スノードロップの花言葉。
ケイティが去った後、教室にはスーリアとゼロの二人だけになった。
「もうすぐあにさまの誕生日だね」
「ああ、そうだね。小生には本当の誕生日は無いけど、スーリアはいつも1月1日に祝ってくれるよね」
「うん。今年も…」
と、言いかけて思い出した。1月1日はシンに会おうと言われていたのだった。
「シンと約束がある日だね」
と、先回りして、ゼロ。
「うん。大丈夫。大晦日ライブもシンとニューイヤー花火観るのも徹夜でこなして、昼はあにさまと居るよ」
「無理をしないで大丈夫。今回は、シンと楽しんでおいで」
「ううん。あにさまと居る!スーはあにさまと過ごしたいの」
今回は、すごく久しぶりにゼロと過ごせる元旦なのだ。スーリアは、どうしてもゼロと居たいと思った。
ゼロは、首を横に振った。
「君は、シンと過ごしなさい。昼は家で休めばいいよ。小生の誕生日なんて、いつでもいいんだから」
「でも、あにさま」
「じゃあ、今日、これから一緒にいるっていうのはどうかな?」
目を見張るスーリア。
「今日いいの!?」
「ああ。今日は小生に付き合ってもらおうか」
スーリアはいつもの日課の病院へ寄るのも、テレビの収録も後回しにしてゼロと過ごすことにした。
ゼロは、学校の教師たちのミーティングをしてからスーリアと合流することになった。
___
「ゼロ先生、スーリアのこと、少し特別扱いしすぎじゃありませんか?」
これからスーリアと会うことを同僚に告げると、そう言われた。
「そうですね。スーリアは実際特別ですよ。この世界を救う宿命を背負った少女ですから」
と、ゼロは答えた。
「世界を救う宿命の前に、彼女はイチ高校生ですよ」
「そうですね。でも、彼女には小生を殺してもらわなければならないものですから」
「いいんですか?死んでも」
「ええ。それを長い間探してきました」
「世界を滅ぼす破壊神をこの世から追い出すという、大事な役目を、あの子は負わなければならない。でも、大きな傷が残りますよ」
「それは、想定内です」
ゼロは、そう言って職員室を出た。
すると、職員室のドアの向こうに、スーリアがいた。
「あにさま、今の話って」
「スーリア、聞いていたのかい?」
「うん。あたしがあにさまを殺すなんて宿命、あたしは承諾してない!」
「そうだね。あれから時間が経ったろう?よく待ってたね。一度家に帰ってもよかったのに」
そうしようと思った。一旦自分の部屋に戻って、それから学校にゼロを迎えに来ようと。だけど、それはできなかった。
「あにさま、今日はなんだか変。教師なのにスーとデートしてくれるなんて、おかしいよ」
ゼロは微笑んだ。
「小生が変でおかしいのは、いつものことだよ」
「そうだけど」
__あたしは不安なの。あのスキー合宿の夜、シンがしようとしてたのは、あにさまをこの世から消滅させる魔法なんじゃないかって。
スーリアは黙り込んで、うつむいた。
「小生は言ったろう?春にはこの世からいなくなる。でも、それまでは君と一緒にいるよ」
「あにさま!」
「さあ、行こうか。街のイルミネーションを見て、一緒に食事をしてくれるかい?」
「うん。それはもちろん!」
二人は学校を出た。
夕方の冬の街は、所々にイルミネーションが点灯し始めている。
「綺麗だね」
「うん」
寂しさの風が、冷気が首元から不安に揺れる胸を打つ。
「あの日、シンがしようとしていた魔法はね…」
ゼロが言いかけると、スーリアはそれを遮った。
「あにさま。あの店に寄ってもいい?」
花の店だった。
電飾の下に色とりどりの花がキラキラと咲き誇っている。
スーリアは店に入るとある鉢植えの花を探した。
「スノードロップは置いていますか?」
店員が持ってきたのは、白く可愛らしい花だ。
