庁舎隊長はイヤイヤ質問をしているようだ。町では、兵隊が何事かの準備を急に開始している。答えは一つだろう。


「なるほど、蛮斧の軍勢は、光曜境を攻めに行くのね」


 庁舎隊長、咳払う。


「な、なんでワカったんすか?」

「今の流れで、他にありますか?」

「ま、まあ……まあ、そういうことです」


 色々考えているようで単純な点もある。一つ、拗ねて見せるか。


「私が魔術を使って、光曜の仲間にそれを伝えることを心配したのね」

「ええと」

「策を巡らせる場合、それは当然かもしれないけれど」

「いや、あのですね」

「節度を保ってこの境遇を甘受していたつもりなのに、少々心外ですね」

「ちょ、ちょっと!」

「なんですか」

「いや、そうじゃないんですよ」


 無論そうではなかろうが断言が来た。


「一番の懸念になるはずだけれど」

「まあ通常なら。でも、閣下はたぶん何か目的を持ってここにいるでしょ?それは私らから光曜境を守ることじゃないはずですから」


 魔術的素養はなさそうなのに、こんなところは妙に鋭い。


「では、貴方が考える私の目的とは何?」

「それは……知らないすけど」

「……」


 ここで嘘をつく事は得策ではないだろう。


「いいわ。結論から言うと、遠隔地の状況を確認することは可能です」

「おお、凄い!さすが魔術師」


 ウキウキ顔になる庁舎隊長。魔術に憧れているのだろうか。


「それで、何故光曜境を確認したいのかしら?」

「それがかくかくしかじかでして」


 何のことはない。光曜境を攻め落とさないと、クビになる、というだけのこと。庁舎隊長も生活不安を避けたいようだが、新しい軍司令官は中々やり手のようだ。


「ではタクロ君は、新軍司令官の圧迫を受けた城壁隊長が、無理な作戦を立てると、確信しているの?」


 私にはそんな人物のようには見えなかったが、


「まあ備えですよ。こんなわけのワカらない無謀な戦いで部下を死なせたくもないし」

「無謀だとは思っているのね」

「もちろん。日数も準備も実力も何もかも足りないし」

「あるいは新軍司令官殿は、速攻の有利を重んじているのかしら」

「まあそうかもですが……」


 庁舎隊長は、自身の上司を信用していない。だがこの際、私の目的に合致するのは、新軍司令官の野心の方かもしれぬ。さらに庁舎隊長は優れた戦闘能力を備えている。それならば……


「いいでしょう。タクロ君、光曜境の様子を遠視して、あなたに情報として提供しましょう」


 途端にパッと青年らしい笑顔を示し、


「マジですか」

「はい」


 姿勢良く直立した。少し心が痛んだ。


「いやあ、感謝しますよ」

「しかし、条件があります」

「いいですとも」

「まだ何も言っていないのですけれど」

「提供して頂けるのなら、なんだっていいですよ」

「……まず、その情報を下に、光曜の市民に惨い行為をしないこと。絶対の条件です」

「ワカってます」


 庁舎隊長はいかにもワカっているというような表情を示してくる。


「情報提供は、遠視ができる範囲でのものに限ります」

「範囲?」

「誠意は尽くしますが、魔術とて全てを見通せるわけではありませんから」

「例の、今際の君の部下と同じくらいは?」

「道を調べたり、報せを伝えたりはできます」

「すげえな。いや、それで十分すよ」

「……」

「閣下?」


 単純に喜ばれるだけでは味気なく、円満な関係し私が我慢するのもつまらない。ここは少し仕掛けてみるか。


「どのような言い訳をしようとも、私は売国行為に手を染めることになりますね」

「いや、まあ……」

「それも我が身可愛さに。一国の宰相が身の安全と引き換えに国を売る……許されざる行為でしょう」

「他言無用ということですよね、大丈夫ワカってますよ」

「いいえ、そうではありません」


 私は、庁舎隊長の目を見据え、一呼吸の後、深く覗き込む。


「そして条件はもう一つあります……タクロ君」

「は、はい」

「私があなたに何かをお願いした時、貴方はそれを無条件に受け入れること。拒否してはならないということ……です」

「ゴクリ、ど、どんなお願いですか?」

「さっき、貴方は条件を受け入れているわ。なんでもよいと」

「う」


 魔術で心を操るのでは自律性が欠ける。この人物については本心から、私に協力させねば真価は発揮できないだろう。


「ええと」

「私という一個人に約束するのではなく、貴方の男性としての誇りにかけて、遵守してください」

「……」

「どうしますか?」


 私は、私の目的のために国境を越えた。越えた以上は走り続けなければならない。人の良いこの庁舎隊長を、目的のため心静かに操ってみせよう。




 ここに危険な香りは漂わない。覚悟が据わった何かを感じる。よって、おれは即答した。


「ワカりました。改めて条件を全て飲みます。ご協力をお願いします」

「合意成立ですね」


 彼女のやや張り詰めた顔は、その美しさを一層際立たせていた。

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