Phase 2 analog hack 2078 01
「どうしよう……」
家に着くなり、シロガネは頭を悩ませ始めた。
「ここがあなたの家ですか?」
例のhDEはキョロキョロと首を回し、殺風景な家の中を見渡している。
「……そう」
答え、ため息を吐く。
勢いで連れて帰って来たのはいいものの、これからどうするかを一切考えていなかった。
hDEは旧世代機とはいえ、自動車ほどの値段はする。それもO-108型のような高級品にもなればそれ以上だ。
そんなものを本当に連れて来てよかったのだろうか。
そもそも普通の人は、そんな高級品をその辺に放り出すだろうか。
「……ねえ」
「なんですか?」
hDEが首を傾げる。
少し大人びた顔に、髪がはらりと垂れた。
「……あんたの前のオーナーって、どんな人だったの」
「それは個人情報ですから公開できません」
「……じゃあ個人が特定できない範囲で教えて」
「わかりました」
彼女は頷いた。
「前オーナーは、とある資産家でした。私の他にも何体かのhDEやhIEを所有していました。前オーナーは私たちに家事をさせていました」
「……なるほど」
それだけ聞いて、シロガネは大体の事情を察した。
hDEやhIEを所有する人には色々なタイプがいる。だけど大まかに、2つに分けることができる。
1つ目のタイプが、hDEやhIEに特別な感情を抱いているというもの。具体的には、機体をまるで恋人のように扱ったり、死んだ人間に似せた機体にその模倣をさせたりするのがそれだ。
そして2つ目のタイプが、それらをただの道具として使うというものだ。アナログハックにかからず、機体を乗り換えるときにもあまり躊躇はない。
恐らくそのhDEの前オーナーは後者だ。捨てられたのも、新しく登場したhIEの方が高いパフォーマンスを発揮するからだろう。
それなりの金持ちなら、高級機体を捨てたって何ら不思議はない。
どちらのタイプにも善悪の区別はない。hDEを道具として扱うというのも、モノであるそれに対する正しい姿勢の一つだ。
だけどシロガネは、そのhDEがかわいそうだと思った。
「……って、わたしは何をしてるんだ」
かぶりを振り、気持ちを切り替えようとした。
「もうその話はいい。それよりも、今日あんたが記録したデータ消して。そうしないと困る」
「それはできません」
「なんで」
「オーナーからの命令でなければ、それにはお応えできませんので」
「…………」
ここに来て、シロガネはうかつに連れて帰って来てしまったことを後悔した。もう既に家の場所や顔まで割れてしまった。もしこのまま放りだせば、情報が流出しかねない。
hIEでなかったことだけが幸いだ。
hIEは常にクラウドに接続し、制御やメモリまでそちらに依存している。だから取得された情報も漏れやすい。
一方hDEは自立式だから、設定次第ではクラウドとの接続を切ることもできる。
だから彼女には今、2つの選択肢が与えられていた。
「……つまり、あんたを壊すかオーナーになるしかないってこと」
「情報の流出を恐れるのでしたら」
「……わかった」
シロガネはナイフを取り出し、hDEの白い首筋に突きつけた。
hDEは表情1つ変えない。ただじっと、彼女の顔を見つめている。
「…………」
もしそれが量産機だったら、怯えたような反応をしてみせるだろう。
だが高級機である彼女の表情に、そのような色は見えない。シロガネが彼女を破壊できないとわかっているのだ。
「……チッ」
舌打ちし、ナイフをしまう。
やっぱり壊せそうにない。たぶんマスクがあっても、そのアナログハックに打ち勝つことはできないだろう。
だから彼女はぶっきらぼうに言った。
「……あんた、わたしのモノになって」
するとhDEが、眩しいくらいの笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
シロガネは思わず、顔を背ける。
「じょ、情報が漏れないようにするためだから……」
だけど、本当は少し嬉しかった。
何がそんなに気になるのかはわからない。でもそのhDEに、運命に似た何かを感じていた。
「オーナー、手を」
「…………」
言われるがまま、人差し指を差し出す。
hDEはそれを、首元の鍵穴のようになっている金具に押し当てた。
「ミナト・シロガネを、human Device Elements O-108型4278のオーナーとして登録します」
彼女の体が数秒間、動きを停止する。シロガネの生体情報やその他の情報を取得しているのだ。
それを終えると再び動き始める。
「登録完了です。オーナー、これからよろしくお願いします」
「……よろしく」
そう言って、シロガネはふと気付いた。
「……そう言えばあんたのこと、何て呼べばいいのかわかんないんだけど」
「オーナーが自由に決めてください」
「……それでいいの」
「はい。だって、私はもうオーナーのhDEですから」
「わたしの……hDE……」
シロガネはその言葉を反芻する。なんとなく、いい響きだった。それから彼女は考える。
「……
とっさに思いついたのがそれだった。
「シオン、ですか?」
「文句ある」
「いいえ、嬉しいです。とても素敵な名前だと思います」
そう言ってまた、シオンは笑う。
「き、気に入ったんならそれでいい……それよりも、あんたに言っておくことがある」
「なんでしょう」
「……あんたは絶対、ここから一歩も外に出ないで」
外に出て何かあったら困る。《人類共同戦線》の組織員に知られたらどうなるかわからない。
《人類共同戦線》は同じようなhIE排斥運動組織の中でも、組織内の情報網が特に強固な部類だ。思わぬ情報があっという間に組織全体に広がってしまうことだってある。
「わかりました」
そう言い、シオンは立ち上がった。
「何してんの」
「お昼ご飯、まだですよね?」
「そうだけど……」
「作りましょうか?」
「……別にいい。そもそも材料がない」
シロガネはジャケットを着た。いざという時のためにナイフを懐に忍ばせる。
「もしわたしが留守の間に誰か来たらすぐ連絡して。すぐに戻る」
「わかりました」
彼女はドアを開け、薄暗い廊下へと足を踏み出した。
「いってらっしゃい、オーナー」
ドアを閉める間際、そう聞こえた。
***
「……一体何なの、アレ」
閉まったドアを見つめ、呟く。
シロガネは心の中で何だかよくわからない感情が沸き上がるのを感じた。それに苛立ちを覚えた。
それなのに、悪い気もしなかった。
ここまで心がかき乱されるのは、初めてだった。
「……クソッ」
吐き捨て、荒廃した市街へと彼女は歩きだす。
外に出ると、ほんの少しだけ雨の勢いが弱まっているのに気づいた。
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