「綺麗ですよね。スノードロップ。この花には希望っていう花言葉があるんですよ」
「はい。この花をプレゼント用に包装してもらえますか?」
「承りました」
カードで支払いを済ませ、綺麗に包装された花を受け取り、店を出たスーリア。
「あにさま。お待たせ」
外で待っていたゼロは、スーリアにマフラーを巻いた。
「寒かったよね」
「あったかい。このマフラーもらっていいの?」
「うん。スーリアが花を買ってる間探してきたんだ」
「ありがとう!」
首元が温かい。
先ほど服の中に吹き込んできた風が遮られ、心まで温められているかのようだ。
「あにさま。これ」
と言って差し出したスノードロップ。
「誕生日おめでとう」
受け取ったゼロは、微笑んだ。
「ありがとう。小生の死を祈ってくれて」
スーリアはギクッとした。
「やっぱり、この花にはそういう意味もあるんだね。あなたの死を望みますっていう」
「そうだよ。小生には最高のプレゼントさ」
「でも、あにさま」
ゼロはスーリアの頬に流れる涙を人差し指で拭った。
「小生のために、いつもくれる歌を唄ってくれるかい」
スーリアは自分の意思とは違う歌を唄いたくなかった。
それは願ってもいなければ、望んでもいない歌だからだ。
しかし、口をついて出るのはその歌。
いつもあにさまの誕生日には唄ってきた。意味も分からず、ただ彼の笑顔が見たくて唄ってきたのだ。
わたしからあなたへのプレゼント。
あなたのために今日は涙を捧げます。
優しく繊細なあなた。
わたしは祈るわ。
いつかあなたが望む幸せを得ることを。
この花輪をあなたの王冠にしてください。
いつか迎えるであろうあなたの死出の旅を彩って。
今日はあなたのために祈ります。
スーリアが唄うと、ゼロの手の平から壺が現れた。虹色に光るそれに、スーリアの瞳から流れる涙が飲み込まれる。
虹色の光の中に壺は飲み込まれて、ゼロはスーリアを抱きしめた。
「君のあにさまは、いつも君を思っているよ」
居酒屋が続く通りのレストランで、ウエスト風の料理を目の前に座ったスーリアは、まだ泣いていた。
「もう泣かないでも大丈夫。小生はスーリアとずっと一緒にいるから」
ゼロは無表情でそう言って、スーリアの頭を撫でて座った。
「ほら、スーリアの好きなチョコチップ入りのメロンパンだよ。チャイも持ってきたから」
ここはビュッフェ形式のレストラン。
泣き止まないスーリアを席において、ゼロは色んな料理をテーブルの上に並べた。
「嘘。あにさまは嘘ばっかり」
「ごめんね」
「スーのあにさまなのに、小さい頃スーを置き去りにして旅に出て、今まで帰ってこなかった」
「小生は探していたんだよ」
「何を?あにさまもシンも勝手に探し物を探す旅に出て、スーはいつも待ってるだけ。一緒にいるなんて、一人にしないなんて、嘘」
「ごめんね。スーリア」
「あにさまは本当はスーのことが嫌いなんだ。スーと一緒に居たくないから、何か理由をつけて旅に出ちゃうんだ」
「小生は、スーリアのことが好きだよ」
「嘘。もう嫌、もう沢山!本当のこと言って。春には死んじゃうとか、スーが大好きなあにさまを殺すとか、そんな嘘ばっかり」
「小生は、春にはいなくなる。けど、心の中でスーリアとずっと一緒だよ」
「どうしてなの?スーはあにさまと、生身のあにさまとずっと一緒にいたいの」
「それは、できないんだ」
ゼロはそう呟き、ガラス窓の外のイルミネーションを見た。
スーリアは思っていた。
本当はこんな話をしたいわけじゃない。旅の出来事とか、もっと違うこと、色々聞きたいのに、と。
「シンと元旦の日、ガーネシア市中で上がる花火を観たら、どんなだったか教えてね」
ゼロはそう言って、テーブルの料理を黙って食べるスーリアを見た。
ーーあにさまは、わかってない!
