夜景で語らい。
――あれだけ目立つレッドとイエローが、シンの目には見えない?
「ああ。オレ、色が全く分かんねーんだわ。お前の言うレッドとイエローは、オレには明るい…なんつーか白いぼやけた光にしか見えねー」
「それって…」
「ついでに言うと、幾何学模様も多分、正確に見えてねーわ。オレとお前の観てる世界はけっこう違ってんじゃね」
シンには、この夜景は、白いぼやけた光の集まりにしか見えてなかった。
ダイアモンドのような白銀の高層ビル群の灯りも、超高層タワーのレッドもイエローもブルーライトも。遠くの港町やリゾート地の灯りでさえも。
「…ごめん。シン。あたし、知らなくて…」
スーリアは申し訳なくて仕方なかった。知らずに言ってしまっていたのだ。夜景が観れたのが嬉しくて、レッドだのイエローだの幾何学模様だの。
しかし、肩をすくめるスーリアにシンは、
「謝んなよ。オレは、誰かとこの夜景をいつか観てーと思ってたんだ。どんな色が沢山あって、どんな強さの光たちで、それを観たやつは、どんな風に思うんだろうって聞きたかったんだぜ」
と、背中を叩く。
シンはスーリアと二人でここにきてから、よく笑っている。
今も。
スーリアは心細くなって聞いてしまう。
「どうして笑えるの?あたし、あんたを傷つけたんじゃないの?」
「何言ってんの?傷つけた?ずいぶん傲慢じゃねーか。スーリアのくせに」
「な、傲慢?あたしが!?」
「おー、傲慢だな。お前ごときがオレ様を傷つけるなんて、そんなことある訳ねーだろ」
「ん、そーね。あんたみたいな能天気バカに何言ったって傷ついたりしなさそうだよね」
スーリアは、言ってしまってハッとした。まずいことを言ったのかもしれない。
「ま、オレが能天気かどうかは置いといてよ。今日は、オレは機嫌いいんだわ。ありがとな、スーリア」
「え?」
シンは笑顔を崩さない。
「オレに、誰かと夜景を見るっつー体験をさせてくれて、ありがとう」
「は?」
シンは、言った後で赤い顔を隠しつつ、頭をガシガシ掻いた。
「二度も言わせてんじゃねーよバカ」
「………」
スーリアは、言葉が見つからなくなってしまった。
――こいつでも、ありがとうって言えるんだ。
「言いてーことあんだったら、言えよ」
「いや、別に」
それからシンに向けて、スーリアは夜景の解説者になる。
赤色は情熱の色。黄色は太陽の色。青色は、シンの瞳みたいな、大海原のような大空のような色。
ガーネシアの高層ビル群の色がダイアモンドみたいな白銀をしている。まだまだ夜は、これからだ。
「ところでスーリア。オレに聞きてーことあんじゃねーの?」
「そうそう。忘れてた。空気に流されてうっかりしてた。あんた、教室で言ったよね?夜景の見える超豪華なレストランに連れて行ってくれるって。ここって超豪華な夜景の見える公園なんだけど。これ、どゆこと?」
ズイっとシンに詰め寄るスーリア。
「そこはまー突っ込むなよ。超豪華なってとこはブレてないんだし、イイじゃん?」
冷や汗を垂らすシン。
「えー?ここ、公園なんだけど」
意地悪なスーリアに、シンはムッとした。
「文句言うなら、オレじゃなくて他の金持ちの男とデートに行けよ。オレは、放課後デートに行くならこの場所って決めてたの!」
「ふうん」
――意外。ガサツ以外の何者でもなさそうなこのシンが、夜景の見える丘の公園で誰かとデートすることを夢見ていたのか。ロマンチストだな。
「なんか失礼なことを考えてるな?」
と、シンに睨まれたスーリアは、
「別に」
と、シンから視線をそらす。
「つーか、そーじゃなくて。お前、完璧に忘れてんだろ。デートすんのは、お前がゼロのことについて、オレから聞きたいからだろ?」
「…っあ!」
「ほんっとーに忘れてたんだな。お前は真のバカ」
「やー、うっかりしてマシタ」
「じゃ、ゼロについて何を知りてーのか聞こうじゃん?」
「うん…」
スーリアは、改めて聞かれる「ゼロについて何を知りたいのか」という問いに、言葉を詰まらせた。
――あたし、あにさまのことをもっと知りたいけど、改めて聞かれると、何を知りたいんだろう…
「スーリア、お前さ、ゼロのこと知りたいんなら、ゼロから直接聞けばいいことなんじゃねーの?」
――!?
