Phase 1 girl meets girl 02
機動隊員とゲリラとで騒がしかった事件現場に、一際大きな音が響いた。
『な……』
メガホンを持ったまま機動隊員が絶句していた。
その場にいた全員の視線は一点に集中している。
機動隊員と警察hIEの後方に駐車してあったパトカーの一台。その天井が大きく凹んでいたのだ。
『一体何が……』
「……こ、光学迷彩です!」
そこには何もないはずだった。だがたった一つ、周囲の光を反射して鈍く光る
『か、構わん、撃てェ!』
一声で、静止しかけた事件が再始動する。近くの機動隊員たちが一斉に発砲した。
だが動き始めるのは、
彼女は凹んだパトカーを踏み台にして跳び上がった。滞空したまま戦場を見渡し、誰が人間で誰がhIEかを再確認する。
《人類共同戦線》は人間に危害を加えないのがルールだ。人間から必要以上の反感は、組織としての活動に支障をきたしかねない。
そしてhIEは一目でヒトと見分けがつかないほど、ヒトにそっくりだ。だからこそ、この
判別を終え、マスク型端末がバイザーにフィルタをかける。警察hIEの顔がピンクの円で上書きされる。
このピンクの円が、破壊してもいいという目印だ。
それに従い、シロガネは手近なhIEの前に着地する。
「…………」
一瞬でhIEは崩れ落ちた。
着地とほぼ同時に頭を
「…………」
宙を舞うピンクの円を横目に、さらにもう一体のhIEに接近する。
銃弾が浴びせられるが、光学迷彩服を着たまま高速移動する彼女にまともに照準を合わせられる人間はいない。一発だけマスクをかすり、あとは廃ビルの壁面に弾痕を穿つだけだった。
手首を返し、薄い刃でhIEの関節を断ち切る。
人工皮膚ごと内部のアクチュエーターが破壊され、肘から先がだらりと垂れ下がる。
だが一撃では終わらない。二撃、三撃と敵の駆動部を斬り裂いていく。刃が空中を滑るような軌道を描く。
まるでバターにナイフを入れるように、彼女の動きに淀みはない。
最後に首の神経ケーブルに山刀を突き立て、とどめを刺した。
わずか一秒にも満たない時間の出来事だ。
「今のうちに撤退だ! 急げ!」
シロガネがその場の気を引いている間に、《人類共同戦線》の男たちがhIEや警官を蹴散らして包囲から脱出する。
彼らではヒトの犠牲者を出さずに、この数の機動隊員に太刀打ちすることはできないのだ。
間もなく脳内に通信が入る。
『――
「……了解」
彼女は掴みかかって来た機動隊員に、死なない程度の回し蹴りを食らわせながら答えた。
即座に一番近いhIEの首に山刀を投てきして破壊する。
これで彼女の居場所を捉える手がかりはなくなった。
シロガネは身を翻し、夜の街を疾走する。
姿が見えない上に、旧市街は複雑に入り組んだスラムだから車で追跡するのは不可能だ。機動隊員たちはすぐに彼女を見失った。
曲がりくねった路地をしばらく進む。周囲を警戒しつつマンホールの一つを開け、下水道へと降りた。
中は真っ暗だった。
マスクを暗視モードに切り替え、彼女は再び歩きだす。
「……こちら人形。無事脱出に成功しました」
『おー、よくやった。義体に破損は?』
「……問題ありません。無傷です」
シロガネは自らの体に視線を巡らせ、報告する。
『そっか。だったら今日の仕事は終わりだ。お疲れさん』
言葉ばっかりで気の入っていない言葉を残し、彼女の上司は通信を切断する。
地下に、彼女の言葉だけが反響していた。
ふと、この何もない暗闇が彼女自身の人生のように思えた。
「…………」
想起する。この一年、シロガネは《人類共同戦線》の一員――いや、文字通り
彼女は他の組織メンバーとは違う。hIEを恨む気持ちなど、微塵もない。ただ、命令されるから壊しているだけなのだ。
光が欲しくなって、彼女は足を早めた。
