コスチュームプレイ。
「こ、これは…!」
スーリアは感動していた。
白い日傘に、ヘッドドレス、フリルの白いワンピースドレスを着て、革の編み上げブーツを履いて。
眩しい陽射しに照らされた庭で、テーブルにはダージリンティーがある。
「お嬢、本日の午後のお茶は何ニナサイマスカ?」
「シン、あなた情緒がないわ。執事なら、あたしのことは様を付けて呼んで。敬語もカタカナにしないで頂戴」
「…へいへい。お嬢サマ」
「言えてないじゃない、シン。やり直しよ」
すっかりなりきっているスーリア。
このスタジオのセットは、Aガーデンから西にある国・ウエスト公国をイメージしている。
衣装も、食べ物や小物も抜かりなくウエスト公国を模している。スーリアはさしずめお屋敷のお嬢様で、シンは使用人の頭・執事といったところか。
「つか、お前がお嬢様って柄か?フツーの女子高生が頑張ってロリータしてるだけじゃねーか」
「は?今はいいじゃない。あたしは今は、お嬢様なのよ。口調だって変えているわ」
「どことなく違和感あると思ったら、口調も意識してたのかよ。イタイ奴」
「イタイ奴ですって!?雰囲気壊すのやめてくれるかしら?」
「お前は、お嬢じゃなくてディーヴァでいいじゃん」
と、そんなやり取りの中、カメラのシャッターが次々に押されていく。
お嬢様と執事の二人が、写真に収められていく。
憎まれ口を叩いてはいるが、スーリアはシンを意識していた。
明らかに、シンは執事の姿が似合っているのだ。
黒いスーツ。
この服は厳密にはスワローテイルと言うのだろうか。格式高い執事の姿を、シンは姿だけは完璧に演じていた。
スッと伸ばした背に、長い足。言動がアホなのが残念なのだが、いつもより落ち着けた金髪に高貴な青い瞳が、異国の不思議な空気を醸し出していて。
「あんたってどこの出身なの?このイージーフリージーな国でも珍しい髪と瞳の色してる。天然?」
「天然て…ボケって言いたいわけじゃねーよな?オレは生まれた時から金髪で青い目だぜ。鏡見ても自分じゃ色わかんねーけど」
「あ、いいの?そのこと言っても」
「ん?そのこと?」
首を傾げるシン。
スーリアは、カメラマンやスタッフ、その奥で撮ったばかりの写真をチェックするサワタリを見た。
「シンくんが色覚異常を持ってることは、レモンハウスの頃に皆知ってるよ」
と、サワタリ。
「そうなの?」
心配そうにシンの顔を覗くスーリア。
「ああ」
ケロっとして言うシン。何だ…と息を吐くスーリア。
「それならいいんだけどさ。てか、あたしが聞きたかったのは、シンの出身地」
ダンッ。
「オレのこと知りてーの?」
壁ドンで迫ってくるのは、スワローテイルを脱ぎ捨て白シャツと黒ズボンになったシン。
「別に…そんなに知りたい訳じゃないけど…」
顔を赤らめシンの腕の中で体を硬ばらせるスーリアは、メイド服を着ている。
「言えよ。オレのこと気になってんだろ?」
「だから…別に?」
「素直になれよ」
シンは、スーリアのあごを持って迫る。いわゆる「あごクイ」というやつだ。
「イイねーその調子。お屋敷の強引な若いご主人に迫られるメイドさん。これはイイ」
と、現場監督も務めるサワタリが声をかけてくる。
「あんたねー、いや、ご主人様か…呼ぶのヤダな…あーしょうがない、ご主人様さぁ、そんなタメなくてもあっさり自分の出身地言っちゃえばいいじゃん?」
「お前、オレがご主人様なのに不満なのか。股ドンもするぞ?」
スーリアのスカートから覗くスラリとのびた足の間に膝で割って入ろうとするシン。
「やめっ」
目を瞑り、さらに体を硬ばらせるスーリア。
「オレの出身地な。言ってもいいけど、お前ガッカリするぜ?」
「何ガッカリって」
「オレも自分の生まれ故郷がどこにあんのか分かんねー」
「え?」
「確かなー、記憶があるのは、大きな湖のほとりで暮らしてたってことだな。用足しに行く所どこも山の中だったから、大陸の山間部だと思うぜ」
「へぇ。大陸っていうといくつかあるけど、ウエスト公国のある西の大陸?それともAガーデンの北のチョモランマのある山脈のら辺?」