確かにそうだった。
人から聞いた話など、週刊誌やネットのゴシップと同じように不確かなものなのだ。そこに、ありのままの真実があるのかどうか、分からないものなのだ。
「だ、だけど、あたし…あにさまに直接聞くのって、なんだか…」
「?」
首を傾げるシンの横で、スーリアは考えた。
――あにさまは、自分のことを自分から進んで話す人じゃない。だから、人から聞いた話で、あにさまが「あにさま」なんだと知ったつもりになって納得してきたけど。あたしは怖いのかもしれない。あたしがあにさまに、あにさまのことを知りたいと言って、それを拒絶されるのが。
「お前さ、ゼロは、お前に伝えたいことは何でも話すと思うぜ。お前が何を遠慮してんのか、オレには分かんねーけど。ゼロは、お前のこと気に入ってるみたいだし」
「そうかな?あたし、あにさまに気に入られてる?あにさまは、ドロップスを探す旅の中で、沢山の女性と深い付き合いをしてきたんでしょう?あたし一人が特別なわけないじゃん」
「そーでもねーぞ。ゼロは、こんなに長く一人の女に執着してんのなんて珍しいし。オレに、側に行って逐一情報を報告しろっつーのなんて、お前が初めてだし」
「ふうん」
――ほんとかな?一人の女に執着してるのが珍しい。その一人の女が、あたし?
「お?なんか血色良くなってきてんじゃん。どーかしたのかよ」
と、シンは、ゼロの話をはじめてから浮かぬ顔をしていたスーリアの頬が、赤みを帯びてきたことに気づいた。
「あたしってぇ、やっぱりあにさまの運命の人なのかも!世界の見えない力が、二人を結びつけてる、みたいな!?神様が、二人を結ばれる運命の中に放り込んだ、みたいな!?」
スーリアの心が舞い上がる。
キャーっと浮かれ、スーリアはシンにぶつかるのも御構い無しに両腕をブンブン振った。
「いってーな。急に暴れだすなよ!」
シンのゲンコツがスーリアにお見舞いされる。
「痛っ。女の子にゲンコツってどーゆーこと?」
と、言葉は怒りながらもスーリアは笑顔だ。
「何、元気になっちゃってんの?ヒクわ」
シンは呆れ顔で。
「つーかオレは、オレが知ってるゼロのことは、お前に話してやってもいいんだぜ?」
そして、シンは強調する。
「お前よりもゼロのことを知ってるオレが、な」
と、意地悪を言ったつもりのシンだったが、スーリアは意に介さぬようで、
「えーっと、そんじゃ何聞こうかなー?」
と、浮かれた様子。
うーんっと考えてから、シンに問いかける。
「じゃーさ、気になってたことなんだけど、あんた、何であにさまと同じ匂いするの?」
シンの制服にスンスンと鼻を近づけるスーリア。
「今日も同じ匂い」
シンは真っ赤になった。照れたシンは、
「臭い嗅ぐなよ。恥ずかしいやつ。そーいや言ってたなー、お前。スーのあにさまと何で同じ匂いすんのって。スーっつってたよな!自分のこと、スーって(笑」
と、朝のことを蒸し返す。
「スーはいいでしょ!ハルさんもカワイイって言ってくれたもん!」
プンっと頬を膨らませるスーリア。
「カワイイねぇ?オレにはガキくせーとしか思えんけど」
と、笑い終えたシンは、
「てか、その匂いってなんなの?どんな匂いすんの?」
と、自分の制服の袖の臭いを嗅ぐ。
スーリアは言う。
「そうだなー。原っぱの匂い。青臭いんだけど、嫌な青臭さじゃなくて、干した牧草みたいに爽やかで、ちょっとクリームっぽいような甘い匂い。トップノートは、エキゾチックでスパイシーな感じで、ミドルノートが爽やかでクリームっぽい甘さで、ラストノートが甘さのあるウッドとムスクみたいな?」
「お、さりげにだいたい当たってんじゃん。原っぱの匂いな」
「え?当たってるってどゆこと?あにさまとあんたが同じ匂いするのって…?」
「お前察しがわりーな。オレとゼロは、長年一緒に旅に出てんだぜ?同じ匂いがしたって不思議じゃねーだろ」
スーリアは自分の心臓がドキドキしだしたのを感じる。
――あにさまとシンが一緒に旅をしてた。それって、同じ場所で同じ空気の中で過ごして、同じ匂いをするまでになったってこと?それって!