スーリアの憤慨を置き去りにして、ゼロとスーリアのデートは終わった。
___
翌日、スーリアはガーネシア病院にいた。
「先生、あのね。あたしはいつも元旦には、あにさまにスノードロップの花を贈るの。それは、小さい頃、葉月さんがこの花を贈ると喜ぶって言ってから、贈るようになったの」
「そうなんだね。あなたの死を望みますっていう花言葉を、君のあにさまは喜んでくれるんだ」
「そう。どうしてなのかな?自分の死を望まれて嬉しい訳ないじゃない」
「君のあにさまは、それでも喜んでくれる。だって、スーリアが自分のためにくれたプレゼントだからだよ」
「だからあにさまは分からず屋なの。あたしが本当にそんなこと望むわけがないのに」
いつものカウンセリング室で、チャンドラ先生は優しそうな微笑みを浮かべた。
これは、詰んだなと思っていた。
スーリアの心の支えである「あにさま」ルドラ・シヴァ・ゼロが、彼女の心と決別した。これは、彼女を自分の物にするチャンスだ、と。
「スーリア。近いうちに、別の場所で話をしようか。あにさまやシン君が勝手に旅に出たのなら、スーリアも旅に出ちゃうのさ」
「え?」
「私の故郷に行ってみよう。東照機国だよ。今は、海に吹き荒れる雪景色が綺麗だよ」
「ちょっと待って、先生。先生は、Aガーデンの人じゃなかったの?てか、突然どうしたの?」
先生は、紙とペンを取って、自分の名前を書いた。
「大切な君を、私の両親に紹介したくてね。実は、本名を矢島月之丞というのだよ」
「へー!国の指定医だから、Aガーデンの人だと思ってた。矢島月之丞、東の言葉だね」
「このことは、スーリアにだから話すんだよ。他の人には言わないでね」
「わかった。チャンドラもいい名前だったけど、月之丞の月っていう字、チャンドラが入ってるね」
「ああ。君には特別に本当の名前を告げるんだ。君は、私の大切な人さ」
「ありがとう。嬉しいな」
スーリアは笑顔で、カウンセリング室を出た。
だけど、後で気づく。
__もしかしてあたし、先生と東照機国へ行くことになってる?思いがけない本名とか、大切な人発言に流されて、行くことになってる?
どうしよう…と悶々としだしたスーリアを捕まえたのは、葉月。
「ちょうど良かったスーリア。やっと捕まったわ」
「どうしたの?葉月さん」
「あなたに紹介したい子がいるの」
と言って、手を引かれてやってきたのは、研究棟が見える外来診療棟の最上階。
「ちょっと待ってて。新生児室から連れてくるわね」
葉月の腕に抱かれて現れたのは、黒い髪に黄色い肌の赤ちゃんだ。
「あなたと私の妹よ」
「可愛い。いつか試験管の部屋で見た、東の国の大昔の美人の血を引く女の子?」
「そうよ。名前は寿」
「ことちゃんか、きっと美人になるぞー」
「そうね。あと、正確には、血が繋がってるのは私だけだから、この子にとってはあなたは試験管ベイビーの先輩ってことになるわね」
「ん。その言い方って密かにあたしよりも葉月さんの方が美人だって言いたいの?」
「何よ。喧嘩なんて売ってないわよ。あー、私もお姉ちゃんになったんだなってこと!」
葉月は嬉しそうだった。
試験管にプログラムされて日に日に誕生が近づく中で、父、カンダタに反感を抱いていた葉月だったのだが、生まれてきた妹を抱くと嬉しさで胸いっぱいになったようだ。
「いいの?葉月さん」
「何よ」
「前、カンダタに突っかかってたことは、もういいの?」
葉月は目を丸くする。
「もう!せっかくそのことを忘れて、新しい命の誕生を喜んでたのに」
「ごめんなさい。やっぱりヤブヘビだったのね」
「まあいいわ。この子は私が守る。母のようにカンダタのオモチャになんかさせないんだから」
決意の中に少しの悲壮さをにじませて。
スーリアは知っていた。
葉月が本当は試験管ベイビーではないことを。カンダタとある女性を親に持つ、造られた性別のない人間。
幼い頃、小さな手の葉月が、母の名を呼びながら墓の前で手を合わせ泣いていたことを知っている。
「あたしにもことちゃんを守らせてよ」
葉月の茶色い瞳に光りが射し込んで、笑った。
「よろしくね。寿の姉二人として、手を合わせて頑張りましょう」
スーリアは、窓の外の試験管の部屋がある研究棟を見ながら思った。
__あたしには、親がいない。母親のお腹から出てきた人間ではない。あたしは小さい頃、よく、どこにもいないパパとママを探してたっけ。
「スーリア、話は変わるけど、見たわよー」
「え!何を?」
「シンと一緒にいるところよ」
「あー、あれ。あにさまと葉月さんは将棋やってたよね」
いつぞやのシンとのデートで、その姿を見たことだ。
「ええ。てか、あなた、シンとずいぶん仲がいいのね」
「違うよ。あれは成り行きでビジネスしてただけ」
「それならいいのよ。みんなの歌姫・スーリアが、誰かの物になっちゃうなんてダメよ」
「分かってるって。あたしは世界のみんなのアイドルだから」
葉月は途端に真顔になって言う。
「シンにはあまり近づかない方がいいわ」
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