はじめてのデート。
スーリア〜winter〜 はじめてのデート。
「スーリアとシンがデートに行く!?」
驚きに包まれる教室。
「違う!デートじゃないから!」
慌てて真っ赤になって否定するスーリア。
「まーまーいいじゃないか。デートってことで。スーリアもやっぱりオレに惚れるんだな。罪作りな男だぜオレも」
シンはすっかりその気になってしまっている。
「ちょい待ち!まだあたし行くなんて言ってないし!だいたい忙しいあたしにそんな時間ある訳ないじゃない。放課後も日曜日も無理!」
慌てふためくスーリアに、面白くなったのかハルさんがニンマリしている。
「本当に放課後も日曜日も無理なの?」
「えっと」
スーリアは思い返してみた。
――そう言えば、日曜日はスタジオ収録が入ってたけど、今日の放課後はなんでか空いてる。
しかし、と首を振るスーリア。
「でも、無理だから!奇跡的に今日の放課後が空いてたって、あたしみたいなスーパースターが、コンビニのイートインでなんて無理!」
――ありえないから!
と頭を抱えるスーリアに、シンが肩に手を回してくる。
「しょーがねーなスーリアは。贅沢で高慢ちきな女だぜ。そんなお前にはもったいないオレが、夜景の見える超豪華なレストランでも用意してやるか」
周りの雰囲気と、すっかり自分に酔ってしまっているシンに流され、スーリアはシンと放課後デートをすることに。
「シン、あんた、あたしのこと高慢ちきって、バカにしてる?」
別にシンはバカにしていた訳ではない。
いつものおバカなのだが、スーリアは知っていて言ってみた。照れが半分、こんなアホが初めてのデートの相手なのか、という残念さが半分。あの間抜けな感じに呆れる。
実のところ、スーリアにとってこれが生まれて初めてのデートなのだが、
――初めてのデートのお誘いっていうのは、もっとドキドキとか緊張感とかときめきとかあるんじゃないの?
と思う。
シンはどうも女慣れしているようなので、こんな風な流れでデートに行くことになっても、慣れた感じで自分をエスコートしてくれるんだろうとスーリアは思った。
週刊誌で同年代の女の子や年上のおねーさんと噂になって、騒がれたりしているシン。
クラスで見せているおバカな面を、その人達の前でも出しているのかは分からないけど、実際カッコよくてモテるのも納得がいく。
――輝くばかりの短い金髪に、青い瞳。そうそう、あにさまの瞳も青いんだよね。青い瞳って本当に綺麗。コバルトブルーの海を想わせるし、抜けるような大空みたいな感じもするし、宝石みたいな輝きもある。まぁ、シンの瞳とあにさまの瞳なんて比べるのもおこがましいほど、美しさレベルが違うけど。
そう思いながら、スーリアはワクワクを募らせている。
金髪、碧眼。天駆天瑰の中では小柄な方とは言え、長身で細身のモデル体型。
しかも、スーリアの脳裏にはしっかり刻まれていた。
ボロボロの服をまとって教室に入ってきたエア・シンヴァラーハと名乗ったシンのボロ服の隙間から見えた筋肉。
――シンてば腹筋割れてた!
キャーっと、廊下で一人で口を押さえながらキャピキャピするスーリア。細マッチョは、密かにスーリアのツボだったらしい。
――初めてのデート。ドキドキする。これってただ集まって話してるだけとも言えるかもしれないけど。男の子と二人で放課後を一緒に過ごすって、まぎれもなくデートだよね!
ドキドキ。
シンとの待ち合わせの校舎東出入り口まで続く廊下を、浮き足立って歩くスーリア。
すると、シンの姿が下足箱の向こうに見えた。シンは、気だるそうに下足箱に体を寄せている。
心なしか、その気だるそうな表情に色気を感じてしまう。
「シン!お待たせ」
スーリアが後ろから声をかけると、シンの体がビクッと動いた。少しの間、沈黙が流れる。
――あれ?おかしいな。聞こえなかったのかな?
シンの雰囲気がそれまでとは変わっているような気がした。
「シン!」
再び声をかけると、シンはギギギギーっといった擬音が似合いそうな、使い古された機械を無理くり動かした的な感じに顔をこちらに向けた。
「や、やあスーリア。ほ、本日はお日柄も良く、ぜぜ絶好のデート日和で」
完全にカタくなっている!
「ほ、本日は晴天なり。ココココンニチハスーリア」
「どーしちゃったのシン!?コンニチハって、朝にもう挨拶はしてあるでしょ」
スーリアは目をまん丸くして、シンの顔を覗き込んだ。すると、スーリアに見つめられたシンは、目を泳がせていた。
「スーリアサン、本日ノオデートハボクノエスコートデマイリマショウ」
「口調まで変わってる!シンてば、こんな初っぱなから壊れてたら、デートどころじゃないよ!」
――もーう!今まで想像してたカッコよさ台無し!
