Extra Phase avenger 06

「っ……!」


 シロガネの目前で火花が散る。薄く幅の広い山刀の刀身と、クウハクのトンファーブレードがぶつかり合い、2人の視線が交錯する。


「…………」


 何の感情も映さない、ただの画像認識装置カメラとしての瞳だった。かつての自分もこんな目をしていたことを思い出させられる。


 だが、そう悠長に物思いにふけっている暇はない。敵は2人だ。こうしている間にも逆刃の妹――オトナシはシロガネの後ろに回り込んでいた。


「速い……!」


「…………」


 オトナシが右ストレートを背後から撃ってくる。それを、振り向きながら右腕で受けた。

 瞬間、激しい振動と鋭い痛みが走る。


「ぐっ……⁉」


 打撃の威力ではない。何かが腕を貫いたかのような――


 刃だ。

 オトナシの肘から伸びていたはずの刃の付け根が手首の方へと移動しており、その刃先はシロガネの腕を貫通していた。


「パイルバンカー……!」


 先ほどの振動は、ぶつかった衝撃でオトナシの腕に仕込まれた火薬が爆発したものによるのだろう。それが杭代わりの刃を撃ちだしたのだ。


 続けて、クウハクの追撃。

 腕がオトナシに半ば拘束されたような状態で回避もままならない。鋭い刃が腹部装甲を抉った。

 傷が摩擦で熱い。


 さらに、間髪空けずに繰り出したクウハクの第2撃が迫っていた。


「くそっ……」


 シロガネは身を回転させ、オトナシとの位置関係を入れ替えることで彼女を盾にしようとする。


「オトナシ、危ない……」


 瞬時にクウハクが攻撃をキャンセル。


 その隙にオトナシの顔にジャブを当てて気を逸らし、刃の刺さっている右腕を引き抜いた。2人から距離を取り、戦闘を一時中断する。


「なんて連携だ……」


 このままでは神経が焼き切れてしまいそうな気がした。もちろんそんなことはないのだが、それほどに厄介な相手だった。

 何よりの問題は2人の連携だ。彼女たちの動きは、もはや姉妹というだけでは片づけられない。


「……わたしたちは、以心伝心」


「……あたしたちは、相思相愛」


 姉妹が無表情で強さを誇示する。きっとそれは嘘をついているわけでも、誇張しているわけでもないのだろう。


 互いの電脳を常時同期させ、1つのシステムとして戦っている。

 そういう情報はあった。にわかには信じがたかったのだが、実際に戦ってみるとそれにも信ぴょう性が出てきたような気がする。


 そうでもしなければ、あそこまで完璧に互いの動きを合わせることはできまい。シロガネは食らいつくだけで精一杯だった。

 だがそれでいい。少しは手ごたえがないと復讐もやりがいがない。


 そんなことを考え、彼女は自身を鼓舞した。


 再び、姉妹が距離を詰める。

 シロガネはこの状況を打開しようと、会衆席の間へと走った。


 彼女に合わせ、姉妹もそれぞれ別の列へと入り込む。

 