「それって、あの原っぱにも、あんた行ったことあるってこと?」
幼い頃、スーリアがゼロと過ごしたことのある草原のことだ。
「あの原っぱ?それは分かんねーけど、ほれ」
シンは、スーリアの期待の視線から外れて、自分のカバンからあるモノを取り出すと、スーリアの前に出した。
「コレは?」
「ゼロとおんなじ匂いのする香水だぜ」
「へ?」
シンから香水瓶を手のひらに受け取るスーリア。
「昔、ゼロのパトロンがパフューマーに作らせた、ゼロの匂いのする香水。スッゲーよなゼロって!パトロンがいるんだぜ!?パトロン!やっぱ分かる人には分かんだな。ゼロってスッゲーもんな。大昔に何度か世界を滅ぼした怪物で、名前も大昔の伝説の破壊神の名を持ってるし。何せ、ゼロだぜ!?ゼロ!名前が。ヤバすぎだぜ!全てを無に帰す破壊神にピッタリじゃねーか!それにゼロは…」
「いや、あんたがあにさま大好きなのはわかったから」
シンの「ゼロ萌え語り」と、想像の斜め上を行く「匂いの元」に、スーリアはガクッとなった。
「なんだ。香水だったのね」
「まだ聞けよスーリア!」
「あー、はいはい」
「スーリアは知らねーだろ。この香水の名前、草原の風っつーんだぜ」
「へー」
「ん?違うか。チョモランマの草原だっけか、エベレストの風だっけ?それか、チョモランマの風か、エベレストの草原?どっちだったか分かんね」
――はぁあ、草原、ね。多分、あにさまと過ごしたあの草原とは関係ないんだろうけど。拍子抜け。
ゼロ萌え語りを続けるシンを、力の抜けた瞳で見るスーリア。
「うーん。この香水の名前。この文字。オレの知ってる言語じゃねーから読めねーんだよな」
「ちょっと見せてみ」
「あ?お前読めんの?」
と、スーリアは香水瓶のラベルを覗き込む。
使い古されてかすれた文字。これは、海を渡って西にある土地の言葉だ。スーリアにはその文字が読めた。
――嘘の咲かない草原。
「なんて読んだんだよ?」
「…教えない」
スーリアは笑顔になった。シンは不審な者を見る目でスーリアを見ている。
「教えろよ」
「いいじゃん。教えない」
「何、笑ってんだよ!」
「だから、教えないって!てか、あんた、香水使ってたんだ?」
「は?いいだろ香水。カッコいいオレ様に似合ってんだろ?」
「…自分で何言ってんの。高校生のくせにカッコつけすぎ!あんたのナルシストっぷりには辟易してんの」
「はぁあ!?」
シンは怒って拳を振り上げる。が、ふと動きが止まった。
「辟易って何だよ?」
ガクゥウっとなる、スーリア。しかし、考えてみる。
「辟易」…ちょっと違うかもしれない。
「まぁ、それはいいじゃない」
誤魔化すスーリアに、いぶかしげなシンだったが、それ以上、香水から広がる話もなく話題を変えた。
「つか、他に聞きてーことは?オレとゼロの旅の話とか、オレとゼロの出会いの話とか、聞きてーことあんだろ?」
「うーん。そうだねー…」
――そりゃ、沢山聞きたいことがある。シンの言う通り、あにさまとシンの旅のエピソード。あにさまがどんな女性と出会って、どんな時を過ごしたのか。その間、少しはスーのこと、頭をよぎったりしたのかなってこと。ついでにシンとあにさまがどうやって出会ったのかも聞いてやってもいいし。
聞きたいことに思いを巡らせるスーリア。
「聞きてーことねーなら、先に飯食べるぞ」
シンはそう言って、袋の中のコンビニ飯たちを頬張りはじめた。
「旨っ。やっぱカレーとナンの組み合わせはサイコーだぜ。ここ来てから、こーゆー旨い飯に沢山ありつけるからいいよな」
シンがそう言いつつスーリアに視線を移すと、スーリアは心ここに在らずで地平線の彼方に沈もうとしている二つ並んだ月を見ている。
「そーそー、月な。綺麗だよな。オレンジと赤紫の二つな」
シンの指差す向こうには、大きなオレンジの月と、その影に少し隠れるように重なって輝く赤紫の月の二つ。
スーリアは驚く。
「あんた、月の色分かんの!?さっき色が見えないって…」
喉でつっかえるナンをゴクッと飲み込むと、シンは言う。
「オレ、前は色、見えてた時があるんだわ。二つの地平線にきた月の色がどんな色かは、記憶で分かるぜ。てか、スーリア。何で月が二つあんのか知ってるか?」
「え?月が二つなのは、当たり前じゃん」
なぜそんな当たり前のこと聞くの?という顔をしているスーリアに、シンは得意げに言う。
「ところが!だ。ところが、月が二つあんのは当たり前じゃねーんだよな」
鼻を鳴らすシンに、スーリアは目をキラキラさせた。
「マジで!?どーいうこと?」
「なな、なんと!月が二つあんのは、ゼロのせいなんだぜ!」
「えー!あにさまのせい!?」
「ゼロが、古代ユスティティア国の女王、レディ・ジャスティスのために使った惑星魔法で、かつて一つだった月を二つに増やしたんだぜ!スッゲーだろ!」
「あー」
急激に熱の冷めるスーリア。
――月があにさまのせいで二つにね。惑星魔法とかよく分かんないけど。別にいいんだけどさ。別にいいんだけど?あにさまは、そういう人だって分かってるけど?…やっぱり女性がらみなワケね。
「歴史の教科書やテキストにこのことが記されていることは、権力者たちの圧力もあって、ねーんだけどさ。公的な記録にも残されてるのは少ねーみたいだし。でも何で、みんな、こんなスッゲーこと黙っておくのかなって思うぜ。惑星魔法っていうのは、並大抵の代償、対価では実行できねーもんなんだよな。ゼロは、命一つでもできねー魔法を最小限の代償でやってのけて、それも…」
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