「分かんね。オレが物心ついてすぐに、ゼロに連れられて生まれ故郷を離れたからな」
「そうなんだ」
ーーあにさまとシンは、シンの小さい頃に出会ってるんだ。確かシンは、自分の故郷はあにさまに壊されて、ご両親も殺されたとか言ってたけど…
途端に暗い顔になるスーリア。
「つー訳で、次はこーだな」
シンはスーリアや周りに御構い無しに何かを閃いたようで、そう言いながらスーリアをベッドへ促すと布団の上に押し倒した。
「な!何すんの!?」
「こーすりゃ女はときめく訳だな。ほっ」
とスーリアの体の上に軽やかに馬乗りになるシン。
「イイよーシンくん。その調子」
とカメラ片手に近寄ってくるサワタリとスタッフ達。
シンは、スーリアの頬を右の手のひらでそれっぽく撫でた。
「イヤ!シンを調子に乗らせないで!こいつ限度ってもんを知らないから!」
とグイっとシンの胸を押し退けるスーリア。
「はぁ?オレは読者サービスってやつをしてるんだよ」
「恐い恐い!サービスじゃなくて、完璧自分が楽しんでるでしょ!」
「楽しんでるっていうか…」
シンは考える素ぶりを見せる。
ーー言い訳すんのかコイツ!
「楽しんでるけど?」
ニカっと笑ってシン。
「人を襲って楽しむなー!」
覆いかぶさるご主人様にゲンコツを向けるスーリア。
シンご主人様はその手を取り、本当に面白そうに笑う。
「お前の怒った顔、なんか可愛いな。こんなイイ女を押し倒せるのって、オレ様くらいじゃね?」
「シンくんはスーリアのことが本当に好きなんだなぁ。僕らとしては、もっとえっちぃ展開にもっていってもいいよ?」
と、サワタリ監督。
「任せろよ!」
「勘弁して!」
と、スーリアとシンは声を合わせる。
サワタリのサングラスの奥がキラっと光る。
「ところで、シンくん。いいのかい?この調子じゃ君は浮気男になっちゃうよ。スーリアが本命なら、あのこはどうなるの?」
笑顔でスーリアの体を拘束するシンの表情が、止まった。
その視線はサワタリをとらえる。
「あのこって?」
「ほら、あのこだよ。君にゾッコンだったじゃない」
「ん?」
シンは首を傾げる。
「シン、あのこって?」
スーリアの催促にもシンは「あのこ」が思い浮かばない様子。
「あらぁ?罪作りな男だね君も。君のことが好きな女の子がレモンハウスにいたじゃない」
サワタリは楽しみながら顎を触って得意げにしており、シンは首を傾げる。
「そんな奴いたっけ?」
「いたよ。いたいた。視聴者は知ってるよ?君のことが好き過ぎて、ファッションや口調まで君の真似してたこ。覚えてるでしょ」
「ん?もしかしてアイツか!?」
「そうだよ。あのこだよ」
「はぁー?ないない。あいつは面白がってオレをからかってただけだって」
沸々と湧いてくる怒りを抱えるスーリア。
ーーな、何だってぇ?シン!コイツ、他にイイ感じになってた女の子がいるのにあたしと付き合ってるっていうの!?
「彼女はね、自分の身分のせいで本気で恋愛できないんだよ」
「ケイトが王女だから、何で俺にフェイクの恋愛してるんだよ?」
「あー、わかってないね。女心ってものが」
ーーうんうん。シンは女心ってもんが分かってない。二股かけられたりしたら女の子は傷つくってこと、分かってない。あ…いや。あたしとシンは実際付き合ってない訳だけど。
「次期女王って訳でもねーのに、何が身分のせいなワケ?オレはあいつのからかいっていうか、あの不思議なハイテンションにはほとほとウンザリしてんの」
「ひっどーい、シンくん。それ、ケイトちゃんには言っちゃダメだよ」
いい年したおっさんがブリブリしたJKみたいな口調でダメ出ししている。
ーーシンのことが好きな女の子は、ケイトって言うんだ。…あたし、テレビも配信動画も見ないからな。知らないんだ。ケイトは、どこかの国の王女なのねーー
スーリアはシンの腕の中で会話に割り込む機をうかがっていたのだが、割り込む前にシンがスーリアに視線を移して言った。
「スーリア!」
ギョッとしたスーリア。
「な、何?」
ーーあたしはあんたに怒ってんですよ?