スーリアは、両手で勢いよくバチーンとシンの両頬を挟んだ。
「正気に戻れ!このー!!」
両手のひらでグリグリ〜っとすると、シンはようやくハッとして本来の自分を取り戻す。
「何だよ!」
スーリアはほっとした。
「どうしたのシン。何でテンパってたの。まさか、デートは初体験とか?」
困りつつ、からかいながらスーリアが言うと、シンがギクっとなって黙り込む。
「まさか!まさか、本当に初体験?」
驚いた。
「…そうだよ。デートなんて甘ったるいもん生まれてこのかたしたことねーよ。…まあ、なんつーの。オレみてーにイケメンすぎると逆に誰ともデートはしないっつーか…」
「自分でイケメンって言ったよコイツ。呆れた。なんか慣れてる感じだったから、てっきり沢山デートの経験あるんだと思ってた」
「ある訳ねーだろ。オレは、今までゼロと一緒に旅してばっかだったんだぜ。分身作って、天駆天瑰のダンサーになってからだって、色んな女が寄ってきたけど、オレは孤高の存在だから誰とも付き合わねーし」
「孤高て」
スーリアは苦笑。
シンが壊れてたのは、初めてのデートでテンパってたからなのだ。
――なんだ。シンは思わぬカワイイとこがあるやつだな。
とスーリアは思う。
「笑うなよ。お前だって初めてなんだろ。デートは!」
「まーね。ただ、あたしはあんたみたいにあからさまにテンパったりはしないけど」
スーリアがそう言いながら下足箱に上靴をしまい終えると、
「あーもーうっぜーな!いい加減行くぞ。話せるとこ」
とシンは、スーリアの手を取って前を見ながらズンズンと校舎を出た。
引っ張る手が痛い。
「シン、痛いよ」
戸惑いながらスーリアが言うと、シンは一瞬だけこちらを見る。
「あ?知るかよ。こーでもしねーとお前、とろとろ歩くんだろ」
と言って、シンはそれっきり何も言わなくなってしまった。
――まったく。強引だけど、なんかドキドキするな。これって計算なの?こういう行動すれば女の子がときめくって知っててやってんのかな。まさかね。でも、掴まれた手から伝わる熱が、眠れない熱帯夜みたいに悩ましい。
シンはそのまま太陽のオブジェのある校門を出た。そして、校門を出て徒歩数分のコンビニに入って行く。
「て!何でコンビニ!?あたし、コンビニのイートインはムリだって言ったよね!?」
と、スーリア。
――あたしってば、何が眠れない熱帯夜みたいに悩ましい!?恥ずかしいわ!うっかりコイツにときめこうとしてた自分が悩ましいわ!
「いいから。自分の好きなメシ買えよ」
シンは、買い物カゴにいっぱいのオニギリとサンドウィッチとカレー&ナンを入れている。ドリンクコーナーに行くとペットボトルのチャイを二本買っていった。
「あんたそんなにいっぱい自分一人で食べれるの?」
とスーリア。
「ん?お前こそ、そんなに少なくて腹、満たされんの?」
とシン。
シンの言うがままに、自分の食べたい物を入れたスーリアの買い物カゴには、サンドウィッチひとパックと無糖の紅茶のペットボトル一本が入っていた。
「いいの。あたしはコレで」
「しょーがねーな。そんくらいならオレが買ってやるよ」
シンは、スーリアのカゴからその二つを取り出すと自分のカゴに入れ、レジに出した。
「ありがと」
お礼を言ってからスーリアは気づいた。この流れではコンビニでこの夕ご飯たちを食べることになるのでは?
