epilogue SHION
「……それで、お前はこんなことしてるってわけか」
彼は縄で全身をイスに縛られ、身動きが取れないようにされていた。
飄々とした態度を取り続けているが、この部屋に連れて来た瞬間にその表情が歪んだことをシロガネは見逃さなかった。
今この場所にいるのは、シロガネと30代くらいの男。それから、血やオイルまみれの死体が5つだ。
死体は全身のいたるところに穴が空いていて、そこから腐り始めていた。
「いいのか? 仮にも俺は、お前を1年間食わせてた男だぞ? 感謝とかないの?」
「……結局捨てたじゃん」
男はシロガネの元上官、つまりは
彼女は彼をこの小屋に拉致したのだ。
「ここでこれから何されるか、あんたにならわかるはず。痛いのが嫌だったらすぐに答えて」
手近にあった鉄杭とペンチ、それから電動ドリルの入ったトレイを彼女は手元に引き寄せた。
男の顔が、一気に恐怖に歪む。
「それじゃあまず。賀上重工と武器密売グループの関係について知っていることを詳しく教えて」
「そんなことは聞いたことがない」
男が即答する。
だがシロガネは、この男なら知っていると確信していた。こう見えて、彼は組織内ではそれなりに地位があったという。
前に拷問した男が吐いていたのだ。
シロガネは鉄杭とペンチを手に取り、鉄杭を男の歯茎へ深々と突き刺した。
「ああッ……!! あっ……あっ……」
「あんまりじたばたしないで。無駄に痛くなってもいいの」
そう言って、今度はペンチで歯を引っ張る。同時に杭の持ち手を上へと動かし、てこの原理で根元から歯を押し出して補助する。
「ああああああああああああッ……あああああああッ!!」
男がその身を痛みで悶えさせ、絶叫している。歯茎からは噴き出すように血が溢れていた。
だがそれは、彼女にしてみればもう何度も見た光景だった。
この半年間で彼女は、何度も拷問をくり返した。歯医者――麻酔をかけないまま歯を抜く――をしてみたり、電動ドリルで身体に穴を開けてみたり、薬を打ったりしてみた。
その結果、1番やりやすいのがこれだった。
すべては、《人類共同戦線》と賀上重工に復讐をするためだ。
半年前のあの日から、彼女の義体はロクなメンテナンスをされることもなく、ひたすら朽ち続けた。
彼女は、自分がそう遠くないうちに動けなくなることを知っていた。
だけど15歳の少女であり、愛するモノを失くした彼女には、ただ悲しみに暮れたまま余命を過ごすのはつらすぎた。
だから復讐することにした。
目的を持つことで悲しみを紛らわせ、シオンを破壊した組織に傷を刻みつける。 それが、彼女が選んだ残りの人生だった。
「……あんたは、今この瞬間の痛みを感じている。だけどわたしは、ずっとあの日から痛みを感じ続けている。寝ても覚めても、戦っていても、こうしてあんたに拷問していても、ずっと胸が痛いんだ……それがどれだけつらいことか、きっとあんたにはわからない」
込める力をさらに強くすると、肉の抵抗を受けつつも歯がじわじわと浮き始めた。とある1点を超えたところで一気に抵抗が軽くなって歯が抜ける。
彼女は男の口から器具を抜き、歯をトレイの上に置いた。
「はあ……はあ……はあ……」
しばらくしてようやく、男が呼吸を取り戻す。まだ過呼吸気味だが、会話は成り立ちそうだ。
「それで、話す? もう1回やってもいいけど」
「はぁ……はぁ……はっ、話すっ……! 話すからっ……!」
余裕のある態度は呆気なく崩れ、血まみれの口で彼は必死に話し始めた。
男が話している間、シロガネは淡々と音声を記録し続けた。
***
必要な情報を手に入れ終えると彼女は、命乞いする男の頭を弾丸で撃ち抜いた。
同じ部屋にある洗面台へ行き、そこで地に濡れた手と顔を洗う。鏡には返り血を浴びた少女の姿と、背後の死体が映っていた。
彼女は死体には目もくれず、自分の黒い前髪を見つめる。
赤いヘアピンが付いていた。シオンがくれたものだ。
髪があまり長くないから、付ける意味もない。ただ彼女がそうしたかったのだ。
「……シオン」
ヘアピンを握りしめ、目を閉じる。そうするといつでも、あの数日間が昨日のことのように思い出せた。
愛おしくて、切ない記憶。少しの間、その記憶を脳内で再生する。
それが彼女のすべてだ。
「…………」
再び目を開けると、そこには見慣れた拷問小屋の景色が広がっていた。だが彼女は少しだけ心強かった。
思い出すことで、シオンが今も自分の中にいることを再確認できたからだ。
「……よし」
短く息を吐き、動き始める。
まずは死体を片付けなければいけない。もうすぐ冬が来るが、それでも油断していると臭いが外に漏れてしまう。
それから今後の計画も立てる必要があった。どのようにして復讐をしていくか、だ。
――ねえ、シオン。
わたし、もう少し頑張るよ。義体が壊れるまで、たぶんあと少しだけど。シオンを壊した奴らに同じような気持ちを味合わせたいからね。もしかしたらそれで、hIEの破壊も止めてくれるかもしれないし。
彼女は心の中で呟き続けた。
柔らかい声で。彼女が泣いていたとき、シオンがそうしてくれたように。
「……ねえ、シオン」
彼女は今も、シロガネの心の中にいる。
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