「この体勢な。なかなかドキドキすんだろ?ゴーインに迫られてキュンキュンすんだろ?」
「は?何突然バカみたいなこと言ってんの」
「これ、ケイトがパトリシアと一緒に教えてくれたんだぜ?」
「はぁ?」
「レモンハウスに居た頃に、女子ウケってのを知らないオレに、シェアハウス仲間のケイトとパトリシアが教えてくれたんだよ」
「へぇ」
「ケイトは、お前と同い年の女子で、パトリシアは21歳な。どっちも美人だぜ。お前とタイプ違う感じの」
「へぇ!へぇ!へぇ!」
スーリアは爆発した。
覆いかぶさっているシンの体を押しのけ、スーリアは立ち上がった。
「ほんっと無神経!」
シンはキョトンとしている。
「んん?」
スーリアは撮影スタッフ達の間をズンズンと歩き、着替え部屋に続く扉の前に行く。
シンは恐る恐る聞いた。
「スーリア、どうした?」
振り向いたスーリアは鬼の形相をしており、シンもスタッフ達も震え上がった。
「シンはあたしと付き合ってるんじゃないの!?他の女の子がいるのに、あたしと恋人になるってどういうこと?自分勝手で、幼気な乙女を振り回さないで!」
バタンっと乱暴な音を立てて扉が閉まる。
スーリアの居なくなった部屋は、しばし沈黙が流れた。
サングラスをゆっくりと外すサワタリ。
「スーリアって怒るんだ…」
まるでスーリアには感情がないような言い方だ。
仕事の場で、こんな風に激しい感情を露わにするスーリアは、その場にいる誰もが初めて見たのだ。
テレビ画面の中で、ネットのスクリーンの中で、週刊誌の紙面の中で、スーリアは人形だったのだ。
「ん?んん?…あのさ、なんであいつ怒ってんの?」
シン一人だけ、状況をつかめずに頬杖ついて首を傾げる。
ズッコケるスタッフ一同。
「あのねシンくん。スーリアは、二股かけられてると思ってるみたいだよ。シンくん無神経だから」
と、スタッフの一人。
驚くシン。
「オレって無神経!?え?無神経なのマジで?」
うんうん。と頷くスタッフ達。
「はぁー?サワタリがケイトの話を勝手にしだしたんじゃん!」
アワアワしているシンに、サワタリは頭を下げる。
「ごめん。シンくん」
スーリアは、誰もいない部屋で沢山の衣装に囲まれて、膝を抱えていた。
ーーもーう!何なんだかホント、もー!あたしを守るために付き合ってることにしてくれたんだと思ったのに。あたしはやっと、あたしらしく生きていけるチャンスを掴んだんだと思ったのに。ホント、もー!!
ヒートアップする頭の中が、ハッと白い世界になる。口をついて出るのは、いつも自分の心の中で聞こえる声。
「あたしらしく生きるチャンスなんて、何考えてんだろ。そんなもの、あたしには一生ないはずなのに」
白い世界が広がる。
沢山の個性的な衣装の色も消えてしまって、二、三歩行けば射し込んでいる太陽の光も、何色にも見えない。
ーーそう。あたしは、輝いたとしても、あたし自身の輝きじゃない。仮初めの、まがい物。
遠い意識の中で、扉をノックする音を聞いた。
「スーリア」
ハッとして扉の向こうに意識を向ける。
この声は、シンだ。おそらく激昂したスーリアの様子を見にきたのだろう。
「今着替えてんの?オレが入ってもいい?」
メイド服の裾が、握り締めてシワになっていた。
「いいよ」
スーリアの蚊の鳴くような声を聞いたシンは、扉を開ける。
「どうも」
視線の合う二人。
「どうも」
スーリアの返事に、シンは入ってきた。
「あのさ、さっきは無神経だったかもしれん。ごめんな」
「いいよ」
再び視線の合う二人。
「さっきは無神経だったかもしれん。ごめんな」
「なぜ二度言う?」
ぷっと吹き出すスーリア。
シンはホッとしてから沢山の衣装の中に潜り込んで行く。
「どしたどした?なぜ女物の衣装の方に行く?」
シンは振り向いて、いたずらっぽく言う。
「あれからサワタリに言われたんだよ。彼女をコーディネートしてみろって。オレ好みの衣装、着てくれね?」
「!?」
シンの頬が少し赤く染まる。