自分の位置情報を確認し、近くのはしごに駆け寄るとそのままよじ登る。
「……はあ」
地上に顔を出し、息を吐いた。
路地裏に出たというのに、新宿新市街は眩しかった。ここからでも多くの人通りがうかがえる。
完全に地上に上がると、光学迷彩服を脱いでジャケットの中に押し込んだ。マンホールのふたを閉め、表通りへと歩きだす。
「……!」
瞬間、彼女は反射的に身構えた。
目の前にピンクの何かが飛び出してきた。だがすぐに、それがただの電子広告だと理解する。
「おい、何だアレ……」
気が付くと、周りの人が訝しげに彼女にチラチラと視線を送っていた。人込みの中でいきなり戦闘態勢をとったのだから無理もない。
「…………」
シロガネは構えを解くと、そのまま何事もなかったかのように歩きだす。その内心は、自分への嫌悪でいっぱいだった。
夜の歓楽街だけあって、町中がきらびやかな電子広告で彩られている。ここら辺はキャバクラとかそういった類の店が多いから、紫とかピンクのビビッドな色が目に付く。さっきの広告もその一つだった。
程度の差こそあれ、街を行く人は皆どこか楽しそうな表情を浮かべていた。
彼女は恐らく、あの中の一人になることはできない。
彼女はただの機械人形だ。彼女は《人類共同戦線》に命を握られているだけの存在にすぎないのだ。
1年前、シロガネは事故にあった。
両親が運転していた車が、自動運転を切って暴走していたトラックと衝突したのだ。トラックの運転手は酒に酔っていた。
運転席と助手席に座っていた両親は、車体に潰されて即死だった。彼女自身も脊髄損傷の重体だった。
彼女は絶望した。自分はこれからどうすればいいのか、先は真っ暗だった。
そんなとき声をかけてきたのが、彼女の遠い親戚という男だった。
彼は、彼女に
そのときの彼女は何にでもすがりつきたかったから、何も疑わずにそれを承諾した。14歳の無垢な少女は、汚い大人の世界を知らなかったのだ。
その結果が、これだ。
男は
賀上重工は義体パーツやアシスト機器、インプラント機器において国内最大手の企業だ。だがその裏では、軍用義体の密売や過激派hIE排斥組織との繋がりという黒い噂もあった。
噂通り、賀上重工は《人類共同戦線》の活動を支援していた。
彼女は戦闘機械として《人類共同戦線》に売られたのだ。
それ以来、彼女はhIE排斥運動に従事している。いや、せざるを得なかった。
義体――特に旧式の軍用義体は高いパフォーマンスを保つために定期的なメンテナンスが必要なのだ。
もし彼女が逃げ出したとしても、いずれ義体が駄目になって朽ち果ててしまう。
だから彼女は、命を握られている。
そんな生活をしているうちに、うまく笑えなくなっていた。笑おうとしても、頬の人工筋肉のチューブが引きつるだけで、ちゃんと笑えないのだ。
たぶん彼女は、これからも笑えない。
気が付くと、家に着いていた。
彼女の家は新中野にある廃ビルの地下だ。新宿旧市街ほどではないが、それなりに寂れた地域だった。
彼女はビルの駐車場に入り、奥の階段を降りる。
地下は狭い一本の通路状になっていて、左右にいくつかの扉がある。全部が彼女の家の一部だ。
その扉の一つの前で立ち止まり、鍵を開けて中に入る。明かりも点けずに服を脱ぎ散らかし、風呂場へと直行する。
「……はあ」
熱いシャワーを浴び、ようやく一息吐く。作戦の緊張が溶けて、お湯と一緒に洗い流されていくようだった。
至福のひと時だ。
「…………」
鏡に映る自分を見て、かぶりを振った。
違う。本当はこの瞬間以外、生きる意味を見出せないのだ。
彼女は機械だ。
機械の体を持ったあの日から、彼女は心までもを機械に侵食されている。
「これで、いいのかな……」
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