 何列かの会衆席を挟んでシロガネとクウハクが相対し、クウハクの数列後方にオトナシがいるという状態になった。

 狙い通りだ。


 シロガネはホルスターからマイクロ・レールガンを抜き、銃を下げたまま照準を見ず、引き金を引いた。

 会衆席をぶち抜いた弾丸がオトナシの左腕に命中する。避ける動作さえできなかったのは、会衆席が目隠しとなってシロガネが銃を抜いたことに気づけなかったからだ。


 着弾の衝撃でオトナシの左腕が弾け飛び、身体は背後の椅子に叩きつけられる。


「オトナシッ……⁉」


「あんたも妹の心配してる暇じゃないよ」


 悲痛な声をあげるクウハクの身体を、席を飛び越えたシロガネの山刀が走った。

 一瞬で6回の斬撃。ドレスが破け、金属片が散る。


「これで終わり……!」


 クウハクの胸を思い切り踏みつけた。柔らかい胸がぐにゃりと歪み、胸部装甲が沈み込む感覚を足の裏に感じながら、山刀を振り下ろす。


 命の危険が迫っているというのに、敵の表情には微塵の変化もなかった。ただ振り下ろされる刃先を見つめている。

 シロガネは、なんだかうすら寒いものを感じた。


「っ――!」


 突然、視界の端できらめく光。それは彼女の目の前を一閃し、山刀を握る右手に吸い込まれる。

 彼女は手を引っ込め、衝突を免れた。光はそのまま壁に突き刺さる。

 それはオトナシの腕に付いていたブレードだった。レールガンを食らって使い物にならなくなった左腕から外したのだろう。


「……邪魔」


 声が聞こえたかと思った次の瞬間、シロガネは足元をすくわれていた。入れ替わるようにクウハクが立ち上がり、流れるような動作で彼女を蹴り飛ばす。


 彼女の身体は会衆席を3列突き破ってから静止した。

 急いで起き上がるも、さらにクウハクのブレードが腹を裂き、戻ってきたオトナシの簡易パイルバンカーが装甲を破ろうと突き刺さる。


 シロガネは攻撃を食らいつつも反撃を試みた。敵の攻撃の隙を突いて斬りつける。

 しかし有効打にはならない。姉妹は有機的に連動し、こちらに連続攻撃する暇を与えない。せいぜい2、3回刃を敵の装甲に掠らせるので精一杯だった。


 手数の差で圧倒される。次第にこちらの身体が動かなくなっていき、さらに敵の攻撃は激しさを増す。

 姉妹の、氷のような視線。その奥に、封印された激情が揺らめいているのが見えた。それは徹底的に削ぎ落された感情の残り香なのだろうか。


 彼女は知らない。わかるのは、2人が自分を殺そうとしていることだけだ。


「……さっきのお返し」


 満身創痍になり、立っているだけでやっとになった彼女の左腕をオトナシが掴んだ。そして殴りつける。


 打撃。爆発の衝撃。

 左肘にブレードが刺さった。しかしそれだけでは終わらず、オトナシはそのまま肘から先を斬り落とした。


「――――――」


 鋭い痛みが全身を駆け巡り、声にならない悲鳴を上げる。

 崩れ落ち、その場に膝を着く。


「ふっ――」


 ほとんどの間を開けず、クウハクの後ろ回転蹴りを顔に食らい、さらに吹き飛ばされる。椅子に叩きつけられ、突っ伏したまま立ち上がれなくなる。


「――勝負あったな」


 確信したかのような声色で、ヒトコウベが礼拝堂に入ってきた。姉妹の間を通り過ぎ、シロガネの横に立つ。


「正義は必ず悪に勝つ。これは決まりきったシナリオだ。陳腐ですらある。でも、だからこそ覆し難いことなのだよ。君がクウハク、オトナシ姉妹に勝てる勝算など初めからなかった」


「うっ……」


 シロガネはゆっくりと顔を持ち上げ、右腕の山刀をヒトコウベに投てきしようとした。

 せめて彼さえ殺せれば、と。


 しかし、それをクウハクが防ぐ。

 その際に太腿に山刀が刺さるも、すぐに引っこ抜いて放り捨てる。


 ヒトコウベはシロガネを見下ろし、嘆き始めた。


「……今の社会は、人間が軽く見られている。労働を機械に奪われるだけでなく、かつて人間の特権だとされていた表現という行為をも機械に奪われ……挙句の果てにっ、人間を人間たらしめていたアイデンティティまで奪われてしまった! 社会的行為や感情の真似事までするとは、なんて忌々しいことだろうか……! 

 私は、そんな社会を変えたい。ヒトの存在意義をヤツらから取り戻したい。だから入信し、共同戦線とも手を組んだ。ただ人間を救いたいという一念で! 

 ……それを邪魔する君は消されて当然なのだよ。絶対悪なのだからな」


 長い説教を終えた彼の顔は息が上がって真っ赤になっていた。ゆっくりと呼吸を落ち着かせ、それからシロガネを見下すような笑みを浮かべた。


「悪は滅ぼさなければならない。幸い、こんな街なら誰か1人が死んだところで隠蔽は容易だ」


 崇高な言葉とは反対に、その声は下衆な響きを孕んでいた。

 それがおかしくて、シロガネは笑いをこらえられなかった。


「何がおかしい」


「ふふっ……いや。目的のために罪のない人を殺したりするのが、あんたたちの人間性なんだね、って」


「何を言っている、私たちは悪人を粛正しているだけの正義だ!」


「いいや、悪人だ。あんたもわたしも。自分の目的のためになら、どれほどの人間だって殺せるんだ」


「一緒にするなァ!」


 激昂するヒトコウベを見て、再びシロガネは笑った。


「ああ、確かに一緒にしないでほしい。わたしはただ、あんたたちみたいな悪人を殺しているだけだ。せいぜい悪魔か鬼がいいところだ。だがあんたたちは、わたしの両親を殺した。それ以外にも多くの罪のない人たちを殺した。そんなの、畜生以下だよ」