「衣装見るからな」
スーリアと衣装を見比べ、選んでいくシン。
「ちょっと待って。あたし、あんたが選んだ衣装着るなんて、まだ言ってない」
「って、着ねーの?」
「いや…その…別に、着るけど」
はにかんでモジモジしながらうつむくスーリア。
「コレがいんじゃね?」
というシンの言葉で顔を上げたスーリアは、見た。
「これ!?」
いかにもな感じの丸々したタヌキの着ぐるみだった。
「ふざけんなー!あたしのことバカにしてんだろ、あんた!」
ポカポカとスーリアに殴られるシンは、ニヤニヤしている。
「ごめんごめん」
そう言って差し出された衣装を見たスーリア。
「これなんだ。あんたが本当にあたしに着せたい衣装」
手に取ると意気込んで息を吐いた。
「じゃー、スタッフ達と待ってるぜ」
部屋を後にするシン。
しばらくして衣装部屋から出てきたスーリア。
スタッフ達は歓声を上げた。
白いタイトなワンピースドレスだ。
スーリアのメリハリのある体のラインがモロに出ている。胸元が大胆に開いており、白い布から出るスラリと伸びた褐色の手足がセクシーで。
深く入ったスリットから覗く太ももを隠しながら、もう片方の手で恥ずかしそうに黒髪で顔を隠している。
「顔、隠すなよ」
シンがスーリアの黒髪をかき上げた。
「これ、変じゃない?あたしには、こういうのはまだ早いんじゃ…」
黒髪の向こうのスーリアは、頬を赤く染めていた。
カメラのフラッシュが光る。
「いいよいいよー。シンくんは大会社の若手社長で、スーリアはシンくんが遊びに来たキャバレーのナンバーワン歌手って感じ」
「それまたマニアックな設定ですね」
満足気なサワタリにスタッフがツッコミを入れる。
ーーシンってば、お姉さん系が好きなのかな?こんな大人っぽいワンピース、めったに着ないよ。
ワンピースに見惚れるスーリアを尻目に、シンはサワタリに言われる。
「高校生男子って、気になってる美少女には決まって白いワンピースを着せたがるよね。この傾向は何なのかなあ?」
「え?そーなの?オレは、そこらの平凡なDKと同じ思考回路してるってことなの?」
「そうだよ。シンくんも、中二から抜け出せずにいる青春真っ只中の男子ってことさ」
「何言ってんだかわからん。オレは、だよ。オレは、スーリアには白い色が一番似合ってるって思ったんだよ。現に、明るいとこと暗いとこの対比が見やすいじゃん?」
「何?てことは、シンくん。君は、見やすさだけでそれを選んだのかい?」
「うん。オレにはいつも、スーリアが全体的に黒に見えてしょーがねー。白い色着れば、綺麗に見える。デザインは完璧にオレの趣味だけどな」
「ほう。エロいねシンくん」
「っるせ。とにかくスーリアには白いワンピースが一番似合うの」
二人のやりとりに、ハッとするスーリア。
「あのさ、あたしに白が似合うってどういうことか、もう少し詳しく言ってくれない?」
「ん?」
はてなマークのシン。
「スーリア、今の話聞いていた?シンくんは見やすさでその色を選んだんだよ」
というサワタリに、シンは物言いたげな様子。
スーリアは続ける。
「あたし、白が嫌いって訳じゃないの。でも、何色でもなくて何色にも染まれる白は、本当にあたしのイメージなの?」
サワタリは少し困った様子で。
「イメージとは言ってないんだけど、似合ってるよ?白いワンピース」
うつむくスーリアに、シンが声を張った。
「白は、オレは好きだぜ。何色でもないわけじゃないんじゃね?何色にも染まれるのかもしんねーけど、白は白っつー、一つの特大の個性を持った色なんじゃね?」
!?
周りが静まり返る。
「…シン」
ーー告られたかと思った!白ね。色ね。シンは、好きなわけね、白がーー
腰が砕け、へなへなと座り込むスーリア。
「やるね、シンくん」
サワタリはニヤニヤとシンとスーリアを眺めていた。
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