「てか、これからどうするの?このままコンビニで?」
イートインコーナーを見つめるスーリア。夕ご飯たちを入れてもらったレジ袋を受け取るシン。
「…行くぞ」
シンに手を引かれるまま来たのは、コンビニを出た所のコンビニ後ろのビルの谷間。誰も通らないそこは、薄暗く、どんよりとしていて、心なしか生ゴミの臭いがする。
「ここで…食べるの?夕飯」
不安になってきたスーリアに、シンはニヤリと笑ってみせた。
「いんや」
シンはスーリアを掴んでいた手をはなし、宙に上げると指をパチンっと鳴らした。
「キャッ」
スーリアが悲鳴をあげたのも束の間、シンとスーリアは銀河の中にいるかのような暗闇とキラキラ光る無数の光りの中に、どっぷり入った。
「何これー!」
叫ぶスーリアの口をシンは人差し指で塞ぐ。
「少し黙ってろ。魔法使ってんだよ」
風はないのに、無数の星達が高速で体を取り巻き、通り過ぎて行く。
「星と夜景の見えるとこ!」
シンがそう唱えると、星達は一つずつテレビ画面のようになり「星と夜景の見えるとこ」
を映し出す。
「これか?…違うな。これ…も、違うな。あ!あった。コレだ!」
シンはお目当の場所が見つかったらしい。
「目、つぶってろよ」
スーリアの手を再びとると、その画面の中に飛び込んだ。
「キャッ」
体が、水中から抜け出したかのような感じがして、宙に浮いている感覚。視界のない世界で、スーリアは自分の足が落ち着くところをみつけたのを感じた。
「…もう、目を開けてもいい?」
「ああ」
シンの返事で目を開けたスーリア。
目の前には、誰もいない丘の公園があった。
そして目を見張るのは、丘の下に広がる夜景。
ガーネシアの大きな街の無数のダイアモンドのように白銀に輝く高層ビル群や、音楽番組ロックオンの収録が行われる超高層タワーのレッドとイエローとブルーライトの光まで見える。
そのずっと向こうには、黒い海。
港町の工業団地の光や海辺のリゾート地の灯りまで見える。
その景色は、宝石箱をひっくり返したような無数の輝きに満ちている。
「…綺麗」
スーリアは、それ以外に言葉が見つかるわけもなく、呟いた。
「どーだ。オレとお前専用の超豪華な夜景の見えるレストランは!上も見てみ!」
シンは得意げに空を指差した。スーリアは、シンの指差す方を見るとまた目を見張った。
「これ!ウソっ!こんなに綺麗に見えるなんて!」
そこに広がっていたのは、夜景よりもダイナミックに輝く無数の星空だ。
「こんなに綺麗な星空…初めて見た…」
未だ光化学スモッグに悩まされる都会のガーネシアでは、普段だったら、はっきりとした夜の星空はのぞめないのである。
「初めて?デートだけじゃなくてか?じゃあオレが、スーリアの初めてを二つも貰っちまったってことだな。オレ様スゲー」
シンが満面の笑顔でスーリアの頭をクシャクシャにした。
――初めてだよ。こんなにはっきり見る星空なんて。
スーリアはクシャクシャになった前髪に隠れて涙を流す。
実はスーリアは、世界でも有数の都会、ガーネシアから出たことはなかった。
冬の空で晴れていても、いつもくぐもった灰色しか見せてくれない空の下から、出たことはなかったのだ。
それが、今、スッキリと晴れた夜空の下、初めて星空を見る。
こんなに感動することはない。
スーリアは、シンに気づかれないように指で涙を拭うと、ふとピンっときた。
「ねぇシン!さっきまで、日はまだ沈んでなかったのに、どうしてイキナリこんなに暗くなってんの?」
そうなのだ。
シンが魔法を使って、あの不思議な銀河の空間に行く前には、日は傾いていたが、沈んではいなかった。
で、
今、
あれから数分も経っていないはずなのに、どっぷりと日が暮れて夜景が見えている。
「言ってなかったっけか。この魔法使うと時間くうんだよな。あの魔法の空間は、現実より時間が遅く流れてんだよ。現実の時間はあっという間に過ぎちゃったってわけ」
悪気もなく笑っているシンに、スーリアは血相を変える。
「ちょっと!そんなの聞いてない!あたしは忙しいんだよ?貴重な時間を返して!」
シンは面食らったが、すぐさまいつもの調子で。
「は?今日の放課後は空いてるって言ってたの、どこのどいつデスカ〜」
「ぐッ。あたしだけど」
スーリアは、ふっと力を抜いて、公園の風景に引き込まれるように歩き出した。
「そっか。そうだったよね。あたしは今日は、自由なんだ」
丘を、夜景の見渡せる端まで歩いて行くと、追いついてきたシンを見計らって腰を落ち着けた。
「どうよ?夜景は」
ドサっと自分のカバンとコンビニ飯を芝生に置くと、スーリアの隣にシンは座り込む。
「夜景?とっても綺麗…って、さっき言ったじゃん」
「そうだったな」
スーリアの言葉に、シンの視線は夜景を見つめている。スーリアは「あっ」と声を上げて、夜景を指差す。
「あのさ、あんたさ、天駆天瑰ならあの超高層タワーでロックオンの公開収録したことあるでしょ!」
「ああ、そうだな。やったことあんぜ」
「見て見て!今日のあのタワー、アイドルのネフェルティティのコラボしてるよ」
「ほう」
「レッドとイエローのハートで作った幾何学模様がタワーを彩ってる!大っきい!ここから見えるんだ!ほら、電子掲示板にネフェルティティのイメージカラーのレッドとイエローで文字が流れてるんじゃないかな〜」
「へー。レッドとイエローね。よく見えんな、スーリアは」
「見えるっていうか、想像したらわかるでしょ!ネフェルティティとタワーのコラボは最近知ったし。あんたには情報行ってない?だいたい、レッドとイエローのハートで作った幾何学模様なら、普通ネフェルティティだって思うじゃん?」
「まーな。話聞けば。オレ、色、見えないし」
「色見えないー?ほら、あれだよ。あれ。あの場所…って!」
――え!?
スーリアの心に衝撃が走った。
今、シンは何と言ったのだ。
「シン、今、色、見えないって言った?」
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