「黙れッ‼」


 ヒトコウベの声に反応し、オトナシがブレードを振りかざした。


「くっ……!」


 シロガネは全身の膂力を振り絞り、会衆席を体当たりでぶち抜いて回避する。

 ぶつかった肩が痛む。それを残った右腕で押さえながら、なんとか立ち上がった。


「まだそんな力が……機体のメンテも受けていないはずなのに……」


「……お下がりください」


 狼狽えているのか感心しているのかわからないヒトコウベの前に、クウハクが立つ。


「……1つ教えてほしい」


 と、オトナシ。


「どうしてあなたは、そこまでして戦おうとするの。何がそこまで、あなたを突き動かすの」


「復讐。ただそれだけ」


「……その先に何がある」


「何もない……でも、それがこの体を動かす唯一の源だ」


「……復讐の鬼」


「『死神』よりはだいぶマシだね。気に入ったよ」


「……愚か。不合理よ、あなた」


「感情を失くしたあんたたち姉妹にはこの気持ちは理解できないと思う。恋したり、他人を愛したことは?」


「……ある。あたしは、クウハクに恋をしている。愛している。それ以外の感情は、捨てた」


「……そう。わたしは、そんな愛する人を殺されたんだよ。あんたたちに。もしあんただったら、どうする」


「……わからない」


「――あたしだったら、殺す」


 シロガネはマイクロ・レールガンをホルスターから抜いた。

 クウハクが身構えた。


「……そんなモノだけで、わたしたちが殺せるの」


「今なら、殺せる」


 そう言い、シロガネは奥歯を噛んだ。カシュ、という音を立てて仕込んでいたカプセルが割れ、中から液体が溶け出る。


 液体の正体は、サカキに用意させた『マザーハッカー』。

 脳神経加速剤や伝達マイクロマシン、それに少しばかりの覚醒剤を混ぜた、ハッキング補助ドラッグだ。


 裏社会では高価で取引されるそのクスリを、彼女は一気に飲み下した。

 瞬間、ガツンと脳を殴られたかのような衝撃がやって来る。


「っ……ぐっ、あ……」


 涎を垂らし、喘ぐ。息が荒くなり、心臓の動悸が早まる。

 明らかにヤバいブツだってことは承知の上だった。だけどこれほどとは……


 そんなことを考えていると、今度は苦痛がスッと消え始めた。急速に意識が冴え、全身のケガが治ったかのような気にさえなる。


『マザーハッカー』は単なるクスリではない。ハッキング補助ドラッグなのだから、当然そのために電脳のコンディションを整えてくれる。

 無理矢理。


 問題はこれからどうするのか、ということ。

 しかし、それは既に明確になっていた。


「っ……⁉ な、なにこれ……」


「クウハク……助けて……!」


 クウハクとオトナシが声を上げる。彼女たちの身体はまるで石像のように固まっており、口だけが動いていた。


 何かに拘束されているわけではない。単に、彼女たちの身体が“動かなくなっている”だけなのだ。

 無理に動こうとした2人はバランスを崩して倒れる。


「……どういうこと、なんでわたしの体は動かない」


「ハッキングしてるんだよ。あんたたちの電脳を2人分まとめて」


「――ふざけるな」


 オトナシが声を漏らし、目を見開いた。


「ふざけるな! あたしたちの頭の中に入ってくるな、出ていけッ! このネットワークはあたしとクウハク、二人だけのものなの……! ここだけは、他の誰にも侵させない!」


「……第一、どうやって侵入したの。これは2人だけの閉じたネットワーク。実質、スタンドアロンよ」


 口々に喚く2人を横目に、シロガネは床に転がっていた相棒――山刀を拾った。


「あんたがさっき放り投げたコレ、『ハック・マチェット』っていうの」


「ハック・マチェット……?」


「中に、指向性のネットワーク形成ナノマシンが入っている。これで斬ると衝撃でナノマシンが射出され、傷口から相手の体内に侵入する」


 クウハクはそれなりに聡明らしい。それだけで言わんとするところを理解する。


「……つまりあなたは、わたしたちの体内に物理ネットワークを形成して、それを経由してハッキングをしてきているってわけ」


「そう。ついでに言うなら、ナノマシンはルータの役割も果たす。だからあたしは、あんたの脳に直接アクセスすることができる。しかも『マザーハッカー』を飲んでいるから、電脳程度のファイアウォールを突破するのも余裕だよ」


