SHION

朝霞 はるばる

Phase 1 girl meets girl 01

 それは、嵐の前の静けさだった。

 少女――シロガネ白銀は廃ビルの屋上に立ち、夜の街を見下ろしていた。


 視界の奥、きらびやかな光をまき散らしている一帯が新宿エリアだ。夜の10時だから、まだ人通りが多い。だがそこから手前に視線を動かすと、景色は急速に光を失っていく。


 そこにはわずかなネオンと、ホームレスがいるだけ。新宿から徒歩10分だというのに、まるで別世界だった。


 時代の流れに翻弄され、何かを失った人間は少なくない。そこで“不要”とみなされた人たちがいるのが、この掃きだめのような街だ。


 シロガネがそこに立っているのは、彼女がそんな人たちの憎悪の外注アウトソース先だからだ。

 

『えー、こちら人形遣いパプティア人形オートマタ、聞こえてるー?』


 脳内に気の抜けた声が響いた。シロガネの上官だ。

 彼女は眉一つ動かさず答える。


「……こちら人形。聞こえています」

やっこさん、もうじき来るみたいだぞー』

「……了解」


 答え、彼女は通信を切る。

 

 風が吹いた。

 雑に切りそろえられた彼女の短い黒髪が、わずかに揺れる。

 タンクトップの上に古いジャケットを一枚羽織っているだけだから、少し肌寒かった。

 

 だけど、ここから先は大した問題ではない。


 彼女はフルフェイスマスクを装着した。システムを起動してクラウドに接続すると、バイザーに情報が表示される。

 それから、レインコートのようなものを羽織った。光学迷彩服だ。


 夜闇と完全に同化した彼女は、再び真下を見下ろす。


 路地の中央に人影が見えた。ソレは微動だにせず、中央で道路をふさぐようにして立っている。


『こちらチームB。目標ターゲットの誘導に成功した』


 通信が入った直後、わずかなエンジン音が聞こえた。

 それは次第に大きくなっていく。


「…………」


 路地の奥にヘッドライトの明かりが見えた。

 薄暗かった路地裏が、急に明るくなる。ワゴン車一台と、トラックが三台やって来た。


「……目標、確認」


 彼女は足元の鞘を拾い、抜刀する。

 山刀マチェットの薄く幅のある刀身が、月明かりを反射してわずかに光を帯びた。


 人影を前にして、先頭を走るワゴン車が止まる。ドアが空き、中から作業服を着た男が出てくる。

 男は人影を一度見つめ、ソレを道の端に寄せた。人影はまるで人形のように動かず、なされるがままだ。


『作戦開始』


 シロガネの頭の中で、再び声がした。

 次の瞬間、路地に複数の男が躍り出た。ゲリラのような格好をした彼らはシロガネの仲間だ。またたく間に車列を包囲する。


「な、何なんだ……」


 声を上げようとした作業着の男に、ゲリラの一人が銃を向ける。


「命が惜しけりゃ黙ってろ」


 作業着の男が取り押さえられている隙に、他のゲリラたちは後続のトラックの荷台を開ける。それぞれの搭乗者が引きずり降ろされ、地面に伏せさせられていた。


「当たり!」


 ゲリラの一人が喜々として荷台の中に入っていく。間もなく荷物が下ろされる。

 荷物は棺のような長い箱だった。それが各トラックに10個ずつ入っている。


「すぐに済ませろ、警察が来るまでにできるだけ多く壊せ」

「「了解!」」


 ダンボールを乱暴に開け、包装を引き裂いていくゲリラたち。

 そこに、彼らの憎しみの元凶が入っていた。


 中身はヒト型他律ロボット、hIEhumanoid Interface Elementsだ。


「この!」

「クソくらえってんだっ、テメエなんかサンドバックになってりゃそれでいいんだよッ!」


 好き好きに怒鳴りながら、男たちはhIEを破壊していく。弾丸、ハンマー、その他工具に乗せた怒りを、機械の人形に叩きつける。


 荒れ果てた街に、機械を引き裂く残響がこだましている。


 彼らはhIEに仕事を奪われた、あるいは奪われる予定の人間だった。

 

 2040年代に世界初の汎用家事ロボットである《ナディア》が普及した。さらには2051年、アメリカの高度AI《プロメテウス》がヒトの知能を越え、ついにシンギュラリティを迎えた。


 それまでも進んでいた機械による仕事の自動化は、それを機に加速し始めた。ヒト型ロボットはヒトよりもうまく仕事をこなし、ものすごい勢いで多くの仕事を担うようになったのだ。

 

 それに呼応し、世界中でロボット排斥運動が活発化した。ロボットのせいで職を失った者、失いそうな者。それから、ロボットによる社会の侵食に危機感を覚える者。

 

 それぞれの思惑が絡み合い、ロボット排斥運動組織のバックに巨大企業が付くケースまで発生するようになった。そうして、次第に排斥運動はテロの色を帯びる過激なものへと変貌していった。


 そして2078年現在、シロガネたち《人類共同戦線》は新たに普及しつつあるヒト型他律ロボットhIEの破壊活動に従事しているのだった。


 通信が入る。


『人形、起きてるかー?』

「……起きています」

『そろそろ警察が来る頃合いだ。準備しておけよー』

「……問題ありません」


 下では、未だに作戦という名の破壊が続いていた。彼らは熱に浮かされたように叫び、モノを壊す感触をその手で味わっている。


 突然、彼らが手を止めた。


「……警察だ! 撤退するぞ!」

「いつまで壊している、もう止めろ!」


 焦った男たちが現場を離れようとした、ちょうどその時だ。

 狭い路地に、何台ものパトカーや装甲輸送車が押し寄せて来た。輸送車が止まり、中から武装した男たちが素早く降車する。

 

『警察だ。武器を捨てて地面に伏せなさい』


 通報を受け、やってきた警察の機動隊に周囲を囲まれていた。防弾シールドを壁のように並べて立て、その間からは散弾銃の銃口が覗いている。

 その数、1個中隊およそ50人だ。

 中にはhIEもいる。専用の制服に身を包んでいるから、一目でわかった。

 

 照明が、ゲリラの男たちを煌々と照らしている。

 

 《人類共同戦線》は警察にとってテロリストも同然だった。公安の息のかかった人間が、組織内にいる可能性だって十分にある。

 だから、こんなに早く機動隊が動いても不思議ではなかった。


 そしてもちろん、それをこちらが予測してないはずもない。


『人形、狩りの時間だぞー』


 シロガネの上官は余裕そうな声色で彼女に告げた。


「……了解」


 彼女はもう一度バイザーを見て警察の位置を確認すると、ビルの淵から空中に足を踏み出した。

 体の支えがなくなり、重さ100キロの体は引力によって地面に引き寄せられる。


 彼女、シロガネは全身義体の戦闘サイボーグだった。


 下にいる男たちはこれから、彼らの闘争を戦闘機械である彼女に外注する。

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