「……やられたわ」


「ゴチャゴチャ抜かしてねぇで早く出ていけ! 他人の頭の中覗くなんて気持ち悪いんだよッ! クウハクも何か言ってやってよ⁉」


 姉妹にも生存本能だけは残っていたようだ。無機的な瞳に絶望の色を映し出している。

 だけどシロガネに慈悲はない。彼女たちを“例外”にするつもりはなかった。


「仲良く向こう側に送ってあげる」


 マイクロ・レールガンの出力を最大にした。その照星をクウハクの頭に据える。


 トリガを引いた。

 数秒のチャージ時間。そののち、轟音とともに銃身が大きく跳ね上がった。


 射出された弾は音速を越えたスピードでクウハクの頭に飛び込んだ。

 人工皮膚に沈み込み、チタンの頭蓋骨をたやすく貫通し、電脳を粉々にして、頭の反対側に突き抜ける。

 コンマ数秒後、頭は衝撃でスイカのように飛び散った。


「……クウハクのシグナルが、消えた……そんな……」


 原型をとどめない姉の頭を見つめ、オトナシが茫然と呟く。


「次はアンタだ」


 レールガンをホルスターにしまい、山刀を一振りして油と鉄カスを払う。それを倒れているオトナシのうなじにあてがった。


「クウハク……クウハク……」


 彼女はただ、死んだ姉の名前を呟き続けていた。もはや抵抗する気力さえも失われてしまったらしい。ハッキングを止めても、反撃しようとはしなかった。


 その様子を見て、少しだけ心が痛んだ。シオンが死んだ直後の自分とそっくりだったからだ。

 しかし、殺さないわけにはいかなかった。あの時はその甘さのせいですべてを失ったのだ。


 たとえヒトの道を外れ、本当に復讐の鬼と呼ばれるようになっても、同じ過ちは繰り返したくない。

 この激しく揺れ動く感情と、彼女シオンの記憶がある限り、自分が人間であることを見失わないと彼女は確信していた。


「……じゃあね」


 脊髄部の主要神経回路を切断。ぷっつりとオトナシは動かなくなる。

 それからもう一度、今度は力いっぱい山刀を振り上げて首を斬り落とした。


「……さて」


 振り返る。

 そこには、腰を抜かして無様にへたり込んでいるヒトコウベがいた。

 良くも悪くも人間らしい人間だな、と彼女は思った。


 無造作に刃を振り下ろす。姉妹に比べ、生身の彼を刺すのに大した力は必要なかった。太腿から血が滲みだす。


「――――――」


「あんたには因縁があるから、その数だけ痛みを与える。殺すのはそのあとだ」


 叫ぼうとして息を詰まらせた男を見下ろしながら、言った。


「さっきのはお父さんの分。これが、お母さんの分」


 床に着いた手を刃先で突く。ゴリっと骨が砕ける音がした。


「あ、あ……助けて……いくらでも謝るっ……! いくらだって資金も提供するし、何なら組織の機密情報をやったって構わない! だから、命だけはどうか……」


 血まみれの手を床に着き、彼は土下座してみせた。額を血だまりにこすりつけ、懇願の言葉を並べ立てる。


 シロガネは失望する。こんなつまらない男のために自分の両親は殺され、彼の資金が間接的にシオンを殺したのだという事実に。


「資金は提供してくれなくていい。必要な情報も、既に手に入れた。」


「本当か、だったら――」


 ぱあっと希望の差した顔を浮かべる男に、彼女は無表情で言い放った。


「――死んでもらう。ここなら、死体を隠蔽するのも簡単なんでしょ?」


 男の顔が絶望に染まる。

 それとほとんど同時に、彼の眼球に山刀が突き刺さった。


「――これが、シオンの分」


 刃を捻じ込んだ。眼球ごと脳を突き刺し、抉り殺す。


「あ、あ――――――」


 血涙を流しながら、男は絶命した。

 彼の断末魔の残響は、礼拝堂に染みついてしまったかのようにしばらく消えなかった。

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